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第八章「終止符を打つ魔女」
第三百十五話 それは掴みとったモノ
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考えるより先に体が動いた、など、自己制御が足りない未熟者のすることだと考えていた。何事も考えてから行動すべきだ。
しかし、無意識とはあるものだ。少なくとも今、サンタナはそうだった。
マガの前に出て、触手を弾く。受け流す。ラッシュを耐えきるまでの時間は悠久のように感じられた。無我夢中とはいえ、触手全てを見切り、反応し、処理する。
終わった後、サンタナは凄まじい疲労を感じた。肩で呼吸する状態だ。それでも警戒だけは怠れない。
満身創痍寸前、あるいは片足をそこに突っ込んだサンタナに対し、マガの『瘴気』は残っている。自己蘇生も、攻撃に使う分も、サンタナたちを滅ぼすくらいはある。
「抵抗しないで」
マガは言う。反論したいが、その余裕も最早ない。
疲労困憊、低魔力、負傷こそ少ないが、体の動きは格段に鈍くなっている。それでも即死しないのは、おそらくマガの温情だ。
大振りで、見え見えの軌道の攻撃ばかり。『即死に繋がる攻撃』ばかりで、『殺す為の攻撃』──即ち体勢を崩したり、負傷させるような攻撃はなかった。
どうやらマガは、救う為に一撃の即死に拘っているらしい。苦痛のある死など、救いではないと言えば説得力もある。納得はしたくないが。
(だが⋯⋯それでも防戦がやっと。何か打開策がなければ削り殺されるだけだ⋯⋯)
サンタナに続いて触手を対処している仲間の姿を見て、確かにそう思った。
誰かが、奴を、殺さねば。確実に、一撃で、即死させなければ。
そうしなければ、全員死ぬ。誰の犠牲もなく、勝利しなければ他は敗北だ。
(⋯⋯⋯⋯ああ)
最高火力のメラリスは警戒されている。次点のシニフィタは行動不能。それ以下は大して変わらない。強いて言うならサンタナ自身に火力がある程度。だが、断言する。マガを殺し切る火力はない。
数による集中砲火? 無意味だ。フィルの魔法? 無意味だ。サンタナの能力過剰行使? 無意味だ。レヴィアの能力? 無意味だ。
無意味。無駄。不可能。非現実的。理論上でさえ成り立たない。
圧倒的強者には、武力行使は通用しない。圧倒的な力によって、真上から潰される。
ならばどうすれば良い? 弱者に許される強者への下克上は、どんな方法だ?
甚振られるだけなのか? 覚醒なんて都合の良いことは有り得ない。才能とか、そんなもの、ない。彼らは持たざる者だ。そういうのは、エストや、セレディナの特権だ。そして、マガ、メーデアの権能だ。
いいや、しかし、であれば、あればこそ、負けられない。
勝たなければならない理由がある。己のエゴの為に、それはマガと同じだ。肉体的な強さで負けているのなら、あとは、精神的な強さで勝つしかない。
それだけでは駄目にしても、それは必ず必要だ。
「────。⋯⋯負けられない。負けられないぞ、お前たち」
再び戦闘態勢へと移行するマガ。またもや広範囲の即死技を使い、更には追撃も仕掛けてくるだろう。一つの失敗から学び、二つの対策を用意してくる。憎たらしいほどに勤勉だ。
そして、もう、これ以上、学習させてはならない。この化物には。殺すならば、これが最後のチャンスだ。
「私たちは⋯⋯俺たちは⋯⋯勝たねばならないッ!」
そうだとも。そうだとも。そうだとも。
「我々に与えられた使命⋯⋯我々が失敗することはあってはならない!」
セレディナの顔に泥を塗るつもりか? ツェリスカの娘に負担を負わせるつもりか? このマガという少年を、メーデアと合流させ、この素晴らしく残酷で、しかし美しい世界を終わらせることに加担させるつもりなのか?
