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大学四年・春

調理台には罠がいっぱい

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 約一時間半後、あたしはキッチンにいた。
 提げたエコバッグに、閉店間際のスーパーで買ってきた食材が入っている。ひとつひとつ、上から取り出していく。
 まずは豚もも肉スライス百グラム。二割引のシールが付いたお買い得品だ。七十五グラムでよかったんだが、一番少なかったのがこれだった。
 もやし一パック、ざく切りキャベツ一パック。キャベツは一枚でいいらしいんだが、このパックが何枚分なのかはよくわからない。
 タマネギ一個とわけぎ一束。これも半分でよかったんだが、どうしてこう、スーパーはでかい単位でしか売ってないんだろう。
 青のりといりゴマ。これなんかは本当に少しでいいのに、ちょうど一回分のが売ってない。ふりかけみたいな小分けパックで売ろうとは、誰か考えたりしないんだろうか。売れると思うんだが。
 そして今回のメイン、中華麺一玉。使う量だけをちょうど買えたのは、これともやしだけだった気がする。

(……よし)

 エコバッグの一番底では、スーパー併設の百均で買ったエプロンが潰れている。最近の百均には何でもあってありがたい。
 安っぽい赤チェックのポリエステルを身に着ければ、事前の準備は整った。

(やるか……)

 スマホブラウザにブックマークを呼び出して、調理台の前に立てかける。

『たっぷりもやしの豚ネギ焼きそば』

 トップの写真では、麺の茶色とわけぎの緑が鮮やかだ。すぐ下に、作り方が簡潔に書かれている。

(この通りやれば、あたしにもこれが作れるんだよな……)

 できなかったらサイトに文句を――などと考えかけて、やめる。それじゃあたしもクレーマーだ。
 三十分以上もかけて探したレシピだ。大丈夫だ、作れないはずがねえ。
 山のようにあった初心者用レシピの中で、焼きそばを選んだのには一応理由がある。

(学祭の模擬店といえば焼きそばだからな。定番ってことは、誰にでも作れるってことだろ)

 二年の秋に学祭でミニライブをやった時、客席の何人かが焼きそばやたこ焼きを持っていた。毎年毎年、誰もが無難に作れるもの……なら、失敗の可能性は限りなく低いはずだ。
 まずは、作り方の一行目を見る。

(豚肉を食べやすい大きさに切る……)

 まな板の上に肉を置き、真ん中に包丁を滑らせれば、あっさり二つに分かれてくれた。そこでふと疑問が湧く。

(食べやすい大きさってどのくらいだ……?)

 一口で食べられる大きさ、ってことだろうか。けどあまり大きくても食べづらそうだ。少し考えて、親指くらいの太さ長さに切る。ひたすら豚肉を細かくしていると、地味に疲れてきた。

(塩コショウを振って、次は……タマネギを薄切りに)

 薄切り。輪切りとは違うのか。薄く輪切りにすればいいのか。

(よくわからねえが、とりあえず薄くすればいいか……)

 真ん中から半分に割って、薄い輪切りを試みる。まな板と接する面が、どうにもぐらぐらして安定しない。

(っ……切り口が傾く……)

 どうにか半玉切り終えた。けど厚さはまちまちで、細いのでも三ミリくらい、厚いのは小指くらいになっちまった。できれば厚いやつは半分の薄さにしたい、けど、やろうとしたら手を切りそうだ。
 しかたなくそのままにする。ただの不揃いな輪切りになったタマネギを、横にどける。

(次。キャベツを食べやすい大きさにちぎる。……これは最初からできてるな)

 ざく切りキャベツの袋を開け、出さないまま調理台に並べる。とりあえずこれで「切る」工程は終わった。
 いよいよ炒めだ。フライパンを取り出し、指示通りにサラダ油を引いて火にかける。
 しばらく熱していると、かすかに白い煙が出てきた。確か、これが炒め始めのタイミングだ。切った野菜を投入しよう。

(豚肉、タマネギ、キャベツ、もやしを炒めて取り出す……)

 最初に放り込んだタマネギと肉が、じゅわぁ、と派手な音をたてる。
 もやしとキャベツの袋も開けて、ぶちまける。……少しばかり、いや、だいぶキャベツが多い気がする。そういえば、キャベツ一枚がこの袋のどれだけにあたるか調べてなかった。でも、いまさら袋には戻せない。
 半分くらいキャベツで埋まったフライパンを、菜箸でかき混ぜる。中身をあおるなんて高等テクニックは使えないけど、これでなんとかなるだろう。
 瞳子の笑顔を思い浮かべながら、あたしは野菜を混ぜ続けた。
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