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第七章「暁に至る時」
第二百三十八話 結束
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レネの瞳が光ると、炎は空中で障壁に衝突して拡散した。それは人々を焼き尽くすことはなかったが、そうしようとしたことは分かりきった話になってしまった。
「⋯⋯なぜです」
人間の避難キャンプに炎を吐いたのは一匹の竜だった。しかし、何十匹、あるいは三桁に至るまでの竜たちが、敵意を持って、隠そうともしない。そう彼らは、人間を滅ぼそうとしている竜たちの集まりだ。無論、竜たち全員ではないだろう。だが、少なくない。
「我々が生き残るためだ」
赤い鱗を持った竜が答える。
「あれを真に受けると言うのですか?」
今度、竜は答えない。思うところがあるのだろう。しかし、それが正義だと言えずとも、悪だとはならない。
正義の反対は、また別の正義である。竜たちからしてみれば、人間が淘汰されることは何らおかしなことではない。
「であれば、反抗してこい。我々の殺戮を止めれば良い」
そうだ。彼らは、人を滅ぼすことになっても、逆に滅ぼされることになっても構わないとさえ思っている。それこそが自然の摂理。弱肉強食。旧く、普遍のこの世のルールに則り、生存を競争するのが彼らの目的だ。結果、どちらかが生き残るのであれば。
「そんな⋯⋯皆さんで力を合わせて、緑の魔女を、黒の教団を討ち滅ぼす。そうすれば、それで終わりじゃないですか」
「⋯⋯勝てない戦いをして全滅するくらいなら、片方が生き残ったほうが断然良いではないか」
「やる前から諦めないでくださいよ!」
レネは感情的になって竜たちに訴える。
「もう良い。話し合いは元よりする気はない。どうしても止めて見せたいなら、実力行使あるのみだ」
だが、竜にレネの訴えによって感情が動かされた様子はなかった。もう話し合いでは解決できないと悟った彼女は、憂いのある表情を浮かべた。そして小さい声で竜に伝える。
「⋯⋯私が緑の魔女を倒します」
「信用できな──」「そして!」
竜の反論にレネは声を被せる。彼女の言葉は、竜を納得させようとして発したものではない。言論のぶつけ合いではなく、それは宣言だ。
「あなたたちを、ここで止めます」
瞬間、竜の体が地面に押し付けられる。見ると、レネは右手を振り下ろしたようだ。勢い良く地面に叩きつけられ、更に頭蓋骨を潰すが如くの圧力が加えられると、竜は気絶した。
他の竜たちはそれを見ているだけだった。一方的な戦いに加勢することはなかった。いや、タイミングが掴めなかったのである。
唖然とする竜たちにレネは大声で問いかける。
「私の意思に反するならば、ここであなたたちを全員無力化します。少し痛い思いをするでしょうが、それを覚悟の上で挑んできなさい」
それからだった、蹂躙が始まったのは。
向かってくる竜たちを、レネは一匹一匹丁寧に無力化していった。頭に衝撃を与えての気絶。出血多量による行動不能。魔法抵抗力が弱い者には拘束魔法。戦闘開始から数分足らずで、何百匹も居た竜たちは皆、倒されてしまった。
「凄い⋯⋯」
人間たちを戦闘の被害から守っていたロミシィーは、レネの戦いぶりに口を開いて見惚れていた。確かに怪我をする竜は幾匹か居たが、それでも死亡するような傷を負ったのは居なかったからだ。
魔法は相手を殺すためにあると言われるほど、殺傷性の高い技術だ。無力化はただ殺すより格段に難しい。
「⋯⋯これで、良いですか」
力によって従わせる。結局のところ、これがこの世界の真理だ。
「⋯⋯強、いな。勝てると⋯⋯思っていたのだが」
「⋯⋯それで、私の言うこと聞いてくれますか?」
◆◆◆
避難キャンプに即席で設けられた、カーテンで仕切られただけの会議室にて。
レイは、竜たちのやったことの目的が理解できた。それをレネに伝えると、彼女は動揺して竜たちに謝りに行った。
「目的は一致団結のため。レネ様に力があり、竜たちでさえ敵わない力の持ち主だと知らしめれば、恩義もあって人間たちはレネ様に従う⋯⋯なるほど、策士ですね」