いいや、あってはならない。ならないからこそ、やらなくてはならない。
「⋯⋯もう、いい。もういいから⋯⋯頑張らなくていいよ⋯⋯もう、戦わないで。殺され、救われて。そんなに苦しいこと、これから辛いことがあるのに、どうして⋯⋯? 逃げようと⋯⋯しないの? 何が理由なの?」
「苦しい、辛い⋯⋯でもだから、前に進まなくちゃならない。そこから逃げてはならない。あるんだ、俺たちには、進まなければいけない理由が」
展開する触手。触腕。技をいくつも同時行使している。本格的に、こちらを滅ぼすつもりのようだ。
躊躇はなくなった。なりふり構わず、一撃即死に拘らなくなった。本気で殺す為の戦い方をしてくる。
今ようやく、マガは目の前の大罪魔人たちを『敵』として排除する。
「そう⋯⋯そっちにも、理由があるんだね⋯⋯。でもね、僕にも使命がある。⋯⋯せめて君たちに安らぎがあらんことを」
「⋯⋯望むところだ」
──感情が昂る。非常に危険な状態だ。感情に支配されては、冷静な判断ができない。しかし、なればこそ、肉体の制御装置が外される。
レイの判断は、サンタナの期待通りだ。言葉が、それを促した。そしてこれはきっと、全員に行われている。勿論、レイ自身にも。
レイの能力『憂鬱の罪』。その権能、幻覚を見せ、また、感じさせる。これを応用し、一種の薬物と同様の精神作用を再現することによって、対象の精神状態を高揚させる。
即ち、これから全員は捨て身の攻撃を行うということだ。
マガが本気で殺しに来るから、こうでもしなければ対抗できない。
「────」
マガの背中から生え出る触手、合計六本。それらは消える。
かと思えば、直後、衝撃波が発生した。空気が打ちひしがれたかのような、悲鳴をあげたかのような。ともかくそれが凄まじく強力であったことには間違いない。
触手の動きはより速く、鋭く、強くなっている。
確かに素人だ。少しは考えているようだが、これの使い方としては経験の無さが露呈した、単調な攻撃。しかし、マガは圧倒的なスピードとパワーでこれらの欠点を悉く潰している。
「いいいいっ!」
ならばどうする? 見えない触手をどのようにして攻略する? 避ける? 弾く?
いいや、無駄だ。避けても第二撃が、弾いても追撃が、手数という暴力によって潰される。
そうだから、選択は一つ。
「受け止めろっ!」
触手は六本。大罪魔人で動けるのは七人。うち、近接が得意なサンタナ、メラリス、ベルゴール、そしてレイの四人によって六本の触手をその身を以て受け止めたのだ。
火事場の馬鹿力というものだ。マガの触手は完全に拘束される。が、
「⋯⋯凄い。でも、無駄」
マガの触手は『瘴気』によって生やしたものだ。つまり、それを削除し、また新たに生やすことが可能。
「無駄? 本当にそうなのかな?」
その為にマガは一瞬だけ触手を消し去る必要があった。確実に、それは隙となる。戦闘経験が浅いマガには、これが考えられなかったのだ。
サンタナたちの必死の抵抗。彼らが命懸けで渡したバトンと、その意図。これを溢すような様をフィルは晒さない。
フィルはマガの前に現れる。
だけれども、スピード特化のフィルの魔人形態でも、マガの触手の再出現には間に合わない。
「ううっ!?」
マガは死の幻覚を見る。それによって意識が恐怖に、刹那、染まる。幻覚だと脳が理解して、いやそれより先にやらねばならないことがある。フィルを、フィルを殺さねば。あれだけ近づかれたのだ。
触手を振り回す。しかし、感覚がない。⋯⋯近接まで迫ったフィルが、最大出力の、威力減衰の一切ない〈次元断〉で三本叩き斬ったのだ。
不味い。しかし何とかなる。再びフィルが魔法を使うより先に、マガは距離を取ることができる。触手の再出現は後回し。残り三本で耐え抜く。
