272 / 338
第七章「暁に至る時」
第二百六十三話 死と生を与える者
しおりを挟む
セレディナの目の前に現れたのはエストだ。
予定通りのタイミング──ヴェルムを追い詰めた時に、彼女はようやく現れた。そしてここでやることは一つ。
(エストと接戦を繰り広げ、追い詰めること)
セレディナは『仮面の死神』のリーダーという体で話を進めるつもりである。ならばそのリーダーが簡単に負けてしまえば緊張感が足りなくなるだろう。だからエストとは互角でなければならないのである。
そして追い詰めるフェーズに入るには、セレディナにも時間が必要。つまりこれから少し戦うことになる、ということだ。既に準備はできているため、後はエストの判断である。
(確かにこれはマッチポンプだ。⋯⋯が)
今回の策謀はいわゆる出来レースだ。けれども、セレディナは本気でエストと戦う。
「キミは、もしかして今回の騒動の大元かな?」
芝居がかった声ではなかった。本当に、心からそう思っているようだ。しかし、エストのそれは正しく芝居でしかなかった。
圧倒的な演技力にセレディナは驚きつつも、返すことを忘れない。
「なぜそう思った?」
「強いもん、キミ」
ヴェルムはおそらく、エストの正体を確信している。彼女は分かっていて魔力を制御せずに周りに感知させているのだから。本当の魔女が「強い」という相手⋯⋯それはさぞかし印象に残るだろう。否、元々から彼の記憶にセレディナは焼き付いている。
これは、この戦いを見るもの全てに思い知らせているのだ。
(本当かよ。まあ、いいや)
当の本人はエストより自分が劣ると知っている。マトモに戦えば負けるだろう。善戦もできずに。
「⋯⋯そうか。⋯⋯なら、私が襲撃犯の主犯だと言ったら──」
セレディナの真正面にエストが現れる。見えた。見切れた。しかし、対応が遅れた。
エストの真っ白な剣がセレディナの胸を貫いた。血が滴る。貫通したから、普通ならこれで終わりだ。
もしそうなったのなら、エストは愚かなことをした。が、セレディナはアンデッドだ。神聖属性の付与されていない、魔力もない、ただの鉄の剣で死ぬような種族じゃない。
「これが回答さ」
「⋯⋯私がこれしきで死ぬとでも?」
セレディナはエストの頭に手を翳し、目を赤く光らせ、そこに黒刀を、能力を応用して創り出す。魔女の頭を貫き、破壊した。両者致命傷となるはずの攻撃を一撃ずつ交換した。
エストは後ろに倒れそうになったところを堪えて、体を勢い良く前に倒す。それで整えていた髪が乱れ、彼女の顔を白の長髪が隠した。そして隙間から灰色の瞳が光る。
(能力行使⋯⋯!)
エストの破壊された頭が再生する。傷は元通りとなり、他の魔法なのか、もしくは回復魔法がオリジナルなのか、血も消え去った。
目が光ったのは能力を行使したからだと思った。彼女の能力は抵抗されやすいが、意識して抵抗しなければならない。それがネックで、思考に一瞬のタイムラグを生む。特にある程度の実力差があれば、意識のリソースをより割く必要があった。
「ぐわっ!?」
セレディナの体が地面に叩きつけられる。違う。押し付けられた。重力が大きくなっている。よく見れば、エストは左腕を、押さえつけるようにしていた。魔法陣は展開されていない。これは魔法ではないのだ。
「さあさあさあ! こんなものじゃないはずだ!」
ああ、そうだ。エストはまだ本気ではない。だからセレディナも本気ではなかった。
(癪だ。でも⋯⋯)
セレディナは何倍にもなった重力の中、立ち上がる。吸血鬼なのだ。それも真祖の吸血鬼。この程度、抗える。
「⋯⋯そうでなくては、意味がない」
エストの重力操作は範囲で行っている。少なくとも今はそうだ。でなければセレディナが踏んでいる以外の地面が同じように凹むことはない。
ならば、範囲から逃れるのみだ。
「エスト、なぜ私が戦技を使わないか、分かるか?」
「さあ? 戦士であるキミが、戦技も使えないなんて思わないけど」
「理由はな、使うための詠唱が邪魔だからだ。何せ⋯⋯」
セレディナは彼女自身の翼を大きく広げる。そしてエストに突っ込んでくる──否、右から後ろに回った。
エストは転移魔法を無詠唱行使する。セレディナの黒刀は空を斬った。