あのままだと、人間側が暴走してもおかしくなかった。いくらレイの能力で沈静化できるとしても、自分たちの死に怯える感情には逆効果だ。
とすれば、こうして一芸振る舞う方が良い。
「ですが⋯⋯ラグラムナ竜王が失踪、ですか」
「竜王様⋯⋯」
ロミシィーは悲しそうな顔をした。それもそのはずだ。彼らの王が、謎の失踪を遂げたのだから。今朝から捜索隊を派遣しているが、一向に見つかった報告はないらしい。
「まさか逃げたわけではないでしょう。そして、戦闘の跡はなかった。ならば、考えられる可能性は二つ」
アレオスは聞いた話での状況から、何があったかを推察した。可能性は二つあると言ったが、殆どの状況は同じ。何者かに襲撃を受けて、死亡したか、もしくは洗脳を受けたか。現場には血痕などが無かったことから、特に後者の可能性の方が高い。
が、その場合いくつかの疑問点がある。
「なぜ、竜王を洗脳できたか。また、それを私たちにやらない理由です」
これを考えなくては、自分たちも同じ目に遭うかもしれない。対策立ても兼ねて考察する必要があった。が、大した情報もないため、洗脳には何かしらの条件があることぐらいしか分からない。良くあるパターンとしては直接触れる必要があることだが、今回、それはなさそうだ。
「とすると、ミカロナとは別の存在⋯⋯あのネツァクとかいう痴女ですかね」
「黒の教団幹部がそうである可能性は高い⋯⋯それでも、好き勝手にやれるとは限らないでしょう」
しかし、問題はどちらにしてもロックが敵に回ることだ。現状、ロックの強さはよく分からない。戦闘スタイルも不明であり、対策の立てようがないのである。判明しているのは魔女と一対一で戦える実力者であるということぐらいだ。
「⋯⋯殺すだけなら、何とかなりますが」
今回の相手を滅ぼすにあたり、注意すべき相手はミカロナとロック、そして戦闘力ではなく特異な力という意味でネツァクを含んだ計三人である。なので、レイ、レネ、アレオスの三人であれば相手にできるはずだ。しかし、その場合、一般人への被害は免れない。いくら自分が強くても、他人を守れる力があるとは限らないのだ。
また、この発言にはこれとは別の意味も含まれている。
「それって⋯⋯まさか、竜王様を」
「洗脳系の魔法は多くの場合、行使者を殺害することで効果を失います。が、能力や加護であった場合、その限りではありません。何より、私たちに殺さない余裕はあまりありません」
殺すことは、ある意味で殺さないことより簡単だ。手加減なしで全力を尽くすだけで生命は殺せる。もしくは殺されるだけ。しかし力を制限して戦おうものなら、加減がわからず逆に殺されてしまうかもしれない。あるいは、殺さないと殺される状況に追い込まれる可能性がある。
前者に関しても難しいところである。魔法ならばともかく、能力や加護であれば、洗脳者の意思による洗脳解除が必要な場合もある。
「やってみないことには分からない。ですが、私の見立てだと、殺す他ありま──」
「──その必要はないよ、レイ」
その時、レイはすぐさま跪いた。この速すぎる動作にロミシィーは動揺で一瞬硬直した。そして、アレオスは来訪者の姿を見て不機嫌そうに溜息を漏らした。
「なぜ、お前がここに居るのですか?」
「私がいちゃ不味い?」
その場に現れた彼女は、大方、あの国家間の転移さえ可能とする魔法で転移してきたのだろう。そんな非現実的なこと、アレオスは今でも理解し難いが、それを納得しなければ彼女がここに居る理由に説明がつかない。
「おっと、君は⋯⋯久しぶりですね、ロミさん」
「えっと⋯⋯あなたは⋯⋯どこかで?」
「流石に忘れましたか。まあ、六百年前に会ったっきりですし、あの時は姿形も違っていましたからね。私の名前はエスト。覚えてませんか?」
世にも珍しいエストの敬語に、レイ、特にアレオスは驚きを隠せなかった。エストはそのことを少しだけ不愉快に思ったが、自分のいつもの態度を考えると仕方のないことだと割り切った。
「エスト、というと白の魔女⋯⋯あっ! まさか、あの時の子どもですか!?」
「そうですよ、門番さん」
「これは失礼しました、エスト様」
「いや、いいですよ。六百年前の記憶なんて、まともに覚えていられる方が少数ですし」