いいや、フィルだけではない、気づいたのは。全員だ。全員がそれに気がついていた。
「噛み千切れ!」
幾体かの魔獣が、マガの触手に飛び掛る。反応に遅れた彼はそれらを、一振りで殺せる獣の接触を許した。そうなればこちらのもの。
魔獣たちはマガの残りの触手三本を命令通り、千切った。
まだ終わりではない。ここから攻撃が来るはずだ。フィルか? カルテナか? それとも触手を受け止めたサンタナ、メラリス、ベルゴール、レイのうちの誰かか? 誰が、最大火力を引き出し、マガを殺すのか。
残りの『瘴気』から考えるに、悠長に殺し合っている余裕はない。オートモードでの消費はだいぶ抑えられたとは言え少なくないし、マニュアルにしてからはかなりの勢いで消耗した。
覚醒直後でエネルギー量も少ない。あと数度生き返るのがやっとだし、戦闘での消耗次第で生き返るのは難しくなるだろう。
魔人たちはそれを見こして、何度も殺す方法を取ってくる。今の彼らならば自分が死にそうになってもするだろう。つまるところ、この決死の突撃をされている状況下において、一度でも死ぬことは厳しい状況に陥るということ。そう彼は判断し、大火力を以てして吹き飛ばそうと、触手を生やすより戦技を優先して、
「──ワタシから、注意を逸した」
判断を間違えた。
レヴィアは簡単な魔法ならば使える。加速系の魔法によって、フィルにほんの少しだけ遅れて近づくことができた。
触手を受け止められたこと。もう少しで殺されるぐらい追い詰められたこと。幻覚による死の記憶を見せられたこと。これら要素は、マガからレヴィアの存在を、ほんの刹那だけ忘れさせるに足りた。
そうだ。これまでの全ては、全部このための陽動。
レヴィアの顔を見る。それこそ『嫉妬の罪』の発動条件。そしてマガは、これを満たした。
『嫉妬の罪』の権能は、対象の完全な即死。耐性が何であれ、格上であれ、抵抗力がどれだけあっても、また、死の概念が無い相手にさえ通用する絶対の能力。勿論、マガも例外にはなり得ない。例え生き返ることが可能でも、条件さえ満たせれば恒久的に自動的に発動する。
──そこに、一人の少年の骸が倒れた。
「⋯⋯やった、か?」
全員、臨戦態勢に入りつつも、サンタナはレヴィアに確認する。黒のヴェールによって顔を隠しながら、彼女は振り返り、言う。
「救ってあげたよ、ワタシタチが」
緊張の糸が一気に解ける。各々膝から崩れ落ち、安堵のため息を漏らした。
「そうだシニフィタ! 傷は?」
「フィル、心配いらないわ。元凶が死んだおかげで、治せるようになったみたい」
シニフィタは自分の両足を治癒し、無事元通りとなった。
「⋯⋯実感湧きませんね⋯⋯こんな化物を、私たちで殺せた、なんて」
レイはマガの死体に近寄り、呟く。
この化物はエストやセレディナ、サンタナ、イザベリアなどに並ぶ強者だ。そんな相手をして、生き残り、勝利した。
まるで奇跡だった。
「力はあったが、戦い方はド素人だった。私たちが勝てたのはそれが大きかっただろう」
レイに近寄りながら、サンタナはそう言って来た。
確かにそうだ。戦い方が稚拙で、単なる触手の振り回しと大技の連発しかして来なかった。だから勝てた。もしこれに戦いの経験や知識があれば、負けていたのはレイたちだ。
「⋯⋯ですね。それで、何か用でも?」
「傷を治してほしい。シニフィタは魔力切れ。フィルは他のメンバーの治癒だからな」
サンタナは全身に傷を負っているし、疲労もひどいだろう。しかし他の魔人と比べれば多少は軽い。優先度は低くなってしまう。
ただ、それでも、
「フラフラする。吐き気もだ。治癒魔法をかけてくれ」
「あ、はい」
