155 / 338
第六章「黒」
第百四十七話 衝突
しおりを挟む
『暴食』ベルゴール、『憤怒』サンタナ、『色欲』カルテナ、『怠惰』シニフィタの四人もまた、黒の教団の幹部たちと遭遇していた。
「あらあら、可愛い子に、逞しい男。更には美しい女性。最高だわ!」
「全く⋯⋯何で俺こいつと組まされてんの?」
そう言いつつも、女の方の教団幹部は魔法を行使してきた。四人全員を一度に殺せるくらいの大火力の魔法であり、噂に聞く幹部の力からはあまりにもかけ離れているように思われる。単純な実力であれば大罪魔人に匹敵する──或いは上回る魔力だった。
しかし、ベルゴール、サンタナ、カルテナの三人はその魔法に対して防御行為をしようともしなかった。反応できなかったのではない。する必要がなかったからだ。
「って⋯⋯は?」
黒の教団患部の男の方が、その光景を見て困惑の意を溢した。何せ、同僚──ビナーの魔法が、一瞬で無力化されるどころか、それが返ってきたからだ。
しかし、ビナーはそれに狼狽えず、再度魔法を撃つ。自分の魔法であるから、相殺できた。
「ゲブラー、ほんとにあなたって人の話を聞いていないのね?」
困惑しているゲブラーを見て、ビナーは呆れたようにそう言う。
「『怠惰』の魔人、シニフィタ」
「あの女のことか?」
「ええ。そして彼女の能力『怠惰の罪』は、ありとあらゆる力の向きを操り、そして魔力を消費することでその力の大きささえも変えることができるのよ」
能力は基本的にそれのみで完結する場合が多い。しかし例外も勿論のこと存在し、その数少ない例がシニフィタの能力だ。
力の向きと大きさの操作。それが大罪魔人最強たる所以の能力。加えて基礎身体能力、魔法能力の高さもある。まさに非の打ち所がない魔人だ。
「知っているってことは、殺すべき相手ってことね?」
シニフィタがゆっくりと歩いてくる。その歩みには余裕、そして下らないという感情がふんだんに詰め込まれていた。
後ろの三人は、シニフィタを援護する気さえもない。何せ、彼女にその必要はないから。
「これ、俺たちじゃ無理じゃね?」
「そうね。さっきの不意打ちが無意味ってことは」
黒の教団も完璧に魔王軍の能力を把握しているわけではない。まさかシニフィタの能力が自動発動だとまでは判明していなかった──否、
「もう少し早く魔法を行使すれば、アタシを殺せたかも。でも、あんたたちは弱い」
シニフィタの能力は完全手動発動型だ。ベクトルの操作だって、意識しなければならないし、理解もしておく必要がある。
「面倒だ。計算も、理解も。でも殺されることはもっと面倒なことになる。死んでしまったら、一体誰がセレディナお嬢様を守るの? アタシは死後に、ツェリスカ様に叱られることは嫌なのよ」
死ぬことさえ面倒。怠惰なシニフィタは、死を最も恐れている。だからこそ、彼女は、死なないためになら怠惰であることを辞める。
「死ね」
彼女は石ころを持ち上げ、軽く投げつける。だがその速度はとんでもなく速かった。摩擦抵抗、重力さえも水平方向の推進力へと変化させ、更に魔力でその大きさも増加させる。
ただの石ころは大砲を超える弾となり、ビナーとゲブラーを襲った。だがしかし、
「私たちが無理なら、可能性の高い人に任せるのが普通でしょ?」
石ころは、空中で静止した。どれだけ速くても、それがただの石ころであることには変わりない。見切ることさえできれば、止めることは可能だ。
「────」
三人の大罪魔人が臨戦態勢に入った。それほどまでに、乱入者である二名は強かったからだ。
「さーて、今度こそ鏖殺だ」
