白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第八章「終止符を打つ魔女」

第三百八話 大義と欲望

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 起死回生の一手。奇跡の一手。生き意地の汚い自殺願望者の足掻き。
 ミカロナは『瘴気』を使いこなしたと思っていた。事実、そうだ。彼女は黒の魔女以上にそれへの適性を持っているし、使いこなせる。
 が、使。ミカロナはそれを、黒の魔女より強引に、乱暴に、適当に、暴力的に行使つかっていた。
 それの正しい──と言うより、黒の魔女のように扱うにはもっと別の方法でなければいけなかった。

「『瘴気』の、使役つかい方♪」

 『瘴気』は暴力装置であり、暴力装置に非ず。武器にして、武器に非ず。力だが、力に非ず。
 それは彼女であり、彼女はそれだ。だから、使い方は人それぞれ。が、適していないものは数多くある。

「──技術進化レベルアップ⋯⋯ほんと、若いって怖いよ」

 無数の、九十の魔法陣より行使された茈の水晶は、等しく全て飲み込まれた。
 黒い渦のように『瘴気』を広げ、吸い込む。吸い込んだものを『瘴気』に変換し、
 ただ消し去るのではなく、吸収する。それが黒の魔女メーデアの『瘴気』の使役つかい方だった。

「ようやく分かった。彼女がどうしてあんなにも『瘴気』を身に秘めているのか。魔法、能力、身体の強化に『瘴気』を日常的に使っていれば、すぐ枯渇するはずなのにどうして無くならないのか」

 ミカロナの手の平にある『瘴気』。ドス黒いそれ。渦巻く力を、彼女は眺める。

「これは⋯⋯当然だ。無くならない。それどころか溢れさえする。⋯⋯彼女の真骨頂は制御力だ。自らの溢れんばかりの力を、適切に運用し、適切に引き出す能力」

 そしてミカロナは『瘴気』に呑まれそうになっていた。
 体が熱い。痛い。苦しい。気持ち悪い。吐き気がする。
 でもそれが、しかしそれが、だけどそれが、何より心地良い。

「ふふふ⋯⋯はは⋯⋯ボクにはできない。⋯⋯けれど、だったらこうするまで」

 使いこなせないのなら、使いこなせないなりに使えば良い。

「なるほど。やっぱりあなたは黒の魔女とは違う。同じ力を使っていても」

 血に染まる視界。心臓の鼓動が何倍にも速くなり、大きくなり、血管が広がり、血流が増大し、凶暴性が増す。
 それなのに思考には雲一つない。透き通っている。寧ろより繊細になっている。

「⋯⋯⋯⋯」

「──暴走。『瘴気』にわざと呑み込まれ、思うがままに力を振るう。だけどそれが、あなたにとっての最適解」

 『瘴気』が鞭のように振るわれ、ついさっきまでイザベリアが居た所が抉られる。

「凄まじいパワーだ。私じゃなきゃ、今のこの空間を破壊するのは相当苦労するってのに」

 ミカロナは右手に赤黒い魔法陣に酷似した何かを展開する。要素は原型がないのか、はたまた全て独自の言語か。全く分からないものだった。
 そこから放たれたドス黒い光線。当たれば不味いと思い、イザベリアは防御魔法を展開する。
 が、しかし、破られた。頭に直撃。内部から腐り、落ちるような感覚がした。

(思ったより強い。これ治癒魔法で無理矢理治せば魔力が大幅になくなるね。仕方ない。戻るか)

 自らを爆散させ、イザベリアは『死に戻り』の力を行使する。
 数秒前に戻ってきたイザベリアは、今度は防御ではなく回避を選択する。やはり避けきれずに腕を吹き飛ばされるが、前回の結末よりはマシだ。
 すぐさま腕に掛けられた『呪い』ごと切り離し、治癒魔法によって生やす。

