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第52話 痛み分け
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──頭が痛い。
アンノウンはかつてない程の頭痛に襲われていた。
エストとの戦闘による疲労か? いや、違う。
「ぐあ⋯⋯ああ⋯⋯。⋯⋯なんだ。なんなんだこの⋯⋯」
喉の奥から、煮え滾るような苦味が沸々と湧いてくる。
アンノウンは遂に歩くこともできず、地面に倒れる。
嘔吐き、頭を抱える。冷や汗は止まる気配がない。
脳内に何かフラッシュバックした。でも、ノイズが掛かっていて思い出すことができない。けれど、大切なものだ。大切だったものだ。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯おいおい。こりゃ、第一位様じゃないか」
蹲るアンノウンに近づく青年が居た。
彼はジョーカーだ。メイリを探しに来た彼は、偶然にもアンノウンを発見した。
「⋯⋯くくく」
ジョーカーはアンノウンを蹴り付ける。アンノウンは転がり、壁に叩きつけられた。
蹴られた場所が悪かったようで、血反吐を吐く。
「あんたを殺せなんて命令はない。出せるはずないからな⋯⋯が、俺はあんたが嫌いだし、邪魔だ」
ジョーカーは赤い結晶のトランプカードを手に持つ。それは人体を切断するには有り余るほど鋭利だ。
先の蹴りで、今のアンノウンは無力だと知った。つまるところ、ジョーカーはアンノウンを殺すつもりだ。
「死ね。そして俺の糧になれ」
赤いトランプカードがアンノウンの首を断ち切る──はずたった。
ジョーカーの超能力『革命』は、あらゆる可能性を引き寄せる能力であり、そのために限定的であるものの未来視も可能だ。
そして、彼の視た未来では、アンノウンはジョーカーに首を切られ死んでいた。
「──!?」
ジョーカーは、反射的に避けていた。
赤いトランプカードはなくなっていた。もし、彼の反応が少しでも遅れていれば、これと同じように右腕が消し飛んでいただろう。
真っ黒いノイズのような何かが、離散する。それに飲み込まれ、トランプカードが消えたのをジョーカーは見た。
「────」
アンノウンはゆっくりと立ち上がっていた。
「⋯⋯見るからに満身創痍。なのになぜ、俺はこうも恐れている?」
アンノウンは前傾姿勢のままだ。かと思えば、突然、彼の背中に一対の黒翼が展開される。それは大きく開いている。枯れ木のように細く、翼膜がないものだった。
否、それだけではない。
「⋯⋯っ!」
ジョーカーは、それを回避する。
不可視の攻撃だと勘違いするほどのスピードだった。未来視がなければ、ジョーカーは呆気なく刺殺されていただろう。
「⋯⋯せェ。──うるせェ」
「チッ⋯⋯!」
黒翼が伸び、ジョーカーの腹部を突き刺す。
本来、ジョーカーが能力を使っている限り、彼に攻撃はまず当たらない。当たらない可能性が少しでもあれば、それを手繰り寄せることができるからだ。
しかし逆に言えば、絶対に避けることができない攻撃が避けられるようになるわけではない。
「ああ、クソ。クソ。クソがクソがクソがァっ!」
アンノウン自身にノイズが走る。彼が負っていた傷が、完治していた。それでも尚、ノイズは止まない。
それどころか、彼の周辺が段々と溶けていく。
「クソ財団め⋯⋯」
アンノウンはジョーカーのことなんて一切気にしていないようだ。まるで別のものを見ている。目の前に自分に次ぐ存在がいるというのに、まるで道端の小石と変わらないように認識している。
「⋯⋯なに無視してんだ。アンノウンっ!」
「ああ? ンだテメェ、誰だよ」
黒翼が薙ぎ払われる。ジョーカーは何とかトランプカードで防御しようとした。が、それは無意味だという未来を視た。
「何──」
未来を視てからでは、遅かった。
ジョーカーは吹き飛ばされる。アンノウンは彼を追撃しようともしなかった。どうでも良かったからだ。
「⋯⋯全部、思い出した。オレが何者で、財団がなぜオレを従えようとしたか。⋯⋯クソが」
怒りが渦巻く。熱した鉄のような怒りが。
そして同時に、罪悪感もあった。
エストとの戦闘の末、アンノウンは死の淵に瀕した。それがトリガーとなり、彼は無意識に自身を不解化させたのだ。
