白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第七章「暁に至る時」

第二百六十三話 死と生を与える者

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 セレディナの目の前に現れたのはエストだ。
 予定通りのタイミング──ヴェルムを追い詰めた時に、彼女はようやく現れた。そしてここでやることは一つ。

(エストと接戦を繰り広げ、追い詰めること)

 セレディナは『仮面の死神』のリーダーという体で話を進めるつもりである。ならばそのリーダーが簡単に負けてしまえば緊張感が足りなくなるだろう。だからエストとは互角でなければならないのである。
 そして追い詰めるフェーズに入るには、セレディナにも時間が必要。つまりこれから少し戦うことになる、ということだ。既に準備はできているため、後はエストの判断である。
 
(確かにこれはマッチポンプだ。⋯⋯が)

 今回の策謀はいわゆる出来レースだ。けれども、セレディナは本気でエストと

「キミは、もしかして今回の騒動の大元かな?」

 芝居がかった声ではなかった。本当に、心からそう思っているようだ。しかし、エストのそれは正しく芝居でしかなかった。
 圧倒的な演技力にセレディナは驚きつつも、返すことを忘れない。

「なぜそう思った?」

「強いもん、キミ」

 ヴェルムはおそらく、エストの正体を確信している。彼女は分かっていて魔力を制御せずに周りに感知させているのだから。本当の魔女が「強い」という相手⋯⋯それはさぞかし印象に残るだろう。否、元々から彼の記憶にセレディナは焼き付いている。
 これは、この戦いを見るもの全てに思い知らせているのだ。

(本当かよ。まあ、いいや)

 当の本人はエストより自分が劣ると知っている。マトモに戦えば負けるだろう。善戦もできずに。

「⋯⋯そうか。⋯⋯なら、私が襲撃犯の主犯だと言ったら──」

 セレディナの真正面にエストが現れる。見えた。見切れた。しかし、対応が遅れた。
 エストの真っ白な剣がセレディナの胸を貫いた。血が滴る。貫通したから、普通ならこれで終わりだ。
 もしそうなったのなら、エストは愚かなことをした。が、セレディナはアンデッドだ。神聖属性の付与されていない、魔力もない、ただの鉄の剣で死ぬような種族じゃない。

「これが回答さ」

「⋯⋯私がこれしきで死ぬとでも?」

 セレディナはエストの頭に手を翳し、目を赤く光らせ、そこに黒刀を、能力を応用して創り出す。魔女の頭を貫き、破壊した。両者致命傷となるはずの攻撃を一撃ずつ交換した。
 エストは後ろに倒れそうになったところを堪えて、体を勢い良く前に倒す。それで整えていた髪が乱れ、彼女の顔を白の長髪が隠した。そして隙間から灰色の瞳が光る。

(能力行使⋯⋯!)

 エストの破壊された頭が再生する。傷は元通りとなり、他の魔法なのか、もしくは回復魔法がオリジナルなのか、血も消え去った。
 目が光ったのは能力を行使したからだと思った。彼女の能力は抵抗されやすいが、意識して抵抗しなければならない。それがネックで、思考に一瞬のタイムラグを生む。特にある程度の実力差があれば、意識のリソースをより割く必要があった。

「ぐわっ!?」

 セレディナの体が地面に叩きつけられる。違う。押し付けられた。重力が大きくなっている。よく見れば、エストは左腕を、押さえつけるようにしていた。魔法陣は展開されていない。これは魔法ではないのだ。

「さあさあさあ! こんなものじゃないはずだ!」

 ああ、そうだ。エストはまだ本気ではない。だからセレディナも本気ではなかった。

(癪だ。でも⋯⋯)

 セレディナは何倍にもなった重力の中、立ち上がる。吸血鬼なのだ。それも真祖の吸血鬼。この程度、抗える。

「⋯⋯そうでなくては、意味がない」

 エストの重力操作は範囲で行っている。少なくとも今はそうだ。でなければセレディナが踏んでいる以外の地面が同じように凹むことはない。
 ならば、範囲から逃れるのみだ。

「エスト、なぜ私が戦技を使わないか、分かるか?」

「さあ? 戦士であるキミが、戦技も使えないなんて思わないけど」

「理由はな、使うための詠唱が邪魔だからだ。何せ⋯⋯」

 セレディナは彼女自身の翼を大きく広げる。そしてエストに突っ込んでくる──否、右から後ろに回った。
 エストは転移魔法を無詠唱行使する。セレディナの黒刀は空を斬った。