「ようやく本気になったみたいね? 私も、あなたに殺されないように本気を出さなくちゃ」

 そうは言っても第十一階級魔法の連発は厳しいものがある。だからメインウェポンは水晶の魔法には変わらない。ただ、数と火力が上がるだけだ。また、使う魔法の種類も増える。

「引き出しはまだまだあるのさ」

 迫る『瘴気』。しかし直前、ミカロナの胸で爆発が引き起こる。魔力の弾丸。『魔力を飛ばす魔法』。但し、その威力はこれまでとは桁違いだった。
 一気に何百メートルもミカロナは吹き飛ばされた。何本もの大理石の柱を突き破り、その度に全身に破片が突き刺さる。
 やがて柱に受け止められると、今度はミカロナを囲うように魔法陣が展開される。イザベリアはそこに居ない。だから妨害はできない。
 せめてもの足掻きとして『異能消去』を使ったが、焼け石に水だ。少し火力を削っただけ。

「あははははははははははははっ!」

 九十の衝撃を一度に食らい、ミカロナは全身がすり潰された。それがノータイムで完治したのは、傍から見れば幻でも見たのかと錯覚する光景だっただろう。

「いっ!?」

 イザベリアがミカロナの目の前に現れた。転移感知、転移阻害の魔法は行使しているはずだ。なのにどうして感知できなかった? 妨害できなかった? それを考えながら、ミカロナの心臓に、詠唱された赫い水晶の短剣が突き刺される。
 しかし、その短剣は『瘴気』によって受け止められ、その隙に『異能消去』によって無力化される。

「なんで? なんで? どういう絡繰?」

「あ、喋れるんだ」

 暴走しているから、てっきりミカロナは喋られないものだと思っていた。しかし、どうやら思考能力はあるようだ。理性という理性はなくなったようだが、元からほぼ無いものが無くなったところで問題は一つもない。

「勿論、ボクからすれば気分が昂っているような状態なだけだからね。ああ、これは、首の大動脈にオドュティーブの原液を突っ込んだ時みたいな、いやそれ以上の快感だよ。全く以て本当に絶頂できる。ボク、今凄く愉しい」

「お、おどぅ? 何それ?」

「薬物だよ。ああ、違法だけど、ボクみたいにただのドラッグ感覚で打つものじゃない。自殺志願者が打つものだね」

 オドュティーブ。南の方の国、つまりエルティア公国辺りの気候で栽培される植物。その葉っぱにはとてつもない毒性が含まれており、一グラムもあれば大都市から人がいなっても可笑しくない。勿論、取り込めば死が確定する。
 しかし即死ではない。一日程度の猶予期間があり、その間は使用者にこれ以上にない快感、全能感を与えるといった特殊な性質を持つ神経毒だ。加えて効果時間が過ぎれば即死。苦しみも一切ない。故に最期に気持ち良くなりたい自殺志願者に愛用されるものとなっている。

「性的な興奮。死が迫ってくる感覚。ねぇ知ってる? 生き物は死が迫ると性欲が解放されるって言う。ボク、今それ感じてる。魔女なのに。ボクたちにはそういうのが薄いはずなのに。感じてるんだよ。君を殺したら、犯したいとさえ思うほどに」

「えぇ⋯⋯嫌なんだけど。私の純潔を捧げる相手はもう決まっているし、それはあなたじゃない」

死姦レイプする相手が処女とは良いね。良いよ。凄く良い」

「はは。最高に気持ち悪い。あなたそんなだっけ? いや、そんなだったね。うん」

 負けられない理由が一つ増えた。元より負ける気は一切なかったが。
 イザベリアは気持ち悪いものを焼き払うため、〈業火〉を行使する。ミカロナを灼熱の炎が包んだ。しかしそれは彼女の周りを囲っているだけだ。直接燃やしているわけではない。

