双子妖狐の珈琲処

五色ひいらぎ

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二章 金貨の女王は冷たく笑む

あやかしの道理

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 アルカナムのテーブル席で、私は蓮司くんが出してくれたホットミルクを一口啜った。人肌よりもちょっと熱いくらいに調整されたミルクには、ほんのり甘い蜂蜜の風味が香っていて、とっても落ち着く……落ち着きすぎて、気を抜くとふっと寝落ちてしまいそうだ。私、今までそんなに張り詰めてたんだろうか。
 私は、隣で眉間に皺を寄せている梢の肩を軽く叩いた。

「梢、ミルク飲まない? 落ち着くよ」
「よく飲めるね、七葉姉……あんなよくわからない人が出してきたのなんて。ていうか、人かどうかも怪しいし」

 梢は私に比べて、色々なことによく気が付く。その分、変なことまで気にしていることがある。特に霊感スポットの類は、子供の頃からよく気持ち悪がってたけど……今の梢の怖がり方は、その時と似ている気がする。私はそういうのを感じたことが一度もないから、よくわからないのだけれど。

「……まずはそこからだね。僕たちが何者なのか。というより、まず人なのか」

 同じテーブルの向かい側で、蓮司くんと壮華くんは話し始めた。今はふたりとも普通の人間、揃いのエプロン姿だ。

「人じゃないってことは、さすがにないよね?」

 笑い混じりに言ってみれば、壮華くんが笑い混じりに返してきた。

「そうだね、僕たちは人じゃないよ」

 あまりに朗らかに言うものだから、言葉の内容を一瞬把握できなかった。

「だよね、人じゃ……って、ええ!?」

 意味が呑み込めた瞬間、飲んでいたミルクが喉に引っかかった。盛大にむせる。すかさず、蓮司くんの手が背中をさすってくれる……手の感触は、確かに人間の男の人としか思えない。

「そりゃあ、あんな耳とか尻尾とかあるのに人間じゃないよね。犬? 猫? 狐とか狸?」

 敵意まみれの潜めた声で梢が言えば、蓮司くんが何度も頷いた。

「その中に正解はある。当ててみるか……と言いたいが、時間が惜しい」
「僕たちは狐だよ。妖力を持った狐の妖怪……『妖狐』ってやつだね」

 言いつつ、壮華くんの頭が淡い光に包まれる。今度は服装はそのままに、白い獣耳だけが頭の上に現れた。

「俺たちはここで、人の世に棲むあやかしたちの面倒を見ている。よろずのことの相談に乗りつつ、現世のありようについて情報を集めている……のだが」
「最近、僕たちの把握していない化物が、人の世に現れるようになった」
「それが、あの……『影』?」

 二人は共に頷いた。

「あやかしには、あやかしの道理がある。首領と従う者、各々の役目や縄張り……だが、あの『影』どもは、その外にいる」
「あいつらがどこから来たのか、誰も知らない。僕たち妖怪は、例えば妖狐は狐だし、猫又は猫だし、一反木綿は布だし、河童や天狗にしても住まいは川や山だとわかってる……でもあいつらは、何の妖怪でどこから来たのか、全然わからない」

 壮華くんは深く溜息をついた。確かにあれは、墨を流したような真っ黒なドロドロだった。元が何だったかなんて、考えたって思いつきそうにない。

「わかっているのはあいつらが、人間を襲って取り込もうとしていること。だから、蓮司兄さんも七葉さんのことを心配してた……このところ人の世で続いている『神隠し』は、あいつらの仕業だよ」
「それ、確定情報なんですか? 警察は何も公式発表してないですよ?」

 梢の疑念に、壮華くんと蓮司くんは揃って苦笑いを浮かべた。

「人の目に、奴らの痕跡は確かめられないだろう……物質的な残骸は残さないからな。だが、瘴気は濃く残る。俺たち妖怪にとって、奴らがいたことは一目瞭然だ」
「それで、取り込まれた人はどうなるんですか!?」

 蓮司くんと壮華くんは、顔を見合わせた。
 目の前で溶けて消えた父さんと母さん。いまどこでどうしているんだろう。平穏無事とは思えないけど……いますぐ目の前に帰ってきてほしいとも思えなくて、自分の薄情ぶりが自分で嫌になる。帰ってきたらまた、罵られるばっかりなんだろうな。見捨てて逃げたことを責められるかもしれない。
 妖狐の二人は、発する言葉に迷っているようだった。けどしばらくして、蓮司くんの方が口を開いた。

「わからない」
「わからない、って」

 食ってかかる梢の声を、壮華くんが遮る。

「取り込まれかけてる人間を助けたことは、何度かある……けど、いちど完全に取り込まれて現世の身体がなくなってしまうと、取り込んだ『影』を祓っても、中にいたはずの人は戻ってこないんだ。七葉さんのご両親も、僕たちが着いた時には手遅れだった。ただ――」

 青ざめる梢を励ますように、壮華くんは微笑んだ。

「――死んではいないはずなんだ。身体と魂が、剥がれた形跡がないから。ご両親に限らず、取り込まれた人たちはみんな、ね」
「おそらく、魂ごとどこかへ送られている。それがどこかは、まだわからないがな」
「じゃあ……助かるの?」

 身を乗り出す梢に、蓮司くんと壮華くんは力強く頷いた。

「いま、全力で情報を集めているところだ。連れ去られた先が分かり次第、取り戻しに行く……人と妖怪の境界は、守られねばならないからな」
「なんでもいいよ。パパとママが帰ってくるのなら」
「そこで、ひとつ提案があるんだ」

 壮華くんの笑顔が、少し悪戯っぽくなった。目を細めて、口角をちょっと上げて……元々小動物っぽいとは思っていたけど、すべてを知ったうえで見ると、可愛い白子狐に見えなくもない。

「もしよければ、なんだけど――僕たち皆で、共闘しない?」
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