「⋯⋯へぇ」

 彼女のスピードはやはり速い。違う。速くなっている。つまり成長している。エストが前回、感じたことだ。セレディナには確実に才能があるのだ。それも非常に厄介な、成長しやすいという才能が。早熟では勿論ない。が、早熟から限界を取り払ったものがセレディナだ。

「キミにはこの訓練方法があっているようだね」

 エストは小声で言った。
 前回、セレディナを相手にしたのはエスト本人、破戒魔獣、マガである。どいつもこいつも当時のセレディナでは太刀打ちができなかった。
 植物に水をあげすぎると腐ってしまうように、いくら才能があるからと言って負荷をかけすぎると潰してしまう。出る杭を打つようなものだ。
 だからこそ、殺さない程度に殺すことは、セレディナを成長させるのに丁度良い。

「私も本気で行くとしよう」

 当然、殺すための本気ではない。本気の手加減──遊ぶという意味ではない──をするだけ。つまり、第十一階級魔法を使わないだけである。
 実のところ、エストの力量は『逸脱者』となる前とあまり変わらない。世の中、進化したからと言って急に強くなるような美味い話はなかった。彼女の強さはほとんど変わらず、変わったのは第十一階級魔法が使えるかどうか──それを縛っている今、エストは以前とほぼ同等だ。

「さあ! 避けてみなよ! 〈次元断ディメンションスラッシュ〉」 

 何十もの白色の魔法陣が、セレディナを囲むように展開される。セレディナは避けようと翼を動かし飛び立つが、

「っ!?」

「残念。死ね」

 重力を操作され、セレディナは地面に叩きつけられる。足では立てても翼では空中で耐えられなかった。撃ち落とされた鳥のように、呆気なく撃墜された。

「舐めるなっ!」

 全方位から飛んでくる次元を断つ刃を、両手の黒刀で薙ぎ落とした。無論、全てを落とすことはできなくていくつかはセレディナの細い体を傷つけた。だが、生き残った。

「流石は死神。これしきでは死なないどころか、再生するか」

 セレディナの吸血鬼の再生力は凄まじく、半分ほど斬れかかっていた腕を完璧に繋げた。他にも首の致命傷も完治し、最初から何もしていなかったのかと同じに思える。

「でも、再生力は大体有限なのさ。無限の再生なんて、少なくとも種族としての特徴にはない」

 わざわざ完全否定しないのはメーデア例外の存在が理由である。

「キミは私に勝てない。キミは有限。私は無限だからね」

「数より質だ。無限であっても質には負けるものだぞ」

 言葉はここまで。後は殺し合いで終わらせる。
 セレディナの黒刀は掠るだけでも死に直結する凶器だ。その例外者にエストは名を連ねていない。よって彼女は黒刀を躱すことを大前提に立ち回る。決定打が中々なく、戦いは長引いた。
 戦闘にしては非常に長い時間が経過した頃だ。

「⋯⋯チッ」

 セレディナはアンデッドであり、疲労は殆どない。しかし神聖属性による蓄積ダメージで力が抜けていき、遂に膝をついた。
 対するエストは生命であり、疲労している。特に魔法の連続行使が原因だろう。
 追い詰められているのは前者であった。そう、セレディナは劣勢だ。これが本当の戦いなら、とっくに殺されていた。
 その事実が、生存本能に語りかける。エストは次の段階に行くと思っている。
 セレディナはエストが嫌いだ。だから、それを潰してやるのだ。いや、以上に、彼女は手にあるものを掴んだ。

「⋯⋯今なら、やれるかもしれない」

 セレディナは急に威圧感プレッシャーを纏った。彼女はあるものを掴み、そして実行に移したのだ。

「⋯⋯⋯⋯」

 彼女の能力、『毒生成』はありとあらゆる相手に効果的な毒を自由自在に作り出す。実質的な全物質の創造能力である。彼女の黒刀も、能力の応用によって作り出されたものであった。
 つまり、セレディナの黒刀はどんな相手であっても殺すチャンスを持つ武器、というわけだ。

「ようやく、やる気になったのね」

「お陰様で」

 エストの身体能力は今、魔力によって強化されている。彼女が意図的に行っている魔力を感知しやすい操作は、セレディナならばハッキリと見えた。
 そこで、思ったことがある。

