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日常 5

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 姉と二人で暮らす家へまでは30分ほど歩かなければならない。
バスを使えばすぐに付くその距離を黙々と歩くのが
ユウキは嫌いではなかった。

歩道に等間隔で並ぶ街灯に交互に照らされながら歩く。
近づいてくるはずの住宅街ならではの静けさが、今日は妙にざわついている。
その喧騒の先に自分の家があることに気がついたのは
見慣れた2階建の細長い建物が視界に入ってからである。

「えっ…?」
僕は戸惑いを抱えたまま歩調を早める。
喧騒を照らす光は、赤いパトランプだった。
パトランプのついた車が三台。家の玄関は当然のように開け放たれ、
部屋という部屋の明かりが灯っているように見えた。

主ではない人間が玄関をせわしなく出入りする。

家の前で立ち止まった僕にすぐに一人の保安官が気づいた。
「ユウキ君。君がユウキ・G4-d013だね」
彼は優しく、そして探るように声をかけた。

「何かあったんですか?」
突然の状況に、不安がチリチリと胸を焦がす。

「まだ、なんとも」
帰ってきたのは歯切れの悪い返事だ。
「とにかく中へ、君の家だ」

保安官はそう言うと、僕は見慣れたはずの扉をくぐり
慣れ親しんだリビングへと足を運ぶ。

リビングは荒れ果てていた。棚は全て開けられ、
引き出しも全て引きずり出された上で、
そこにしまわれていたものすべてが床にぶちまけられている。

泥棒?という考えが一瞬浮かぶ。
「すまない。勝手に色々引っ掻き回してしまって」
保安官の言葉がその考えを否定した。

「なにをしてるんですか?」
二階からも音がする。きっと二階でも同じことが行われているに違いない。

「捜査だ」
言葉は簡潔だった。
「なぜ」と尋ねるべきかもしれない。ただ心の中ではアラートが鳴っていて
僕にその言葉を発さないように忠告する。
何も返さない僕にしびれを切らしたのは保安官の方だった。

彼は重たそうに口を開いた。
「君の姉、エリカ・G2-d031に逮捕令状が出ている」
「なんで⁉」
と僕はやっと尋ねた。

彼は一呼吸おく。
「エリカ・G2-d031は夢見ゆめみという立場を悪用し、
本来教会に寄進されるはずの第三番の神から授かった情報を盗み出した」
言葉はゆっくりとそしてはっきりと伝えられる。

「そんなはずはないですよ。だって、僕たちはいつだって記憶修正をうけてる。
夢で見たことを覚えてられるはずがないじゃないですか」
姉の代わりに言い訳をするようだった。

「どうやったかはわからない。だが記憶修正は完璧ではない。
どんなシステムにも穴はある」
「じゃあ、偶然記憶が残ってしまったのかも…」

保安官は首を振る。
「なんでそういいきれるんですか⁉」
「計画を練っていた痕跡が出てきたからだよ。逃亡するための準備だ。
彼女個人に与えられているラボの部屋から、それとおそらくここからもなにかでてくるだろう」
彼は瞳で上階を示した。

「なんでそんなことを?」
僕の問に彼は小さく首を振る。

「姉さんはいまどこに?だって朝までは…」
「いろいろ知りたいのはこっちさ」
彼は小さなため息をもらした。

「確かなのはエリカ・G2-d031が三番から何らかの知識を盗み出したこと、
そして…、明らかな計画性をもって逃亡したということだ」
男はそこで終わりだとばかりに話を切り上げ席をたつ。

とても信じられるものではなかった。
しかし、上階ではそれを否定するように捜査員たちが続々と家をあさり
姉の私物を箱に詰めては運び出していく。

「悪いが勝手に家の中はあさらせてもらうよ。これはの意思でもある」
保安官は話は以上だと切り上げる。聞きたいことはまだ山ほどある。
でもその一つすらまとまらまいまま、僕は彼が席をたつのを見送る。

気がつけば家には誰もいなかった。
暗い部屋、先程の保安官も捜査官たちも自らの仕事を終え帰っていったようだ。

今日の朝、家を出た時を思い出す。
フライパンに落とした卵、机につっぷした寝ぼけ顔の彼女、
くだらない会話と、最後のいってきます。
あれは日常だったはずだ。

僕の考えは虚しく闇に飲まれ、
広くなった部屋に残された思い出だけが姉の不在を証明していた。

***

それは一年前にあったこと。
別れは突然であっけなかった。何のドラマもなく、何の情緒もない。
あの日忽然と姿を消した彼女は、今も見つかっていない。
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