マガとの戦い、誰の犠牲もなかったのは奇跡に等しい。彼の実力と魔人たちの実力の差は著しく、連携や技術で埋められたものではなかった。
それでも勝てたのは、やはり、偶然と言うべきもの。数々の選択が上手く行ったことが大きい。
だが、それでも、勝ちは勝ちだ。何より可能性がなければこの奇跡も起こりえない。
奇跡とは可能性があるからこその事象。それを掴むことは誰にだってできるわけはでない。だからこれは偶然であっても、彼らが手繰り寄せたことには違いない。
それは、彼らが、掴みとった勝利だ。
「よし、私たちのやるべきことは終わったし、他の援護に⋯⋯っ」
レイの治療を受け、立ち上がったサンタナだが急によろめき倒れかける。既の所でレイが手を掴み支えた。
「安静にしておいてください。⋯⋯比較的軽傷なあなたでこれ。もうこれ以上の戦闘の続行は止めておくべきです」
レイの言葉と自分の体調の悪さを自覚し、サンタナはこれ以上動くことはすべきでないと納得した。
それに、自分たちの戦いは長かったようである。
「皆、黒の教団はほぼ壊滅したみたい」
魔法で周囲の確認をしていたフィル曰く、自分たちの仲間は黒の教団に勝利しているらしい。だが完全勝利というわけでは無さそうだ。
「⋯⋯あと、残るは⋯⋯ケテル。そして──黒の魔女」
「そうか。⋯⋯私たちはもう動けない。マサカズ・クロイの方はともかく、セレディナ様の方は行っても足手まといになるだけだな」
もどかしい。助けにも行けないなんて。実にもどかしい。だがこれが最善である以上、どうすることもできないのが現実だ。
彼らができることは、ただ一つ。
「ですね。ならば、エスト様、皆様方の勝利を願いましょう」
しかし、無意識とはあるものだ。少なくとも今、サンタナはそうだった。
マガの前に出て、触手を弾く。受け流す。ラッシュを耐えきるまでの時間は悠久のように感じられた。無我夢中とはいえ、触手全てを見切り、反応し、処理する。
終わった後、サンタナは凄まじい疲労を感じた。肩で呼吸する状態だ。それでも警戒だけは怠れない。
満身創痍寸前、あるいは片足をそこに突っ込んだサンタナに対し、マガの『瘴気』は残っている。自己蘇生も、攻撃に使う分も、サンタナたちを滅ぼすくらいはある。
「抵抗しないで」
マガは言う。反論したいが、その余裕も最早ない。
疲労困憊、低魔力、負傷こそ少ないが、体の動きは格段に鈍くなっている。それでも即死しないのは、おそらくマガの温情だ。
大振りで、見え見えの軌道の攻撃ばかり。『即死に繋がる攻撃』ばかりで、『殺す為の攻撃』──即ち体勢を崩したり、負傷させるような攻撃はなかった。
どうやらマガは、救う為に一撃の即死に拘っているらしい。苦痛のある死など、救いではないと言えば説得力もある。納得はしたくないが。
(だが⋯⋯それでも防戦がやっと。何か打開策がなければ削り殺されるだけだ⋯⋯)
サンタナに続いて触手を対処している仲間の姿を見て、確かにそう思った。
誰かが、奴を、殺さねば。確実に、一撃で、即死させなければ。
そうしなければ、全員死ぬ。誰の犠牲もなく、勝利しなければ他は敗北だ。
(⋯⋯⋯⋯ああ)
最高火力のメラリスは警戒されている。次点のシニフィタは行動不能。それ以下は大して変わらない。強いて言うならサンタナ自身に火力がある程度。だが、断言する。マガを殺し切る火力はない。
数による集中砲火? 無意味だ。フィルの魔法? 無意味だ。サンタナの能力過剰行使? 無意味だ。レヴィアの能力? 無意味だ。
無意味。無駄。不可能。非現実的。理論上でさえ成り立たない。
圧倒的強者には、武力行使は通用しない。圧倒的な力によって、真上から潰される。
ならばどうすれば良い? 弱者に許される強者への下克上は、どんな方法だ?