「私は、勘違いしていたんだ。⋯⋯白の魔女、お前の強さは魔力によるところが大きい、そうだろ?」

「まあね。私、魔女だし。そりゃあ魔力は私の強さだよ。それがどうしたの?」

「さっき、私はお前の剣戟に反応が遅れた。油断していた、予想していなかったのもあるが⋯⋯それ以上に、お前の身体能力が非常に高かったからだ」

 魔力というものは使わなければ増えない。筋肉を使わずには筋力を鍛えられないように。だからこそ、戦士であるセレディナには魔力がなく、魔法使いであるエストには魔力がある。
 魔力とは強さだ。魔力は基本的に体内の中心にある。魔法を使うときのみ、腕を伝って放出されるのだ。
 そして魔力を体に循環させることで身体能力を高めることができる。これには高い技術が必要であるものの、使いこなせれば下手な戦士より強い近接戦闘力を獲得できるだろう。

「私は魔法使いではなかった。だから、お前の強さの秘訣である『魔力の循環』が見えなかった」

「⋯⋯ほう。そう。キミは⋯⋯興味深いね」

 これは最早、八百長ではなくなった。これは、試合だ。
 セレディナは思う。おそらく、まだエストには勝てない。次元が違う彼女には、本気になられると勝てない実力差がそこにある。
 ただ、セレディナはこうも思った──だからこそ、殺す気で戦えると。

「答えは最初から掌の上にあった⋯⋯気がつけば、あとはやるだけ」

 セレディナの両目が真っ赤に光り、染まり、煌めいた。仮面を被っていても、漏れ出る赤い光は眩しかった。
 ──刹那、雰囲気が変化する。

「素晴らしいね」

 セレディナがやったのは、能力を使ったことだ。そして対象は⋯⋯自分自身である。
 着想はエストの魔力による自己強化から得た。知識として、それはセレディナには元々あった。いくら魔法が使えずとも、魔力がなくても、魔法に関する、もしくは魔力に関する知識とは時として大切な判断材料となるからだ。
 だが、教科書に載っているような知識では、理解しきれないものは数多くある。特に『実際にやってみること』が重要視される、というか感覚でしか理解できないことが殆どの魔法では、魔法が使えないということはそれだけで足を引っ張る要因になりかねない。
 よって、セレディナは『魔力の循環』がよく分かっていなかった。ならば、見ればよかったのである。どうやって、魔力というよく分からないものを操作し、体内をどのように循環させているのかを。血流のように回しているのかと思えば、実際は筋肉や器官に一本の管を通したように回していた。ただしその管はかなり太い。

「⋯⋯全ての物質は毒に成り得る。例えば水でさえも飲みすぎれば毒となる。薬でも、容量を間違えればたちまち人を殺すことになる」

 毒と薬の境界線は、害があるかないかである。本質、実質は全く同じなのだ。

「だから、キミの能力は凶悪だった。生命を殺すという点において。⋯⋯ああ、そうだね。そうさ。もしそれができるというのであれば、私はまずそうしただろう」

 能力を一番理解しているのは能力者本人だ。例えどれだけ賢くても、他人の能力をその本人より理解することはできない。こういったものは長い時間をかけて、ようやっと理解できる感覚があるからだ。

「⋯⋯上手くいった」

 セレディナの瞳が発光を辞める。完了したのだ。

「薬は毒となる。なら、毒を薬とすることもできるはず。作った薬を体内に循環させ、身体能力の向上を図る⋯⋯。私の魔力の循環から、よく思いついたものだね」

 エストはニヤリと笑う。ああ、本当に、期待以上だ。能力は結局のところ、解釈と応用力が肝なのだと。
 セレディナの能力は、毒を生成するもの。毒は対象を必ず殺すもの。だけれど、制限ができないわけがない。作る毒を制限すれば、どんな成分を作れば良いかを理解すれば、薬を作ることができるのだ。
 身体能力を強化する薬を、セレディナは調合し生成し、循環させた。

「私の能力は『毒生成』だと思ってたけど、違うな。私の能力は──」

 セレディナの準備は今、完了した。後は全力でぶつかるだけだ。

「──『死生贈罸しせいぞうばつ』」

 能力が進化したわけではない。だが、使い方が変われば全く別物だと見違えるようになる。正しい使い方をするのなら、正しい名前を与えるべきだ。

「待たせたな、白の魔女。そしてありがとう、エスト」

 セレディナは両手に黒刀を作り、握る。

「⋯⋯さて、本当の闘争というものを始めよう」
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