顔合わせや挨拶を終えてから、エストは何があったのか、現状を説明し始めた。
まず、黒の魔女が原因であの場にいたメンバーは全員何処かへ転移した。これは全員が知るところの話だ。彼らに対して連絡は取れるだろう。
しかしながら、今のエストの体はかなりボロボロだ。肉体自体は正常だが、魔法関連の器官が非常に不味い状態にある。
「第十一階級魔法は使えないね。私一人が大陸のどこかの国に行くぐらいならできるけど、ここにいる全員を転移させることはできない。そしたら私死んじゃう⋯⋯ことはないけども、今度はどれだけ気絶しているかも分からない」
つまり、エストの第十一階級魔法は一人専用片道切符だ。ならどうしてここに来たのか分からない──いや、十中八九レネが原因だろうが。
「エスト様、他の皆様は?」
「レネに連絡したのが最初。他の皆は知らない。でも、マサカズは何とかしてると思う。『死に戻り』感知したけど。ユナとナオトとカブラギのとこにはロアを送ったから大丈夫じゃない?」
「ふむ。⋯⋯って、誰が誰と、どこに飛ばされたのか分かっているんですか?」
「転移には私が干渉したわけだしね。行き先の解読ぐらいどうってことなかったよ。本当は転移自体を阻止したかったんだけど、無理だった。だから、三人一組で転移するようにした。誰が誰と転移したのかは、ここで把握したってところだね」
この話が間違っていなければ、エストはマサカズを分かっていて一人にしたということだ。しかし、彼であれば何とかするだろうという信頼が見える。優しさがないのか、はたまた期待されているのか。半々だろう。
「今のお前は魔法が使えないということですか。ならば、足手まといでは?」
「言ってくれるね、神父。私が今使えないのは第十一階級魔法だけ。それ未満は使えるよ」
エストの魔法能力は第十一階級魔法が使えずとも、六色魔女で序列第二位だ。メーデアという例外を除けば、魔女最強を名乗っても良い。戦力としては十分である。
「⋯⋯ま、万全じゃないことには変わりないよ。多少なりとも魔法行使能力は落ちてるし、演算負荷によっては使えない魔法もある」
同時九十連魔法なんて行使しようものなら、エストは血反吐を吐いて倒れる自信がある。今の状態だと二十連、継戦を意識するなら同時魔法行使はすべきでない。
「それで、竜王様を殺さないで済む方法とは?」
話が脱線していたため、ロミシィーは強引に話を戻した。
「私の能力。生命の行動は全て記憶にあり⋯⋯洗脳系能力の原理的に、私の能力は天敵になるんだよ」
記憶がある情報から生命は行動を選択する。遺伝子に組み込まれた情報さえ記憶であると認識すれば、エストはその力を活用できるのである。
改変された記憶情報に干渉し、洗脳を強制解除するだけだ。
「普通に記憶を弄るのとは違うし、洗脳者が妨害すれば、それ特化でない私の能力は簡単に無効化されるか上書きされる。どちらにせよ、洗脳者を始末しないことには何もできないよ」
だが、活路を見出すことができた。
「ってことで、ラグラムナ竜王は殺さず生け捕りね。さっきレネに同じこと話したら、受けてくれるってさ」
「承知致しました。私とサンデリスでミカロナとネツァクを殺すつもりですが、エスト様はどうなさいますか?」
「ミカロナ? ⋯⋯面倒だね。うん。レイと神父はミカロナ本体を相手にしてて。私が防衛に徹するね」
エストの記憶には、ミカロナの厄介な能力、魔法などなどがある。『感覚支配』、〈亡国の冷気〉、そして⋯⋯〈氷像軍〉。特に〈氷像軍〉は手軽に集団戦力を無数に生み出せる魔法だ。一度発動してしまえば、百を優に超える敵が現われる。時間経過と共に、冷気と空気中の水分を元に新たな氷像が創り出される。魔力を追加で消費すれば更に。
「まあ良いでしょう。白の魔女、お前の提案に乗りましょう」
「はいはい。これが終わったら、その偉そうな口を二度と聞けなくしてやるね」
と、話すことは終わった。後は当初の計画通り、黒の教団に正面から戦闘を仕掛けるだけだ。予想外の支援もあったため、事態は良い方向に向かっていた。
──しかし、ひとつだけ、大きな落とし穴があることには気づいていなかった。
◇あとがき
大変遅れてすみませんでしたァッ!