そしてそれは、彼にかつての記憶を思い出させた。
なぜなら、アンノウンの記憶は、彼自身が封じ込めていたからだ。
「財団め⋯⋯今すぐにでも滅ぼしてやりたいが⋯⋯」
そうするには状況とアンノウンの消耗が厳しい。もうまともに能力戦闘ができるほどの体力はない。どちらにせよ、休まなければいけないだろう。
あの頭痛はなくなった。
アンノウンは彼の自宅にテレポートし、その場から立ち去った。
──少し離れたところで、ジョーカーは起き上がった。
◆◆◆
突然、ヒナタとの連絡が途切れたかと思えば、しばらくして通信が復帰した。
そして直後、ヒナタからの救援要請があった。メイリの身柄とO.L.S.計画に関する情報集めはアルゼスに任せ、ユウカはミナのところにテレポートした。
「──簡潔に、現状を説明してもらおうか?」
レイチェルがレオンの首を捻り、殺そうとしていた。ユウカはレイチェルの触手を破壊し、彼を助けつつそう言った。
傍目にはミナが倒れていた。しかし様子がおかしい。戦闘の跡はあるのに、彼女には傷一つなかった。
「けほっ⋯⋯。そこのレベル6が、襲ってきたんです⋯⋯星華は、暴走でもしたみたいで⋯⋯でも、すぐに気絶して⋯⋯」
「なるほどな。分かった。⋯⋯後は任せてくれ」
ユウカがレオンの前に立つ。レイチェルは動かなかった。動けなかった。
「⋯⋯レベル6。君がレイチェル・S・ブラックか」
「⋯⋯そういうあなたは白石ユウカね。⋯⋯そうね、ここは引き分けといきましょう?」
レイチェルは体の至るところに傷があった。見れば、それがミナの爆発によるものであると分かる。他にも打撲痕などもあった。
彼女の超能力なら、これらの傷は簡単に治すことができるはずだ。しかしできないということは、限界が近いのだろう。
(⋯⋯が、足掻かれたら面倒だ。星華とソマーズを守りつつ、こいつを倒すのは至難だろう)
レイチェルは戦闘力という意味においては、レベル6でも上位に値する。戦って勝てない相手ではないが、それはあくまでも一対一の戦闘の話だ。
「⋯⋯いいだろう。大人しく立ち去れ」
「ではそのご厚意に甘えさせていただくわ」
レイチェルは姿を消す。能力の応用で肉体を極限まで細め、適当な隙間から逃げ出したのだろう。これでは追跡も難しい。
「⋯⋯すみません。オレが足で纏なばかり」
「問題ない。むしろ今までよく持ちこたえてくれた。⋯⋯ところで、星華が暴走したと言っていたな。今度は詳しく説明してもらえるか?」
「あ、はい」
レオンはユウカにこれまでの経緯を話す。
暴走したミナは、レオンには目もくれずレイチェルのみを狙っていた。
ミナは『仄明星々』を主に使っていた。が、『不可視の力』を操ることもあった。
現在、ミナは眠っている。体を揺らしても起きる気配はない。とても深い眠りについているようだ。
また、能力の出力も普段の彼女からはかけ離れていた。しかし、こちらは暴走とは関係ないだろう。
「星華は能力の出力を意識的に制限している。君が見たものはおそらく、無制限のスター・ダストだ」
「⋯⋯あれが本来の」
レイチェルの質量攻撃を一撃で全て消し炭にしていた。爆発に巻き込まれたものは、壊れるわけでも、溶けるわけでもなく、消し炭だ。
「あの、白石先輩は、星華が暴走した原因がわかるんっすか?」
「ああ。どんなに天才の超能力者だろうと、限界到達点はレベル5だ。レベル6は、臨死体験、あるいは死ぬ必要がある」
「臨死、死ぬ⋯⋯!?」
「そうだ。当然、そんな経験をすれば精神に大きな負担がかかる。これがトリガーとなり、能力が覚醒する。そして、直後、能力は暴走する」
ユウカは思い出す。自分がレベル6となった時を。
彼女はその時から、複数の超能力を有していた。しかし能力の暴走は、周囲の超能力の無差別コピー。コピーした能力自体が暴走することはなく、すぐに気絶したこともあり、被害は特になかった。
「尤も能力の暴走は極短時間で、すぐに治まる。能力者も急激な覚醒についていけず、気絶する。が⋯⋯星華は中途半端に能力を覚醒させてしまったんだろう。だから、体がついていってしまった」
体は気絶することなく、能力が覚醒しかけた。レベル6にこそ至ることはなかったが、限りなくそれに近いものになったのだ。
「まあなんであれ今は安静にしておけば大丈夫だ。気絶したということは、沈静化している証拠だ」
「ならいいんですが⋯⋯」
既にアレンとルナの救出はできている。
アンノウンの完全無力化は達成できていないだろうが、深追いしてまですべきことではない。
何より、ここには第三勢力がいるらしい。これ以上、留まる理由もない。
「さて、さっさと退散しよう。君をメディエイトに転送する。遥か上空に行くから、落下死しないように」
「え、はい──?」
「まあ、君の能力なら問題ないだろうが」
ユウカがレオンに触れた瞬間、彼の姿はその場から消えていた。無事、転送できたようだ。
この方法は飛行手段等の落下に対応できる能力者でないとできない。そしてレオンはこの問題を解決できる。
「私も行くか」
ユウカはミナとイーライに触れながら、転送の超能力を使った。
この超能力は、自分、もしくは触れている対象を直線上に目標地点に向けて転送する。
この転送は転移とは異なり、言ってしまえば超高速移動だ。勿論、導線上に障害物があれば、転送物は一切破損することなく、障害物を破壊しながら移動する。
そのため、この超能力は何も障害物がない場所でのみ使わなければならない。
「────」
ユウカたちは、メディエイト事務所、上空百メートルの位置に転送した。
重力が働き、三人は落ちる。ユウカはそれでも冷静なままミナとイーライを掴んだ。
そして超能力を切り替え、地上に転移する。
そこには四つん這いになり呼吸を荒くするレオンがいた。
「少々手荒な真似だが、一番早く退散できたろう?」
「ぜぇ⋯⋯こわ、こわかったぁ⋯⋯しんだとおもったぁ⋯⋯」
涙目になっていたレオンに謝り、宥めつつ、ユウカたちはリエサたちの帰りを待つ。
しばらくして全員が無事帰還したところで、これからについて話すことになった。
メディエイト事務所の接客室。
「とりあえず、まず一言。⋯⋯すまなかった。俺のミスで、君たち全員を危険な目に遭わせてしまった。本当に、申し訳ない」
アレンは頭を下げ、他の全員に謝った。
しかし、誰も彼を責める気はなかった。仕方のないことだったからだ。
ここで反省会をする必要性はない。
話を切り替え、今度はこれからどうするか、について話すことになった。
「私たちは財団に喧嘩を売りました。理由は何であれ、この学園都市でそうするということは⋯⋯まあ、停学処分なんていう生優しい対応では済まないでしょうね」
リエサの言うことは尤もだった。
RDC財団は学園都市の設立に大きく関わった組織だ。表面上はともかく、財団の発言権は学園都市にとって無視できるものではない。
そんな所謂権力者に、メディエイトは喧嘩を売った。しかも、財団本部の襲撃という形で。
泥を塗られた、なんてものではない一件だ。追放で済めばまだマシだろう。
「だが、財団側も大きくは出ないだろう。⋯⋯ああ、やはり」
ユウカはスマホで財団施設内での騒動の速報について調べていた。
そこには「研究実験での想定外の爆発」だとあった。
勿論、嘘だ。
「財団も私たちにO.L.S.計画を握られていることを理解している。下手にこちらを刺激すれば、あちらもただでは済まないと分かっている」
もしO.L.S.計画についてリークでもされようものなら、財団の信用が根底から失われることになる。
メディエイトの社会的信用は十分だ。財団を疑うようになる人間は少なくないだろう。ましてや風紀委員会も加わるとなると、財団の不利は明確だ。
だからこそ、互いに不干渉。痛み分けで、この場を凌ごうとしているのだろう。
「⋯⋯で、財団がそれで終わらせてくれるなんて、ないっすよね」
レオンの予想は間違っていない。O.L.S.計画を知られるということは、財団にとって組織の存続に関わるような問題になるということ。
「ああそうだ。⋯⋯今ちょうど、学園都市のお偉いさんから呼び出しがあった」
アレンのPCのメールボックスに、学園都市統括理事会からの招集命令の旨が届いていた。
内容は至ってシンプル。包み隠そうともせず、財団襲撃犯全員との対談を行う、とのこと。
「断ればどうなるっすかね?」
「テロ犯として粛清だろうな。全員まとめて」
O.L.S.計画を公表することはできても、それを全員が全員信じるわけでもない。財団は時間を掛けてゆっくり、そして怪しまれることなく事態を揉み消すだろう。いかなる手段を用いようとも。
「⋯⋯じゃあつまり」
「ああ。行くしかない」
アンノウンはかつてない程の頭痛に襲われていた。
エストとの戦闘による疲労か? いや、違う。
「ぐあ⋯⋯ああ⋯⋯。⋯⋯なんだ。なんなんだこの⋯⋯」
喉の奥から、煮え滾るような苦味が沸々と湧いてくる。
アンノウンは遂に歩くこともできず、地面に倒れる。
嘔吐き、頭を抱える。冷や汗は止まる気配がない。
脳内に何かフラッシュバックした。でも、ノイズが掛かっていて思い出すことができない。けれど、大切なものだ。大切だったものだ。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯おいおい。こりゃ、第一位様じゃないか」
蹲るアンノウンに近づく青年が居た。
彼はジョーカーだ。メイリを探しに来た彼は、偶然にもアンノウンを発見した。
「⋯⋯くくく」
ジョーカーはアンノウンを蹴り付ける。アンノウンは転がり、壁に叩きつけられた。
蹴られた場所が悪かったようで、血反吐を吐く。
「あんたを殺せなんて命令はない。出せるはずないからな⋯⋯が、俺はあんたが嫌いだし、邪魔だ」
ジョーカーは赤い結晶のトランプカードを手に持つ。それは人体を切断するには有り余るほど鋭利だ。
先の蹴りで、今のアンノウンは無力だと知った。つまるところ、ジョーカーはアンノウンを殺すつもりだ。
「死ね。そして俺の糧になれ」
赤いトランプカードがアンノウンの首を断ち切る──はずたった。
ジョーカーの超能力『革命』は、あらゆる可能性を引き寄せる能力であり、そのために限定的であるものの未来視も可能だ。
そして、彼の視た未来では、アンノウンはジョーカーに首を切られ死んでいた。
「──!?」
ジョーカーは、反射的に避けていた。
赤いトランプカードはなくなっていた。もし、彼の反応が少しでも遅れていれば、これと同じように右腕が消し飛んでいただろう。
真っ黒いノイズのような何かが、離散する。それに飲み込まれ、トランプカードが消えたのをジョーカーは見た。
「────」
アンノウンはゆっくりと立ち上がっていた。
「⋯⋯見るからに満身創痍。なのになぜ、俺はこうも恐れている?」
アンノウンは前傾姿勢のままだ。かと思えば、突然、彼の背中に一対の黒翼が展開される。それは大きく開いている。枯れ木のように細く、翼膜がないものだった。
否、それだけではない。
「⋯⋯っ!」
ジョーカーは、それを回避する。
不可視の攻撃だと勘違いするほどのスピードだった。未来視がなければ、ジョーカーは呆気なく刺殺されていただろう。
「⋯⋯せェ。──うるせェ」
「チッ⋯⋯!」
黒翼が伸び、ジョーカーの腹部を突き刺す。
本来、ジョーカーが能力を使っている限り、彼に攻撃はまず当たらない。当たらない可能性が少しでもあれば、それを手繰り寄せることができるからだ。
しかし逆に言えば、絶対に避けることができない攻撃が避けられるようになるわけではない。
「ああ、クソ。クソ。クソがクソがクソがァっ!」
アンノウン自身にノイズが走る。彼が負っていた傷が、完治していた。それでも尚、ノイズは止まない。
それどころか、彼の周辺が段々と溶けていく。
「クソ財団め⋯⋯」
アンノウンはジョーカーのことなんて一切気にしていないようだ。まるで別のものを見ている。目の前に自分に次ぐ存在がいるというのに、まるで道端の小石と変わらないように認識している。
「⋯⋯なに無視してんだ。アンノウンっ!」
「ああ? ンだテメェ、誰だよ」
黒翼が薙ぎ払われる。ジョーカーは何とかトランプカードで防御しようとした。が、それは無意味だという未来を視た。
「何──」
未来を視てからでは、遅かった。
ジョーカーは吹き飛ばされる。アンノウンは彼を追撃しようともしなかった。どうでも良かったからだ。
「⋯⋯全部、思い出した。オレが何者で、財団がなぜオレを従えようとしたか。⋯⋯クソが」
怒りが渦巻く。熱した鉄のような怒りが。
そして同時に、罪悪感もあった。
エストとの戦闘の末、アンノウンは死の淵に瀕した。それがトリガーとなり、彼は無意識に自身を不解化させたのだ。
そしてそれは、彼にかつての記憶を思い出させた。
なぜなら、アンノウンの記憶は、彼自身が封じ込めていたからだ。
「財団め⋯⋯今すぐにでも滅ぼしてやりたいが⋯⋯」