自然の緑をそのままプリントアウトしたみたいに美しい髪、鬱蒼とした森のような瞳。緑を基調とした服装は、コートとドレスをかけ合わせたようなものに近い。
露出している肩、胸元、くびれ、背中、足は白く、雪をまとったみたいだった。
活発な外で遊ぶのが好きな女の子みたいな笑顔を浮かべ、緑の魔女、ミカロナはそこに転移してきた。
「ゲブラー、ビナー、そして私であの三体の大罪魔人を殺します。ミカロナは『怠惰』を頼みましたよ」
「りょーかい、司教様。首は綺麗に切った方が良いよね?」
「どちらでも。別にそんなのいりませんがね」
ミカロナは自分で転移してきていない。彼女と一緒に転移してきたのは、白髪の混じった金髪の老人、ダートだった。
彼は黒の教団のローブを着用していて、背はミカロナより少し低い百六十二センチメートル。瞳は朱色であり、老人ながらもそこには力強さが宿っていた。
魔法使いではあるが体は鍛えられており、ローブから見える腕は、声から察せられる年齢にしては逞しい。
彼はフードを取り外すと、その素顔が顕になった。
若い頃はさぞ整っていたのだとわかる顔立ちは今でさえも失っておらず、皺は非常に少ない。肌は白いが、それは単に日に当たっていないがためだ。
「アタシを殺す、か。できるの?」
「ボクは君の天敵だと思うよ、シニフィタ。⋯⋯さあ、あっちで殺し合おうか」
ミカロナは近くの公園の方を指す。確かあそこは瓦礫も少なく、十分な広さがあったはずだ。
「⋯⋯わかったわ」
ミカロナの実力は不明だ。だからこそ、周りを巻き込む可能性だってある。特にカルテナを巻き込んでしまうことは避けたい。なにせ、今度の王都崩壊事件の犯人は、目の前の緑の魔女なのだから。また同じことがされないと思うのはよしておいたほうが良い。
ミカロナとシニフィタたちは近くの公園の方へ向かうと、そこには六名が残った。
ベルゴール、サンタナ、カルテナ。そしてゲブラー、ビナー、ダート。
相手の具体的な戦闘力が不明であるにも関わらず、自分たちの能力はある程度把握されている。特にダートの力は警戒すべきだろう。
「司教、か」
サンタナは先程ミカロナが言った言葉を思い出す。もしその言葉がミスリードでないのなら、ダートは司教──つまりは黒の教団教徒の総括であり、黒の魔女に次ぐ組織のナンバーツーだ。
「まずは⋯⋯」
戦闘には、ある程度のパターンが存在する。例えば魔法使いとの距離は取るべきでなく、常に距離を詰めておくべき、とかだ。
そんな中に、集団戦についてのパターンも当然あった。
「私が先制攻撃を仕掛け、ヤツを始末するか。ベルゴール、お前はカルテナを守ってくれ」
サンタナはバスターソードを持った男、ゲブラーを指差しながら言う。
「⋯⋯了解」
普段殆ど喋らないベルゴールの声は低く、小さかったが、確実に聞こえた。彼の実力は大罪魔人がよく知っている。安心してサンタナはカルテナのことを任せて、一人で敵に突っ込んだ。
迎撃したのは期待通りのゲブラーだった。
サンタナは両手に短剣を創造し、ゲブラーのバスターソードを受け止める。風圧が発生し、地面の砂を巻き上げた。
そしてそれを片手で滑らせ、サンタナはゲブラーの胸を突く。しかしゲブラーは反応し、器用に足で短剣の腹を弾いた。
「うおらァ!」
バスターソードは『斬る』というより『叩き潰す』と言った方が正しい武器だ。
力に任せて乱暴に大剣を振り下ろす。今度、サンタナはそれを躱して、攻撃後の隙を狙おうとするが、
「〈万落雷〉」
雷が落ちる。それは的確にサンタナだけを狙っていて、単なる自然現象でないことは周知の事実。
