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第七章「暁に至る時」
第二百三話 赤い少女
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ユナたちはその高い実力から殿の部隊となる第六部隊に配置された。
第六部隊の部隊長、ウェルイン・ジルスターが、三人に近づいてきたとき、三人は彼より先に「初めまして」と挨拶する。それから自己紹介を簡単に済ませると、彼は話し始めた。
「悪いな、殿を務めて貰って」
「いえ。適材適所がしっかりしていますよ」
ナオトは答える。
自分たちの実力はライリー並み、つまるところこの派閥で最も強い戦力であり、ジュンに至ってはララギアでも一、二を争うレベルだろう。そんな彼らが一番危険な殿を担うのは必然である。
「そうか。その年齢にしては肝が座っているな」
「不安はありませんからね」
強いて言うのであれば守るべき相手を守れるかだが、そこまで心配すべきものでないこともまた事実だ。
「ところで、あなたたちもここを任されているということは、お強いんですか?」
「君たちと戦っても勝てないだろうが、強いよ、第六は」
ライリー派閥第六部隊。数は百にもいかないくらい少ないものの、個々の戦闘力は非常に高く、部隊長であるウェルインはライリーに続く武闘派だ。
彼はそう自信ありげに言ったし、事実そうなのだろう。少なくともジュンの戦士の勘はそう告げている。
「ライリーさんって凄い人ですよね。あなたたちを惹き付け、まとめあげるなんて」
「ああ、そうだ。話そうか?」
今は移動中で、特に警戒しつくしているわけでもない。勿論全くしていないわけではないが、それでも敵地に居るように、雑談をする余裕もないことはない。
あと暇だ。もし敵対者が現れたとしても不意打ちされることはない。
「ありがとうございます」
ウェルインはひと呼吸おいてから、ライリー派閥の成り立ちについて話し始めた。
ライリー派閥が結成されたのは今から七年前。初期はライリー本人含め四人しか居なかったが、その四人は人間の中でも上位に位置する力の持ち主だった。
とは言っても数が数なので、最初はかなり苦労したようだった。
「何せ敵の数はいつも何十、何百倍。一度剣を抜いて、鞘に戻すときには重症がつきものだった」
それでも生き抜いてきたのだ。ただでさえ精鋭だった四人の戦闘力はより鍛え上げられた。当時のメンバーは今でもライリー派閥に所属していて、全員隊長となっている。
初期は特に目標らしい目標はなく、強いて言うのであれば亜人たちへの反抗だった。そのために亜人の侵略に抵抗したり、人間の集落を救ったりしていると、救われた人たち、もしくはそういう噂を聞いた人たちがライリーの下に集まっていき、次第に派閥が構成できるまでに成長した。
ただの仲良し人間派閥というわけではなく、意向の違いだったりで内部衝突が全くなかったわけではないが、それでも最終的にはライリーが一つにまとめた。この派閥は彼女が居るからこそ成り立ち、今も形を保っていると言っても過言にはならない。
だから、この派閥のメンバーは皆ライリーのことを尊敬していて、信頼しているのだ。
「あと何より可愛い。この派閥には女の子が少ないというのもあるが、ライリーさんはそんじょそこらの女の子よりよっぽど可愛い」
大事なことなので二回言いました、というものだ。ある種、可愛い女の子が自分たちの指導者であるということが士気向上に一役買って出ているのだろう。しかも強くて頼れると来た。魅了されるのも無理はない。男である異世界人二名は頷ける。
「私もライリーさんと大差ないくらい強いですし、顔も良いと思うんですが、どうしてナオトさんとジュンさんは、なんかこう、やる気というものがいつもより出てる感がないんですか?」
先程からずっと黙っていたユナが口を開いたかと思えば、いきなりそんなことを言い出すとは思わなかった。
確かに、ユナの顔は彼女が自覚するように上の上だ。この美男美女が蔓延る異世界基準でそうなのだから、元の世界ならばアイドル──それも世界規模──をやっていてもおかしくない。パーツの美しさは当然、その配置も完璧なのだ。
しかし、彼女は一つ勘違いをしている。
「ユナ、ただ可愛いだけと、カリスマのある可愛さは違うぞ」
そう、ユナにはカリスマがない。指導者としての魅力がこれっぽっち、一切ないのだ。それは彼女が理性的なようで割に感情的であり、また空気を読む気がないことが関係している。読めないのではなく、読まないことはある意味でより悪質だ。
「⋯⋯そうなんだよね。顔だけ良い奴なら、沢山いる」
ジュンの記憶の中には、それに該当する人物が多く存在する。
例えば黒の魔女。彼女の性格は平然と世界を滅ぼすような性悪を通り越して寧ろ純粋極まっている──悪だ。通常の人間では到底理解し難い思想と価値観を有しており、理解すべきでないものを体現したような存在でもある。
しかしながら顔は良い。それは認めざるを得ない。もし黒の魔女が黒の魔女でなければ、ジュンほどの強靭な精神力を持ってしても、魔法的な力無しで魅了されてしまうほどだし、誘惑すれば男など一発で堕ちると断言できる。まさにサキュバス。人として、外見的な意味において、他人に好かれる要素を全て詰め込んだならばああなるだろう。
「えー、酷いです。私だって年長者としてのカリスマが⋯⋯」
「年長者?」
「私、四月二日生まれなんです」
「たった数カ月の差じゃん」
「ボクが一番年上なんだけどね、この三人の中だと」
「え。同年代だと思ってました」
ジュンは十七歳で、十六のユナ、ナオトたちより一歳上だ。だから勘違いしていてもおかしくはないが、かと言って同年代だと確信していたのもどうなのか。
ちなみに一番年下なのはナオトである。本当に数カ月単位での誤差だが。
「面白いな、君たち。若いって良いな」
ウェルインはもうそろそろ四十代だ。まだまだ老けたと言うには早すぎるが、やはり体は成長ではなく、緩やかな退化を迎えていた。
それからも雑談を繰り広げながら、先に進んでいった。
◆◆◆
数日後。
ナオトがそれに気がついたとき、既に休憩中の彼らは包囲されていた。敵数の詳細は不明。つまりそれは、囲んでいる相手の一人一人がナオトを越すほどではないものの、それなりの実力者であるということだ。
しかしこちらにはジュンが居る。彼が前衛に立てば、残りは自衛するだけで大抵の危機からは逃れられる。勿論、自衛が成り立つ実力差しかないということが条件だが、ならばユナたちがカバーに入れば良いだけだ。
「面倒だな⋯⋯」
殺らなくちゃ殺られるのがこの世界だ。ナオトはその辺りの割り切りが良く、彼の人殺しへの躊躇はなくなっている。
自分たちが負け、死ぬ未来は全く見えない。怪我さえもなく、相手を殺し尽くせるという絶対的な自信がある。これから行うのは単純な作業でしかないのだ。
しかし、
「──いや、その必要ないよ」
「⋯⋯ああ」
ジュンは抜いていた刀を鞘に戻した。まさか諦めたわけではない。
その意図を理解したナオトは、何となく察したユナも同様に武器を納めた。状況を把握しきれていないウェルインだけが、三人の奇行に困惑していた。
「な、何してるんだ!?」
「大丈夫ですよ。⋯⋯ほら」
──その時、自分たちを囲むようにして炎の柱が立ち上がる。一気に温度が上昇し、風圧と熱気は凄まじかった。敵の悲鳴は、あげる前に声帯が焼き尽くされるため全く聞こえなかった。しかしそれがライリー派閥の誰にも危害を加えることはなかった。それもそのはず、これを行ったのは彼らに助太刀するために呼ばれた相手なのだから。
「一応確認するわ。お前たちがユナ、ナオト、ジュンよね?」
鮮やかな赤色の髪、ワインレッド色の瞳は気品な印象を抱かせる。赤を基調としたフリルブラウスには精巧なレースが描かれており、首元の大きな白色のリボンは可愛らしさを感じさせる。真っ黒なショートパンツはハイウエストタイプで、ただでさえ長い足がより長く見えた。
将来美人になることが約束されたような美貌を、外見年齢十代前半の時点で持っている少女が、先の残虐な所業を成したことは俄には信じ難い。
「ああ、僕たちがそうだ」
「分かった。あいつから送られた外見特徴とも合ってるしね。⋯⋯で、周りの人間は殺す必要ないわよね?」
少女が只者ではないと本能的に理解した三人以外の人たちは、あからさまではないものの、少女のその言葉に怯えたように見えた。ウェルインに至っては剣の柄を強く握っていた。
「必要ない。この人たちは僕たちの恩人だ」
「そう。⋯⋯じゃあ、初めましてだから自己紹介からしよう」
少女は何もない胸を張り、答える。
「お前たちの助太刀を頼まれた赤の魔女、ロアよ」
魔女は畏怖すべき対象たちの代名詞とも言える。故に少女がロアと、赤の魔女と名乗ったとき、ユナ、ナオト、ジュンの三人以外は、より恐怖を覚えて、それは最早隠すことが叶わないほどだった。
「だ、大丈夫なのか?」
ウェルインはナオトに、ロアが本当に敵対的でないかを確認する。彼は頷き、一旦はそれで納得してくれたようだったが、完璧に信頼されたわけではなかったようだ。
しかし、素性を隠せば、バレたときの不信感はより多くなる。ならば最初から公開した方がマシなのかもしれない。
それから各部隊長が集まってきて、彼らに説明し終わると、再び移動を開始した。ロアは第六部隊の馬車に乗り込んでおり、その真横にジュンが居る配置だ。
そしてロアがここに来てから数時間が経過した頃。
「ロアちゃん、これ美味しいかい?」
「うん! ありがとう、おじさん」
ウェルインの先程までのロアに対する恐れは演技だったのかと思うほど、彼女を手懐けていた。
ロアはララギアで有名なクッキーを頬張り、魔女というものを感じさせない少女らしさを見せていた。それがたった数時間で、ウェルインたちがここまで警戒心を解いた理由である。
魔女の多くは碌でもない奴らだが、全員がそうだとは限らない。ロアは魔女の中でも無害な方で、特に理由のない暴力は振るわない。
「この調子だとロアも馴染みそうだな」
目の前の光景は、おじさんが少女にお菓子をあげているという平和的な光景──
「一歩間違ったら事案になりそう」
──とは少し違うかもしれないが、殺伐とした光景よりは格段に良い。
「それにしても、どうしてロアちゃんはここに来たんだ?」
ウェルインは少し気になったことを、特に何も考えずにロアに訊いた。
「言ってなかったっけ? ロアのライバルが連絡してきて、それで頼まれたの、あの三人とついでにライリー派閥を守れって。でもおじさんたちは良い人だし、ついでじゃなくて、きちんと守ってあげるわ」
少女に大の大人が守られるなどというチグハグ感は大いにあるが、ロアの実力を見てからは何も言えない。ユナたちと言い、ウェルインは最近若い強者を良く見ている。確かに若さとは強さだが、若ければ若いほど良いわけではない。
尤もロアはこの中で一番高齢だが、種族が違うし精神年齢なども含めるとやはり年若いとも言える。
ウェルインは「ライバル」についても訊こうとしたが、ある程度察しがついたので訊かなかった。もしそうならユナたちは魔女二名と協力関係にあるということだ、と彼は気づいた。
「⋯⋯一体何者なんだ」
「どうしました? ウェルインさん」
彼の言葉を聞いたユナは、それについて深く掘り下げようとする。ウェルインも隠すつもりはなく、
「いや、君たちは普通の人間ではないことは分かるんだがな、だとしたら何者なんだろうか、と」
魔女と関係がある。黒の魔女を追い詰め、ここに転移してきた。常人を遥かに超した身体能力。謎が多すぎるのが、ユナたちだ。
「異世界人です」
「い⋯⋯異世界人?」
まるでピンとこない、という顔をしたウェルインに、異世界人とは何かをユナは簡単に話す。彼はそれを聞いたとき、またかなり困惑していたが、ユナが嘘をついていないと理解していたから、何とか信じられたようだった。
「なるほど⋯⋯ウェレールではそんなことが。⋯⋯大変だな」
ユナたちはまだまだ若い。彼女らにも親は居て、だがある日突然世界から引き抜かれる。それは別れを告げる間もなく家族と離れ離れになるということであり、精神的負担は当事者でなければ計り知れないだろう。
「⋯⋯ですね。本心を言うと、私も未だに信じられない⋯⋯いや、信じたくないのかもしれません」
「⋯⋯⋯⋯」
ララギアでも家族と離れ離れになる子供は少なくない。ウェルインもその内の一人だ。しかし、もしかすれば会えるかもしれない彼たちとは異なり、ユナたちが家族の元に帰られる確率は限りなくゼロに近かった。
「でも、私は元の世界に帰ることを諦めたわけではありません。黒の魔女を打倒し、平和を手に入れたあとも、まだまだ調査はするつもりです」
そう、ユナたちは元の世界に帰ることも目的の一つなのだ。
第六部隊の部隊長、ウェルイン・ジルスターが、三人に近づいてきたとき、三人は彼より先に「初めまして」と挨拶する。それから自己紹介を簡単に済ませると、彼は話し始めた。
「悪いな、殿を務めて貰って」
「いえ。適材適所がしっかりしていますよ」
ナオトは答える。
自分たちの実力はライリー並み、つまるところこの派閥で最も強い戦力であり、ジュンに至ってはララギアでも一、二を争うレベルだろう。そんな彼らが一番危険な殿を担うのは必然である。
「そうか。その年齢にしては肝が座っているな」
「不安はありませんからね」
強いて言うのであれば守るべき相手を守れるかだが、そこまで心配すべきものでないこともまた事実だ。
「ところで、あなたたちもここを任されているということは、お強いんですか?」
「君たちと戦っても勝てないだろうが、強いよ、第六は」
ライリー派閥第六部隊。数は百にもいかないくらい少ないものの、個々の戦闘力は非常に高く、部隊長であるウェルインはライリーに続く武闘派だ。
彼はそう自信ありげに言ったし、事実そうなのだろう。少なくともジュンの戦士の勘はそう告げている。
「ライリーさんって凄い人ですよね。あなたたちを惹き付け、まとめあげるなんて」
「ああ、そうだ。話そうか?」
今は移動中で、特に警戒しつくしているわけでもない。勿論全くしていないわけではないが、それでも敵地に居るように、雑談をする余裕もないことはない。
あと暇だ。もし敵対者が現れたとしても不意打ちされることはない。
「ありがとうございます」
ウェルインはひと呼吸おいてから、ライリー派閥の成り立ちについて話し始めた。
ライリー派閥が結成されたのは今から七年前。初期はライリー本人含め四人しか居なかったが、その四人は人間の中でも上位に位置する力の持ち主だった。
とは言っても数が数なので、最初はかなり苦労したようだった。
「何せ敵の数はいつも何十、何百倍。一度剣を抜いて、鞘に戻すときには重症がつきものだった」
それでも生き抜いてきたのだ。ただでさえ精鋭だった四人の戦闘力はより鍛え上げられた。当時のメンバーは今でもライリー派閥に所属していて、全員隊長となっている。
初期は特に目標らしい目標はなく、強いて言うのであれば亜人たちへの反抗だった。そのために亜人の侵略に抵抗したり、人間の集落を救ったりしていると、救われた人たち、もしくはそういう噂を聞いた人たちがライリーの下に集まっていき、次第に派閥が構成できるまでに成長した。
ただの仲良し人間派閥というわけではなく、意向の違いだったりで内部衝突が全くなかったわけではないが、それでも最終的にはライリーが一つにまとめた。この派閥は彼女が居るからこそ成り立ち、今も形を保っていると言っても過言にはならない。
だから、この派閥のメンバーは皆ライリーのことを尊敬していて、信頼しているのだ。
「あと何より可愛い。この派閥には女の子が少ないというのもあるが、ライリーさんはそんじょそこらの女の子よりよっぽど可愛い」
大事なことなので二回言いました、というものだ。ある種、可愛い女の子が自分たちの指導者であるということが士気向上に一役買って出ているのだろう。しかも強くて頼れると来た。魅了されるのも無理はない。男である異世界人二名は頷ける。
「私もライリーさんと大差ないくらい強いですし、顔も良いと思うんですが、どうしてナオトさんとジュンさんは、なんかこう、やる気というものがいつもより出てる感がないんですか?」
先程からずっと黙っていたユナが口を開いたかと思えば、いきなりそんなことを言い出すとは思わなかった。
確かに、ユナの顔は彼女が自覚するように上の上だ。この美男美女が蔓延る異世界基準でそうなのだから、元の世界ならばアイドル──それも世界規模──をやっていてもおかしくない。パーツの美しさは当然、その配置も完璧なのだ。
しかし、彼女は一つ勘違いをしている。
「ユナ、ただ可愛いだけと、カリスマのある可愛さは違うぞ」
そう、ユナにはカリスマがない。指導者としての魅力がこれっぽっち、一切ないのだ。それは彼女が理性的なようで割に感情的であり、また空気を読む気がないことが関係している。読めないのではなく、読まないことはある意味でより悪質だ。
「⋯⋯そうなんだよね。顔だけ良い奴なら、沢山いる」
ジュンの記憶の中には、それに該当する人物が多く存在する。
例えば黒の魔女。彼女の性格は平然と世界を滅ぼすような性悪を通り越して寧ろ純粋極まっている──悪だ。通常の人間では到底理解し難い思想と価値観を有しており、理解すべきでないものを体現したような存在でもある。
しかしながら顔は良い。それは認めざるを得ない。もし黒の魔女が黒の魔女でなければ、ジュンほどの強靭な精神力を持ってしても、魔法的な力無しで魅了されてしまうほどだし、誘惑すれば男など一発で堕ちると断言できる。まさにサキュバス。人として、外見的な意味において、他人に好かれる要素を全て詰め込んだならばああなるだろう。
「えー、酷いです。私だって年長者としてのカリスマが⋯⋯」
「年長者?」
「私、四月二日生まれなんです」
「たった数カ月の差じゃん」
「ボクが一番年上なんだけどね、この三人の中だと」
「え。同年代だと思ってました」
ジュンは十七歳で、十六のユナ、ナオトたちより一歳上だ。だから勘違いしていてもおかしくはないが、かと言って同年代だと確信していたのもどうなのか。
ちなみに一番年下なのはナオトである。本当に数カ月単位での誤差だが。
「面白いな、君たち。若いって良いな」
ウェルインはもうそろそろ四十代だ。まだまだ老けたと言うには早すぎるが、やはり体は成長ではなく、緩やかな退化を迎えていた。
それからも雑談を繰り広げながら、先に進んでいった。
◆◆◆
数日後。
ナオトがそれに気がついたとき、既に休憩中の彼らは包囲されていた。敵数の詳細は不明。つまりそれは、囲んでいる相手の一人一人がナオトを越すほどではないものの、それなりの実力者であるということだ。
しかしこちらにはジュンが居る。彼が前衛に立てば、残りは自衛するだけで大抵の危機からは逃れられる。勿論、自衛が成り立つ実力差しかないということが条件だが、ならばユナたちがカバーに入れば良いだけだ。
「面倒だな⋯⋯」
殺らなくちゃ殺られるのがこの世界だ。ナオトはその辺りの割り切りが良く、彼の人殺しへの躊躇はなくなっている。
自分たちが負け、死ぬ未来は全く見えない。怪我さえもなく、相手を殺し尽くせるという絶対的な自信がある。これから行うのは単純な作業でしかないのだ。
しかし、
「──いや、その必要ないよ」
「⋯⋯ああ」
ジュンは抜いていた刀を鞘に戻した。まさか諦めたわけではない。
その意図を理解したナオトは、何となく察したユナも同様に武器を納めた。状況を把握しきれていないウェルインだけが、三人の奇行に困惑していた。
「な、何してるんだ!?」
「大丈夫ですよ。⋯⋯ほら」
──その時、自分たちを囲むようにして炎の柱が立ち上がる。一気に温度が上昇し、風圧と熱気は凄まじかった。敵の悲鳴は、あげる前に声帯が焼き尽くされるため全く聞こえなかった。しかしそれがライリー派閥の誰にも危害を加えることはなかった。それもそのはず、これを行ったのは彼らに助太刀するために呼ばれた相手なのだから。
「一応確認するわ。お前たちがユナ、ナオト、ジュンよね?」
鮮やかな赤色の髪、ワインレッド色の瞳は気品な印象を抱かせる。赤を基調としたフリルブラウスには精巧なレースが描かれており、首元の大きな白色のリボンは可愛らしさを感じさせる。真っ黒なショートパンツはハイウエストタイプで、ただでさえ長い足がより長く見えた。
将来美人になることが約束されたような美貌を、外見年齢十代前半の時点で持っている少女が、先の残虐な所業を成したことは俄には信じ難い。
「ああ、僕たちがそうだ」
「分かった。あいつから送られた外見特徴とも合ってるしね。⋯⋯で、周りの人間は殺す必要ないわよね?」
少女が只者ではないと本能的に理解した三人以外の人たちは、あからさまではないものの、少女のその言葉に怯えたように見えた。ウェルインに至っては剣の柄を強く握っていた。
「必要ない。この人たちは僕たちの恩人だ」
「そう。⋯⋯じゃあ、初めましてだから自己紹介からしよう」
少女は何もない胸を張り、答える。
「お前たちの助太刀を頼まれた赤の魔女、ロアよ」
魔女は畏怖すべき対象たちの代名詞とも言える。故に少女がロアと、赤の魔女と名乗ったとき、ユナ、ナオト、ジュンの三人以外は、より恐怖を覚えて、それは最早隠すことが叶わないほどだった。
「だ、大丈夫なのか?」
ウェルインはナオトに、ロアが本当に敵対的でないかを確認する。彼は頷き、一旦はそれで納得してくれたようだったが、完璧に信頼されたわけではなかったようだ。
しかし、素性を隠せば、バレたときの不信感はより多くなる。ならば最初から公開した方がマシなのかもしれない。
それから各部隊長が集まってきて、彼らに説明し終わると、再び移動を開始した。ロアは第六部隊の馬車に乗り込んでおり、その真横にジュンが居る配置だ。
そしてロアがここに来てから数時間が経過した頃。
「ロアちゃん、これ美味しいかい?」
「うん! ありがとう、おじさん」
ウェルインの先程までのロアに対する恐れは演技だったのかと思うほど、彼女を手懐けていた。
ロアはララギアで有名なクッキーを頬張り、魔女というものを感じさせない少女らしさを見せていた。それがたった数時間で、ウェルインたちがここまで警戒心を解いた理由である。
魔女の多くは碌でもない奴らだが、全員がそうだとは限らない。ロアは魔女の中でも無害な方で、特に理由のない暴力は振るわない。
「この調子だとロアも馴染みそうだな」
目の前の光景は、おじさんが少女にお菓子をあげているという平和的な光景──
「一歩間違ったら事案になりそう」
──とは少し違うかもしれないが、殺伐とした光景よりは格段に良い。
「それにしても、どうしてロアちゃんはここに来たんだ?」
ウェルインは少し気になったことを、特に何も考えずにロアに訊いた。
「言ってなかったっけ? ロアのライバルが連絡してきて、それで頼まれたの、あの三人とついでにライリー派閥を守れって。でもおじさんたちは良い人だし、ついでじゃなくて、きちんと守ってあげるわ」
少女に大の大人が守られるなどというチグハグ感は大いにあるが、ロアの実力を見てからは何も言えない。ユナたちと言い、ウェルインは最近若い強者を良く見ている。確かに若さとは強さだが、若ければ若いほど良いわけではない。
尤もロアはこの中で一番高齢だが、種族が違うし精神年齢なども含めるとやはり年若いとも言える。
ウェルインは「ライバル」についても訊こうとしたが、ある程度察しがついたので訊かなかった。もしそうならユナたちは魔女二名と協力関係にあるということだ、と彼は気づいた。
「⋯⋯一体何者なんだ」
「どうしました? ウェルインさん」
彼の言葉を聞いたユナは、それについて深く掘り下げようとする。ウェルインも隠すつもりはなく、
「いや、君たちは普通の人間ではないことは分かるんだがな、だとしたら何者なんだろうか、と」
魔女と関係がある。黒の魔女を追い詰め、ここに転移してきた。常人を遥かに超した身体能力。謎が多すぎるのが、ユナたちだ。
「異世界人です」
「い⋯⋯異世界人?」
まるでピンとこない、という顔をしたウェルインに、異世界人とは何かをユナは簡単に話す。彼はそれを聞いたとき、またかなり困惑していたが、ユナが嘘をついていないと理解していたから、何とか信じられたようだった。
「なるほど⋯⋯ウェレールではそんなことが。⋯⋯大変だな」
ユナたちはまだまだ若い。彼女らにも親は居て、だがある日突然世界から引き抜かれる。それは別れを告げる間もなく家族と離れ離れになるということであり、精神的負担は当事者でなければ計り知れないだろう。
「⋯⋯ですね。本心を言うと、私も未だに信じられない⋯⋯いや、信じたくないのかもしれません」
「⋯⋯⋯⋯」
ララギアでも家族と離れ離れになる子供は少なくない。ウェルインもその内の一人だ。しかし、もしかすれば会えるかもしれない彼たちとは異なり、ユナたちが家族の元に帰られる確率は限りなくゼロに近かった。
「でも、私は元の世界に帰ることを諦めたわけではありません。黒の魔女を打倒し、平和を手に入れたあとも、まだまだ調査はするつもりです」
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