「始祖の魔女。最強の名はこんなものなの? ははは! アハハハハハハハハハハハハ!」

 ミカロナを囲っていた炎が消え、その中から飛び出してきた。ニッコリの笑顔。しかしその笑みは狂気に満ちていた。快楽、そして全能感に満ちていた。

「⋯⋯⋯⋯」

 だがイザベリアはこれを冷静に迎撃する。茈の水晶を大きく生成し、発射。ミカロナは当然の権利のようにそれを消去する。

(さっきから偶に魔法が消される。でも大質量なら、減らされる程度で、後は避けてる。ってことは消去には質量ではない条件があるんだろう)

 今度は九十の魔法陣を展開し、再び茈の水晶を発射する。

(⋯⋯なるほど分かった。数だ。魔法陣の数を一定数消せる能力。まあ消せるのは魔法だけとは思わないほうが良いだろうね)

 先程からイザベリアは、ずっと情報の収集に重きを置きながら戦っていた。確かに使う魔法は連発できる最高火力。立ち回りも本気に近しい。しかしその戦い方は殺すためのものではない。

(⋯⋯うん。今引き出せる情報は引き出したかな)

 そんな戦い方もこれでもう終わりだ。
 赫と茈の水晶を鏃のような形で生成し、射出。ミカロナはやはりそれらを躱すが、それらの危険性故に感覚が
 背後に転移するイザベリア、その手に展開する魔法陣に気がつくことができず、もろに魔法に命中した。
 『魔力を飛ばす魔法』は二つの使い方があった。一つは先程までやっていたように、文字通り魔力を飛ばし、相手に命中させる使い方。もう一つは今やったことである。肉体攻撃と共に、魔力を飛ばす。タイミング調整こそ必須だが、魔力を廻したことによる肉体強化、打撃力、そしてそこに魔法による衝撃が加わり、凄まじい威力を生み出す。
 後頭部を狙った拳。頭が吹き飛ぶことは無かったにせよ、ミカロナの首は文字通り皮一枚で繋がっているような状態になった。
 ノックバックによってミカロナは地面に激突。天井の見えない空を見渡しながら、彼女は魔法を行使する。
 行使する。行使する。行使する──だが、できない。

「────ッ!?」

 体が動かない。頭も回らない。言語が思い出せない。感情のみが渦巻いている。

「⋯⋯魔法ってのは頭が機能してるから使えるものだ。首が吹っ飛ぼうが胴体が切断されようが、剰え頭が刻まれても、魔法は使える。けど、もし的確に魔法を司る部分が潰されれば魔法は使えなくなる」

 蘇生魔法は事前に行使した魔法を、遅延化させたり、体内に刻み込み死亡を条件に起動させる。だから脳が死んでも使える。
 頭が刻まれても、魔女ならばその生命力で、即座に脳が死ぬことはない。
 魔法を司る部分は、他の肉体と神経が繋がっているが、それはあくまでもそこに魔力を流すための指示を与えるものだ。脳を起点に魔法を行使するならば、神経が途絶されても問題はない。

「そんな神業できるはずないって? ああ、そうだろうね。現に私も、つい最近までは

 魔法を司る部分は、脳全体の一パーセントにも満たない部分のことである。魔法に長けている者ならば割合は増加するが、例えばエストでもようやく一パーセントに当たるのである。また、一部が損傷しても機能を喪失することはなく、六十パーセントを失ってようやく機能しなくなる。それでも、少しの魔法ならば使えるだろう。完全に魔法機能を失わせるならば、完全にその部分を破壊しなければならない。
 だから頭全体が切り刻まれたとしても魔法の機能が失われることはほぼない。

「でも練習した。特訓したんだよ。千五百年ぶりの実践を経て、千五百年ぶりの稽古をして。勘を取り戻した」

 イザベリアでも神業と呼ぶ、魔法機能を停止させる技術は、そう狙えるものではない。が、彼女はこれをものにしていた。

「今の私は全盛期に一番近い。もう少しあれば全盛期に到達できていたけど⋯⋯それでも、あなたたちを滅ぼすならば問題ない」

 魔法の火力、制御。戦い方の適応、幅。戦闘における勘。
 全部全盛期ほどではない。まだまだイザベリアは思い通りの動きはできていない。まだまだ満足に体を使えきれていない。まだまだ魔法の火力は及ばない。
 でも、それでも、十分だ。ミカロナを殺すならば、黒の教団を殺すならば、メーデアを殺すならば。
 だって、今のイザベリアには、