普通に直撃すれば即死は免れない高階級の雷系赤魔法はビナーが行使したものだ。しかし事大罪魔人において、その普通はあり得ない。
電流と電圧による痺れ、熱による火傷とその痛みは、サンタナにとっては重症そのものだ。
そしてホワイトアウトした視界に、ゲブラーの追撃が迫って来ていた。
「──っ!」
バスターソードが薙ぎ払われるも、サンタナは既の所で身長ほどの大きさの戦斧を生成。バスターソードを受け止めたが、衝撃を耐えきることはできず、近くの家屋に打ち飛ばされる。
前衛に出ていたサンタナを一時的ではあろうが無力化したことで、ダートは魔法を詠唱する。
「〈地面断裂〉」
対象は勿論ベルゴールとカルテナだ。
地面が振動し、そして口を開く。捕食活動をする食虫植物のように、二人を飲み込もうとしたが、直前でベルゴールはカルテナを抱えて跳躍した。
断裂した地面に落ちればそのまま閉じて、圧死。安全地帯まで逃げられるなら、魔法使い二人相手に有利に働くか、それともカルテナと一緒に近づくしかなかった。
勿論近づくベルゴールとカルテナをそのままビナーとダートが見ているはずがなく、
「〈魔法階級突破・連鎖する龍電撃〉」
「〈破裂する岩散弾〉」
青白い龍の形を模した雷撃が二人を襲い、続いて拳大の岩の弾丸が撃たれる。
「────」
それら魔法にベルゴールは手を翳すと──消える。
「⋯⋯⋯⋯」
だが、ビナーもダートもそれに驚かない。そんなこと知っていて、二者は魔法を行使したのだ。寧ろそれこそが狙いである。何しろ、ベルゴールの能力、『暴食の罪』は、
「お味はどうですか、『暴食』」
「⋯⋯⋯⋯」
ベルゴールは『戦闘態勢』に入り、上半身を晒す。
彼はメラリスのように、裸を好むわけではない。それどころか素肌を晒すのを嫌うタイプだ。そのため、彼がそうするのは戦いの時だけ。
彼の全身には『口』があった。人間の口ではない。もっと凶悪な猛獣のような口だ。唯一人間らしい口と言えば、顔にあるものくらいだろうか。
『暴食の罪』は、全身にある口でありとあらゆるモノを喰らうことができる能力だ。そして喰らった力を奪うこともできる。しかしこれには弱点があった。
「さて、一体どれだけ私たちをの魔法を食らえるの?」
人は食べれば満腹になるように、ベルゴールも能力には限界があるし、一定以上力を取り込むと制御することに重きを起き、あまつさえ弱体化する。
つまり、ビナーとダートの狙いは、魔法を食わせて、腹が破裂するのを待つことだ。
「⋯⋯カルテナ」
「何?」
ベルゴールは背中の口を大きく開ける。
「俺の中に入れ」
「⋯⋯それ、危険」
ベルゴールの胃袋は食したものを隔離することができるし、取り出すこともできる。だからカルテナが捕食されたところで彼あるいは彼女は死ぬことはないが、それは同時にカルテナの治癒魔法を受けられなくなるということでもあった。
ベルゴールは食したものを消化しなければ、その能力を奪えないし使えない。しかし胃袋内部では、囚われた対象はあらゆる力を制御されるし、その制御を超えると吐き出されるため、カルテナはベルゴールの胃袋内部で治癒魔法を使えない。
「⋯⋯だが」
「いい。ボク、戦う覚悟、できてる」
「⋯⋯分かった」
ベルゴールはカルテナを傷つけたくなかった。大罪魔人でもまだ若く、弱いレヴィアとカルテナは、皆から守られていた。確かに能力は優秀だが、肝心の身体能力が低かったし、何より経験が少ない。
「カルテナ、まずはサンタナを起こせ。俺があの二人を止める」
