白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第八章「終止符を打つ魔女」

第三百二話 呪者と被呪者

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「おー、始まったねー」

 戦が始まったリフルカ王国、『イエフサルム』の遥か上空。そこには一人の女性が浮かんでいた。
 風に長い緑髪や服は揺らされ、彼女は飛びそうになるベレー帽を右手で抑えている。

「あそこに居るのが⋯⋯エストたちか。流石メーデア。あの人数の『逸脱者』と魔女を一纏めによく戦ってるよ。まあ、ちょっと押されてるかな」

 しかし今すぐに応援に行く必要はなさそうだ。メーデアはまだ。彼女であれば、全員を殺すチャンスはありそうだ、と判断した。

「となると⋯⋯狙うは」

 また別の方向に頭を向ける。そこには八人の集団がいた。魔女クラスが勢揃い。個人の能力や技術を考えれば、下手をすれば平均的な魔女より厄介なのも居る。

「あれだね。別れる前に袋叩きにすべきかな」

 八人が別れるとなると、一々探して各個撃破しなくてはならない。普通ならばそれが正しい行動なのだが、彼女にとっては面倒なだけとなる。
 彼女──ミカロナであれば、大罪魔人の全員を一度に纏めて相手し、皆殺しにすることが可能である。

「よーし、ちょっと乱暴しよう」

 ミカロナは右手を魔人たちに翳す。
 『瘴気』を解放し、腕に纏わせる。メーデアの真似事だ。そこに魔力を込め、魔法の火力の向上を狙う。

「第十一階級魔法⋯⋯彼女らのやり方だったら⋯⋯」

 第十一階級魔法についての詳細を知らないミカロナは、その使い方を理解しきっていない。魔法使いにとってこの状態は致命的であるが、彼女には関係ない。
 『第六感』の応用。感覚のみで魔法を使いこなすのだ。
 ミカロナの右手に、黒に紫がかった色の魔法陣が展開される。

「──〈瘴気・破滅送りセンド・ルーイン〉」

 一本の黒紫色の線が、天空より大罪魔人たちの元に立ったかと思えば、次の瞬間、周辺一帯が同じ光に包まれた。
 不思議なことに衝撃も、風圧もなく、ただ範囲内を等しく破滅させる効果の魔法。それは単純な破壊魔法ではなかった。

「うーん、ボクじゃ、まだ、魔法と『瘴気』を組み合わせることはできないね。瘴気をロスさせてしまっているなぁ~」

 魔法陣に紫がかった色が混ざったのは、正に『瘴気』漏れが原因だ。これによって想定、つまり計算していた威力から弱化した魔法が放たれた。演算ミスが誘発され、無駄な魔力、無駄な『瘴気』を消耗したのである。

「大人しく普通に使うべきだね」

 しかし、高火力魔法には変わりない。できないことを考慮に入れた魔法行使、威力調整だ。これで十分に魔人たちは始末できる。
 やることは終わった。他の鬱陶しい奴らを抹殺し、メーデアに加勢すれば何事もなくこの襲撃を鎮圧できる。

「さっさと終わらせよーっと──」

 瞬間、ミカロナの目前に金髪の魔人が現れる。あまりにも速く、予想外であったため、彼女は反応に遅れた。

「──っ!?」

 気づいたときには、ミカロナは地面に突っ込んでいた。無意識の魔法行使によってダメージは最小限に抑えられたが。
 とにかく、状況を把握しなければならない。

「⋯⋯なんで気づけたのかな」

 立ち上がるミカロナ。しかし目を瞑っている。だから即死しない。
 おそらく、目の前には嫉妬の魔人レヴィアが居る。このまま目を開ければミカロナは『嫉妬の罪』によって即死する。彼女が『異能消去』を行使する余裕はない。

(不味いね⋯⋯『第六感』で攻撃は避けれると言っても、所詮は感覚。位置を正確に把握するのに視界は必須だし⋯⋯)

