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大学三年・冬

なくしたもの、つくりだすもの

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 答えは、意外にもあっさり返ってきた。

「ハンバーグ作ってるのー」
「ハンバーグ……って、全部一から作ってんのか!?」
「そうだよー」

 あたしの実家で、ハンバーグは作ったことがない。少なくともあたしは見たことがなかった。ハンバーグはファミレスで食べるものと思っていたし、たまに自宅で食べる時は出来合いのレトルトをあっためてた。だから、ハンバーグを一から作るところなんて初めて見る。
 呆気にとられるあたしの前で、瞳子はコンロの火を止めた。

「タマネギは粗熱を取ってー、お肉やパン粉と混ぜるのー」
「って、あとどれくらいかかるんだよ……」

 言えば瞳子は首を傾げた。

「たぶんあんまりかからないよー? 材料を混ぜたら、あとは丸くして焼くだけ―」
「って、今まだ午後の二時ぐらいだぞ? 晩飯までにはまだ――」

 言いかけて、あたしは言葉を飲み込んだ。
 瞳子の目が真剣だった。普段は、言葉遣いと同じくらいほわほわしている大きな目が、今は意味が分からねえくらいの眼力で、火から下ろされたばかりのタマネギを睨んでいた。

「うまくできるかわからないから、早めに作るんだー」
「ハンバーグ、そんなに難しい料理なのか……」
「別に難しくはないよー? 混ぜるのも形をつくるのもすぐだよー。焼き加減はちょっと気をつけなきゃだけどー」

 なにがなんだか、よくわからなくなってきた。

「でもね、つくりたい味に全然ならないの―。これまで一回も、ママの味になったことがないのー」
「ママ……の?」

 瞳子はこくりと頷いた。

「ママの作ったハンバーグ、ほんとにおいしかったんだー。あれがあったら、いやなことぜんぶ吹き飛ぶくらいにー」

 言葉が過去形なことに引っかかる。気付けたのは、今のあたしだからかもしれない。
 踏み込んでもいいものか迷っていると、瞳子の方から切り出してきた。

「ママね、いなくなっちゃったんだ。わたしが中学一年の時に……車にひかれて」

 ああ、やっぱりか。
 言葉を返せず、あたしはうつむいた。瞳子の言葉は続く。

「それからずっと、わたしがお食事作ってたんだ。パパの分とわたしの分と……だいたいのお料理の作り方は、本やネットに載ってたんだけど、ハンバーグだけだめだったの」

 そこで一度言葉を切り、瞳子はタマネギのボウルを手に持った。一つ頷いて、挽肉のボウルに投入する。パン粉に牛乳、調味料類も入れる。

「ハンバーグって、いろいろ作り方があるみたいなの……タマネギの炒め加減とか、ツナギの種類とか。ママがどうやって作ってたのか、わたし、知らないんだ」

 言いながら瞳子は、ボウルの中身を混ぜはじめた。色白の手が、赤と白にぎらつく挽肉を混ぜると、細い指が脂にまみれててらてら光る。……なんだか、ほんの少し、どきどきする。

「ママのハンバーグが作れたら、きっとミカちゃんも元気になると思ったの……でも、できるかわからないから、何個か作ってみるの。だからね――」
「いらねえ」

 ほとんど反射的に、言葉が出ていた。

「そんなんならいらねえ。瞳子のママは、あたしの母さんじゃねえ。瞳子に母さんになってくれと頼んだ覚えもねえ」
「ミカちゃん!」

 さっきまで真剣だった目が、見る間に力をなくしていく。涙まで浮かんできそうなくらいに、大きく見開かれながら。
 けど、これはあたしの本当の心だ。嘘偽りない気持ちだ。だから、ぶつけてやる。

「いらねえよそんなの……けどよ。瞳子のハンバーグなら、食いたい」
「……え!?」

 瞳子がきょとんとしている。

「瞳子が作れる、一番美味いハンバーグを作ってくれ。あたしはそれでいい……変ななぐさめとか、いらねえから」
「ミカちゃん……」

 瞳子はしばらくぼんやりとしていた。飲み込みきれなかったのかとあたしが心配になってきたころ、瞳子は急に笑いだした。

「おい、いきなりどうした」
「ううん、なんでもないのー!」

 瞳子は、何度も何度も頷いていた。

「わかったー! ミカちゃんに最高の晩ごはん、つくってあげるー!!」
「あー。それなんだがな」

 あたしが言うと同時に、胃のあたりがぎゅるると鳴った。

「あたし、今日は朝も昼もまだなんだ……できたて、すぐ食べてもいいか」
「いいよー!」
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