白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第七章「暁に至る時」

第百七十五話 未来に向けて

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 メーデアは今回、単独でエストたちを襲撃した。時間をエストらに与えないようにするためだったし、それは間違っていないが、何とか彼らは幸運に恵まれながらもメーデアを封印することには成功した。
 しかしながら、これには疑問点がいくつかある。それは、本当にメーデアは何も対応せずにエストらを襲ったのか、という点だ。
 現に、ティファレトはエストたちの邪魔をした。それは単に、彼女が帝国に居たからだろう。もし舞台が王国ならば、ケテルが襲ってきたはずだ。
 メーデアはその程度の準備でエストらを襲ったのか? 
 ──否。断じて否。彼女であれば、自分が敗北する可能性だって考えたはずだ。そして彼女に与えられた僅かな時間でできた他の準備は一体何か。

「破戒魔獣?」

「うん。前回だと、これから二ヶ月後にエルフの国が滅ぶ。その過程で破戒魔獣って呼ばれる化物が十体作られるんだけど⋯⋯もし、それらが帝国を襲ったなら?」

 『虚飾の魔人』、イシレア。『憂鬱の魔人』、メレカリナ。
 この二体はメーデアの配下である可能性が非常に高く、そして破戒魔獣を生み出せる存在でもある。
 破戒魔獣は化物だ。エストでも、一度に十体も相手にするとなると、死にはしないだろうが時間は稼がれる。〈虚空支配〉も、彼ら全員を一度に虚空に引き込むことは、範囲的な意味で不可能だ。引き込めて一体と言ったところだろうし、まず彼らがそんな簡単に範囲内に収まってくれるかも怪しい。
 つまるところ、この二体ならばエストたちからメーデアが封印された牢獄を奪取し、それを解除することは十分可能である。結果死ぬ可能性も高いが、彼らの忠誠心なら躊躇などない。
 メーデアが一度開放されてしまえば、また封印できる保証もない。彼女は知っている第十階級以下の魔法を全て無効化する能力持ちだ。〈永久時間停止牢獄〉は二度は通じないし、その時のメーデアは完全体だ。逃げることに徹されては逃がすことになる。

「⋯⋯やられる前にやるしかない。破戒魔獣はおそらくだけど無制限に作れる。イシレアを叩かないと、持久戦になって黒の魔女の封印が解かれる」

 無限に戦えるのはエストだけだ。そしてその彼女は破戒魔獣を相手にしないといけないから、イシレアとメレカリナはその他のメンバーで対応することになる。
 二人の実力は非常に高いから、まともに殺しに来るのならば正面から叩けば良いが、メーデアを助けるために立ち回られると厄介だ。何よりイシレアは不死身だ。阻止できる確信はない。
 
「そして何より、彼らはエルフの国そのものを人質にできる。⋯⋯これは私情だけど、私はエルフたちを⋯⋯違うね、ドメイを見殺しにはできない」

 前回、イシレアたちによって殺されたエルフの王、ドメイ。

「私は彼のことは好きじゃない。でも死んで欲しくもないんだよね⋯⋯彼が死ねば、きっと母さんが悲しむからさ」

 知り合いや友人、仲間が死ぬのはもうこりごりだ。

「⋯⋯本当に、我儘だけど」

 エルフの国を人質にされ、メーデアの引き渡しを要求されれば、エストはきっと拒否するだろう。そうしてエルフの国は滅びる。なぜなら魔人には慈悲などないだろうから。
 だが、今からエルフの国に向かい、イシレアとメレカリナを殺せば、そんな心配はなくなる。
 タイムリミットは彼らが要求するまで。つまりは今日中にでも、今すぐにでもエルフの国に行かなければならない。

「──私は、誰かの犠牲ありきの平和なんて望みません。多分それは幻想でしかないでしょうが⋯⋯やりもせずに、仕方なかった、なんて言いたくはありませんね。それだと、私が殺したも同然です」