 レヴィアの能力の強みは、単純な即死性もあるが何よりも対策を強制されるということだ。特に視界の完全妨害は、盲目でもなければ厄介極まりない。
 そして恐ろしいことに、絶対に見なければ良いわけではないということ。

(魔力感知は駄目。勿論音波などによる索敵も能力の発動条件を満たす⋯⋯ボクの外れない勘はそう言ってる)

 シルエットを浮かばせる魔力、音波はどうやら『レヴィアの顔を把握した』という条件を満たすらしい。何ともシビアな判定である。

(こんな有利な状況なのに魔人たちはボクに攻撃を仕掛けない。警戒されてるね。まあそりゃそうか)

 ミカロナに攻撃を仕掛けようものなら、それを元に位置を特定できる。彼女の魔法は直撃すれば勿論即死。掠っただけでも大ダメージだ。

(となると、やるべきことは見えてくる)

 折角考える時間はたっぷりあるし、魔人たちは先行を譲ってくれている。下手に攻撃に移ればミカロナが反撃を受けるだろうから優しいわけではないが、今はその判断が間違いだった。

「転移。ああ、当然対策してるよね」

 でも転移阻害まではできない。フィルが張っていたのは転移感知。範囲内において、転移先を特定する魔法だ。
 ミカロナは自らの転移が特定されたことを察知する。すると目の前にレヴィアが飛んでくるだろう。だが、その間には確実に猶予がある。一瞬でもあるのなら、

「その厄介な能力も、封じ込まれたら意味がないよね」

 ミカロナはレヴィアの能力を封じ込めた。これで即死はしなくなった。しかしだ。『異能消去』の対象は一つに限られる。二つ以上の異能を封じ込めることは不可能。そしてこの能力は対象を視界内に収めていなければ中断される。

「⋯⋯にしてもさ、八対一って酷くない?」

 ミカロナを囲むように立つ大罪魔人たち。各々が武器や魔法をいつでも使えるよう構えており、傍から見ればただのリンチ現場だ。

「もっとこう⋯⋯手心とか。一対一で戦うっていうさ、プライドとかないの?」

「俺たちは傲慢プライドのためにそんなことはできない。お前はそれほどの化物だ」

 炎を纏い、メイスを構える彼は言った。

「君がそれ言う? メラリスだっけ」

 会話のキャッチボールはそこで終わった。会話して時間稼ぎも無理そうだ。
 流石にこの人数を一度に相手するとなると、面倒だ。先の一撃で殺しきれなかったのが悔やまれる。

(⋯⋯ん? なんでさっきので殺せなかったんだろう? ⋯⋯シニフィタが反射したもんだと思ったけど、そもそもあれを反射したらボクの方に返ってくるはずだし、そうしない理由もない。というかそもそも反射できるタイミングじゃなかった)

 違和感。

(⋯⋯これは)

 ──ミカロナの心臓と頭を、赤黒い光線が貫いた。

「──そうか。そういうことか。⋯⋯イザベリアっ!」

 すぐさま肉体を再生させ、空いた穴を塞ぐ。そして同時、ミカロナの心にはとてつもない焦燥感が渦巻いた。
 肉体を焦がすような痛み。それは幻覚ではない。事実として、つまり継続的な破壊の魔法。否、侵食の魔法。ミカロナは自らの肉体が侵食されることを防ぐ為に、切除と再生を繰り返している。

「くっ⋯⋯ああ、もう! 大罪魔人はただの時間稼ぎ!」

 意識を一瞬だけ失った間に大罪魔人たちはその場から居なくなっている。これでは人質にできない。できたはずなのに。判断が遅れた。そうすれば何とかなったかもしれないのに。

「そう、正解。こうやって会うのは初めてだね、ミカロナ」

 ミカロナの目の前に立つのは、小さくて華奢な女の子。ただし、世界最強の魔法使いと呼ばれた大魔法使い、始祖の魔女、イザベリアだ。

「⋯⋯さっきの魔法、詠唱込みでしょ。じゃないと侵食源を切除しても魔法効果が続くことはない」

「よくわかったね。その通り。だから大罪魔人たちには時間稼ぎをしてもらった」

 それだけじゃない。まだまだイザベリアに問いただしたいことはいくつもある。

「メーデアと戦っていたのは誰? ボクは確かに、あそこで君を見たはずだよ」

「あれは私の幻影みたいなもの。本体はあなたの目の前だよ。ああでも、幻影と本体は一緒には動かせない。だからあっちは消した」

 これでミカロナは分かった。イザベリアは最初からミカロナを殺すことが目的だったのだと。
 幻影がメーデアと戦うところを見せて、自分の方には来ないと思わせる。だからミカロナは今の今までイザベリアを警戒しなかった。
 だがそれだけならミカロナは気づいたはずだ。それこそ、さっき覚えた違和感に、最初から気づけたはずだ。ならばなぜできなかったか。

「意識阻害の魔法⋯⋯ボクは最初から、君の術中に嵌っていたってことね⋯⋯」

「あなたがエストと、ついでにアレオスにやったことだ。それをそのまま、そっくりお返ししたのさ」

 イザベリアは嘲り笑うようにミカロナを見て、ネタをバラした。

「はっ⋯⋯だから何? だからどうってわけじゃないよね。⋯⋯まだ、ボクは負けていない。君を殺せば、それで良いだけじゃんか」

 ミカロナは自らの周りに『瘴気』を漂わせる。

「あなたが? ははは。笑わせてくれるね。再生能力を抑制している今、あなたは私のすべての魔法が命取りなんだよ?」

 万全な状態ですら、ミカロナがイザベリアに勝つことは難しい。戦うことはせず、逃げるのが最善だ。
 しかし、ミカロナはイザベリアを殺さなくてはそのうち死ぬ状態にある。このままいけば、彼女は再生魔法を行使できず、肉体が結晶化することになる。
 よって、ミカロナは何が何でもイザベリアを殺さなくてはならない。殺して、その魔法の効果を解除しなくてはならない。

「だったら全部避けるだけっ!」

 イザベリアはミカロナを確実に殺すため、こうやって策を打った。成功した今、イザベリアの勝利は確実のように思われるが、そうではない。彼女が敗北をきする可能性はある。
 だが、分は確実にイザベリアにある。順当に行けばイザベリアが勝つだろう、とは言える。

「やってみせてよ、緑の魔女。あなたが死ぬその時まで、精一杯の、文字通り、死のダンスをね」

 そうだから、イザベリアは油断できない。口ではどんなに余裕を見せても。何せ相手は、黒の適応者ミカロナである。

 ◆◆◆

 作戦通りに逃げ出した魔人たち。彼らの仕事は囮となり、時間を稼ぐことだった。そしてそれは今終わったのだが、

「⋯⋯あの、あれを相手にしないといけないのですか?」

 レイは目の前の敵を見て、そう言った。
 魔人たちに与えられた二つ目の仕事は、ある人物の足止めもしくは殺害。その相手はおそらく、目の前の少年だ。

「⋯⋯そうでないにしても、今、アレを相手にできるのは俺たちだけだ」

 話しかけられたサンタナは、目の前の少年から目を離さずにレイに返した。
 ──半身に赤黒い文様のようなものが刻まれた少年。
 端正な顔立ちは中性的で、体つきも女の子のように細い。この見た目だけならば、簡単に殺せそうだが、実際前に立ってみれば分かることがある。
 明らかな強者。化物だ、この少年は。
 ミカロナと同じように『瘴気』に適合しているようで、赤黒いソレを身に纏っている。ただ違うのはその使い方と性質。
 ミカロナは繊細かつ精密な使い方をしており、性質も殺すことに特化していた。
 しかし目の前の少年の『瘴気』は、正しく暴力の化身。無闇矢鱈に振り回すような使い方をし、性質も広範囲に渡る破壊特化。
 つまるところ、集団戦における最善手メタを持つ化物。