何よりも、家屋の瓦礫の下敷きとなっているサンタナを叩き起こし、人数不利から何とかしなければならない。
ベルゴールの見立てでは、あの二人を相手にし、時間を稼げるのは持って一分だろう。
その間にカルテナはゲブラーを相手にしつつサンタナを起こす必要がある。でなければ全員死亡する。
「了解」
カルテナは一声そう発して、サンタナの下へと走り出した。
「ゲブラー、『色欲』を殺しなさい」
「承知しましたよ、司教様」
ゲブラーがバスターソードを構え、疾風のように走り出し、風からは逃げられないようにカルテナに一瞬で追いつく。
無慈悲にバスターソードを振り下ろすが、カルテナもそこまで弱くはない。飛び込むようにしてバスターソードを避けて、魔法で反撃する。
「〈酸弾〉 」
目を狙った一撃。視力を奪われてしまえばゲブラーはそこで終わりだ。何とか目に酸性液は入らなかったが、その代わり咄嗟に出した右手が犠牲になった。
「ちっ⋯⋯」
甘く見ていたゲブラーは自分に対して舌打ちをする。カルテナを油断ならない敵であると改め、本気でぶつかる。
使い物にならなくなった右手ではなく、利き手でない左手のみでバスターソードを握る。本来両手で持つべきその剣を片手で持てるだけで異常だが、彼はそれを振り回せた。
当然スピードもパワーも小さくなったが、それでも尚脅威には変わりない。
薙ぎ払いを避けるために跳躍したが、それはゲブラーの狙い通りだった。すかさず彼はカルテナに蹴りを入れた。
「がっ⋯⋯」
地面を何度かバウンドし、転がり、倒れる。
「この右手は俺の落ち度だ。お前を甘く見ていた俺の、な。『色欲』の魔人、カルテナ。言い残すことは?」
ゲブラーはカルテナに歩み寄り、最期の言葉を訊こうとする。カルテナは血反吐を吐きながら立ち上がって、それを見たゲブラーはニヤリと笑う。
「──ない。まだ、死なないから」
「あらあら、可愛い子に、逞しい男。更には美しい女性。最高だわ!」
「全く⋯⋯何で俺こいつと組まされてんの?」
そう言いつつも、女の方の教団幹部は魔法を行使してきた。四人全員を一度に殺せるくらいの大火力の魔法であり、噂に聞く幹部の力からはあまりにもかけ離れているように思われる。単純な実力であれば大罪魔人に匹敵する──或いは上回る魔力だった。
しかし、ベルゴール、サンタナ、カルテナの三人はその魔法に対して防御行為をしようともしなかった。反応できなかったのではない。する必要がなかったからだ。
「って⋯⋯は?」
黒の教団患部の男の方が、その光景を見て困惑の意を溢した。何せ、同僚──ビナーの魔法が、一瞬で無力化されるどころか、それが返ってきたからだ。
しかし、ビナーはそれに狼狽えず、再度魔法を撃つ。自分の魔法であるから、相殺できた。
「ゲブラー、ほんとにあなたって人の話を聞いていないのね?」
困惑しているゲブラーを見て、ビナーは呆れたようにそう言う。
「『怠惰』の魔人、シニフィタ」
「あの女のことか?」
「ええ。そして彼女の能力『怠惰の罪』は、ありとあらゆる力の向きを操り、そして魔力を消費することでその力の大きささえも変えることができるのよ」
能力は基本的にそれのみで完結する場合が多い。しかし例外も勿論のこと存在し、その数少ない例がシニフィタの能力だ。
力の向きと大きさの操作。それが大罪魔人最強たる所以の能力。加えて基礎身体能力、魔法能力の高さもある。まさに非の打ち所がない魔人だ。
「知っているってことは、殺すべき相手ってことね?」
シニフィタがゆっくりと歩いてくる。その歩みには余裕、そして下らないという感情がふんだんに詰め込まれていた。
