双子妖狐の珈琲処

五色ひいらぎ

文字の大きさ
上 下
23 / 36
三章 防戦の杖を手中に掴み

番紅花との口論

しおりを挟む
 はじめ、何を言われているのかわからなかった。独り言かと思って聞き流していると、番紅花さんは扇の先でとんとんと私の肩を叩いた。
「娘。ここはおまえひとりの部屋か」
「はい。……そうですが」
 くっくっと、低い声の笑いが聞こえる。部屋の汚さを馬鹿にされたんだろうか。返す言葉が見つからなくて黙っていると、番紅花さんは言葉を続けた。
「そうか、ならば牢番はおまえなのだな。哀れな道具どもから役目を奪い、この墓場で朽ちるに任せておるのは」
 自分に向けられた言葉だと、ようやくわかった。でもやっぱり、意味が分からない。
 ここにあるのは、後で使おうと思っていたものばかりだ。デジカメは、スマホを買ってからは全然使わなくなったけど、誰かほしい人もいるかもと思って取ってあった。デジタル万歩計も、いつかウォーキングをする時用にしまってあったものだ。いつのまにか見失ってたけど。
「お言葉ですが。ここにあるのは、全部使う予定がある物です……一つたりとも、粗末にした覚えなんてありません」
「娘、ならば訊くが――」
 心から軽蔑した表情で、番紅花さんは私の目を正面から射貫いた。
「――それらのうちのどれだけを、本当に使った」
 言葉に、詰まる。
 反論できない。デジカメも長いこと使ってないし、万歩計はずっと行方不明だった。
 番紅花さんはさらに続ける。
「道具は、使われてこそ役割を果たす。九十九(つくも)の歳月を経た道具には付喪神(つくもがみ)が宿るが、ただ放り捨てられておった道具には魂など籠らぬ。使われ、持ち主の役に立つことこそが道具の本分よ」
 金色の瞳が、汚い物でも見るように私をにらむ。
「おまえの下に来た道具どもは哀れじゃのう。主の役に立つこともできず、他の持ち主に譲られることもなく、この墓場でただ忘れ去られ古びてゆく。付喪神にもなれぬ。なりうるとすればせいぜい、己が運命を呪う邪霊にくらいじゃろうなあ」
 そんなことない。
 私は私なりに、物を大事にしてる。うさこもミミ吉も、何度捨てられたって作り直してきた。今のスマホには、傷がつかないように保護フィルムも貼ってるし、ウィルス対策ソフトを入れたり紛失対策機能を有効にしたりして大切にしてる、はずだ。
 でも、どう言葉にすればいいんだろう。目の前の偉いお狐様には、何を言っても跳ね返される気がする。どうせ聞いてくれやしない……父さんと母さんみたいに。
 父さんと母さんは、いつだって不意にやってきて、私の物を捨てていく。汚いから、いらないからって捨てていく。大事な物も、まだいる物も全部。
 この人の言ってることも、同じだろう。いらないものを捨てて、綺麗にしなさいって。
 どうして、みんな、そればっかり言うんだろう。
「でも。だって……」
 何か言おうと、声を出してみた。でも、続く言葉が出てこない。
 うさこもミミ吉も、使わないデジカメも、捨てたくないよ。
「……だって。だって……」
 私は顔を上げた。泣きそうになりながら、恐ろしいまでに美しい色白の顔を、真正面からにらみつける。
「だって……捨てたら、かわいそうじゃないですか……!!」
 その瞬間だった。
 部屋が急に暗くなった。電灯を豆球に切り替えたみたいに、光量が一気に落ちる。
「……な……!」
 番紅花さんがうめく。
「離れろ、七葉!!」
 蓮司くんが叫ぶ。
 離れなきゃ。でも、何から?
「玄関から逃げて! ここは、僕たちが――」
 声は、そこで聞こえなくなった。
 頭の後ろに、何かが落ちてきた。ドロドロした何かが、首の後ろと耳を塞いだ。
 振り払おうと、首を振る。
 視界の端に、ノートパソコンが見えた。閉まった蓋の隙間から、真っ黒な泥が染み出していた。
 ひっ、と息を呑んだ。
 頭を振りながら、玄関へ走ろうとして――滑った。
 倒れた瞬間、黒い泥が飛び散る音がした。
 天井のエアコンから、黒い泥が滴っている。目を背ければ、壁際の冷蔵庫からも黒が溢れている。ヌルヌルしたものが、身体を這いあがってくる。
 身体を起こそうとすると、頭の上から何かが落ちてきた。そのまま顔を覆われて、息ができなくなって――私はそのまま、意識を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

わからせ! もののけ生徒会の調教師1年生

水都 おこめ
キャラ文芸
主人公:調 教子(しらべ のりこ) 見た目は普通の女子で高校1年生。 教子の一族は代々サーカスの調教師の家系である。 教子はその天性の調教師としての才能から将来を嘱望されていたが、 内心では決まりきった自分の人生にうんざりしていた。 そんな境遇に変化を起こすため、教子は生徒会役員へと立候補する。 しかし学園生徒会は、新入生女子を(アレな意味で)食い物にする美少女獣人が集まる、もののけ生徒会だった! 灰色の青春を送る、冴えない女子校生調教師の一転攻勢がいま、始まる!

零れたミルクをすくい取れ~Barter.18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆『取り返し』とは何だ/躰に刻まれ/心に刻まれ/それがどうした/取り返すのみ◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart18【海外編】[全48話] 互いを思いやったが為に喧嘩した機捜隊長・霧島とバディの京哉。仲違いをしたまま特別任務を受けてしまい、二人は別行動をとる。霧島が国内での任務に就いている間に京哉は単身では初めての海外任務に出てしまう。任務内容はマフィアのドンの狙撃。そして数日が経ち、心配で堪らない霧島に本部長が京哉の消息不明の報を告げた。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

SM女王様とパパラッチ/どキンキーな仲間達の冒険物語 Paparazzi killing demons

二市アキラ(フタツシ アキラ)
キャラ文芸
SM女王様とパパラッチ/どキンキーな仲間達の冒険物語(Paparazzi killing demons)。 霊能のある若手カメラマンと、姉御ニューハーフと彼女が所属するSMクラブの仲間達が繰り広げる悪霊退治と撮影四方山話。

処理中です...