上 下
19 / 21

真実

しおりを挟む
「歪んでるよね、それ。セルフィーユは、本当はラキティスさんなんてどうでも良かったんじゃないの?」
「何故そんなことを? 私は彼女を愛していますよ。だからあなたを探したんです」

 セルフィーユが無神経で、ラキティスのためにそんな嫌がらせのような真似をして愛していると簡単に言う男であれば、何も不思議に思わない。
 けれど、ラキティスの特異体質に気付き、それを利用してラキティス自らが動くように示したのだ。無神経ならばそれをラキティスに言うだろう。

 彼女の力を黙って試したかったと言う言葉がしっくりくる。
 異質な彼女の能力がどんなものなのか、確認したかっただけだった。その力によって何が起きるのか。果てはどう生きていたのか。
 ただ、それを見たかっただけのように思える。
 けれど、きっとそれだけではない。

「セルフィーユは、都で何もかも面倒になったんでしょ。向かってくる魔物とか、擦り寄ってくる人間とか」
「ええ。小虫がうるさく、相手をするのも疲れました」
「必要とされているとしても、意味は色々あると思う。でも、セルフィーユに対しては、特別な能力にみんな擦り寄ってきた、が一番の理由だよね」
「それが、何か?」

 魔王として強力だから魔物がやってきた。その力が魅力的で人間が争い始めた。どちらにしてもセルフィーユの人格に対してではなく、その与えられた能力に対してだ。
 ラキティスも同じ。

「ラキティスに自分を重ねたの?」
「何の話です?」
「周りに振り回されるラキティスと、自分を重ねたんじゃないの?」
 セルフィーユの笑みが凍った。
「可哀想なラキティス。だから周りは邪魔でしょう。だったら壊してしまえばいいのにね」
「………何が言いたいんです?」
「彼女の心を代弁したふりをして、自分の憂さを晴らしたかったの?」
 発言した瞬間、周囲が凍りつくように冷えたのを感じた。

「私が、何を…?」
 空が闇にのまれてくる。月は陰り空の色が闇へと変わっていく。空気が冷えて、足元が薄氷に包まれた。
 確信を迫られてぐうの音も出ない。
 この人は、ラキティスを見ていたのではなく、ラキティスの中に自分を見出していた。
 彼女は望みもしないのに、セルフィーユはラキティスに自分を重ねて無関係な者たちに復讐したのだ。

「それで、満足した? 彼女が一人になって。それを、ラキティスさんは、喜んでいたの!?」
「ラキティスは…」
 セルフィーユの声が震えた。
 眉間を寄せて、ふるふると小さく首を振る。
 ラキティスを解放するつもりで、彼女を手に入れたかったわけではないはずだ。そうであったらもう少しまともな判断をするだろう。

 セルフィーユはそれが自分で分かっているから、なかったことにしたい。
 おそらく、きっと、彼女を想ったのは、その後だ。

「やった後で後悔でもしたの? だからラキティスさんを探したの?」
「私は…。ラキティスは…」
 自分が糾弾する話ではないかもしれない。生まれ変わりといっても全てを理解しているわけではない。
 ただ彼女は、セルフィーユの助けに心から安堵していた。

「贖罪のために、ラキティスさんを探したの?」
「何を、そんなことは!」
 セルフィーユは大きく否定する。けれどその動揺が、セルフィーユの本当の心だ。

「もう彼女はいない。死んでしまったんでしょう。私と彼女は別人だよ。今更彼女に謝ろうとしても、もういない」
「ラキティスは、あなたです。だから探した。あなたはラキティスだから」
「私は彼女じゃない。私に謝っても遅いのよ!」

 震える身体が物語っている。
 セルフィーユはずっと後悔しているのだろう。ラキティスを傷付けたことを。傷付けてから彼女を愛していると気付いたのだ。
 しかし、もうラキティスはいない。それが事実だ。
 村が燃え、村人は逃げた。逃げても魔物を避ける術のない村人たちはみんな殺されて喰われただろう。
 そして、ラキティスはセルフィーユに助けられ、城へ戻った。

「ラキティスさんを助けて、城に連れてから、彼女はどうしていたの? いつも湖から村の方向を見ていたんでしょう?」
「…何も。いつも通り食事を作り、笑顔で話し、ベッドを共にしていました」
「それだけ?」
「そうですよ。彼女は何も言わず、ただ私といて、時折村のあった先を見つめるだけ。他には何も」
「どうして、魔物が襲ってきたのか、疑問を口にしたことはなかったの?」
「ええ、何も…」

 小さな揺らぎ。ほんの僅かだったが、セルフィーユは声音を震わした。
 問われなかった。一度として。どうして、魔物が村を襲ったのか。
 ラキティスは気付かなかったのか。知らなくとも何があったのか疑問に持たず?
 それとも…。

 セルフィーユの後悔は涙と共に溢れた。
 その涙を、ラキティスは望んでいたのではないだろうか。




「ラキティスさんはずっとここから村を見ていたんだろうな」
 雪が降り始めた頃、ぼんやりと湖から村の方向を眺めた。ここから村が見えることはない。堤もどこにあるのか分からなかった。
 ただ花が咲いていたであろう草が萎れて雪に埋もれていくのが見れるだけ。湖に輝きはなく深く沈む闇のような色をしているだけ。

「マルヴィラ。ラキティスさんてその後どうしたの?」
「病になった。それで部屋にいた。セルフィーユはずっと側にいた。ラキティスが何で村人を心配したか理解できない。利用されてただけだ」
「でも育ててもらってたんでしょう。そこには感謝してたんじゃない?」
「さあね。今となっちゃ、分からねえよ」
「誰でも、一人では生きていけないよ。誰にも頼ることなく一人で生きていくなんて、よほど強くなくちゃ、無理でしょう」
「そうか? 人間は弱いな?」
「だから、セルフィーユもラキティスさんを探したんでしょ」

 愛した人を死なせてしまった。それを認めたくなかったとしても、探さざるを得なかった。
「気持ちなんて、自分でもわからないものかもしれないけど」
 ラキティスもセルフィーユも、失ったものが大きかったのかもしれない。
 それでも、もう終わったことだ。





「就職先どうしようかなあ。アパートの支払いは滞ってないから、督促状は来てないよね」
 卵を混ぜて泡立てる。作れると言っても一般的な料理くらいしか作れない。朝から甘いものは食べたくないが、今日はなぜかとびっきり甘いものが食べたかった。

「凛花…?」
 セルフィーユが遠慮げに声を掛けてくる。キッチンに入るか入らないかで足を止め、こちらに視線を伸ばして問いかけてきた。
 大人しめの雰囲気。少しばかりおどおどした気配。

 ラキティスが見ていたセルフィーユは優しげで穏やかな割に、王たる上に立つ者のクールさがあったのだが、自分が見ているセルフィーユは別人のようだ。
 心境の変化? 時間の経過による性格の変化?
 さあ、分からないけれど、今のセルフィーユは凛花が何をしているのか、気になって仕方がない。

「何か作りたくなって。食べる? 毒にはならないんでしょ?」
「良いんですか?」
 ぱあっと笑顔になるその表情は、素な気がするのだが、どっちが本物なのか、謎である。
 だが、自分が知っているセルフィーユはこちらだ。

「味は保証しない」
 簡単なパンケーキと城にあった紅茶。どこから手に入れているのか、新鮮なフルーツもあった。それを飾って生クリームで飾る。
「いただきます」
 甘いものが好きとも嫌いとも聞いていないが、食べると言ったのだから食べるだろう。セルフィーユは上品にフォークとナイフを使い、一切れのパンケーキを苺と一緒に口にする。

「ああ、あなたの料理ですね」
 パンケーキごときにそんな味の違いが出るのか分からないが、セルフィーユがそう言うのならそうなのだろう。
 口にしながら、どこか寂しげな顔をする。
 寂しい人。彼はずっと後悔し続けているのだ。

「セルフィーユっていつも何をしているの?」
「城の中を歩き回ったり、湖を眺めたり」
 ニートか? 仕事してるって言ってなかったか?
「何故です?」
「家に帰ろうと思って」
「え!?」
 セルフィーユは大仰な音を立てて立ち上がった。

「何もないのに一緒にいても仕方ないよ。私は家に帰って、仕事して生きていくから、セルフィーユはやりたいこと探して」
「凛花、わたしは…」
「もういいでしょ。自分を許してあげて」

 いつ亡くなったかもわからない昔の話。長い時間セルフィーユは哀しんできたのだろう。ラキティスはもういない。
 だが、自分には働いて生活する場所がある。そして、それはラキティスのように村人に干渉を受けるわけではない。
 自分はラキティスではない。もう昔のことは忘れていい。罪悪感を持ち続けるには長過ぎたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 ご感想へのお返事は、執筆優先・ネタバレ防止のため控えさせていただきますが、大切に拝見しております。 本当にありがとうございます。

転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香
ファンタジー
***11話まで改稿した影響で、その後の番号がずれています。 小さな村に住むリィカは、大量の魔物に村が襲われた時、恐怖から魔力を暴走させた。だが、その瞬間に前世の記憶が戻り、奇跡的に暴走を制御することに成功する。 魔力をしっかり扱えるように、と国立アルカライズ学園に入学して、なぜか王子やら貴族の子息やらと遭遇しながらも、無事に一年が経過。だがその修了式の日に、魔王が誕生した。 召喚された勇者が前世の夫と息子である事に驚愕しながらも、魔王討伐への旅に同行することを決意したリィカ。 「魔国をその目で見て欲しい。魔王様が誕生する意味を知って欲しい」。そう遺言を遺す魔族の意図は何なのか。 様々な戦いを経験し、謎を抱えながら、リィカたちは魔国へ向けて進んでいく。 他サイト様にも投稿しています。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

浮気をした婚約者をスパッと諦めた結果

下菊みこと
恋愛
微ざまぁ有り。 小説家になろう様でも投稿しています。

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね
恋愛
妹に婚約者を寝取られた結果、婚約破棄されたミリアは隣国の皇太子に求婚された。 しがない冒険者のナキは一年ほどつきあったパーティからクビを言い渡される。 そんな2人+猫が国境の砦で遭遇し、なんやかんやとあって国境の隠者と呼ばれるまでの話。ある意味ざまぁ済。 R15は保険です。第13回ファンタジー小説大賞に参加中です。よろしければ、ぽちっと投票していただけると嬉しいです。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

処理中です...