「⋯⋯⋯⋯どうなっているの」

 少年は声を出した。そこには確かな困惑の感情が混ざっていた。
 フィルはそのことに酷く動揺した。彼女の強欲の罪能力
、彼は一般人のような感情を持ち合わせていると判断したのだから。

「なにが⋯⋯なにが起こっているの? ねぇ、そこの人たち」

 でも、その外見が、内に潜む化物の力が、『瘴気』と呼ばれる呪いのようなものが、彼は普通の人間ではないと訴えている。

(それはこっちの台詞⋯⋯何? この人間、まるで⋯⋯呪われているみたいな)

 『呪い』。それは魔法によく似た力のことだ。
 特に既存の魔法技術または錬金術、精霊術などには分類されず、理論の解明が不確かなものである。そう定義されたもの。
 ミカロナやメーデアの発言から分かったことは、それはまた別の言い方で『願いの力』でもあるということ。ざっくり言えば、『欲望』を叶えるための力。

(あれが『瘴気』だとすれば、あなかち間違いでもない?)

 エストから聞いたことと合わせれば、目の前の少年はメーデアによって、あるいは『瘴気』に呪われていると言える。
 そうなれば、彼が自体を把握しておらず、そして自らの力に無自覚なのにも納得だ。
 だが分からないことがある。それはなぜ、この少年は今ここにいるのか。そしてなぜ、呪われたのか。
 メーデアの目的はなにか。この少年の正体はなにか。現状で分かっていることから、導き出せる答えはなにか。

「⋯⋯君、名前は?」

「え? えと⋯⋯僕は⋯⋯⋯⋯」

 少年は自己を紹介しようとした。だかそこで言葉に詰まる。

「僕は⋯⋯僕は⋯⋯名前⋯⋯なんだっけ⋯⋯」

 その時、魔人たちはなにか冷たいものを感じた。

「なんだっけ⋯⋯? 分からない⋯⋯思い出そう⋯⋯」

 駄目だ。思い出してはいけない。違う。もう遅い。なにもかもが、もう手遅れなんだ。
 フィルは判断を間違えた。素性を知ろうということは、彼にとってのトリガーとなる。
 しかしどちらにせよ、だ。それが速いか遅いかの違いでしかない。なんなら、こうして察知できる分だけ、もしかすれば間違えた判断ではなかったのかも知れない。訂正だ。

「⋯⋯あああ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。怖い。怖いよ。あれは怖かった。みんな死んだ。死んでしまった。僕が、僕が殺したんだ。みんなを呪殺した。殺した殺した殺した殺した殺したんだぁ⋯⋯ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい⋯⋯⋯⋯」

 渦巻く『瘴気』。彼の中で何かがはちきれた。
 トラウマを刺激されたことによる力の解放。無意識下で行われていた制御と忘却が、解除されてしまった。
 だからこうして、発狂という形で、彼は、覚醒してしまった。

「おい。おいおいおい⋯⋯フィル! お前何やった!?」

 普段は冷静なベルゴールが取り乱している。エネルギーをよく食らう彼だからこそ、目の前の少年から溢れる力を人より感じているのだろう。

「知らないよ!? こうなるっていうなら私だって何も言わなかった!」

 見えるはずのない地雷を踏むなという方が間違いだ。フィルの判断は仕方のないところが大きかった。
 しかしやったことはやったことだ。ベルゴールだって、責めずにはいられなかったのだ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい⋯⋯」

 少年は自らの力を自覚していない。だからこれは暴走状態に等しく、制御なんかできるはずがない。そもそも、彼は話を聞けるような状態ですらない。
 過去の暴走によって起こした惨劇の中に、少年──マガは未だ囚われているのだから。

「⋯⋯ごめんなさい、みんな。ごめんなさい、ヨルサちゃん」

 ──大罪魔人たちは、マガと呼ばれる実験体にして、『逸脱者』である者と対峙した。
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