後ろの三人は、シニフィタを援護する気さえもない。何せ、彼女にその必要はないから。
「これ、俺たちじゃ無理じゃね?」
「そうね。さっきの不意打ちが無意味ってことは」
黒の教団も完璧に魔王軍の能力を把握しているわけではない。まさかシニフィタの能力が自動発動だとまでは判明していなかった──否、
「もう少し早く魔法を行使すれば、アタシを殺せたかも。でも、あんたたちは弱い」
シニフィタの能力は完全手動発動型だ。ベクトルの操作だって、意識しなければならないし、理解もしておく必要がある。
「面倒だ。計算も、理解も。でも殺されることはもっと面倒なことになる。死んでしまったら、一体誰がセレディナお嬢様を守るの? アタシは死後に、ツェリスカ様に叱られることは嫌なのよ」
死ぬことさえ面倒。怠惰なシニフィタは、死を最も恐れている。だからこそ、彼女は、死なないためになら怠惰であることを辞める。
「死ね」
彼女は石ころを持ち上げ、軽く投げつける。だがその速度はとんでもなく速かった。摩擦抵抗、重力さえも水平方向の推進力へと変化させ、更に魔力でその大きさも増加させる。
ただの石ころは大砲を超える弾となり、ビナーとゲブラーを襲った。だがしかし、
「私たちが無理なら、可能性の高い人に任せるのが普通でしょ?」
石ころは、空中で静止した。どれだけ速くても、それがただの石ころであることには変わりない。見切ることさえできれば、止めることは可能だ。
「────」
三人の大罪魔人が臨戦態勢に入った。それほどまでに、乱入者である二名は強かったからだ。
「さーて、今度こそ鏖殺だ」
自然の緑をそのままプリントアウトしたみたいに美しい髪、鬱蒼とした森のような瞳。緑を基調とした服装は、コートとドレスをかけ合わせたようなものに近い。
露出している肩、胸元、くびれ、背中、足は白く、雪をまとったみたいだった。
活発な外で遊ぶのが好きな女の子みたいな笑顔を浮かべ、緑の魔女、ミカロナはそこに転移してきた。
「ゲブラー、ビナー、そして私であの三体の大罪魔人を殺します。ミカロナは『怠惰』を頼みましたよ」
「りょーかい、司教様。首は綺麗に切った方が良いよね?」
「どちらでも。別にそんなのいりませんがね」
ミカロナは自分で転移してきていない。彼女と一緒に転移してきたのは、白髪の混じった金髪の老人、ダートだった。
彼は黒の教団のローブを着用していて、背はミカロナより少し低い百六十二センチメートル。瞳は朱色であり、老人ながらもそこには力強さが宿っていた。
魔法使いではあるが体は鍛えられており、ローブから見える腕は、声から察せられる年齢にしては逞しい。
彼はフードを取り外すと、その素顔が顕になった。
若い頃はさぞ整っていたのだとわかる顔立ちは今でさえも失っておらず、皺は非常に少ない。肌は白いが、それは単に日に当たっていないがためだ。
「アタシを殺す、か。できるの?」
「ボクは君の天敵だと思うよ、シニフィタ。⋯⋯さあ、あっちで殺し合おうか」
ミカロナは近くの公園の方を指す。確かあそこは瓦礫も少なく、十分な広さがあったはずだ。
「⋯⋯わかったわ」
ミカロナの実力は不明だ。だからこそ、周りを巻き込む可能性だってある。特にカルテナを巻き込んでしまうことは避けたい。なにせ、今度の王都崩壊事件の犯人は、目の前の緑の魔女なのだから。また同じことがされないと思うのはよしておいたほうが良い。
ミカロナとシニフィタたちは近くの公園の方へ向かうと、そこには六名が残った。
ベルゴール、サンタナ、カルテナ。そしてゲブラー、ビナー、ダート。
相手の具体的な戦闘力が不明であるにも関わらず、自分たちの能力はある程度把握されている。特にダートの力は警戒すべきだろう。
「司教、か」
サンタナは先程ミカロナが言った言葉を思い出す。もしその言葉がミスリードでないのなら、ダートは司教──つまりは黒の教団教徒の総括であり、黒の魔女に次ぐ組織のナンバーツーだ。
「まずは⋯⋯」
戦闘には、ある程度のパターンが存在する。例えば魔法使いとの距離は取るべきでなく、常に距離を詰めておくべき、とかだ。
そんな中に、集団戦についてのパターンも当然あった。
「私が先制攻撃を仕掛け、ヤツを始末するか。ベルゴール、お前はカルテナを守ってくれ」
サンタナはバスターソードを持った男、ゲブラーを指差しながら言う。
「⋯⋯了解」
普段殆ど喋らないベルゴールの声は低く、小さかったが、確実に聞こえた。彼の実力は大罪魔人がよく知っている。安心してサンタナはカルテナのことを任せて、一人で敵に突っ込んだ。
迎撃したのは期待通りのゲブラーだった。
サンタナは両手に短剣を創造し、ゲブラーのバスターソードを受け止める。風圧が発生し、地面の砂を巻き上げた。
そしてそれを片手で滑らせ、サンタナはゲブラーの胸を突く。しかしゲブラーは反応し、器用に足で短剣の腹を弾いた。
「うおらァ!」
バスターソードは『斬る』というより『叩き潰す』と言った方が正しい武器だ。
力に任せて乱暴に大剣を振り下ろす。今度、サンタナはそれを躱して、攻撃後の隙を狙おうとするが、
「〈万落雷〉」
雷が落ちる。それは的確にサンタナだけを狙っていて、単なる自然現象でないことは周知の事実。
普通に直撃すれば即死は免れない高階級の雷系赤魔法はビナーが行使したものだ。しかし事大罪魔人において、その普通はあり得ない。
電流と電圧による痺れ、熱による火傷とその痛みは、サンタナにとっては重症そのものだ。
そしてホワイトアウトした視界に、ゲブラーの追撃が迫って来ていた。
「──っ!」
バスターソードが薙ぎ払われるも、サンタナは既の所で身長ほどの大きさの戦斧を生成。バスターソードを受け止めたが、衝撃を耐えきることはできず、近くの家屋に打ち飛ばされる。
前衛に出ていたサンタナを一時的ではあろうが無力化したことで、ダートは魔法を詠唱する。
「〈地面断裂〉」
対象は勿論ベルゴールとカルテナだ。
地面が振動し、そして口を開く。捕食活動をする食虫植物のように、二人を飲み込もうとしたが、直前でベルゴールはカルテナを抱えて跳躍した。
断裂した地面に落ちればそのまま閉じて、圧死。安全地帯まで逃げられるなら、魔法使い二人相手に有利に働くか、それともカルテナと一緒に近づくしかなかった。
勿論近づくベルゴールとカルテナをそのままビナーとダートが見ているはずがなく、
「〈魔法階級突破・連鎖する龍電撃〉」
「〈破裂する岩散弾〉」
青白い龍の形を模した雷撃が二人を襲い、続いて拳大の岩の弾丸が撃たれる。
「────」
それら魔法にベルゴールは手を翳すと──消える。
「⋯⋯⋯⋯」
だが、ビナーもダートもそれに驚かない。そんなこと知っていて、二者は魔法を行使したのだ。寧ろそれこそが狙いである。何しろ、ベルゴールの能力、『暴食の罪』は、
「お味はどうですか、『暴食』」
「⋯⋯⋯⋯」
ベルゴールは『戦闘態勢』に入り、上半身を晒す。
彼はメラリスのように、裸を好むわけではない。それどころか素肌を晒すのを嫌うタイプだ。そのため、彼がそうするのは戦いの時だけ。
彼の全身には『口』があった。人間の口ではない。もっと凶悪な猛獣のような口だ。唯一人間らしい口と言えば、顔にあるものくらいだろうか。
『暴食の罪』は、全身にある口でありとあらゆるモノを喰らうことができる能力だ。そして喰らった力を奪うこともできる。しかしこれには弱点があった。
「さて、一体どれだけ私たちをの魔法を食らえるの?」
人は食べれば満腹になるように、ベルゴールも能力には限界があるし、一定以上力を取り込むと制御することに重きを起き、あまつさえ弱体化する。
つまり、ビナーとダートの狙いは、魔法を食わせて、腹が破裂するのを待つことだ。
「⋯⋯カルテナ」
「何?」
ベルゴールは背中の口を大きく開ける。
「俺の中に入れ」
「⋯⋯それ、危険」
ベルゴールの胃袋は食したものを隔離することができるし、取り出すこともできる。だからカルテナが捕食されたところで彼あるいは彼女は死ぬことはないが、それは同時にカルテナの治癒魔法を受けられなくなるということでもあった。
ベルゴールは食したものを消化しなければ、その能力を奪えないし使えない。しかし胃袋内部では、囚われた対象はあらゆる力を制御されるし、その制御を超えると吐き出されるため、カルテナはベルゴールの胃袋内部で治癒魔法を使えない。
「⋯⋯だが」
「いい。ボク、戦う覚悟、できてる」
「⋯⋯分かった」
ベルゴールはカルテナを傷つけたくなかった。大罪魔人でもまだ若く、弱いレヴィアとカルテナは、皆から守られていた。確かに能力は優秀だが、肝心の身体能力が低かったし、何より経験が少ない。
「カルテナ、まずはサンタナを起こせ。俺があの二人を止める」
何よりも、家屋の瓦礫の下敷きとなっているサンタナを叩き起こし、人数不利から何とかしなければならない。
ベルゴールの見立てでは、あの二人を相手にし、時間を稼げるのは持って一分だろう。
その間にカルテナはゲブラーを相手にしつつサンタナを起こす必要がある。でなければ全員死亡する。
「了解」
カルテナは一声そう発して、サンタナの下へと走り出した。
「ゲブラー、『色欲』を殺しなさい」
「承知しましたよ、司教様」
ゲブラーがバスターソードを構え、疾風のように走り出し、風からは逃げられないようにカルテナに一瞬で追いつく。
無慈悲にバスターソードを振り下ろすが、カルテナもそこまで弱くはない。飛び込むようにしてバスターソードを避けて、魔法で反撃する。
「〈酸弾〉 」
目を狙った一撃。視力を奪われてしまえばゲブラーはそこで終わりだ。何とか目に酸性液は入らなかったが、その代わり咄嗟に出した右手が犠牲になった。
「ちっ⋯⋯」
甘く見ていたゲブラーは自分に対して舌打ちをする。カルテナを油断ならない敵であると改め、本気でぶつかる。
使い物にならなくなった右手ではなく、利き手でない左手のみでバスターソードを握る。本来両手で持つべきその剣を片手で持てるだけで異常だが、彼はそれを振り回せた。
当然スピードもパワーも小さくなったが、それでも尚脅威には変わりない。
薙ぎ払いを避けるために跳躍したが、それはゲブラーの狙い通りだった。すかさず彼はカルテナに蹴りを入れた。
「がっ⋯⋯」
地面を何度かバウンドし、転がり、倒れる。
「この右手は俺の落ち度だ。お前を甘く見ていた俺の、な。『色欲』の魔人、カルテナ。言い残すことは?」
ゲブラーはカルテナに歩み寄り、最期の言葉を訊こうとする。カルテナは血反吐を吐きながら立ち上がって、それを見たゲブラーはニヤリと笑う。
「──ない。まだ、死なないから」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる