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第14話 依頼
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体育祭が始まる前、イーライは元々所属していたS.S.R.F.から、とある任務を受けて欲しいとの連絡があった。
拒否権はないようなものだったため、イーライはその話を聞き、任務を受けることにしたが、もう一つ厄介なことも頼まれた。
それこそ、自らが担当する救助科の生徒を、本任務にあてがうこと。
一人の教師としては、当然拒否するべき案件だ。個人的にもそうであった。
しかし、依頼と言う名の要求。しかも拒否権はないようなものだった。
「お久しぶりです。カーライル大佐。御昇進おめでとう御座います」
S.S.R.F.本部のとある一室。そこにイーライは訪れていた。
目の前にいる威厳のある初老の男性は、イーライの元上官だ。彼の下で、当時は活躍したものである。恩も多くあり、辞める際にも色々と根を回してくれたものだ。
「ありがとう。久しいな、コリン元少尉。ミース学園の教師生活はどうかな?」
「はい。忙しいものですが、やり甲斐があり、日々充実しております」
「そうか。なら良かった」
カーライルは手に持っていた葉巻を加えて、大きく息を吸う。それから肺に溜まった煙を吐き出した。
そして、彼は本題に入る。
「現役を引退した君を引き戻して申し訳ない。そうしろと上が五月蝿くてな」
「いえ。そうすることが合理的であることは承知しております」
「すまないな」
「⋯⋯ですが」
「──学生の起用。それは私もどうかと思っている」
カーライルはイーライが言い出すよりも先に、彼がここに来た理由を言い当てる。カーライルは彼のことをよく理解しているからだ。
「君は昔からそうだった。私もそうだ。新兵を危険な任務に充てるなど、芽を潰すようなもの。ましてや兵ですらない学生を? 冗談か、と」
「⋯⋯⋯⋯」
しかし、カーライルはイーライを全面的に肯定するわけではなかった。イーライは確かに合理的であるが、その上で感情的な人物である。対してカーライルは、イーライ以上の合理主義者だ。
「⋯⋯君が担当するクラス。1-A組には優秀な学生が多く在籍している。S.S.R.F.にも引けを取らないだろう。実戦経験さえ積めば」
「⋯⋯大佐」
「そうだ。実戦経験。君が担当しているクラスの中でも、居るだろう。名前は⋯⋯星華ミナ。月宮リエサ」
「カーライル大佐!」
イーライは思わず声を荒らげてしまった。すぐにそのことを謝罪し、しかし反論する。
「彼女らはまだ子供です。我々、大人の失態を拭わせるべきではありません」
「尤もだ」
「⋯⋯! ならなぜ」
「優秀であり、それだけ人手が足りないからだ。我々が発見した『能力覚醒剤』の流通源と思われる組織の拠点は多数ある。その全てを襲撃し、しかし治安維持機関としての機能を維持することは不可能だ。その為に上は学生の動員を計画した。ミース学園だけではない。他の学校。特異機関にも協力の要請をするぐらいだ」
人手不足。少子化。それは近年の先進国での由々しき問題だ。ルーグルア国もそうであるため、学園都市でも子供の人数は減って行っている。
対して、能力犯罪者の凶悪化。対処能力を超えてしまった今、最早S.S.R.F.のみでは対応ができなくなっていた。
「⋯⋯コリン君。君には酷な選択になるだろう」
「──大佐。私は学生に戦地にいけなどとは言えません」
「⋯⋯⋯⋯そう、か」
「はい。⋯⋯ですが、代案はあります」
カーライル大佐はイーライを超える合理主義者だ。──そして同時に、人情もある。
「──二人が担う筈だった分の仕事、私が担当します」
◆◆◆
時間は過ぎ、現在。体育祭二日目が終了したその夜。
イーライは本来、ミナとリエサ、他数名の学生が担当するはずだった仕事をするため、夜の学園都市を走り回っていた。
今回の仕事の内容は、『能力覚醒剤』を所持した学生の集団を捕縛することである。彼らはその動向から学園都市外部への逃亡を考えているかもしれないとのこと。
目的は不明であるが、『能力覚醒剤』の使用は確認されていないことから、それを外部へ持ち出すことであると考えられる。
しかし、その集団は相当に戦闘能力に優れており、既に対処しようとしたS.S.R.F.隊員が複数負傷している。
万が一にでも『能力覚醒剤』が外部に持ち出された場合に予測される最悪の事態は二つ。
一つは外の人間が薬によって超能力を覚醒、暴走させ、大混乱に陥ること。
もう一つは、薬は能力開発技術を元に作成されているため、解析でもされてしまうと学園都市の能力開発技術が流出してしまうこと。
以上のことから、今回の騒動は必ず阻止しなくてはならない。下手をすれば学園都市に大損害が齎されるかもしれない事柄である。
「⋯⋯おそらくここを通るはずだが」
イーライが生徒の代わりに仕事を引き受けたと言っても、彼一人が今回の事件に対処しているわけではない。こちらの存在が察知されないように全員単独で動いているとは言え、情報共有、役割分担はきっちり行われている。
イーライは他の人の情報を得て、騒動の原因となった生徒の集団を先回りしていた。
夜の学園都市。場所はエヴォ総合学園学区内のとある工場地帯。時間が時間であるため、人通りは全く無い。イーライは高所から辺り一帯を見渡していた。
「⋯⋯見つけた」
しばらくして、対象は現れた。距離、二百メートル。数は四人。情報通りである。
イーライは彼らの外見の特徴を確認する。予想通り、目標で間違いなさそうだ。
リュシアン・ブーシェ。茶色いセンター分けヘアの男子生徒。レベル4の念動力系能力者。
ニコライ・アルピホフ。黒いショートヘアの男子生徒。レベル3の空間転移系能力者。
シャルロット・グレーナ。金色のロングヘアの女子生徒。レベル3の精神感応系能力者。
ヘレナ・ファルツィ。赤いミディアムヘアの女子生徒。おそらくこの集団のリーダー。レベル5の空間操作系能力者。
全員の所属している学校は別々。そしてしばらく前から出席していなかったらしい。
「さて、どうするか」
昔なら、能力を封印して奇襲を仕掛けていた。だが今は自分一人だけだし、応援を呼ぶにも、勘付かれるリスクの方が大きい。
なぜなら、テレパシー能力を持つシャルロットは常に半径百メートルの範囲内に存在する全ての人間の心の声を聞こうとしているからだ。何か考えただけで存在が察知されるという状態である。
かと言って、能力を封印すればそれで気付かれる。奇襲だって、流石に四対一では大した有効打にはならない。それどころか反撃されてもおかしくない。
「⋯⋯やるしかないか」
イーライはこのために用意した装備がいくつかある。
ファイティング・ナイフ。ハンドガン。フラッシュバン。そしてスナイパーライフル。
テレパシー能力の探知範囲外から射撃するために、イーライはS.S.R.F.からこれを借りていた。
「⋯⋯⋯⋯」
仮にも相手は生徒。子供。やったことは許されるべきではないが、その報いとして、死はあまりにも酷だ。
よって、イーライはあえて殺しはしなかった。狙いは足。たった一発。的確にシャルロットの右足を貫き、彼女から機動力を奪う。
「反応が早い。ただの生徒にしては⋯⋯慣れているな」
銃声。仲間が撃たれた。一般人なら慌てふためくところだが、彼らは冷静に銃声の方を警戒して来た。そしてすぐさまイーライの位置を特定した様で、射線を切られた。
「さて、と⋯⋯やるか」
イーライの心のざわめきは、今の一発で静まってしまった。
教師としての良心。生徒の味方という責務を捨てて、既に彼は一人の兵士だ。
戦場では情けなど隙にしかならない。だから彼は、一片たりとも情を見せないだろう。少なくとも、本人はそのつもりである。
イーライはすぐさま残り三人の集団との距離を詰める。
「──そこか!」
足音は消していたが、どうやら相手は相当に耳が良いらしい。
集団のリーダー、ヘレナはイーライの位置を特定し、その空間を歪めた。
空間ごと近くのパイプが歪み、そして丸く固められた。だがイーライは既にそこには居なくて、ヘレナの後ろに回っていた。
「っ!」
が、そこに丸められたパイプだったものが投げ付けられる。サイコキネシスによるものだった。
「⋯⋯あんた誰?」
ヘレナたちは突如現れたイーライとの距離を取り、警戒しているようだ。
「イーライ・コリン。お前たちを捕まえに来た」
「そう。さっきシャルを撃ったのもあんたね?」
「そうだと言えば?」
返答していたヘレナは、その瞬間黙り込んだ。
「⋯⋯ぶっ殺す」
そして、決心したようだ。いや、頭に血が上ったと言うべきか。
何はともあれ、ヘレナは自らの能力でイーライを空間ごと捻じ曲げようとしたようだ。おそらく同じ空間操作系能力でもなければ、防ぐことはできず、回避しか選択肢はなかっただろう。
唯一、イーライの能力を除いて。
「──能力が発動しない?」
「リーダ!? ⋯⋯な!? どうして能力が⋯⋯」
サイコキネシスでイーライの体を操ろうとしたリュシアンも、異変に気が付いたようだ。
「この人の能力か⋯⋯」
ニコライも同じ状態となっている。能力が使えない。
「俺はお前たちを殺す気はない。殺させないでくれ。だから、投降しろ」
イーライは拳銃を向ける。能力が使えない彼らは見た目相応のただの人間だ。拳銃をどうにかするような術はない。
煙幕を作ることもできない。体術でどうにかできることもない。
本気のイーライは、対能力者において敵無しだ。能力に頼りきっていればいるほどにその脅威は大きくなる。
「⋯⋯私たちがこうもあっさりと⋯⋯やるみたいね、あんた」
ヘレナはこの状況でも尚、諦める様子はなかった。
なぜなら、彼らもまた、能力以外の武器を持っていたからだ。
それは、数。いくら拳銃持ちでも、たった一人。
「でも多対一をするのは感心しないわ!」
全員、分散してイーライに向かって走り出す。
なるほど悪くない判断だ。拳銃相手なら、一人を狙っている間に他の二人が殴り掛かれる。そしてこれは予想外だろうが、イーライの能力の発動条件も外すことができる。
ただ、能力は封じられていると思って使う素振りはなさそうだ。
「そこまで考えるなら、それに違和感ぐらい持つべきだ」
イーライはフラッシュバンを投げる。その瞬間、彼は目を隠したが、三人は反応が間に合わずに閃光をモロに喰らう。
目が潰され、身動きがままならなくなった三人に抵抗する術はなくなった。
「仕方ないな」
三人に話は通じないだろう。手荒な真似にはなるが、気絶させて捕縛するしかない。そう思ってイーライは、光で目が見えなくなった彼らをストックで殴り、気絶させ、持っていたロープで無力化した。
彼らを移送するために、イーライがS.S.R.F.に連絡しようとした時だった。
突然、彼の後頭部に銃口が突きつけられた。それから重低音の男の声がした。
「動くな。手を上げろ」
「⋯⋯何者だ」
イーライは男の声に従い、手を上げる。勿論何も持っていない。
「答える必要性を感じないな。S.S.R.F.元隊員、イーライ・コリン」
「⋯⋯なら要求は何だ。それなら必要性はあるんじゃないか」
もしイーライの命なら、こんな回りくどいことはしない。そのまま引き金を引いて脳髄をぶちまけさせるだけで済む話だ。
「そうだな。今お前が捕まえた奴らの身柄を渡せ」
「断ればどうなる?」
「お前を殺せば面倒だ。顔も見られてないしな。だから少しの間眠っててもらう」
「⋯⋯そうか」
今のやり取りで予想できるイーライに銃口を突き付けている相手の正体と目的。
それは、外部の第三者であり、目的は『能力覚醒剤』の争奪。
まだ確定したわけではないが、何にせよ相手は『能力覚醒剤』を狙っていることは間違いない。
「分かった」
イーライは男に背を向けたままその場から離れて、壁に向かった。
「言わなくてもわかるみたいだな。手間が省ける。そこでしばらくじっとしていろ」
後ろで引きずるような音がした。相手は複数人いるようだ。なら誰かがイーライを見張っていることは想像に易い。
振り返れば、問答無用で射殺されるだろう。相手はイーライを殺すことを面倒に思っているが、顔を見られれば躊躇は無いはずだ。
やがて音がしなくなったため、彼は振り返る。
当然、そこには誰も居なかった。
「動いて良いならそう言えよ。⋯⋯ああ、クソが」
四人組の集団は居なかった。そう、四人全員居なかった。イーライが最初に足を撃った女子生徒も、おそらく見つけられた。
そう遠くないうちに彼らは殺されるだろう。情報を抜き取られるか、拷問でもされた後に、死体が見つからない形で処理されるだろう。そうなれば尋問もできない。罪を償わせることもできない。何より、生徒として指導し、更生させることが叶わなくなる。
確かに今のイーライはS.S.R.Fの兵士だ。だが、彼はやはり教師でもあった。
「⋯⋯ん?」
イーライの脳内に女の子の声が響いた。それはたった一言。
──誰か、助けて。
これはテレパシーだ。なら、覚えがある。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯ああ」
先生には、どんな生徒だろうと、彼らを見捨てて良い理由なんてない。
拒否権はないようなものだったため、イーライはその話を聞き、任務を受けることにしたが、もう一つ厄介なことも頼まれた。
それこそ、自らが担当する救助科の生徒を、本任務にあてがうこと。
一人の教師としては、当然拒否するべき案件だ。個人的にもそうであった。
しかし、依頼と言う名の要求。しかも拒否権はないようなものだった。
「お久しぶりです。カーライル大佐。御昇進おめでとう御座います」
S.S.R.F.本部のとある一室。そこにイーライは訪れていた。
目の前にいる威厳のある初老の男性は、イーライの元上官だ。彼の下で、当時は活躍したものである。恩も多くあり、辞める際にも色々と根を回してくれたものだ。
「ありがとう。久しいな、コリン元少尉。ミース学園の教師生活はどうかな?」
「はい。忙しいものですが、やり甲斐があり、日々充実しております」
「そうか。なら良かった」
カーライルは手に持っていた葉巻を加えて、大きく息を吸う。それから肺に溜まった煙を吐き出した。
そして、彼は本題に入る。
「現役を引退した君を引き戻して申し訳ない。そうしろと上が五月蝿くてな」
「いえ。そうすることが合理的であることは承知しております」
「すまないな」
「⋯⋯ですが」
「──学生の起用。それは私もどうかと思っている」
カーライルはイーライが言い出すよりも先に、彼がここに来た理由を言い当てる。カーライルは彼のことをよく理解しているからだ。
「君は昔からそうだった。私もそうだ。新兵を危険な任務に充てるなど、芽を潰すようなもの。ましてや兵ですらない学生を? 冗談か、と」
「⋯⋯⋯⋯」
しかし、カーライルはイーライを全面的に肯定するわけではなかった。イーライは確かに合理的であるが、その上で感情的な人物である。対してカーライルは、イーライ以上の合理主義者だ。
「⋯⋯君が担当するクラス。1-A組には優秀な学生が多く在籍している。S.S.R.F.にも引けを取らないだろう。実戦経験さえ積めば」
「⋯⋯大佐」
「そうだ。実戦経験。君が担当しているクラスの中でも、居るだろう。名前は⋯⋯星華ミナ。月宮リエサ」
「カーライル大佐!」
イーライは思わず声を荒らげてしまった。すぐにそのことを謝罪し、しかし反論する。
「彼女らはまだ子供です。我々、大人の失態を拭わせるべきではありません」
「尤もだ」
「⋯⋯! ならなぜ」
「優秀であり、それだけ人手が足りないからだ。我々が発見した『能力覚醒剤』の流通源と思われる組織の拠点は多数ある。その全てを襲撃し、しかし治安維持機関としての機能を維持することは不可能だ。その為に上は学生の動員を計画した。ミース学園だけではない。他の学校。特異機関にも協力の要請をするぐらいだ」
人手不足。少子化。それは近年の先進国での由々しき問題だ。ルーグルア国もそうであるため、学園都市でも子供の人数は減って行っている。
対して、能力犯罪者の凶悪化。対処能力を超えてしまった今、最早S.S.R.F.のみでは対応ができなくなっていた。
「⋯⋯コリン君。君には酷な選択になるだろう」
「──大佐。私は学生に戦地にいけなどとは言えません」
「⋯⋯⋯⋯そう、か」
「はい。⋯⋯ですが、代案はあります」
カーライル大佐はイーライを超える合理主義者だ。──そして同時に、人情もある。
「──二人が担う筈だった分の仕事、私が担当します」
◆◆◆
時間は過ぎ、現在。体育祭二日目が終了したその夜。
イーライは本来、ミナとリエサ、他数名の学生が担当するはずだった仕事をするため、夜の学園都市を走り回っていた。
今回の仕事の内容は、『能力覚醒剤』を所持した学生の集団を捕縛することである。彼らはその動向から学園都市外部への逃亡を考えているかもしれないとのこと。
目的は不明であるが、『能力覚醒剤』の使用は確認されていないことから、それを外部へ持ち出すことであると考えられる。
しかし、その集団は相当に戦闘能力に優れており、既に対処しようとしたS.S.R.F.隊員が複数負傷している。
万が一にでも『能力覚醒剤』が外部に持ち出された場合に予測される最悪の事態は二つ。
一つは外の人間が薬によって超能力を覚醒、暴走させ、大混乱に陥ること。
もう一つは、薬は能力開発技術を元に作成されているため、解析でもされてしまうと学園都市の能力開発技術が流出してしまうこと。
以上のことから、今回の騒動は必ず阻止しなくてはならない。下手をすれば学園都市に大損害が齎されるかもしれない事柄である。
「⋯⋯おそらくここを通るはずだが」
イーライが生徒の代わりに仕事を引き受けたと言っても、彼一人が今回の事件に対処しているわけではない。こちらの存在が察知されないように全員単独で動いているとは言え、情報共有、役割分担はきっちり行われている。
イーライは他の人の情報を得て、騒動の原因となった生徒の集団を先回りしていた。
夜の学園都市。場所はエヴォ総合学園学区内のとある工場地帯。時間が時間であるため、人通りは全く無い。イーライは高所から辺り一帯を見渡していた。
「⋯⋯見つけた」
しばらくして、対象は現れた。距離、二百メートル。数は四人。情報通りである。
イーライは彼らの外見の特徴を確認する。予想通り、目標で間違いなさそうだ。
リュシアン・ブーシェ。茶色いセンター分けヘアの男子生徒。レベル4の念動力系能力者。
ニコライ・アルピホフ。黒いショートヘアの男子生徒。レベル3の空間転移系能力者。
シャルロット・グレーナ。金色のロングヘアの女子生徒。レベル3の精神感応系能力者。
ヘレナ・ファルツィ。赤いミディアムヘアの女子生徒。おそらくこの集団のリーダー。レベル5の空間操作系能力者。
全員の所属している学校は別々。そしてしばらく前から出席していなかったらしい。
「さて、どうするか」
昔なら、能力を封印して奇襲を仕掛けていた。だが今は自分一人だけだし、応援を呼ぶにも、勘付かれるリスクの方が大きい。
なぜなら、テレパシー能力を持つシャルロットは常に半径百メートルの範囲内に存在する全ての人間の心の声を聞こうとしているからだ。何か考えただけで存在が察知されるという状態である。
かと言って、能力を封印すればそれで気付かれる。奇襲だって、流石に四対一では大した有効打にはならない。それどころか反撃されてもおかしくない。
「⋯⋯やるしかないか」
イーライはこのために用意した装備がいくつかある。
ファイティング・ナイフ。ハンドガン。フラッシュバン。そしてスナイパーライフル。
テレパシー能力の探知範囲外から射撃するために、イーライはS.S.R.F.からこれを借りていた。
「⋯⋯⋯⋯」
仮にも相手は生徒。子供。やったことは許されるべきではないが、その報いとして、死はあまりにも酷だ。
よって、イーライはあえて殺しはしなかった。狙いは足。たった一発。的確にシャルロットの右足を貫き、彼女から機動力を奪う。
「反応が早い。ただの生徒にしては⋯⋯慣れているな」
銃声。仲間が撃たれた。一般人なら慌てふためくところだが、彼らは冷静に銃声の方を警戒して来た。そしてすぐさまイーライの位置を特定した様で、射線を切られた。
「さて、と⋯⋯やるか」
イーライの心のざわめきは、今の一発で静まってしまった。
教師としての良心。生徒の味方という責務を捨てて、既に彼は一人の兵士だ。
戦場では情けなど隙にしかならない。だから彼は、一片たりとも情を見せないだろう。少なくとも、本人はそのつもりである。
イーライはすぐさま残り三人の集団との距離を詰める。
「──そこか!」
足音は消していたが、どうやら相手は相当に耳が良いらしい。
集団のリーダー、ヘレナはイーライの位置を特定し、その空間を歪めた。
空間ごと近くのパイプが歪み、そして丸く固められた。だがイーライは既にそこには居なくて、ヘレナの後ろに回っていた。
「っ!」
が、そこに丸められたパイプだったものが投げ付けられる。サイコキネシスによるものだった。
「⋯⋯あんた誰?」
ヘレナたちは突如現れたイーライとの距離を取り、警戒しているようだ。
「イーライ・コリン。お前たちを捕まえに来た」
「そう。さっきシャルを撃ったのもあんたね?」
「そうだと言えば?」
返答していたヘレナは、その瞬間黙り込んだ。
「⋯⋯ぶっ殺す」
そして、決心したようだ。いや、頭に血が上ったと言うべきか。
何はともあれ、ヘレナは自らの能力でイーライを空間ごと捻じ曲げようとしたようだ。おそらく同じ空間操作系能力でもなければ、防ぐことはできず、回避しか選択肢はなかっただろう。
唯一、イーライの能力を除いて。
「──能力が発動しない?」
「リーダ!? ⋯⋯な!? どうして能力が⋯⋯」
サイコキネシスでイーライの体を操ろうとしたリュシアンも、異変に気が付いたようだ。
「この人の能力か⋯⋯」
ニコライも同じ状態となっている。能力が使えない。
「俺はお前たちを殺す気はない。殺させないでくれ。だから、投降しろ」
イーライは拳銃を向ける。能力が使えない彼らは見た目相応のただの人間だ。拳銃をどうにかするような術はない。
煙幕を作ることもできない。体術でどうにかできることもない。
本気のイーライは、対能力者において敵無しだ。能力に頼りきっていればいるほどにその脅威は大きくなる。
「⋯⋯私たちがこうもあっさりと⋯⋯やるみたいね、あんた」
ヘレナはこの状況でも尚、諦める様子はなかった。
なぜなら、彼らもまた、能力以外の武器を持っていたからだ。
それは、数。いくら拳銃持ちでも、たった一人。
「でも多対一をするのは感心しないわ!」
全員、分散してイーライに向かって走り出す。
なるほど悪くない判断だ。拳銃相手なら、一人を狙っている間に他の二人が殴り掛かれる。そしてこれは予想外だろうが、イーライの能力の発動条件も外すことができる。
ただ、能力は封じられていると思って使う素振りはなさそうだ。
「そこまで考えるなら、それに違和感ぐらい持つべきだ」
イーライはフラッシュバンを投げる。その瞬間、彼は目を隠したが、三人は反応が間に合わずに閃光をモロに喰らう。
目が潰され、身動きがままならなくなった三人に抵抗する術はなくなった。
「仕方ないな」
三人に話は通じないだろう。手荒な真似にはなるが、気絶させて捕縛するしかない。そう思ってイーライは、光で目が見えなくなった彼らをストックで殴り、気絶させ、持っていたロープで無力化した。
彼らを移送するために、イーライがS.S.R.F.に連絡しようとした時だった。
突然、彼の後頭部に銃口が突きつけられた。それから重低音の男の声がした。
「動くな。手を上げろ」
「⋯⋯何者だ」
イーライは男の声に従い、手を上げる。勿論何も持っていない。
「答える必要性を感じないな。S.S.R.F.元隊員、イーライ・コリン」
「⋯⋯なら要求は何だ。それなら必要性はあるんじゃないか」
もしイーライの命なら、こんな回りくどいことはしない。そのまま引き金を引いて脳髄をぶちまけさせるだけで済む話だ。
「そうだな。今お前が捕まえた奴らの身柄を渡せ」
「断ればどうなる?」
「お前を殺せば面倒だ。顔も見られてないしな。だから少しの間眠っててもらう」
「⋯⋯そうか」
今のやり取りで予想できるイーライに銃口を突き付けている相手の正体と目的。
それは、外部の第三者であり、目的は『能力覚醒剤』の争奪。
まだ確定したわけではないが、何にせよ相手は『能力覚醒剤』を狙っていることは間違いない。
「分かった」
イーライは男に背を向けたままその場から離れて、壁に向かった。
「言わなくてもわかるみたいだな。手間が省ける。そこでしばらくじっとしていろ」
後ろで引きずるような音がした。相手は複数人いるようだ。なら誰かがイーライを見張っていることは想像に易い。
振り返れば、問答無用で射殺されるだろう。相手はイーライを殺すことを面倒に思っているが、顔を見られれば躊躇は無いはずだ。
やがて音がしなくなったため、彼は振り返る。
当然、そこには誰も居なかった。
「動いて良いならそう言えよ。⋯⋯ああ、クソが」
四人組の集団は居なかった。そう、四人全員居なかった。イーライが最初に足を撃った女子生徒も、おそらく見つけられた。
そう遠くないうちに彼らは殺されるだろう。情報を抜き取られるか、拷問でもされた後に、死体が見つからない形で処理されるだろう。そうなれば尋問もできない。罪を償わせることもできない。何より、生徒として指導し、更生させることが叶わなくなる。
確かに今のイーライはS.S.R.Fの兵士だ。だが、彼はやはり教師でもあった。
「⋯⋯ん?」
イーライの脳内に女の子の声が響いた。それはたった一言。
──誰か、助けて。
これはテレパシーだ。なら、覚えがある。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯ああ」
先生には、どんな生徒だろうと、彼らを見捨てて良い理由なんてない。
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