「なぜなら、勝たなきゃいけない理由があるから。自分のためではなく、他人のために、ね」

 イザベリアは微笑んだ。脳裏に浮かぶ多くの人々。今、この都市で戦っている友達の顔だ。

『イザベリア。死ぬなよ』

 戦いの前、マサカズ師匠から言われた言葉を思い出し、イザベリアは右手を前に突き出した。魔法を行使しようとしたが、それより早くミカロナが口を開いた。

「──誰かのために? 六色魔女の原点ボクたちの始まりがよく言うね。嗤える。⋯⋯だからこそ、より潰したくなる」

 ミカロナは綺麗な深緑の目を細め、濁った目を開き、ただただ嗤う。

「綺麗事言ってきた奴らが絶望に落とされた顔になるのは最早芸術だった。ボクのことを悪だの、人類にとっての害だの、滅ぼすべき魔物だの軽蔑し、まるで大儀であるかのように襲ってきた人間を殺せば、リーダーはいつも泣くんだ。やれ『僕は弱い』だの。やれ『なんで』だの。やれ『すまない』だの。人のために戦っている勇者は、その相手を殺せば簡単に目的を失う。目的を失った者ほど弱く、脆く、醜いものはない。だから。だからだからだから、ボクはそれが愛おしくて、可愛くて、愛でたくなる。だってさ、可哀想なんだもん。可哀想なんだ。ボクの心を掴み、そして擽るんだ。嗜虐心を、庇護欲を。それはとても良い。とてもとても、良い。ボクはそういうのが大好きだ。悲しむものを炎の魔法で焼き払うんだ、温かみを教えるために。怒る者を氷の魔法で凍りつかせるんだ、頭を冷やすために。泣く者を風魔法で干からびさせるんだ、涙が零れないように。絶望する者を水の魔法で溺れさせるんだ、気つけするために。逃げる者を大地の魔法で逃亡できなくするんだ、逃げてはいけないって思わせるために。無気力になった者を雷魔法で起こすんだ、もう一度奮起させるために。これは誰かのためにやっていることのようだけど、全部、誰かのためじゃない。ボクのためだ。人は誰しも、自分のために、ボクたちのために動いている。だからこそボクたちなんだ。それを偽って、誰かのためと偽って、強くなった気でいるなんてね。ボクから言わせてみれば、それは、自らの弱点を見せびらかせているようなものさ。ボクにそこを触ってほしいって、ボクにそこを弄ってほしいって。口では拒否しているのに、体は正直って奴さ。股を広げてる売女みたいなもの。それと何ら変わりないね。そうとしか思えない。だから愚かだし、叩きのめしたくなる。まあそれが悪いとは思ってない。自己を偽ることも立派な処世術だ。売春をする若人が居るようにね。君が言うから可笑しいだけさ。君が君でないなら、ただ、殺したくなるだけ。それを君が言うから、ボクは可笑しくなりそうなんだ。可笑しくなって、もっと狂いそうになって、いや、狂った。君はボクを煽った。誘った。誘惑した。それがどういう意味なのか分かってやってるなら、君はもう拒絶できない。全て君が悪いんだ。君が、君が悪いんだよ。ね? もう我慢しなくて良いよね? 全部出しちゃっていいんだ。ボクは今、何より君を圧し折りたい。殺すだけじゃもう我慢できない。欲望に忠実に、ボクは君を絶望させたい。苦しめて痛めつけて殺して生き返らせて侮辱して犯して犯して犯して犯して犯して犯して。何としてでも、何をしてでも、何を犠牲にしても。君を、君の全部を、君の人生を、君のこれまでも、これからも、何もかもをグチャグチャにしたいッ!」

 ──更にミカロナの『瘴気』が強まる。
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