「⋯⋯へぇ」
彼女のスピードはやはり速い。違う。速くなっている。つまり成長している。エストが前回、感じたことだ。セレディナには確実に才能があるのだ。それも非常に厄介な、成長しやすいという才能が。早熟では勿論ない。が、早熟から限界を取り払ったものがセレディナだ。
「キミにはこの訓練方法があっているようだね」
エストは小声で言った。
前回、セレディナを相手にしたのはエスト本人、破戒魔獣、マガである。どいつもこいつも当時のセレディナでは太刀打ちができなかった。
植物に水をあげすぎると腐ってしまうように、いくら才能があるからと言って負荷をかけすぎると潰してしまう。出る杭を打つようなものだ。
だからこそ、殺さない程度に殺すことは、セレディナを成長させるのに丁度良い。
「私も本気で行くとしよう」
当然、殺すための本気ではない。本気の手加減──遊ぶという意味ではない──をするだけ。つまり、第十一階級魔法を使わないだけである。
実のところ、エストの力量は『逸脱者』となる前とあまり変わらない。世の中、進化したからと言って急に強くなるような美味い話はなかった。彼女の強さはほとんど変わらず、変わったのは第十一階級魔法が使えるかどうか──それを縛っている今、エストは以前とほぼ同等だ。
「さあ! 避けてみなよ! 〈次元断〉」
何十もの白色の魔法陣が、セレディナを囲むように展開される。セレディナは避けようと翼を動かし飛び立つが、
「っ!?」
「残念。死ね」
重力を操作され、セレディナは地面に叩きつけられる。足では立てても翼では空中で耐えられなかった。撃ち落とされた鳥のように、呆気なく撃墜された。
「舐めるなっ!」
全方位から飛んでくる次元を断つ刃を、両手の黒刀で薙ぎ落とした。無論、全てを落とすことはできなくていくつかはセレディナの細い体を傷つけた。だが、生き残った。
「流石は死神。これしきでは死なないどころか、再生するか」
セレディナの吸血鬼の再生力は凄まじく、半分ほど斬れかかっていた腕を完璧に繋げた。他にも首の致命傷も完治し、最初から何もしていなかったのかと同じに思える。
「でも、再生力は大体有限なのさ。無限の再生なんて、少なくとも種族としての特徴にはない」
わざわざ完全否定しないのはメーデアが理由である。
「キミは私に勝てない。キミは有限。私は無限だからね」
「数より質だ。無限であっても質には負けるものだぞ」
言葉はここまで。後は殺し合いで終わらせる。
セレディナの黒刀は掠るだけでも死に直結する凶器だ。その例外者にエストは名を連ねていない。よって彼女は黒刀を躱すことを大前提に立ち回る。決定打が中々なく、戦いは長引いた。
戦闘にしては非常に長い時間が経過した頃だ。
「⋯⋯チッ」
セレディナはアンデッドであり、疲労は殆どない。しかし神聖属性による蓄積ダメージで力が抜けていき、遂に膝をついた。
対するエストは生命であり、疲労している。特に魔法の連続行使が原因だろう。
追い詰められているのは前者であった。そう、セレディナは劣勢だ。これが本当の戦いなら、とっくに殺されていた。
その事実が、生存本能に語りかける。エストは次の段階に行くと思っている。
セレディナはエストが嫌いだ。だから、それを潰してやるのだ。いや、以上に、彼女は手にあるものを掴んだ。
「⋯⋯今なら、やれるかもしれない」
セレディナは急に威圧感を纏った。彼女はあるものを掴み、そして実行に移したのだ。
「⋯⋯⋯⋯」
彼女の能力、『毒生成』はありとあらゆる相手に効果的な毒を自由自在に作り出す。実質的な全物質の創造能力である。彼女の黒刀も、能力の応用によって作り出されたものであった。
つまり、セレディナの黒刀はどんな相手であっても殺すチャンスを持つ武器、というわけだ。
「ようやく、やる気になったのね」
「お陰様で」
エストの身体能力は今、魔力によって強化されている。彼女が意図的に行っている魔力を感知しやすい操作は、セレディナならばハッキリと見えた。
そこで、思ったことがある。
「私は、勘違いしていたんだ。⋯⋯白の魔女、お前の強さは魔力によるところが大きい、そうだろ?」
