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第七章「暁に至る時」
第二百十四話 勝つための手段
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──魔法と魔法とがぶつかり合い、丁度ど真ん中で互いに殺し合う。片方は強化魔法併用であるというのに相殺されるのは、ロアの魔法攻撃力が非常に高いからである。
続いてロアはヴァシリーとの距離を詰め、拳を振りかぶる。打撃の強さは体重が関係しないこともないが、やはりスピードが威力に大きく関係してくる。
ヴァシリーは無詠唱化した防御魔法を行使。しかし硝子が砕けるような音が鳴り響き、彼女の腹部に拳が叩き込まれる。そしてラッシュに繋がろうとしたが、ジュンは刀を振り上げ、ロアの腕を斬り落とそうとした。彼女はそれを躱すことができたものの、ヴァシリーへの打撃も中断された。
「先にジュンから無力化すべきかしらね。まずは⋯⋯」
ロアの手のひらに赤色の魔法陣が展開、構築される。それを見たヴァシリーは、
「させない! 〈魔法抵抗貫通強化──」
「──遅い」
〈爆裂〉が行使され、ヴァシリーたちを真っ白な光が包んだ。脳内にキーンという甲高い音が続いて響き、視界は奪われたが暗闇ではなかった。
意識をしばらく失っていた。その時間は分からない。数秒もなかったかもしれない。しかし、それが極僅かな時間であったことは確定的だ。なければ、ヴァシリーの命は奪われていただろうから。
「魔法への抵抗力はロアたち魔女の方が上。転生者かつ負傷者のジュンには、〈爆裂〉が直撃して意識を保つ体力なんてないわ」
でも、殺しもしない。確かに全身に火傷を負っているし、衝撃も大きく、重症は免れないだろうが、死ぬような傷ではなかった。ロアならば死体に変えることもできたが、そうしてしまえば彼女の失策だ。もしヴァシリーが気絶体も操れるのなら殺すか四肢をもいだが⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯」
「できないようね。まあ、仕方ないか」
倒れたジュンはそれ以上動く気配を見せない。それもそのはず、今のヴァシリーの能力は、対象が生きていないと自動的には動かない。
「お前の能力は既に、自分に使ってある。脳ではなく能力で自分を動かすことで、体を限界に近い状態で動かす。謂わば擬似強化状態⋯⋯本来以上の力をそれにより引き出している、でしょ?」
ロアはヴァシリーの力量に違和感を覚えていた。生物が限界状態で戦っているときには、ある特徴がある。無理をしている、と見えるのだ。火事場の馬鹿力もこれに含まれ、大した根拠もないが、ロアにはそうだと分かる。
彼女の予想は合っていた。ヴァシリーは自己傀儡状態であり、肉体のリミッターを解除している状態だ。その状態の維持は常日ごろから続けており、今更タイムリミットもない。一日、二日、三日続けることなど容易く、普通の人間と同じぐらいの睡眠さえ取れば永続さえできる。
しかし、『傀儡』できる対象はたった一人に絞られるようになり、本来であれば死亡していてもその対象を傀儡として操れたが、そうするにはヴァシリーの頭のリソースが足りないと言うわけだ。何せ自分の体と他人の体を一つの頭で動かすだなんて、自己傀儡状態のヴァシリーには不可能である。そして、自己傀儡状態を解除してまで操るような価値はジュンには、いや、ジュン以外にもないだろう。あるとすれば、
「⋯⋯黒の魔女やエスト、帝国の神父、そして⋯⋯あなた。私の自己傀儡を解いてでも、傀儡にできるのならそうする相手よ。彼ら以外に、その価値はない」
最強と呼ばれる魔女たち、人間最強の神父、自分を圧倒した魔女。この四人だけが、ヴァシリーの認める強者である。
「だから、あなたを倒して、私の、私たちの傀儡にしてやるのさ! 〈魔法三重強化・死神の鎌〉!」
魔法陣から三つ、実体ある半透明の紫色の鎌が出現し、それはロアの首を切断すべく飛躍する。
傀儡にしてやるつもりなのならば殺すことは避けるべきだが、ヴァシリーも全色適正持ちの魔女だ。蘇生魔法は行使可能である。
しかし、ロアにはヴァシリーの攻撃魔法は掠りもせず、そのスピードで全てを躱して彼女に接近した。
「っ!」
そして拳を振りかぶり、魔力を流す。すると拳は加速し始めて、ヴァシリーの腹部を狙う。防御魔法によって直撃は避けられたが、その魔法陣ごと彼女の体は打ち付けられた。
胃から逆流してくるモノの感覚は気持ち悪い。ヴァシリーは喉の奥に酸味を感じた。が、更なる攻撃が意識を向ける先を変えさせた。
ロアの細い足から繰り出される打撃は、おおよそ外見からは考えられない衝撃だった。人体を打ち付ける音が生じて、同時、ヴァシリーは気絶──しかけるも、自己傀儡状態の彼女はそれを許さなかった。肉体を無理矢理起床させたのだ。
だが、ロアはそこまで予測済み。絶え間ない連撃はまだ終わりではない。ここまで近づかれてしまえば、詠唱はできない。だからヴァシリーは無詠唱化魔法を行使した。
「嘘でしょっ!?」
その魔法を、〈死神の鎌〉を、ロアは素手で掻き消した。確かにその魔法は〈次元断〉と違って物理的障害で防ぐことはできる。しかし、だからと言って素手ではたき落とされるなんて考えられなかった。刃に触れずとも、有害エネルギーによる接触ダメージがあるはずなのだから。赤の魔女が、その魔法の特性を知らないはずがない。
「魔法攻撃は躱す。躱せないにしても、魔法などの方法によって防御する。だからこそ、行動が読みやすい、だったかしらね」
ロアは何も赤魔法にしか知識がないわけではない。彼女は全ての魔法の知識を持っているし、何より、彼女は一度同じことをされて負けていたのだ。
〈反射〉。青魔法に分類されるそれは、魔法、物理に限らずあらゆる攻撃性をそっくりそのまま返す魔法であり、彼女の百三十一回の敗北のうち、一回の敗因でもあった。
直後、〈反射〉の魔法陣が展開されるが、ロアは相殺の為の攻撃魔法を行使していなかったから、その魔法が効力を発揮することはなかった。
反射魔法陣とは真反対に、ロアは魔法を叩き込む。その動きをヴァシリーは反応できなかったほど、彼女は素早かった。
「〈爆衝撃〉」
拳を叩き込む、ヴァシリーの後頭部に。頭蓋骨は砕け、明らかな即死である。もし『無限魔力』がなければ、普通の魔女クラスなら今頃魔力枯渇により倒れていただろうほど消耗した。それほどまでにヴァシリーは強かったということだ。
「⋯⋯でも、まだ終わりじゃない」
ヴァシリーはジュン、ロアと連戦し、その上で今一度蘇生魔法を行使した。魔力はもう枯渇していて、逃げるだけのそれもないだろう。つまり、普通ならば勝利を確信する場面。魔女とはいえ、魔力のない彼女らを殺す事は、同格ならば容易い。
だが、ヴァシリーはその普通の魔女に分類されない。
「──自分たちをここまで追い込むだなんて、やはりお前は強い」
「⋯⋯第三人格。第二人格ではないのね?」
「当たり前。⋯⋯ああ、哀しい。自分ではお前を殺せない。アイツがこの体をここまで酷使したから。しかしまあ、逃げることぐらいはできるか」
ヴァシリーの周りに七色の輝きが現れた。そしてその他の一体、輝きとは違って、明確な実体を持つその正体を知るロアは、その場から動けないでいた。
青い長髪の人形精霊。中性的な外見ではあるものの、どちらかといえば男児の姿であった。青を基調とした服装は、全て魔力により構成されている。
「──我が主、命令を」
現れたのは、爆、氷、魔、睡、光、闇、無、そして『元素大精霊』のうちの水である。
『元素大精霊』は言わずもがな、他の精霊も全員『大精霊』であり、その属性の中でも最上位クラスというわけである。
それでも、魔女であるロアならば精霊たちを退けてヴァシリーを叩くことはできるが、それは彼女が戦う気であれば。いくら消耗が激しいと言っても、精霊術は術者の魔力などは原則消耗しないのだ。
「目の前の赤の魔女、ロアの足止めをしろ。殺そうとはするな。無駄でしかないからな」
「承りました」
精霊たちがヴァシリーを守るように前に出る。
(⋯⋯これは⋯⋯厳しいわね)
流石にこれだけの精霊たちに囲まれてしまえば、いくらロアでも手こずる。死ぬことはないし、精霊たちもロアを殺す気では来ないから、逃亡を阻止することは難しいだろう。しかし諦めるつもりもない。
「〈爆裂〉」
ロアが行使した魔法を、覆い包むようにして水が生成されると、爆裂が無力化された。そしてそれは氷結し、ロアを押し潰すべく振り下ろされる。
「チッ⋯⋯」
ロアは氷塊を簡単に割ると、氷結は解除。氷は瞬時にして水に戻り、雷撃が走る。
精霊が扱う非現実的な力は魔法と同じ原理のものだ。故にロアは雷撃を受けても少し痛いぐらいだったが、それは名無しの魔人の魔法と同程度だった。それが七人居るようなものである。
残り五色の精霊たちが、一つの純粋な破壊エネルギーを生成した。無属性のそれは、下手な有属性エネルギーよりも厄介なものだ。ロアはそれを避けるために後方に跳躍し、エネルギーの塊は誰もいない地面を抉り、爆散させた。
ロアの軽い体は衝撃に吹き飛ばされて、かなり後方にまで流された。煙のせいで視界が悪い。これではヴァシリーを補足できない。
「〈万雷〉」
広範囲雷撃魔法を行使したが、それが誰かに当たった感触はなかった。続いて煙を吹き飛ばすために風魔法を行使したが、その時既にヴァシリーは消えていた。
「逃したわね⋯⋯ま、仕方ないかしら」
逃げることに徹され、精霊術を活用されると、ロア一人だけだと逃してしまうことも致し方ない。けれども逃したという事実は変わりなく、また近いうちにヴァシリーがもう一度仕掛けてくることは考えられた。
「⋯⋯ジュンは助けられたし、十分でしょう。⋯⋯次こそ、殺すように立ち回らないといけないわね」
魔法人格も、格闘人格も、精霊術人格も、他のロアも知らない人格も含めて、全員徹底的に叩き潰し、今度こそ殺してやる。それが、ロアの『欲望』──生きるか死ぬかを決める戦いであるからだ。
◆◆◆
煙幕を使って、精霊術を活用して、ようやくヴァシリーはあの場から逃げることができた。もう少しであの落雷に当たるところであったが、水の元素大精霊の力によって何とか避けることができた。よくもあの状況で、ピンポイントに狙えたものだ。
「⋯⋯ああ、痛いな。全く、お前どれだけ無茶したんだ?」
一人であるはずのヴァシリーは、自分の中に居る別人に話しかけた。
『私たちとロアとの因縁は知っているでしょ? ならその質問も分かるはずよね。私、なんだから』
すると脳内で声が返ってきた。先の落雷を避けられたのも、魔法が得意な第一人格──ヴァシリーという魔女の本来の人格が指示したからできたことだった。
「⋯⋯そう、だな。しかしまあ、自分たちの体であることも考えてくれ。精霊術は確かに体への負担は少ないが、全く無いわけじゃないんだ」
『今度からは気をつけるよ』
本当に気をつける気はあるのかと第三人格は思ったが、それ以上何も言う気はなかったし、ある程度の感情であれば共有されるのだ。必要もなかった。
『ねえ、あれどうすれば勝てたと思う?』
「はっきり言って、自分たちが万全であっても勝てるかどうかは五分五分。あの人間との後なら、勝算は皆無だった」
『そうなのね。なら今度は万全の状態で、万全の策を考えて挑みましょう。⋯⋯頼むよ、あなた』
主人格が話しかけたのは、第三人格でも、眠っている第二人格でもない。彼女たちの最後の人格、一番最後に生まれた人格、第四人格であった。
『──もう思いついている。でもそれには、あたしが出っ張らないといけないし、自己傀儡状態を解除する必要があるわ』
『自己傀儡状態を? それまたどうして』
自己傀儡状態を解除すれば弱体化する。今でようやく互角なロアを相手にするなら、それを解除することが愚策なのだが、
『そこまで心配しなくて良いわ。戦うときはまた自己傀儡状態を維持するから。あくまで一時的よ』
「ならいいんじゃない?」
『そうね。あなたを信頼するよ』
わざわざ自己傀儡状態を解除するということは、他者を完全な傀儡にするということなのだろうか。
『ありがとう、マスター』
『その呼び方辞めない? 私たちは全員で私でしょ?』
『でもあんたがいないとあたしたちも生まれなかったわ。少しくらいは敬わせてくれるかしら?』
彼女たちが生まれたのはこの世界に来る前だったし、その理由も明るいものでは決してなかった。しかし、彼女らが居たからこそ、今の主人格が存在する。第一人格、本来の彼女は、他の人格を蔑ろにはするつもりがないし、自分と同格に思っていた。でもそれは『私』だけが思っていたことであったようだ。