甚振られるだけなのか? 覚醒なんて都合の良いことは有り得ない。才能とか、そんなもの、ない。彼らは持たざる者だ。そういうのは、エストや、セレディナの特権だ。そして、マガ、メーデアの権能だ。
いいや、しかし、であれば、あればこそ、負けられない。
勝たなければならない理由がある。己のエゴの為に、それはマガと同じだ。肉体的な強さで負けているのなら、あとは、精神的な強さで勝つしかない。
それだけでは駄目にしても、それは必ず必要だ。
「────。⋯⋯負けられない。負けられないぞ、お前たち」
再び戦闘態勢へと移行するマガ。またもや広範囲の即死技を使い、更には追撃も仕掛けてくるだろう。一つの失敗から学び、二つの対策を用意してくる。憎たらしいほどに勤勉だ。
そして、もう、これ以上、学習させてはならない。この化物には。殺すならば、これが最後のチャンスだ。
「私たちは⋯⋯俺たちは⋯⋯勝たねばならないッ!」
そうだとも。そうだとも。そうだとも。
「我々に与えられた使命⋯⋯我々が失敗することはあってはならない!」
セレディナの顔に泥を塗るつもりか? ツェリスカの娘に負担を負わせるつもりか? このマガという少年を、メーデアと合流させ、この素晴らしく残酷で、しかし美しい世界を終わらせることに加担させるつもりなのか?
いいや、あってはならない。ならないからこそ、やらなくてはならない。
「⋯⋯もう、いい。もういいから⋯⋯頑張らなくていいよ⋯⋯もう、戦わないで。殺され、救われて。そんなに苦しいこと、これから辛いことがあるのに、どうして⋯⋯? 逃げようと⋯⋯しないの? 何が理由なの?」
「苦しい、辛い⋯⋯でもだから、前に進まなくちゃならない。そこから逃げてはならない。あるんだ、俺たちには、進まなければいけない理由が」
展開する触手。触腕。技をいくつも同時行使している。本格的に、こちらを滅ぼすつもりのようだ。
躊躇はなくなった。なりふり構わず、一撃即死に拘らなくなった。本気で殺す為の戦い方をしてくる。
今ようやく、マガは目の前の大罪魔人たちを『敵』として排除する。
「そう⋯⋯そっちにも、理由があるんだね⋯⋯。でもね、僕にも使命がある。⋯⋯せめて君たちに安らぎがあらんことを」
「⋯⋯望むところだ」
──感情が昂る。非常に危険な状態だ。感情に支配されては、冷静な判断ができない。しかし、なればこそ、肉体の制御装置が外される。
レイの判断は、サンタナの期待通りだ。言葉が、それを促した。そしてこれはきっと、全員に行われている。勿論、レイ自身にも。
レイの能力『憂鬱の罪』。その権能、幻覚を見せ、また、感じさせる。これを応用し、一種の薬物と同様の精神作用を再現することによって、対象の精神状態を高揚させる。
即ち、これから全員は捨て身の攻撃を行うということだ。
マガが本気で殺しに来るから、こうでもしなければ対抗できない。
「────」
マガの背中から生え出る触手、合計六本。それらは消える。
かと思えば、直後、衝撃波が発生した。空気が打ちひしがれたかのような、悲鳴をあげたかのような。ともかくそれが凄まじく強力であったことには間違いない。
触手の動きはより速く、鋭く、強くなっている。
確かに素人だ。少しは考えているようだが、これの使い方としては経験の無さが露呈した、単調な攻撃。しかし、マガは圧倒的なスピードとパワーでこれらの欠点を悉く潰している。
「いいいいっ!」
ならばどうする? 見えない触手をどのようにして攻略する? 避ける? 弾く?