「まあね。私、魔女だし。そりゃあ魔力は私の強さだよ。それがどうしたの?」
「さっき、私はお前の剣戟に反応が遅れた。油断していた、予想していなかったのもあるが⋯⋯それ以上に、お前の身体能力が非常に高かったからだ」
魔力というものは使わなければ増えない。筋肉を使わずには筋力を鍛えられないように。だからこそ、戦士であるセレディナには魔力がなく、魔法使いであるエストには魔力がある。
魔力とは強さだ。魔力は基本的に体内の中心にある。魔法を使うときのみ、腕を伝って放出されるのだ。
そして魔力を体に循環させることで身体能力を高めることができる。これには高い技術が必要であるものの、使いこなせれば下手な戦士より強い近接戦闘力を獲得できるだろう。
「私は魔法使いではなかった。だから、お前の強さの秘訣である『魔力の循環』が見えなかった」
「⋯⋯ほう。そう。キミは⋯⋯興味深いね」
これは最早、八百長ではなくなった。これは、試合だ。
セレディナは思う。おそらく、まだエストには勝てない。次元が違う彼女には、本気になられると勝てない実力差がそこにある。
ただ、セレディナはこうも思った──だからこそ、殺す気で戦えると。
「答えは最初から掌の上にあった⋯⋯気がつけば、あとはやるだけ」
セレディナの両目が真っ赤に光り、染まり、煌めいた。仮面を被っていても、漏れ出る赤い光は眩しかった。
──刹那、雰囲気が変化する。
「素晴らしいね」
セレディナがやったのは、能力を使ったことだ。そして対象は⋯⋯自分自身である。
着想はエストの魔力による自己強化から得た。知識として、それはセレディナには元々あった。いくら魔法が使えずとも、魔力がなくても、魔法に関する、もしくは魔力に関する知識とは時として大切な判断材料となるからだ。
だが、教科書に載っているような知識では、理解しきれないものは数多くある。特に『実際にやってみること』が重要視される、というか感覚でしか理解できないことが殆どの魔法では、魔法が使えないということはそれだけで足を引っ張る要因になりかねない。
よって、セレディナは『魔力の循環』がよく分かっていなかった。ならば、見ればよかったのである。どうやって、魔力というよく分からないものを操作し、体内をどのように循環させているのかを。血流のように回しているのかと思えば、実際は筋肉や器官に一本の管を通したように回していた。ただしその管はかなり太い。
「⋯⋯全ての物質は毒に成り得る。例えば水でさえも飲みすぎれば毒となる。薬でも、容量を間違えればたちまち人を殺すことになる」
毒と薬の境界線は、害があるかないかである。本質、実質は全く同じなのだ。
「だから、キミの能力は凶悪だった。生命を殺すという点において。⋯⋯ああ、そうだね。そうさ。もしそれができるというのであれば、私はまずそうしただろう」
能力を一番理解しているのは能力者本人だ。例えどれだけ賢くても、他人の能力をその本人より理解することはできない。こういったものは長い時間をかけて、ようやっと理解できる感覚があるからだ。
「⋯⋯上手くいった」
セレディナの瞳が発光を辞める。完了したのだ。
「薬は毒となる。なら、毒を薬とすることもできるはず。作った薬を体内に循環させ、身体能力の向上を図る⋯⋯。私の魔力の循環から、よく思いついたものだね」
エストはニヤリと笑う。ああ、本当に、期待以上だ。能力は結局のところ、解釈と応用力が肝なのだと。
セレディナの能力は、毒を生成するもの。毒は対象を必ず殺すもの。だけれど、制限ができないわけがない。作る毒を制限すれば、どんな成分を作れば良いかを理解すれば、薬を作ることができるのだ。
身体能力を強化する薬を、セレディナは調合し生成し、循環させた。
「私の能力は『毒生成』だと思ってたけど、違うな。私の能力は──」
セレディナの準備は今、完了した。後は全力でぶつかるだけだ。
「──『死生贈罸』」
能力が進化したわけではない。だが、使い方が変われば全く別物だと見違えるようになる。正しい使い方をするのなら、正しい名前を与えるべきだ。
「待たせたな、白の魔女。そしてありがとう、エスト」
セレディナは両手に黒刀を作り、握る。
「⋯⋯さて、本当の闘争というものを始めよう」