近頃、中々執筆の時間を取れないぐらい忙しかったのです。許してください。
あと、第七章が予想外に長くなっているため、章タイトルを変更しました。最終章ではなくなりましたので。
⋯⋯そろそろレネ様編終わりそうですけども、まだエスト編ありますからね。
「⋯⋯なぜです」
人間の避難キャンプに炎を吐いたのは一匹の竜だった。しかし、何十匹、あるいは三桁に至るまでの竜たちが、敵意を持って、隠そうともしない。そう彼らは、人間を滅ぼそうとしている竜たちの集まりだ。無論、竜たち全員ではないだろう。だが、少なくない。
「我々が生き残るためだ」
赤い鱗を持った竜が答える。
「あれを真に受けると言うのですか?」
今度、竜は答えない。思うところがあるのだろう。しかし、それが正義だと言えずとも、悪だとはならない。
正義の反対は、また別の正義である。竜たちからしてみれば、人間が淘汰されることは何らおかしなことではない。
「であれば、反抗してこい。我々の殺戮を止めれば良い」
そうだ。彼らは、人を滅ぼすことになっても、逆に滅ぼされることになっても構わないとさえ思っている。それこそが自然の摂理。弱肉強食。旧く、普遍のこの世のルールに則り、生存を競争するのが彼らの目的だ。結果、どちらかが生き残るのであれば。
「そんな⋯⋯皆さんで力を合わせて、緑の魔女を、黒の教団を討ち滅ぼす。そうすれば、それで終わりじゃないですか」
「⋯⋯勝てない戦いをして全滅するくらいなら、片方が生き残ったほうが断然良いではないか」
「やる前から諦めないでくださいよ!」
レネは感情的になって竜たちに訴える。
「もう良い。話し合いは元よりする気はない。どうしても止めて見せたいなら、実力行使あるのみだ」
だが、竜にレネの訴えによって感情が動かされた様子はなかった。もう話し合いでは解決できないと悟った彼女は、憂いのある表情を浮かべた。そして小さい声で竜に伝える。
「⋯⋯私が緑の魔女を倒します」
「信用できな──」「そして!」
竜の反論にレネは声を被せる。彼女の言葉は、竜を納得させようとして発したものではない。言論のぶつけ合いではなく、それは宣言だ。
「あなたたちを、ここで止めます」
瞬間、竜の体が地面に押し付けられる。見ると、レネは右手を振り下ろしたようだ。勢い良く地面に叩きつけられ、更に頭蓋骨を潰すが如くの圧力が加えられると、竜は気絶した。
他の竜たちはそれを見ているだけだった。一方的な戦いに加勢することはなかった。いや、タイミングが掴めなかったのである。
唖然とする竜たちにレネは大声で問いかける。
「私の意思に反するならば、ここであなたたちを全員無力化します。少し痛い思いをするでしょうが、それを覚悟の上で挑んできなさい」
それからだった、蹂躙が始まったのは。
向かってくる竜たちを、レネは一匹一匹丁寧に無力化していった。頭に衝撃を与えての気絶。出血多量による行動不能。魔法抵抗力が弱い者には拘束魔法。戦闘開始から数分足らずで、何百匹も居た竜たちは皆、倒されてしまった。
「凄い⋯⋯」
人間たちを戦闘の被害から守っていたロミシィーは、レネの戦いぶりに口を開いて見惚れていた。確かに怪我をする竜は幾匹か居たが、それでも死亡するような傷を負ったのは居なかったからだ。
魔法は相手を殺すためにあると言われるほど、殺傷性の高い技術だ。無力化はただ殺すより格段に難しい。
「⋯⋯これで、良いですか」
力によって従わせる。結局のところ、これがこの世界の真理だ。
「⋯⋯強、いな。勝てると⋯⋯思っていたのだが」
「⋯⋯それで、私の言うこと聞いてくれますか?」
◆◆◆
避難キャンプに即席で設けられた、カーテンで仕切られただけの会議室にて。
レイは、竜たちのやったことの目的が理解できた。それをレネに伝えると、彼女は動揺して竜たちに謝りに行った。
「目的は一致団結のため。レネ様に力があり、竜たちでさえ敵わない力の持ち主だと知らしめれば、恩義もあって人間たちはレネ様に従う⋯⋯なるほど、策士ですね」
あのままだと、人間側が暴走してもおかしくなかった。いくらレイの能力で沈静化できるとしても、自分たちの死に怯える感情には逆効果だ。
とすれば、こうして一芸振る舞う方が良い。
「ですが⋯⋯ラグラムナ竜王が失踪、ですか」
「竜王様⋯⋯」
ロミシィーは悲しそうな顔をした。それもそのはずだ。彼らの王が、謎の失踪を遂げたのだから。今朝から捜索隊を派遣しているが、一向に見つかった報告はないらしい。
「まさか逃げたわけではないでしょう。そして、戦闘の跡はなかった。ならば、考えられる可能性は二つ」
アレオスは聞いた話での状況から、何があったかを推察した。可能性は二つあると言ったが、殆どの状況は同じ。何者かに襲撃を受けて、死亡したか、もしくは洗脳を受けたか。現場には血痕などが無かったことから、特に後者の可能性の方が高い。
が、その場合いくつかの疑問点がある。
「なぜ、竜王を洗脳できたか。また、それを私たちにやらない理由です」
これを考えなくては、自分たちも同じ目に遭うかもしれない。対策立ても兼ねて考察する必要があった。が、大した情報もないため、洗脳には何かしらの条件があることぐらいしか分からない。良くあるパターンとしては直接触れる必要があることだが、今回、それはなさそうだ。
「とすると、ミカロナとは別の存在⋯⋯あのネツァクとかいう痴女ですかね」
「黒の教団幹部がそうである可能性は高い⋯⋯それでも、好き勝手にやれるとは限らないでしょう」
しかし、問題はどちらにしてもロックが敵に回ることだ。現状、ロックの強さはよく分からない。戦闘スタイルも不明であり、対策の立てようがないのである。判明しているのは魔女と一対一で戦える実力者であるということぐらいだ。
「⋯⋯殺すだけなら、何とかなりますが」
今回の相手を滅ぼすにあたり、注意すべき相手はミカロナとロック、そして戦闘力ではなく特異な力という意味でネツァクを含んだ計三人である。なので、レイ、レネ、アレオスの三人であれば相手にできるはずだ。しかし、その場合、一般人への被害は免れない。いくら自分が強くても、他人を守れる力があるとは限らないのだ。
また、この発言にはこれとは別の意味も含まれている。
「それって⋯⋯まさか、竜王様を」
「洗脳系の魔法は多くの場合、行使者を殺害することで効果を失います。が、能力や加護であった場合、その限りではありません。何より、私たちに殺さない余裕はあまりありません」
殺すことは、ある意味で殺さないことより簡単だ。手加減なしで全力を尽くすだけで生命は殺せる。もしくは殺されるだけ。しかし力を制限して戦おうものなら、加減がわからず逆に殺されてしまうかもしれない。あるいは、殺さないと殺される状況に追い込まれる可能性がある。
前者に関しても難しいところである。魔法ならばともかく、能力や加護であれば、洗脳者の意思による洗脳解除が必要な場合もある。
「やってみないことには分からない。ですが、私の見立てだと、殺す他ありま──」
「──その必要はないよ、レイ」
その時、レイはすぐさま跪いた。この速すぎる動作にロミシィーは動揺で一瞬硬直した。そして、アレオスは来訪者の姿を見て不機嫌そうに溜息を漏らした。
「なぜ、お前がここに居るのですか?」
「私がいちゃ不味い?」
その場に現れた彼女は、大方、あの国家間の転移さえ可能とする魔法で転移してきたのだろう。そんな非現実的なこと、アレオスは今でも理解し難いが、それを納得しなければ彼女がここに居る理由に説明がつかない。
「おっと、君は⋯⋯久しぶりですね、ロミさん」
「えっと⋯⋯あなたは⋯⋯どこかで?」
「流石に忘れましたか。まあ、六百年前に会ったっきりですし、あの時は姿形も違っていましたからね。私の名前はエスト。覚えてませんか?」
世にも珍しいエストの敬語に、レイ、特にアレオスは驚きを隠せなかった。エストはそのことを少しだけ不愉快に思ったが、自分のいつもの態度を考えると仕方のないことだと割り切った。
「エスト、というと白の魔女⋯⋯あっ! まさか、あの時の子どもですか!?」
「そうですよ、門番さん」
「これは失礼しました、エスト様」
「いや、いいですよ。六百年前の記憶なんて、まともに覚えていられる方が少数ですし」
顔合わせや挨拶を終えてから、エストは何があったのか、現状を説明し始めた。
まず、黒の魔女が原因であの場にいたメンバーは全員何処かへ転移した。これは全員が知るところの話だ。彼らに対して連絡は取れるだろう。
しかしながら、今のエストの体はかなりボロボロだ。肉体自体は正常だが、魔法関連の器官が非常に不味い状態にある。
「第十一階級魔法は使えないね。私一人が大陸のどこかの国に行くぐらいならできるけど、ここにいる全員を転移させることはできない。そしたら私死んじゃう⋯⋯ことはないけども、今度はどれだけ気絶しているかも分からない」
つまり、エストの第十一階級魔法は一人専用片道切符だ。ならどうしてここに来たのか分からない──いや、十中八九レネが原因だろうが。
「エスト様、他の皆様は?」
「レネに連絡したのが最初。他の皆は知らない。でも、マサカズは何とかしてると思う。『死に戻り』感知したけど。ユナとナオトとカブラギのとこにはロアを送ったから大丈夫じゃない?」
「ふむ。⋯⋯って、誰が誰と、どこに飛ばされたのか分かっているんですか?」
「転移には私が干渉したわけだしね。行き先の解読ぐらいどうってことなかったよ。本当は転移自体を阻止したかったんだけど、無理だった。だから、三人一組で転移するようにした。誰が誰と転移したのかは、ここで把握したってところだね」
この話が間違っていなければ、エストはマサカズを分かっていて一人にしたということだ。しかし、彼であれば何とかするだろうという信頼が見える。優しさがないのか、はたまた期待されているのか。半々だろう。
「今のお前は魔法が使えないということですか。ならば、足手まといでは?」
「言ってくれるね、神父。私が今使えないのは第十一階級魔法だけ。それ未満は使えるよ」
エストの魔法能力は第十一階級魔法が使えずとも、六色魔女で序列第二位だ。メーデアという例外を除けば、魔女最強を名乗っても良い。戦力としては十分である。
「⋯⋯ま、万全じゃないことには変わりないよ。多少なりとも魔法行使能力は落ちてるし、演算負荷によっては使えない魔法もある」
同時九十連魔法なんて行使しようものなら、エストは血反吐を吐いて倒れる自信がある。今の状態だと二十連、継戦を意識するなら同時魔法行使はすべきでない。
「それで、竜王様を殺さないで済む方法とは?」
話が脱線していたため、ロミシィーは強引に話を戻した。
「私の能力。生命の行動は全て記憶にあり⋯⋯洗脳系能力の原理的に、私の能力は天敵になるんだよ」
記憶がある情報から生命は行動を選択する。遺伝子に組み込まれた情報さえ記憶であると認識すれば、エストはその力を活用できるのである。
改変された記憶情報に干渉し、洗脳を強制解除するだけだ。
「普通に記憶を弄るのとは違うし、洗脳者が妨害すれば、それ特化でない私の能力は簡単に無効化されるか上書きされる。どちらにせよ、洗脳者を始末しないことには何もできないよ」
だが、活路を見出すことができた。
「ってことで、ラグラムナ竜王は殺さず生け捕りね。さっきレネに同じこと話したら、受けてくれるってさ」
「承知致しました。私とサンデリスでミカロナとネツァクを殺すつもりですが、エスト様はどうなさいますか?」
「ミカロナ? ⋯⋯面倒だね。うん。レイと神父はミカロナ本体を相手にしてて。私が防衛に徹するね」
エストの記憶には、ミカロナの厄介な能力、魔法などなどがある。『感覚支配』、〈亡国の冷気〉、そして⋯⋯〈氷像軍〉。特に〈氷像軍〉は手軽に集団戦力を無数に生み出せる魔法だ。一度発動してしまえば、百を優に超える敵が現われる。時間経過と共に、冷気と空気中の水分を元に新たな氷像が創り出される。魔力を追加で消費すれば更に。
「まあ良いでしょう。白の魔女、お前の提案に乗りましょう」
「はいはい。これが終わったら、その偉そうな口を二度と聞けなくしてやるね」
と、話すことは終わった。後は当初の計画通り、黒の教団に正面から戦闘を仕掛けるだけだ。予想外の支援もあったため、事態は良い方向に向かっていた。
──しかし、ひとつだけ、大きな落とし穴があることには気づいていなかった。
◇あとがき
大変遅れてすみませんでしたァッ!
近頃、中々執筆の時間を取れないぐらい忙しかったのです。許してください。
あと、第七章が予想外に長くなっているため、章タイトルを変更しました。最終章ではなくなりましたので。
⋯⋯そろそろレネ様編終わりそうですけども、まだエスト編ありますからね。
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こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
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友坂 悠
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