そうするには状況とアンノウンの消耗が厳しい。もうまともに能力戦闘ができるほどの体力はない。どちらにせよ、休まなければいけないだろう。
あの頭痛はなくなった。
アンノウンは彼の自宅にテレポートし、その場から立ち去った。
──少し離れたところで、ジョーカーは起き上がった。
◆◆◆
突然、ヒナタとの連絡が途切れたかと思えば、しばらくして通信が復帰した。
そして直後、ヒナタからの救援要請があった。メイリの身柄とO.L.S.計画に関する情報集めはアルゼスに任せ、ユウカはミナのところにテレポートした。
「──簡潔に、現状を説明してもらおうか?」
レイチェルがレオンの首を捻り、殺そうとしていた。ユウカはレイチェルの触手を破壊し、彼を助けつつそう言った。
傍目にはミナが倒れていた。しかし様子がおかしい。戦闘の跡はあるのに、彼女には傷一つなかった。
「けほっ⋯⋯。そこのレベル6が、襲ってきたんです⋯⋯星華は、暴走でもしたみたいで⋯⋯でも、すぐに気絶して⋯⋯」
「なるほどな。分かった。⋯⋯後は任せてくれ」
ユウカがレオンの前に立つ。レイチェルは動かなかった。動けなかった。
「⋯⋯レベル6。君がレイチェル・S・ブラックか」
「⋯⋯そういうあなたは白石ユウカね。⋯⋯そうね、ここは引き分けといきましょう?」
レイチェルは体の至るところに傷があった。見れば、それがミナの爆発によるものであると分かる。他にも打撲痕などもあった。
彼女の超能力なら、これらの傷は簡単に治すことができるはずだ。しかしできないということは、限界が近いのだろう。
(⋯⋯が、足掻かれたら面倒だ。星華とソマーズを守りつつ、こいつを倒すのは至難だろう)
レイチェルは戦闘力という意味においては、レベル6でも上位に値する。戦って勝てない相手ではないが、それはあくまでも一対一の戦闘の話だ。
「⋯⋯いいだろう。大人しく立ち去れ」
「ではそのご厚意に甘えさせていただくわ」
レイチェルは姿を消す。能力の応用で肉体を極限まで細め、適当な隙間から逃げ出したのだろう。これでは追跡も難しい。
「⋯⋯すみません。オレが足で纏なばかり」
「問題ない。むしろ今までよく持ちこたえてくれた。⋯⋯ところで、星華が暴走したと言っていたな。今度は詳しく説明してもらえるか?」
「あ、はい」
レオンはユウカにこれまでの経緯を話す。
暴走したミナは、レオンには目もくれずレイチェルのみを狙っていた。
ミナは『仄明星々』を主に使っていた。が、『不可視の力』を操ることもあった。
現在、ミナは眠っている。体を揺らしても起きる気配はない。とても深い眠りについているようだ。
また、能力の出力も普段の彼女からはかけ離れていた。しかし、こちらは暴走とは関係ないだろう。
「星華は能力の出力を意識的に制限している。君が見たものはおそらく、無制限のスター・ダストだ」
「⋯⋯あれが本来の」
レイチェルの質量攻撃を一撃で全て消し炭にしていた。爆発に巻き込まれたものは、壊れるわけでも、溶けるわけでもなく、消し炭だ。
「あの、白石先輩は、星華が暴走した原因がわかるんっすか?」
「ああ。どんなに天才の超能力者だろうと、限界到達点はレベル5だ。レベル6は、臨死体験、あるいは死ぬ必要がある」
「臨死、死ぬ⋯⋯!?」
「そうだ。当然、そんな経験をすれば精神に大きな負担がかかる。これがトリガーとなり、能力が覚醒する。そして、直後、能力は暴走する」
ユウカは思い出す。自分がレベル6となった時を。
彼女はその時から、複数の超能力を有していた。しかし能力の暴走は、周囲の超能力の無差別コピー。コピーした能力自体が暴走することはなく、すぐに気絶したこともあり、被害は特になかった。
「尤も能力の暴走は極短時間で、すぐに治まる。能力者も急激な覚醒についていけず、気絶する。が⋯⋯星華は中途半端に能力を覚醒させてしまったんだろう。だから、体がついていってしまった」
体は気絶することなく、能力が覚醒しかけた。レベル6にこそ至ることはなかったが、限りなくそれに近いものになったのだ。
「まあなんであれ今は安静にしておけば大丈夫だ。気絶したということは、沈静化している証拠だ」
「ならいいんですが⋯⋯」
既にアレンとルナの救出はできている。
アンノウンの完全無力化は達成できていないだろうが、深追いしてまですべきことではない。
何より、ここには第三勢力がいるらしい。これ以上、留まる理由もない。
「さて、さっさと退散しよう。君をメディエイトに転送する。遥か上空に行くから、落下死しないように」
「え、はい──?」
「まあ、君の能力なら問題ないだろうが」
ユウカがレオンに触れた瞬間、彼の姿はその場から消えていた。無事、転送できたようだ。
この方法は飛行手段等の落下に対応できる能力者でないとできない。そしてレオンはこの問題を解決できる。
「私も行くか」
ユウカはミナとイーライに触れながら、転送の超能力を使った。
この超能力は、自分、もしくは触れている対象を直線上に目標地点に向けて転送する。
この転送は転移とは異なり、言ってしまえば超高速移動だ。勿論、導線上に障害物があれば、転送物は一切破損することなく、障害物を破壊しながら移動する。
そのため、この超能力は何も障害物がない場所でのみ使わなければならない。
「────」
ユウカたちは、メディエイト事務所、上空百メートルの位置に転送した。
重力が働き、三人は落ちる。ユウカはそれでも冷静なままミナとイーライを掴んだ。
そして超能力を切り替え、地上に転移する。
そこには四つん這いになり呼吸を荒くするレオンがいた。
「少々手荒な真似だが、一番早く退散できたろう?」
「ぜぇ⋯⋯こわ、こわかったぁ⋯⋯しんだとおもったぁ⋯⋯」
涙目になっていたレオンに謝り、宥めつつ、ユウカたちはリエサたちの帰りを待つ。
しばらくして全員が無事帰還したところで、これからについて話すことになった。
メディエイト事務所の接客室。
「とりあえず、まず一言。⋯⋯すまなかった。俺のミスで、君たち全員を危険な目に遭わせてしまった。本当に、申し訳ない」
アレンは頭を下げ、他の全員に謝った。
しかし、誰も彼を責める気はなかった。仕方のないことだったからだ。
ここで反省会をする必要性はない。
話を切り替え、今度はこれからどうするか、について話すことになった。
「私たちは財団に喧嘩を売りました。理由は何であれ、この学園都市でそうするということは⋯⋯まあ、停学処分なんていう生優しい対応では済まないでしょうね」
リエサの言うことは尤もだった。
RDC財団は学園都市の設立に大きく関わった組織だ。表面上はともかく、財団の発言権は学園都市にとって無視できるものではない。
そんな所謂権力者に、メディエイトは喧嘩を売った。しかも、財団本部の襲撃という形で。
泥を塗られた、なんてものではない一件だ。追放で済めばまだマシだろう。
「だが、財団側も大きくは出ないだろう。⋯⋯ああ、やはり」
ユウカはスマホで財団施設内での騒動の速報について調べていた。
そこには「研究実験での想定外の爆発」だとあった。
勿論、嘘だ。
「財団も私たちにO.L.S.計画を握られていることを理解している。下手にこちらを刺激すれば、あちらもただでは済まないと分かっている」
もしO.L.S.計画についてリークでもされようものなら、財団の信用が根底から失われることになる。
メディエイトの社会的信用は十分だ。財団を疑うようになる人間は少なくないだろう。ましてや風紀委員会も加わるとなると、財団の不利は明確だ。
だからこそ、互いに不干渉。痛み分けで、この場を凌ごうとしているのだろう。
「⋯⋯で、財団がそれで終わらせてくれるなんて、ないっすよね」
レオンの予想は間違っていない。O.L.S.計画を知られるということは、財団にとって組織の存続に関わるような問題になるということ。
「ああそうだ。⋯⋯今ちょうど、学園都市のお偉いさんから呼び出しがあった」
アレンのPCのメールボックスに、学園都市統括理事会からの招集命令の旨が届いていた。
内容は至ってシンプル。包み隠そうともせず、財団襲撃犯全員との対談を行う、とのこと。
「断ればどうなるっすかね?」
「テロ犯として粛清だろうな。全員まとめて」
O.L.S.計画を公表することはできても、それを全員が全員信じるわけでもない。財団は時間を掛けてゆっくり、そして怪しまれることなく事態を揉み消すだろう。いかなる手段を用いようとも。
「⋯⋯じゃあつまり」
「ああ。行くしかない」
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