『⋯⋯ふふ。なら敬語とか使って欲しいね』
『それはやだ』
「賛成」
『えぇ⋯⋯』
彼女たちは四人で一人前だ。それはどれだけ時間が経っても、不変である。
続いてロアはヴァシリーとの距離を詰め、拳を振りかぶる。打撃の強さは体重が関係しないこともないが、やはりスピードが威力に大きく関係してくる。
ヴァシリーは無詠唱化した防御魔法を行使。しかし硝子が砕けるような音が鳴り響き、彼女の腹部に拳が叩き込まれる。そしてラッシュに繋がろうとしたが、ジュンは刀を振り上げ、ロアの腕を斬り落とそうとした。彼女はそれを躱すことができたものの、ヴァシリーへの打撃も中断された。
「先にジュンから無力化すべきかしらね。まずは⋯⋯」
ロアの手のひらに赤色の魔法陣が展開、構築される。それを見たヴァシリーは、
「させない! 〈魔法抵抗貫通強化──」
「──遅い」
〈爆裂〉が行使され、ヴァシリーたちを真っ白な光が包んだ。脳内にキーンという甲高い音が続いて響き、視界は奪われたが暗闇ではなかった。
意識をしばらく失っていた。その時間は分からない。数秒もなかったかもしれない。しかし、それが極僅かな時間であったことは確定的だ。なければ、ヴァシリーの命は奪われていただろうから。
「魔法への抵抗力はロアたち魔女の方が上。転生者かつ負傷者のジュンには、〈爆裂〉が直撃して意識を保つ体力なんてないわ」
でも、殺しもしない。確かに全身に火傷を負っているし、衝撃も大きく、重症は免れないだろうが、死ぬような傷ではなかった。ロアならば死体に変えることもできたが、そうしてしまえば彼女の失策だ。もしヴァシリーが気絶体も操れるのなら殺すか四肢をもいだが⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯」
「できないようね。まあ、仕方ないか」
倒れたジュンはそれ以上動く気配を見せない。それもそのはず、今のヴァシリーの能力は、対象が生きていないと自動的には動かない。
「お前の能力は既に、自分に使ってある。脳ではなく能力で自分を動かすことで、体を限界に近い状態で動かす。謂わば擬似強化状態⋯⋯本来以上の力をそれにより引き出している、でしょ?」
ロアはヴァシリーの力量に違和感を覚えていた。生物が限界状態で戦っているときには、ある特徴がある。無理をしている、と見えるのだ。火事場の馬鹿力もこれに含まれ、大した根拠もないが、ロアにはそうだと分かる。
彼女の予想は合っていた。ヴァシリーは自己傀儡状態であり、肉体のリミッターを解除している状態だ。その状態の維持は常日ごろから続けており、今更タイムリミットもない。一日、二日、三日続けることなど容易く、普通の人間と同じぐらいの睡眠さえ取れば永続さえできる。
しかし、『傀儡』できる対象はたった一人に絞られるようになり、本来であれば死亡していてもその対象を傀儡として操れたが、そうするにはヴァシリーの頭のリソースが足りないと言うわけだ。何せ自分の体と他人の体を一つの頭で動かすだなんて、自己傀儡状態のヴァシリーには不可能である。そして、自己傀儡状態を解除してまで操るような価値はジュンには、いや、ジュン以外にもないだろう。あるとすれば、
「⋯⋯黒の魔女やエスト、帝国の神父、そして⋯⋯あなた。私の自己傀儡を解いてでも、傀儡にできるのならそうする相手よ。彼ら以外に、その価値はない」
最強と呼ばれる魔女たち、人間最強の神父、自分を圧倒した魔女。この四人だけが、ヴァシリーの認める強者である。
「だから、あなたを倒して、私の、私たちの傀儡にしてやるのさ! 〈魔法三重強化・死神の鎌〉!」
魔法陣から三つ、実体ある半透明の紫色の鎌が出現し、それはロアの首を切断すべく飛躍する。
傀儡にしてやるつもりなのならば殺すことは避けるべきだが、ヴァシリーも全色適正持ちの魔女だ。蘇生魔法は行使可能である。
しかし、ロアにはヴァシリーの攻撃魔法は掠りもせず、そのスピードで全てを躱して彼女に接近した。
「っ!」
そして拳を振りかぶり、魔力を流す。すると拳は加速し始めて、ヴァシリーの腹部を狙う。防御魔法によって直撃は避けられたが、その魔法陣ごと彼女の体は打ち付けられた。
胃から逆流してくるモノの感覚は気持ち悪い。ヴァシリーは喉の奥に酸味を感じた。が、更なる攻撃が意識を向ける先を変えさせた。
ロアの細い足から繰り出される打撃は、おおよそ外見からは考えられない衝撃だった。人体を打ち付ける音が生じて、同時、ヴァシリーは気絶──しかけるも、自己傀儡状態の彼女はそれを許さなかった。肉体を無理矢理起床させたのだ。
だが、ロアはそこまで予測済み。絶え間ない連撃はまだ終わりではない。ここまで近づかれてしまえば、詠唱はできない。だからヴァシリーは無詠唱化魔法を行使した。
「嘘でしょっ!?」
その魔法を、〈死神の鎌〉を、ロアは素手で掻き消した。確かにその魔法は〈次元断〉と違って物理的障害で防ぐことはできる。しかし、だからと言って素手ではたき落とされるなんて考えられなかった。刃に触れずとも、有害エネルギーによる接触ダメージがあるはずなのだから。赤の魔女が、その魔法の特性を知らないはずがない。
「魔法攻撃は躱す。躱せないにしても、魔法などの方法によって防御する。だからこそ、行動が読みやすい、だったかしらね」
ロアは何も赤魔法にしか知識がないわけではない。彼女は全ての魔法の知識を持っているし、何より、彼女は一度同じことをされて負けていたのだ。
〈反射〉。青魔法に分類されるそれは、魔法、物理に限らずあらゆる攻撃性をそっくりそのまま返す魔法であり、彼女の百三十一回の敗北のうち、一回の敗因でもあった。
直後、〈反射〉の魔法陣が展開されるが、ロアは相殺の為の攻撃魔法を行使していなかったから、その魔法が効力を発揮することはなかった。
反射魔法陣とは真反対に、ロアは魔法を叩き込む。その動きをヴァシリーは反応できなかったほど、彼女は素早かった。
「〈爆衝撃〉」
拳を叩き込む、ヴァシリーの後頭部に。頭蓋骨は砕け、明らかな即死である。もし『無限魔力』がなければ、普通の魔女クラスなら今頃魔力枯渇により倒れていただろうほど消耗した。それほどまでにヴァシリーは強かったということだ。
「⋯⋯でも、まだ終わりじゃない」
ヴァシリーはジュン、ロアと連戦し、その上で今一度蘇生魔法を行使した。魔力はもう枯渇していて、逃げるだけのそれもないだろう。つまり、普通ならば勝利を確信する場面。魔女とはいえ、魔力のない彼女らを殺す事は、同格ならば容易い。
だが、ヴァシリーはその普通の魔女に分類されない。
「──自分たちをここまで追い込むだなんて、やはりお前は強い」
「⋯⋯第三人格。第二人格ではないのね?」
「当たり前。⋯⋯ああ、哀しい。自分ではお前を殺せない。アイツがこの体をここまで酷使したから。しかしまあ、逃げることぐらいはできるか」
ヴァシリーの周りに七色の輝きが現れた。そしてその他の一体、輝きとは違って、明確な実体を持つその正体を知るロアは、その場から動けないでいた。
青い長髪の人形精霊。中性的な外見ではあるものの、どちらかといえば男児の姿であった。青を基調とした服装は、全て魔力により構成されている。
「──我が主、命令を」
現れたのは、爆、氷、魔、睡、光、闇、無、そして『元素大精霊』のうちの水である。
『元素大精霊』は言わずもがな、他の精霊も全員『大精霊』であり、その属性の中でも最上位クラスというわけである。
それでも、魔女であるロアならば精霊たちを退けてヴァシリーを叩くことはできるが、それは彼女が戦う気であれば。いくら消耗が激しいと言っても、精霊術は術者の魔力などは原則消耗しないのだ。
「目の前の赤の魔女、ロアの足止めをしろ。殺そうとはするな。無駄でしかないからな」
「承りました」
精霊たちがヴァシリーを守るように前に出る。
(⋯⋯これは⋯⋯厳しいわね)
流石にこれだけの精霊たちに囲まれてしまえば、いくらロアでも手こずる。死ぬことはないし、精霊たちもロアを殺す気では来ないから、逃亡を阻止することは難しいだろう。しかし諦めるつもりもない。
「〈爆裂〉」
ロアが行使した魔法を、覆い包むようにして水が生成されると、爆裂が無力化された。そしてそれは氷結し、ロアを押し潰すべく振り下ろされる。
「チッ⋯⋯」
ロアは氷塊を簡単に割ると、氷結は解除。氷は瞬時にして水に戻り、雷撃が走る。
精霊が扱う非現実的な力は魔法と同じ原理のものだ。故にロアは雷撃を受けても少し痛いぐらいだったが、それは名無しの魔人の魔法と同程度だった。それが七人居るようなものである。
残り五色の精霊たちが、一つの純粋な破壊エネルギーを生成した。無属性のそれは、下手な有属性エネルギーよりも厄介なものだ。ロアはそれを避けるために後方に跳躍し、エネルギーの塊は誰もいない地面を抉り、爆散させた。
ロアの軽い体は衝撃に吹き飛ばされて、かなり後方にまで流された。煙のせいで視界が悪い。これではヴァシリーを補足できない。
「〈万雷〉」
広範囲雷撃魔法を行使したが、それが誰かに当たった感触はなかった。続いて煙を吹き飛ばすために風魔法を行使したが、その時既にヴァシリーは消えていた。
「逃したわね⋯⋯ま、仕方ないかしら」
逃げることに徹され、精霊術を活用されると、ロア一人だけだと逃してしまうことも致し方ない。けれども逃したという事実は変わりなく、また近いうちにヴァシリーがもう一度仕掛けてくることは考えられた。
「⋯⋯ジュンは助けられたし、十分でしょう。⋯⋯次こそ、殺すように立ち回らないといけないわね」
魔法人格も、格闘人格も、精霊術人格も、他のロアも知らない人格も含めて、全員徹底的に叩き潰し、今度こそ殺してやる。それが、ロアの『欲望』──生きるか死ぬかを決める戦いであるからだ。
◆◆◆
煙幕を使って、精霊術を活用して、ようやくヴァシリーはあの場から逃げることができた。もう少しであの落雷に当たるところであったが、水の元素大精霊の力によって何とか避けることができた。よくもあの状況で、ピンポイントに狙えたものだ。
「⋯⋯ああ、痛いな。全く、お前どれだけ無茶したんだ?」
一人であるはずのヴァシリーは、自分の中に居る別人に話しかけた。
『私たちとロアとの因縁は知っているでしょ? ならその質問も分かるはずよね。私、なんだから』
すると脳内で声が返ってきた。先の落雷を避けられたのも、魔法が得意な第一人格──ヴァシリーという魔女の本来の人格が指示したからできたことだった。
「⋯⋯そう、だな。しかしまあ、自分たちの体であることも考えてくれ。精霊術は確かに体への負担は少ないが、全く無いわけじゃないんだ」
『今度からは気をつけるよ』
本当に気をつける気はあるのかと第三人格は思ったが、それ以上何も言う気はなかったし、ある程度の感情であれば共有されるのだ。必要もなかった。
『ねえ、あれどうすれば勝てたと思う?』
「はっきり言って、自分たちが万全であっても勝てるかどうかは五分五分。あの人間との後なら、勝算は皆無だった」
『そうなのね。なら今度は万全の状態で、万全の策を考えて挑みましょう。⋯⋯頼むよ、あなた』
主人格が話しかけたのは、第三人格でも、眠っている第二人格でもない。彼女たちの最後の人格、一番最後に生まれた人格、第四人格であった。
『──もう思いついている。でもそれには、あたしが出っ張らないといけないし、自己傀儡状態を解除する必要があるわ』
『自己傀儡状態を? それまたどうして』
自己傀儡状態を解除すれば弱体化する。今でようやく互角なロアを相手にするなら、それを解除することが愚策なのだが、
『そこまで心配しなくて良いわ。戦うときはまた自己傀儡状態を維持するから。あくまで一時的よ』
「ならいいんじゃない?」
『そうね。あなたを信頼するよ』
わざわざ自己傀儡状態を解除するということは、他者を完全な傀儡にするということなのだろうか。
『ありがとう、マスター』
『その呼び方辞めない? 私たちは全員で私でしょ?』
『でもあんたがいないとあたしたちも生まれなかったわ。少しくらいは敬わせてくれるかしら?』
彼女たちが生まれたのはこの世界に来る前だったし、その理由も明るいものでは決してなかった。しかし、彼女らが居たからこそ、今の主人格が存在する。第一人格、本来の彼女は、他の人格を蔑ろにはするつもりがないし、自分と同格に思っていた。でもそれは『私』だけが思っていたことであったようだ。
『⋯⋯ふふ。なら敬語とか使って欲しいね』
『それはやだ』
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