「⋯⋯僕もだ。冒険者組合は魔物から皆を守るために作った。冒険者に国境なんてない。その理念を、僕はまだ捨てた覚えはないな」

「全ては我が主のままに。私の意思は、全てはエスト様の御命令の下にあります。例えそれが我儘であっても、そのために全力を尽くすのが私、従者の役目ですから」

 レネ、ジュン、レイの三人はエストの意見に賛成だ。しかしもう一人、アレオスの方にエストは向いて、

「別にキミに強要する気は⋯⋯」

「──私は、人間至上主義者です。当然エルフ族も⋯⋯嫌悪しています。が、今の状況、そんな思想を振りかざす余裕がないことぐらい百も承知。⋯⋯私はお前たちと同行する気はありませんが、黒の魔女を助けられないようにするくらいはしてあげます」

 彼は人間族を守ること、そして魔族を滅することしか考えていないが、逆に言えば、そのためならばやることはきちんとする。
 思想は行動原理だが、それがすべき行動の阻害要因になってはならない。

 ◆◆◆

 ガールム帝国から数キロ離れた地点に、男女四人が居た。

「⋯⋯わかった」

 平原を流れる清流の水を両手ですくい、口に運んで飲む。ひんやりとした水は温まった体を内部から冷却した。
 先程、ナオトに連絡が来た。勿論、圏外表示されているスマートフォンに来たわけではない。彼の頭に直接声が届いたのだ。
 声から察するに、相手はエストだ。〈通話〉という魔法らしい。

「なんて言ってました?」

「黒の魔女の封印に成功したが、今すぐにでもやることはあるから迎えに行くって」

 マサカズが突然帝国に戻ったときは非常に不安だったが、事態は上手く収まったらしい。未だ黒の魔女という存在の脅威についてよく知らないナオトでも、それがいかに素晴らしいことであるかは理解できた。

「なんだって!? ⋯⋯死者は?」

「負傷者は多からず居ますが、死者は居ないと」

 ナオトからの報告を聞いたガールム帝国の皇帝、アベルは安堵した。

「それにしても、やることとは⋯⋯?」

 大方黒の教団の残党殲滅だろうが、それは今すぐ始めなければならないものではないはずだ。

「エルフの国に行く。黒の魔女に次ぐ脅威がまだ居るからね」

 音もなく突然エストが現れてきた。転移魔法のサークルが散るようにして消滅した。
 
「まだそんな存在が⋯⋯」

「破戒魔獣、そして虚飾と憂鬱の魔人。知ってる? 宰相殿」

 文書であればそれらの名前は読んだことがあるが、勿論のこと実物を見たことはないし、特に破戒魔獣は四百年前に全滅したはずだ。
 しかしながら、ここでエストが嘘をつく理由も必要もないから、それは真実なのだろう。

「ま、そういうわけ。⋯⋯黒の魔女はキミたち帝国が責任持って保管しといてね? あれやろうとすれば簡単に開放できるから、誰でも」

「了解した、エスト殿」

 黒の魔女は解き放ってはならない。アベルは知らないが、今回彼女を封印できたのは、マサカズが文字通りあれだけの死力を尽くしたからだ。お陰で彼は二度と魔法を自力で使えなくなったし、魂へのダメージも非常に大きい。しばらく休養が必要だ。
 だから、同じことを二度できるとは思えない。否、できないと断言しても良い。それはつまり、今度黒の魔女が復活するようなことがあったら、また封印できるかどうかは不確定要素であるということだ。

「じゃ、動かないでね」

 そうエストが言った直後、視界は前触れなく変化する。気づけばナオトたちは帝国の城に転移していた。
 城の一部の床は抜け落ちており、あまつさえ黒焦げになっている部分もあった。ここでどのような戦いがあったのかは、この惨事を見れば分かる。

「これは修理費がかさみそうですね」

 ミーファは当然財務官ではないが、彼女は一通りの仕事を高い水準で大凡こなせる。なので彼女は平然と財政の補助も行っていたりする。一体いつ寝ているのかは、彼女のみぞ知るといったところだ。