予定通りのタイミング──ヴェルムを追い詰めた時に、彼女はようやく現れた。そしてここでやることは一つ。
(エストと接戦を繰り広げ、追い詰めること)
セレディナは『仮面の死神』のリーダーという体で話を進めるつもりである。ならばそのリーダーが簡単に負けてしまえば緊張感が足りなくなるだろう。だからエストとは互角でなければならないのである。
そして追い詰めるフェーズに入るには、セレディナにも時間が必要。つまりこれから少し戦うことになる、ということだ。既に準備はできているため、後はエストの判断である。
(確かにこれはマッチポンプだ。⋯⋯が)
今回の策謀はいわゆる出来レースだ。けれども、セレディナは本気でエストと戦う。
「キミは、もしかして今回の騒動の大元かな?」
芝居がかった声ではなかった。本当に、心からそう思っているようだ。しかし、エストのそれは正しく芝居でしかなかった。
圧倒的な演技力にセレディナは驚きつつも、返すことを忘れない。
「なぜそう思った?」
「強いもん、キミ」
ヴェルムはおそらく、エストの正体を確信している。彼女は分かっていて魔力を制御せずに周りに感知させているのだから。本当の魔女が「強い」という相手⋯⋯それはさぞかし印象に残るだろう。否、元々から彼の記憶にセレディナは焼き付いている。
これは、この戦いを見るもの全てに思い知らせているのだ。
(本当かよ。まあ、いいや)
当の本人はエストより自分が劣ると知っている。マトモに戦えば負けるだろう。善戦もできずに。
「⋯⋯そうか。⋯⋯なら、私が襲撃犯の主犯だと言ったら──」
セレディナの真正面にエストが現れる。見えた。見切れた。しかし、対応が遅れた。
エストの真っ白な剣がセレディナの胸を貫いた。血が滴る。貫通したから、普通ならこれで終わりだ。
もしそうなったのなら、エストは愚かなことをした。が、セレディナはアンデッドだ。神聖属性の付与されていない、魔力もない、ただの鉄の剣で死ぬような種族じゃない。
「これが回答さ」
「⋯⋯私がこれしきで死ぬとでも?」
セレディナはエストの頭に手を翳し、目を赤く光らせ、そこに黒刀を、能力を応用して創り出す。魔女の頭を貫き、破壊した。両者致命傷となるはずの攻撃を一撃ずつ交換した。
エストは後ろに倒れそうになったところを堪えて、体を勢い良く前に倒す。それで整えていた髪が乱れ、彼女の顔を白の長髪が隠した。そして隙間から灰色の瞳が光る。
(能力行使⋯⋯!)
エストの破壊された頭が再生する。傷は元通りとなり、他の魔法なのか、もしくは回復魔法がオリジナルなのか、血も消え去った。
目が光ったのは能力を行使したからだと思った。彼女の能力は抵抗されやすいが、意識して抵抗しなければならない。それがネックで、思考に一瞬のタイムラグを生む。特にある程度の実力差があれば、意識のリソースをより割く必要があった。
「ぐわっ!?」
セレディナの体が地面に叩きつけられる。違う。押し付けられた。重力が大きくなっている。よく見れば、エストは左腕を、押さえつけるようにしていた。魔法陣は展開されていない。これは魔法ではないのだ。
「さあさあさあ! こんなものじゃないはずだ!」
ああ、そうだ。エストはまだ本気ではない。だからセレディナも本気ではなかった。
(癪だ。でも⋯⋯)
セレディナは何倍にもなった重力の中、立ち上がる。吸血鬼なのだ。それも真祖の吸血鬼。この程度、抗える。
「⋯⋯そうでなくては、意味がない」
エストの重力操作は範囲で行っている。少なくとも今はそうだ。でなければセレディナが踏んでいる以外の地面が同じように凹むことはない。
ならば、範囲から逃れるのみだ。
「エスト、なぜ私が戦技を使わないか、分かるか?」
「さあ? 戦士であるキミが、戦技も使えないなんて思わないけど」
「理由はな、使うための詠唱が邪魔だからだ。何せ⋯⋯」
セレディナは彼女自身の翼を大きく広げる。そしてエストに突っ込んでくる──否、右から後ろに回った。
エストは転移魔法を無詠唱行使する。セレディナの黒刀は空を斬った。
「⋯⋯へぇ」