いいや、無駄だ。避けても第二撃が、弾いても追撃が、手数という暴力によって潰される。
そうだから、選択は一つ。
「受け止めろっ!」
触手は六本。大罪魔人で動けるのは七人。うち、近接が得意なサンタナ、メラリス、ベルゴール、そしてレイの四人によって六本の触手をその身を以て受け止めたのだ。
火事場の馬鹿力というものだ。マガの触手は完全に拘束される。が、
「⋯⋯凄い。でも、無駄」
マガの触手は『瘴気』によって生やしたものだ。つまり、それを削除し、また新たに生やすことが可能。
「無駄? 本当にそうなのかな?」
その為にマガは一瞬だけ触手を消し去る必要があった。確実に、それは隙となる。戦闘経験が浅いマガには、これが考えられなかったのだ。
サンタナたちの必死の抵抗。彼らが命懸けで渡したバトンと、その意図。これを溢すような様をフィルは晒さない。
フィルはマガの前に現れる。
だけれども、スピード特化のフィルの魔人形態でも、マガの触手の再出現には間に合わない。
「ううっ!?」
マガは死の幻覚を見る。それによって意識が恐怖に、刹那、染まる。幻覚だと脳が理解して、いやそれより先にやらねばならないことがある。フィルを、フィルを殺さねば。あれだけ近づかれたのだ。
触手を振り回す。しかし、感覚がない。⋯⋯近接まで迫ったフィルが、最大出力の、威力減衰の一切ない〈次元断〉で三本叩き斬ったのだ。
不味い。しかし何とかなる。再びフィルが魔法を使うより先に、マガは距離を取ることができる。触手の再出現は後回し。残り三本で耐え抜く。
いいや、フィルだけではない、気づいたのは。全員だ。全員がそれに気がついていた。
「噛み千切れ!」
幾体かの魔獣が、マガの触手に飛び掛る。反応に遅れた彼はそれらを、一振りで殺せる獣の接触を許した。そうなればこちらのもの。
魔獣たちはマガの残りの触手三本を命令通り、千切った。
まだ終わりではない。ここから攻撃が来るはずだ。フィルか? カルテナか? それとも触手を受け止めたサンタナ、メラリス、ベルゴール、レイのうちの誰かか? 誰が、最大火力を引き出し、マガを殺すのか。
残りの『瘴気』から考えるに、悠長に殺し合っている余裕はない。オートモードでの消費はだいぶ抑えられたとは言え少なくないし、マニュアルにしてからはかなりの勢いで消耗した。
覚醒直後でエネルギー量も少ない。あと数度生き返るのがやっとだし、戦闘での消耗次第で生き返るのは難しくなるだろう。
魔人たちはそれを見こして、何度も殺す方法を取ってくる。今の彼らならば自分が死にそうになってもするだろう。つまるところ、この決死の突撃をされている状況下において、一度でも死ぬことは厳しい状況に陥るということ。そう彼は判断し、大火力を以てして吹き飛ばそうと、触手を生やすより戦技を優先して、
「──ワタシから、注意を逸した」
判断を間違えた。
レヴィアは簡単な魔法ならば使える。加速系の魔法によって、フィルにほんの少しだけ遅れて近づくことができた。
触手を受け止められたこと。もう少しで殺されるぐらい追い詰められたこと。幻覚による死の記憶を見せられたこと。これら要素は、マガからレヴィアの存在を、ほんの刹那だけ忘れさせるに足りた。
そうだ。これまでの全ては、全部このための陽動。
レヴィアの顔を見る。それこそ『嫉妬の罪』の発動条件。そしてマガは、これを満たした。
『嫉妬の罪』の権能は、対象の完全な即死。耐性が何であれ、格上であれ、抵抗力がどれだけあっても、また、死の概念が無い相手にさえ通用する絶対の能力。勿論、マガも例外にはなり得ない。例え生き返ることが可能でも、条件さえ満たせれば恒久的に自動的に発動する。
──そこに、一人の少年の骸が倒れた。
「⋯⋯やった、か?」
全員、臨戦態勢に入りつつも、サンタナはレヴィアに確認する。黒のヴェールによって顔を隠しながら、彼女は振り返り、言う。
「救ってあげたよ、ワタシタチが」
緊張の糸が一気に解ける。各々膝から崩れ落ち、安堵のため息を漏らした。
「そうだシニフィタ! 傷は?」
「フィル、心配いらないわ。元凶が死んだおかげで、治せるようになったみたい」
シニフィタは自分の両足を治癒し、無事元通りとなった。
「⋯⋯実感湧きませんね⋯⋯こんな化物を、私たちで殺せた、なんて」
レイはマガの死体に近寄り、呟く。
この化物はエストやセレディナ、サンタナ、イザベリアなどに並ぶ強者だ。そんな相手をして、生き残り、勝利した。
まるで奇跡だった。
「力はあったが、戦い方はド素人だった。私たちが勝てたのはそれが大きかっただろう」
レイに近寄りながら、サンタナはそう言って来た。
確かにそうだ。戦い方が稚拙で、単なる触手の振り回しと大技の連発しかして来なかった。だから勝てた。もしこれに戦いの経験や知識があれば、負けていたのはレイたちだ。
「⋯⋯ですね。それで、何か用でも?」
「傷を治してほしい。シニフィタは魔力切れ。フィルは他のメンバーの治癒だからな」
サンタナは全身に傷を負っているし、疲労もひどいだろう。しかし他の魔人と比べれば多少は軽い。優先度は低くなってしまう。
ただ、それでも、
「フラフラする。吐き気もだ。治癒魔法をかけてくれ」
「あ、はい」
マガとの戦い、誰の犠牲もなかったのは奇跡に等しい。彼の実力と魔人たちの実力の差は著しく、連携や技術で埋められたものではなかった。
それでも勝てたのは、やはり、偶然と言うべきもの。数々の選択が上手く行ったことが大きい。
だが、それでも、勝ちは勝ちだ。何より可能性がなければこの奇跡も起こりえない。
奇跡とは可能性があるからこその事象。それを掴むことは誰にだってできるわけはでない。だからこれは偶然であっても、彼らが手繰り寄せたことには違いない。
それは、彼らが、掴みとった勝利だ。
「よし、私たちのやるべきことは終わったし、他の援護に⋯⋯っ」
レイの治療を受け、立ち上がったサンタナだが急によろめき倒れかける。既の所でレイが手を掴み支えた。
「安静にしておいてください。⋯⋯比較的軽傷なあなたでこれ。もうこれ以上の戦闘の続行は止めておくべきです」
レイの言葉と自分の体調の悪さを自覚し、サンタナはこれ以上動くことはすべきでないと納得した。
それに、自分たちの戦いは長かったようである。
「皆、黒の教団はほぼ壊滅したみたい」
魔法で周囲の確認をしていたフィル曰く、自分たちの仲間は黒の教団に勝利しているらしい。だが完全勝利というわけでは無さそうだ。
「⋯⋯あと、残るは⋯⋯ケテル。そして──黒の魔女」
「そうか。⋯⋯私たちはもう動けない。マサカズ・クロイの方はともかく、セレディナ様の方は行っても足手まといになるだけだな」
もどかしい。助けにも行けないなんて。実にもどかしい。だがこれが最善である以上、どうすることもできないのが現実だ。
彼らができることは、ただ一つ。
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ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
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2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
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100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
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