「そうだな。財政難なわけではないが。⋯⋯まあ、黒の魔女を相手にしたとなれば、安いかもしれないが」

 さり気ないミーファのアンチ魔族気質が発揮されたが、アベルはそれをカバーしてやる。彼女はそれに気づき、「失敬」と一言言った。

「マサカズさんは?」

 ユナは周りを見渡すが、そこにマサカズは居なかった。だから彼女はレネに彼の居場所を聞く。

「医務室です。無理をして、しばらくは目覚めないでしょうが、命に別状はありません」

「そうですか」

 そこで、パチパチと手を叩く音が響き、皆、その音の方を向いた。
 手を叩いた張本人、エストは注目を集めたことを確認してから話し始める。

「もう説明したけど、これから私たちはエルフの国──ローゼルク王国に向かう。理由は次なる脅威を事前に叩くため。ここまではいいよね?」

 全員、頷くなり、無言を貫くなりして、エストに話を続けるよう促す。

「で、ローゼルク王国に向かうメンバーだけど⋯⋯ぶっちゃけると私だけでも十分だろうね。でも一応、念の為に私とレイ、あとはジュンの三人で行く。残りは帝国で待っていて欲しいかな」

 相手は大罪魔人二体と、破戒魔獣十体だ。

「戦力が足りないのでは? サンデリス神父も同行するべきかと」

 疑問を呈したのはミーファだ。彼女の疑問は尤もだし、提案も魅力的だ。確かに魔族キラーのアレオスが入れば魔人も魔獣もずっと楽に殲滅できるだろうが、

「何せアレオスが同行を拒否しているからね。私は別に構わないよ、それでも。我儘でも、本人が子供みたいにイヤイヤ言うならそれを尊重するよ? ねぇ、神父──いや、神童様?」

 エストの煽り文が炸裂し、本人以外でさえ少し苛つくほど人をナメ腐っている。勿論当の本人はブチギレ寸前だが、怒っても無意味だと自分に言い聞かせて、歪みに歪んでいる笑みを浮かべた。

「いいでしょう。そこまで玩具を欲しがる子供のように駄々を捏ねるなら、あなたたちについて行っても構いませんよ?」

「あら、それは心強いね。心強いだけだろうけど」

「魔族を殺すなら、私の右に出るものはいないと思いますが? ここで証明しましょうか?」

「へぇ。敵対すべき魔族は居ないよね? ここには。幻覚症状持ち? それとも被害妄想かな?」

 エストとアレオスは睨み合う。それを見かねたアベルは「ではアレオス・サンデリスを連れて行け」と言って、煽り合いは終了した。
 
「私たちはここで黒の魔女を奪還されないように警備する。エストさんたちはエルフの国に行って、魔人たちを倒してくるってことですよね。それからのことは⋯⋯」

「その後に決めましょう。一段落つくのはその時でしょうから」

 ユナは現状についてまとめ、レネが一言加えた。
 後は消化試合とまでは言えないが、楽に終わることだろう。それでも油断は禁物だから警戒は怠れないが、黒の魔女と比べれば幾分マシだ。
 
「さて、と⋯⋯もう夜ね。ジュンとアレオスは休憩いる? いらないよね?」

 エストとレイは人外であり、疲れることはあっても眠る必要はそこまでない。先程の戦闘の疲れも大分回復したし、魔力の補充もエストの手にかかればお茶の子さいさいだ。
 しかし人間となれば話は違うので、一応エストは聞いておいた。

「普通『いらないよね』って聞かないだろ。いやまあ、いらないが」

「問題ありません」

 二人は特に問題はないようだから、エストは再び転移の魔法を詠唱する。
 彼女の転移魔法能力だと、帝国からエルフの国に直接転移することはできないが、王国を中間地点にすれば可能だった。
 数秒後、四人はエルフの国に到着していた。

 ◆◆◆

 そこには神が二体存在した。
 通常、その空間には神は一体だけだ。何故ならば神とは、世界一つを丸々管理する概念存在であり、基本的に他に干渉することはない。
 確かにこの空間──『終着点』に存在する神は別世界の生き物をこの世界に転移、あるいは転生させているが、その理由はこの世界の魂総量が減少しているからだった。魂の創造では間に合わないため、輸入してくるのだ。つまりは特例である。
 だからと言って、誰でもこの『終着点』に入門できるわけではない。精々輸入先の世界の神くらいだ。そして目の前に居るのは、その世界の神とは別存在だ。