彼女のスピードはやはり速い。違う。速くなっている。つまり成長している。エストが前回、感じたことだ。セレディナには確実に才能があるのだ。それも非常に厄介な、成長しやすいという才能が。早熟では勿論ない。が、早熟から限界を取り払ったものがセレディナだ。
「キミにはこの訓練方法があっているようだね」
エストは小声で言った。
前回、セレディナを相手にしたのはエスト本人、破戒魔獣、マガである。どいつもこいつも当時のセレディナでは太刀打ちができなかった。
植物に水をあげすぎると腐ってしまうように、いくら才能があるからと言って負荷をかけすぎると潰してしまう。出る杭を打つようなものだ。
だからこそ、殺さない程度に殺すことは、セレディナを成長させるのに丁度良い。
「私も本気で行くとしよう」
当然、殺すための本気ではない。本気の手加減──遊ぶという意味ではない──をするだけ。つまり、第十一階級魔法を使わないだけである。
実のところ、エストの力量は『逸脱者』となる前とあまり変わらない。世の中、進化したからと言って急に強くなるような美味い話はなかった。彼女の強さはほとんど変わらず、変わったのは第十一階級魔法が使えるかどうか──それを縛っている今、エストは以前とほぼ同等だ。
「さあ! 避けてみなよ! 〈次元断〉」
何十もの白色の魔法陣が、セレディナを囲むように展開される。セレディナは避けようと翼を動かし飛び立つが、
「っ!?」
「残念。死ね」
重力を操作され、セレディナは地面に叩きつけられる。足では立てても翼では空中で耐えられなかった。撃ち落とされた鳥のように、呆気なく撃墜された。
「舐めるなっ!」
全方位から飛んでくる次元を断つ刃を、両手の黒刀で薙ぎ落とした。無論、全てを落とすことはできなくていくつかはセレディナの細い体を傷つけた。だが、生き残った。
「流石は死神。これしきでは死なないどころか、再生するか」
セレディナの吸血鬼の再生力は凄まじく、半分ほど斬れかかっていた腕を完璧に繋げた。他にも首の致命傷も完治し、最初から何もしていなかったのかと同じに思える。
「でも、再生力は大体有限なのさ。無限の再生なんて、少なくとも種族としての特徴にはない」
わざわざ完全否定しないのはメーデアが理由である。
「キミは私に勝てない。キミは有限。私は無限だからね」
「数より質だ。無限であっても質には負けるものだぞ」
言葉はここまで。後は殺し合いで終わらせる。
セレディナの黒刀は掠るだけでも死に直結する凶器だ。その例外者にエストは名を連ねていない。よって彼女は黒刀を躱すことを大前提に立ち回る。決定打が中々なく、戦いは長引いた。
戦闘にしては非常に長い時間が経過した頃だ。
「⋯⋯チッ」
セレディナはアンデッドであり、疲労は殆どない。しかし神聖属性による蓄積ダメージで力が抜けていき、遂に膝をついた。
対するエストは生命であり、疲労している。特に魔法の連続行使が原因だろう。
追い詰められているのは前者であった。そう、セレディナは劣勢だ。これが本当の戦いなら、とっくに殺されていた。
その事実が、生存本能に語りかける。エストは次の段階に行くと思っている。
セレディナはエストが嫌いだ。だから、それを潰してやるのだ。いや、以上に、彼女は手にあるものを掴んだ。
「⋯⋯今なら、やれるかもしれない」
セレディナは急に威圧感を纏った。彼女はあるものを掴み、そして実行に移したのだ。
「⋯⋯⋯⋯」
彼女の能力、『毒生成』はありとあらゆる相手に効果的な毒を自由自在に作り出す。実質的な全物質の創造能力である。彼女の黒刀も、能力の応用によって作り出されたものであった。
つまり、セレディナの黒刀はどんな相手であっても殺すチャンスを持つ武器、というわけだ。
「ようやく、やる気になったのね」
「お陰様で」
エストの身体能力は今、魔力によって強化されている。彼女が意図的に行っている魔力を感知しやすい操作は、セレディナならばハッキリと見えた。
そこで、思ったことがある。
「私は、勘違いしていたんだ。⋯⋯白の魔女、お前の強さは魔力によるところが大きい、そうだろ?」
「まあね。私、魔女だし。そりゃあ魔力は私の強さだよ。それがどうしたの?」
「さっき、私はお前の剣戟に反応が遅れた。油断していた、予想していなかったのもあるが⋯⋯それ以上に、お前の身体能力が非常に高かったからだ」
魔力というものは使わなければ増えない。筋肉を使わずには筋力を鍛えられないように。だからこそ、戦士であるセレディナには魔力がなく、魔法使いであるエストには魔力がある。
魔力とは強さだ。魔力は基本的に体内の中心にある。魔法を使うときのみ、腕を伝って放出されるのだ。
そして魔力を体に循環させることで身体能力を高めることができる。これには高い技術が必要であるものの、使いこなせれば下手な戦士より強い近接戦闘力を獲得できるだろう。
「私は魔法使いではなかった。だから、お前の強さの秘訣である『魔力の循環』が見えなかった」
「⋯⋯ほう。そう。キミは⋯⋯興味深いね」
これは最早、八百長ではなくなった。これは、試合だ。
セレディナは思う。おそらく、まだエストには勝てない。次元が違う彼女には、本気になられると勝てない実力差がそこにある。
ただ、セレディナはこうも思った──だからこそ、殺す気で戦えると。
「答えは最初から掌の上にあった⋯⋯気がつけば、あとはやるだけ」
セレディナの両目が真っ赤に光り、染まり、煌めいた。仮面を被っていても、漏れ出る赤い光は眩しかった。
──刹那、雰囲気が変化する。
「素晴らしいね」
セレディナがやったのは、能力を使ったことだ。そして対象は⋯⋯自分自身である。
着想はエストの魔力による自己強化から得た。知識として、それはセレディナには元々あった。いくら魔法が使えずとも、魔力がなくても、魔法に関する、もしくは魔力に関する知識とは時として大切な判断材料となるからだ。
だが、教科書に載っているような知識では、理解しきれないものは数多くある。特に『実際にやってみること』が重要視される、というか感覚でしか理解できないことが殆どの魔法では、魔法が使えないということはそれだけで足を引っ張る要因になりかねない。
よって、セレディナは『魔力の循環』がよく分かっていなかった。ならば、見ればよかったのである。どうやって、魔力というよく分からないものを操作し、体内をどのように循環させているのかを。血流のように回しているのかと思えば、実際は筋肉や器官に一本の管を通したように回していた。ただしその管はかなり太い。
「⋯⋯全ての物質は毒に成り得る。例えば水でさえも飲みすぎれば毒となる。薬でも、容量を間違えればたちまち人を殺すことになる」
毒と薬の境界線は、害があるかないかである。本質、実質は全く同じなのだ。
「だから、キミの能力は凶悪だった。生命を殺すという点において。⋯⋯ああ、そうだね。そうさ。もしそれができるというのであれば、私はまずそうしただろう」
能力を一番理解しているのは能力者本人だ。例えどれだけ賢くても、他人の能力をその本人より理解することはできない。こういったものは長い時間をかけて、ようやっと理解できる感覚があるからだ。
「⋯⋯上手くいった」
セレディナの瞳が発光を辞める。完了したのだ。
「薬は毒となる。なら、毒を薬とすることもできるはず。作った薬を体内に循環させ、身体能力の向上を図る⋯⋯。私の魔力の循環から、よく思いついたものだね」
エストはニヤリと笑う。ああ、本当に、期待以上だ。能力は結局のところ、解釈と応用力が肝なのだと。
セレディナの能力は、毒を生成するもの。毒は対象を必ず殺すもの。だけれど、制限ができないわけがない。作る毒を制限すれば、どんな成分を作れば良いかを理解すれば、薬を作ることができるのだ。
身体能力を強化する薬を、セレディナは調合し生成し、循環させた。
「私の能力は『毒生成』だと思ってたけど、違うな。私の能力は──」
セレディナの準備は今、完了した。後は全力でぶつかるだけだ。
「──『死生贈罸』」
能力が進化したわけではない。だが、使い方が変われば全く別物だと見違えるようになる。正しい使い方をするのなら、正しい名前を与えるべきだ。
「待たせたな、白の魔女。そしてありがとう、エスト」
セレディナは両手に黒刀を作り、握る。
「⋯⋯さて、本当の闘争というものを始めよう」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる