白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第七章「暁に至る時」

第百九十五話 それぞれの目的

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 リオア魔国連邦に到着したのは、『大雪原』から船を出して四日後のことだった。
 優れた技術を有し、平和主義の国家。それを守るのであれば、異形種さえも歓迎する国だ。十二の元帥が国のトップであり、それぞれ四人ずつで立法、行政、司法を担当している。勿論、たった四人で各々をできるわけがないので彼らには部下がいるが、主要人物であることには変わりない。また、元帥は人間種、亜人種、異形種のそれぞれの数が均等になるようになっている。三権分立にあたっては均等でないが、どれかの権力が大きくなることは避けられているため問題はない。
 およそ五百年前の政治体系は現在とは少し異なっていたらしいが、そのことを知る者は歴史学者を除けば少ないだろう。平和主義となったのも、五百年のある出来事が原因だった。
 
「優れた技術を有する⋯⋯伊達ではないな」

 入国審査はすんなりと通ったが、その際に用いられた道具は、丁度空港にあるセキュリティゲートのようなものだった。マサカズの世界だと、それは金属にしか反応しなかったが、魔法という技術があるこの世界ではそれに加えてポーションの類含めた危険物の検査も可能だったらしく、見事に『襲来者』のサンプルも引っかかった。
 事情を話すと警備員の人が研究施設に届けてくれるとのこと。サンプルの危険調査を行ってからのため、研究施設には一時間後に向かうよう指示された。反論する理由も必要もないから、これでマサカズたちは一時間の自由時間を得たことになる。
 マサカズにはやることがある。この国にあるだろう大魔法陣の破壊工作だ。大魔法陣はその名の通り巨大であるため、目立たぬように地下などに描かれているはずだ。
 マサカズたちが入国したのはリオア魔国連邦の首都、ヴァルサク。ヴァルサクは円状に敷かれた壁の内側にある都市で、別名は要塞都市。
 そんな都市の技術力は同国の他の都市と比較しても優れており、まず目に入ったのは天空に張り巡らされた天道と言うものだ。
 天道とは文字通り天空に設置された道の事で、そこには交通機関が設けられている。魔力によって動く電車にも似たものがそこで走っていた。そういうものを作れば、地上に交通機関を設置する必要もないから、その分施設開発に回せるというわけだ。
 天道は円の中で道が複雑に交わっているが、半透明の物質で作られているため日光には問題がない。強いて言うならば電車のようなものに日光が遮られるぐらいだが、健康被害が出るほどではない。
 そんな非日常的な光景を見ながらも、一行は都市中を練り歩く。

「ありがとうございましタ」

 宿屋に到着して開口一番にネイアは感謝の気持ちを示した。抗ウィルス剤ができるにしろできないにしろ、彼女とはここでお別れだからだ。何せマサカズはすぐに『死者の大地』に向かわねばならないからだ。

「礼は必要ないぜ。対価はもう貰ってるしな」

 マサカズがネイアに協力したのは、雪兎人の支援が受けられるから。ありがとうと言われる理由はない。

「そういえば、ネイアはこれから『大雪原』に戻るが、他のみんなはどうするんだ?」

「私たちはネイアちゃんを『大雪原』に送り届けてからまたここに戻ってくるかな」

 リルフィットらはただ待つしかない。リオア魔国連邦で機械生命体が生きるために必要な物資を調達することもできるだろうからだ。

「そうか。⋯⋯じゃあお別れだな。俺がやることはまだまだある」

 ネイアは仕方がないにしても、リルフィットらは戦力として欲しいところだった。しかし、それは彼らが望むなら。リルフィットらは事情を知らないからそれを望むはずがない。

「グレイは?」

「僕は⋯⋯君に付いて行くよ」

 グレイはこの国に移住することが目的だった。しかし、彼は当初の目的を放棄し、マサカズに付いていくことを決意したのだ、境界線を突破したあの日の夜に。

「面白そうだし、何より君は僕を必要とする、そうでしょ?」

「ああ⋯⋯そうだな。心強い」

 黒の魔女との決戦。そして、グレイが望むのは平穏な世界と偶にある戦い。つまり、彼はその決戦に参加しなければ、最終的な目標は達成できない。

「──じゃあ、またな」

 たった数日間しか一緒に居なかったが、それでも命を預けた奴らだ。別れることを惜しむ気持ちもあるが、彼らには彼らの使命と目標がある。

 ◆◆◆

 グレイを連れて宿屋を出て、町中を探索し始めてから既に数時間が経過していた。
 地下下水道も探索したが、収穫はなし。臭い思いをしただけだった。あの魔法陣を地下に描いたなら、こうも見つからないことはないはずなのだが。

「完全に閉鎖されている⋯⋯?」

 あの魔法陣が自動発動であるとしても、定期的なチェックのために通路は作っておくはずだ。でなければ何かしらの要因で魔法陣が崩れてしまえば計画はそこで頓挫する。つまり、ありえない。
 しかしながらそう簡単に見つからないのも納得だ。

「何か超音波ソナーみたいなことできない?」

「生憎、魔法の類いは一切できないんだ」

 元より期待はしていなかったことも無事その通りとなり、マサカズは八方塞がりの状態に陥る。しかし諦める心は置き去りにしてきているから、探す気力は無限にある。

「魔法陣ってややこしいやつでしょ? あの上にあるやつみたいに」

「まあそうだな。魔法陣は円陣の中に主に幾何学模様を描くやつだ」

 この世界の魔法はマサカズが知るとあるゲームの魔法を元にしている。そのため彼が知る魔法や効果もあり──勿論知らないものもあるが──魔法に関しての知識はエスト並みにある。だから見ればそれが魔法陣であるかはすぐに分かる──

「──グレイ、ナイスだ」

 マサカズが天を見上げたとき、そこにあった。

「え、何が」

「魔法陣だ。⋯⋯木を隠すなら森の中、ってわけでもないか?」

 少し意味合いは異なるような気もするが、大体その言葉の通りだ。世界終焉の魔法陣は、天空に描かれていた。天道、という被り物を被って。
 世界終焉の魔法陣は巨大であり、また用いられている要素もかなり魔法に精通していなければ判別できないものばかりだ。何せ大半はオリジナルで作成されているから。
 入り組んだ天道は魔法陣の形を取っている。そして魔法陣はいかなる方法を用いてでも図形さえ記していれば問題なく起動するし効力を発揮する。

「しっかし、あれどうやって破壊するんだ? やっちゃ駄目だろうし」

 魔法陣は非常に精密な図形そのものだ。ミリ単位での誤差も許されないほどである。が、ミリ単位未満であるならば許容されるということでもある。
 しかしながら、天道の素材は見たところかなりの強度を持つ素材であるため、下手に壊せば人身事故に繋がる。というか公共の施設を破壊すること自体が犯罪者になるようなものだ。

「⋯⋯思いつかねぇ。無理難題だ」

 魔法を知るからこそ、不可能なことも分かる。魔法陣の効果を消失させるにはそれを破壊するか負の効果を過剰に仕組むしかない。現状だとどちらも不可能であり、つまりは詰みだ。

「いっそのこと犯罪者になるか? ⋯⋯いや、できるだけ人は殺したくない」

 逮捕される気はサラサラないし、これから『始祖の魔女の墳墓』に向かわねばならない。だから指名手配されることも避けたいのだ。

「ああもう⋯⋯一方的な連絡しかできないのが歯痒いな」

 絶対に魔法陣を破壊しなければならないこともない。いくつか破壊されるだけで世界終焉魔法は行使できなくなるだろう。だが可能な限り破壊しておけばそれだけリカバリーが利かなくなるということでもあるし、また他の皆が魔法陣を破壊できたとは限らない。

「無理なものは無理、でしょ? 悩むぐらいならさっさと諦めたら?」

「⋯⋯そうする他ないか」

 ついさっき諦める気はないと言ったが、無駄なことに努力する馬鹿には流石になれない。時間制限があるならば尚更である。

「さてっと、地竜借りに行くか」

 『死者の大地』への道程は険しく長い。飛竜で飛ぼうものなら撃ち落とされるし、かと言って歩くのは自殺行為だ。
 目的地である墳墓には、マサカズの弟子二人が居る。あの時は行けなかったし、合流したときもイザベリアはマサカズに何も言わなかった。それがどんな意図を持っているにしても、少なくとも良い印象は持たれていないだろう。かつての恩師が、記憶を失って目の前に現れるのだから。しかも千五百年近くの時を経て。

「そう考えたら俺無茶苦茶嫌な奴じゃん」

 ◆◆◆

 研究施設にその日、送られてきたサンプルは今まで見たことのないものだった。いや、そう言えば語弊があるかもしれない。ただしくは、類似品は見たことがある、だ。
 加齢による白髪頭の人間、Dr.バラードはそのサンブルを送ってきた亜人──曰く雪兎人という種族のネイアにそれが何であるかをまず聞いた。

「『無数の亡国』に存在する化物、『襲来者』と私は呼んでいるモノから採取したサンプルでス」

 『無数の亡国』といえば、このリオア魔国連邦にも隣接しているあの地域の名前だ。そこから化物が出てくることもある。その時は魔国連邦でも有名な冒険者たちや実力者たちがその討伐に向かって、毎度何とか被害を出さずに殲滅できている。実際に、その討伐された化物をバラードが解剖したり、調査したりしたことも何度もあった。だから彼はこのサンプルの調査に二時間という、超短時間しか要しなかったのはそれが理由だった。

「単刀直入に聞きまス。体内に入ったそれを全て排除できる薬品は作れますカ?」

「ああ、勿論だ。しかしまたどうして?」

 バラードはネイアの事情を聞く。雪兎人のこと。『襲来者』のこと。村で何があったかを。
 彼は心優しい研究者兼科学者だ。ネイアに同情し、またその急を要することもあり、抗ウィルス薬の作成に集中することにした。

「なるほど。⋯⋯わかった。三日で作ろう。数は四十本ほどだな?」

「はイ」

 バラードは、ネイアが持ってきたサンプルに目をやる。もう調査しきったものだ。特別見る必要は既にないのだが、その動作自体には意味はなかった。無意識的なもの、というやつだ。

「ところで、君はこの正体を知っているか?」

「ええト⋯⋯私の恩人はウィルスじゃないかと言っていましタ」

「そうか。ウィルス⋯⋯か」

 確かに、そう見間違うのも無理はない。化物へと成り果てるプロセスも、対象の死体を媒介に化物へと変貌する、まさにウィルスそのもの。そしてその原理は『無数の亡国』内部の化物と同じ。
 しかし根本的に違うものがあった。

「これはウィルスというより⋯⋯精子だ」

 殆どの動物が繁殖する際、雄が体内で生成する生命の根源だ。
 しかしこれは対象の性別を問わず、受精させるもの。子宮がなければ代わりに胃にでも胎児が生まれるのだろう。その後どうなるかは、考えれば分かるぐらい残酷だ。
 瘴気の発生は副次効果であり、また彼は瘴気を消滅させる方法を知っている。『無数の亡国』の問題を解決することは幻想的なものであることには変わらないが、症状が初期段階程度の瘴気の濃さなら、何とかできるのだ。

「これを撲滅しようものなら、投与者の性機能を著しく低下──あるいは停止させてしまうことになる可能性があるな」

 あくまでも可能性。作り上げるまでは、改良するまでは、その限りではない。しかし彼の予測の的中率は九割を優に超える。

「⋯⋯⋯⋯」

「まあ、そういうわけだ。だから投与するなら、覚悟をしておいたほうがいい」

「⋯⋯わかリ、ましタ」

 それでも命が助かるならば背に腹は変えられない。
 ネイアはドルマンのことを思い出す。
 ──実のところ、ネイアは彼の自分への好意を知っていた。あれだけあからさまに態度に出されれば、いくら恋愛沙汰に興味がなかったネイアも気づくというもの。ただ恥ずかしかったから、知らない、気づかないふりをしていただけに過ぎない。
 ネイアたちは雪兎人ではもう成人として扱われる年齢に近づいていた。それを考えると、性行為の意味を無くすことがどれだけ重く、苦しいことであるかはわかりきった事実だ。
 もっと周りを注意していたら。庇われるぐらい弱くなければ。ドルマンに、そして他の仲間たちもこんな目には遭わなかっただろうか。ネイアはそれに対して申し訳なく思ったが、

「⋯⋯いつまでもうだうだしてられなイ」

 許されなくても良い。文句を言われても可笑しくないことをしたのだ。でも村のみんなは決してネイアを責めなかった。
 彼女にはやるべきことをやる必要があるし、それが彼女に許された罪の償い方だ。

「ドクター、ありがとうございまス」

「⋯⋯ああ」
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