「⋯⋯何が目的?」

 黒髪で碧眼の子供であり、男、あるいは女、もしくはどちらでもあり、どちらでもない。神々に性別などなく、いや、その姿さえも曖昧だ。見る者によって、それらは変わる。
 しかしながら、どうも目の前の子供は曖昧さ加減が神らしくない。曖昧なのは性別だけであり、外見などは殆ど決まりきっている。
 神々──創造主たちは彼らのことをこう呼ぶ、『邪神』と。

「無意味な質問だなぁ、アンタ。ボクに⋯⋯ワタシたち『邪神』に目的なんてあると思っていたのぉ?」

 『邪神』とは、正確に言うのであれば神ではない。神とは何者でもあり、何者でもない。だからこそ境界線が存在しなく、その自我さえも怪しいものだ。
 ただ、『邪神』たちは元神という言葉であれば説明できる。
 
「堕ちる寸前の神よ。自我が確立していく創造主よ。未来の我らが同胞よ⋯⋯ボクは手段も目的もどうだっていいのぉ。その時その時快楽を得られれば良いだけぇ」

「であれば──」

「なぜここに来たのか、ってぇ? それも同じ答えさぁ。それが面白いからぁ。快楽だからぁ。⋯⋯ワタシはさぁ、、下らないと思うんだぁ」

「⋯⋯⋯⋯」

 『邪神』は『神』に歩いて近づく。そこに居るが見えないそれに。

「ねぇ、なんで魂の総量が減ったと思っていたのさぁ? それも、生産が追いつかないくらい。⋯⋯きっとぉ、誰かが『異世界人』という『不確定要素』を望んだからだろうねぇ」

「⋯⋯回りくどい」

「そりゃそうさぁ。アンタら神は、こうでもしないと気がつくでしょぉ? 『外側』には敏感だしねぇ。⋯⋯でもぉ、『内側』は観測しかできないよねぇ。しかも全部見てられないしぃ。そこがぁ、ボクたちとアンタらの違いだよぉ」

 神は、世界を管理するのが目的だ。当然その中には世界を守ることもある。

「だから⋯⋯だから、今ここに来ているということ?」

「そぉ。折角用意した『世界の終焉をかけた戦い』をぉ、アンタに邪魔されたくないからねぇ」

 メーデアは一度、世界を滅ぼしかけた。だがマサカズは『死に戻り』を発動することで、その終焉を回避した。
 しかし、目の前の『邪神』──ミリアが計画したのはここからだ。
 
「全部アンタのせいさぁ。メーデアという魔女の存在を早めに消しておけばぁ、ワタシがこれを思いつくこともなかったぁ。黒井正和という男にぃ、『死に戻り』という力をお礼に渡すような考え方を持つアンタがいるからぁ、こうなったんだよぉ」

 『邪神』ミリアは時間に縛られない。未来を観測してから過去に戻り、未来に影響を及ぼすことぐらい造作もない。
 だから、ミリアは神が正和に『死に戻り』を与える確信を得ていた、過去の時点で。

「ボクは上位の神も捻り潰せるんだぁ。だからアンタも簡単に殺せるのさぁ。まあ、神殺しなんて面倒だからぁ、ワタシはアンタを殺しはしないけどぉ。⋯⋯ボクと一緒に見ようよぉ?」

 ミリアの行動理念は欲望だ。そしてミリアにはそれを叶えるだけの力もある。神の中でも、ミリアに匹敵する存在は殆ど存在しない。
 しかしミリアは、あえて時間を操る力を完全には使わない。楽しむために。
 ミリアは地面に寛ぐように横たわる。隙だらけで、簡単に殺せそうだったが、通称ガイアは何もしなかった。すべきでなかったし、それは正解だ。
 それからミリアは、通称ガイアに軽い気持ちで訊く。

「⋯⋯ねぇ、アンタは『ボク』か『ワタシ』、どっちのほうが好みぃ?」
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