133 / 338
第五章「魔を統べる王」
第百二十七話 白と真祖の不協和音
しおりを挟む
始原の吸血鬼に幾本かの聖気を纏った剣が突き刺さり、始原は大きく呻く。刺さった部分から蒸気のようなものが上がり、肉を焼いたかのような音が鳴った。
「魔法⋯⋯まさか!」
それは魔法の類の召喚による剣だろう、と見破ったセレディナは、その術者までもを推測した。始原の吸血鬼にダメージを与えられる魔法使いなど、そしてこの国に居る可能性の高い存在など、一人しか居ない。
「〈神聖波動〉」
太陽の光が波のようになって、それが始原の吸血鬼を吹き飛ばし、近くの見張り台──エストは既にそこが無人であることを確認済み──に突っ込む。瓦礫が始原の吸血鬼の体を打ち付け、砂埃が舞った。
「白の魔女、エスト!」
吹き飛ばされた始原の吸血鬼を見ることもなく、セレディナはそれを行った少女を、殺意の篭った瞳で睨む。
「やっぱりキミが居たか。⋯⋯私を殺したい? なら良いよ、殺れるものならね。もしそうするなら始原の吸血鬼より先に君を殺すから」
父母のための復讐対象。殺すべき相手。しかし、今はこの感情を抑えなくてはならない。
「エスト! 今は挑発する暇なんてないだろ!」
「マサカズ? どうしてキミがここに⋯⋯?」
「そんなことは後で話す。だが俺はセレディナと話をつけた。いざこざは後にしろ!」
マサカズはエストをそう説得すると、彼女は渋々といったようにそれ以上、セレディナに殺意を向けることはなくなった。
一先ず、セレディナはエストと協力しなくてはならない。例えどれだけエストを憎んでいても、それは感情的で愚かな判断だ。優先的にすべきは、合理的に考えて、エストと協力し、始原の吸血鬼を滅ぼすこと。
「足を引っ張るなよ」
セレディナは黒刀を構える。
「それはこっちの台詞だね」
エストは魔法陣をいくつか展開する。
「──ッ!」
そして同時、二つの瓦礫がそれぞれエストとセレディナ目掛けて飛ばされてきた。始原の吸血鬼のその長い腕で行われる投擲は、音を置き去りにし、ビュン、という空を切る音からも分かるように、命中=死を意味する。それは魔女であっても、魔王であっても例外ではない。
だからエストは防御魔法を展開することで、セレディナは黒刀でそれを斬り刻むことで投擲を回避した。
刹那、始原の吸血鬼はその二メートル以上は確実にあるような体からは想像もできないスピードでセレディナに肉薄し、暴力の塊とも思える爪を上から下へと振った。だがセレディナはそれを黒刀の刃の方で受け止めると、それを滑らし、爪を斬りつつその場から離脱。背中の翼を使い宙を舞い、一回転して威力をつけ、黒刀を吸血鬼のうなじ目掛けて振るうと、首を切断した。切断面からは絶え間なく血飛沫が上がり、多くの人々は決着が付いたと確信するだろう。しかし、
「チッ⋯⋯私にはそんな再生力ないってのに!」
直後、セレディナの着地した場所を、始原の吸血鬼の翼が突き刺す。最早翼と使い方としては盛大に間違っているが、地面は抉れているし、武器として使うにはあまりにも凶悪だ。
首の断面から触手──血管が伸びて、切断された頭部に繋がると、それらをくっつけた。傷はすぐさま治癒する。
「〈神聖炎〉」
次、始原の吸血鬼を襲うのは炎だった。太陽の如き神々しい光を放つ炎は、始原の吸血鬼の体を燃やし尽くす。始原は苦しみ、喘ぎ、金切り声とも取れる声を発し、それは実に不快な音だった。
「アレには普通の斬撃は効果が薄い。だからキミの役目はアレの注意を引き、傷をつけ、再生力を分散させることだ」
エストが言うことは尤もだ。
始原の吸血鬼には、セレディナの黒刀による斬撃は効果が薄いし、この黒刀の真骨頂とも、アンデッドである始原の吸血鬼とは絶望的なまでに相性が悪い。つまり主戦力は神聖魔法が使えるエストであり、セレディナはサポート役に徹するのが最善策だ。
「はいはい、分かってるって、クソ魔女」
「クソ魔女とは何だ。そんなキミを育てた御両親の顔が見てみたいね」
エストはとんでもなく劣悪な皮肉を言うと、セレディナの表情はより険しくなった。
やはりコイツとは仲良くなれない、とセレディナは思うが、この憎悪は後回しだ。
「私は魔族で、当然神聖魔法に弱い。この系列の魔法を使うということは自害するも同然だ。だから短期決戦を狙いたいけど、キミと私は連携が取れない。そこで提案なんだけど、私の能力を抵抗することなく受け入れてくれるかな?」
燃える始原の吸血鬼を見ながら、エストはそう言った。そしてセレディナは思う、「こいつ正気か」と。しかし、彼女の言っていることは正論である。
「⋯⋯受け入れると思ってるのか?」
エストの能力『記憶操作』を応用すれば、戦闘中でも違いの思考を共有することができる。つまり連携力を著しく上昇させることができるのだが、捉え方によってはエストに自分の記憶の操作権を握らせるも同然であり、余程信頼していなければできるはずがない。犬猿の仲ともなれば、やるはずがないというもの。
「だよね。知ってた。⋯⋯じゃ、仕方ない。多少の傷は我慢しよう」
勿論、エストはセレディナの心情くらい把握していて、それが断られることくらい十分理解していた。物は試しということでやっただけに過ぎない。
「──キミも、ね」
「は?」
その時、セレディナの黒刀を炎が纏った。炎は先程と同じ、〈神聖炎〉である。つまり、吸血鬼であるセレディナもその炎ダメージを、直接食らうよりかは格段にマジとはいえ、痛みを伴う。
「私の提案が受け入れられないなら、キミはサポーターではなくアタッカーを担ってもらう。当然だと思うけどね。それとも、私と思考共有するかな?」
エストの能力による思考共有、もしくは神聖魔法を受け入れて、熱さに耐えながら戦うか。どちらもしたくない選択肢であるものの、まだ後者の方が、セレディナにとっては比較的、受け入れ易かった。
「⋯⋯後で絶対斬る」
「おお、それは怖いね。⋯⋯さあまずは、その『後で』のための時間を確保するところから始めようか!」
神聖な炎に喘いでいた始原の吸血鬼はのた打ち回り、何とかしてその炎を消したようだ。全身の表面はグツグツと泡立っているが、遅いとはいえ再生しつつあった。見ると、最初に剣で貫いた傷も半分以上回復していた。
「神聖魔法も完全ではない、か。でも、有効打ではあるね」
おそらく、始原の吸血鬼は全身を粉々にしようとも再生するだろう。だが、そこまで刻んだ上で神聖魔法を行使すれば消滅させられる。問題はそこまで斬り刻ませてくれるかであり、答えはノーだ。追い詰められたなら逃げる脳を始原の吸血鬼は持っているが、それは所詮問題の先回しである。何より、始原の吸血鬼について色々と調べなくてはならない。
「っ!」
神聖な炎を纏った黒刀による斬撃は、始原の体を容易に引裂き、再生を阻害していた。
炎は消えることを知らず、やはり魔法とは理を捻じ曲げる力であるということをセレディナは実感しつつ、刀を振る。
触手のように襲ってくる枯れ木のように、しかし鉄のように固い翼を弾き、始原の懐に入り込むと、あるか分からない、あっても動いているか分からない心臓を目掛けて刀を突き刺す。黒刀は炎を纏いながら始原の体を貫通すると、始原は痛みに嘆いた。
「セレディナ、離れた方がいいよ」
それを聞いたセレディナは黒刀を抜き出し、後ろに飛んだ。そして次の瞬間、
「〈妖精女王の煌光〉」
始原を丁度囲う光の円が展開される。その円は一見魔法陣のように見えるが、魔法を知る者ならそうでないと断言できるだろう。それを構成する要素が、まるで魔法とは違っていて、直線のみで構成された未知の言語であったからだ。
それはどうやら始原を拘束しているようで、化物はそこから抜け出そうとしているが抜け出せなかった。そして、光が発生した。
太陽光などとは違う、青白く、そして神々しさを感じる光だった。そこにはダメージ性などないように見えたのだが、始原の吸血鬼は炎に燃やされるより苦しみ、藻掻いている。
一連の魔法効果が終了すると、始原の右側の顔の表面、右腕、左足、そして光から体を守った両翼は灰になっていた。
「流石は第十階級でも対単体最強の神聖魔法。効果覿面だね」
灰となった部分の再生は極限まで阻害されているようで、まるで再生していない。だからこれをあと何度か使えば始原の吸血鬼を殺せるだろうが、
「⋯⋯その分、私への反動も相当だけど、ね」
始原を殺せるだけ連発しても、エストは死なないだろうが魔力と体力を一気に消費して気絶するだろう。セレディナの前では気絶できないし、何より今度も命中するとは限らない。この魔法は、相手が止まっていないと発動しないのだから。
「セレディナ! 一気に殺すから私に合わせてよ!」
「癪だが、そうしてやる!」
致命的なダメージを与え、今なら始原の吸血鬼は十全に動けない。再生もほぼできなくなっているとはいえ、完全に阻止したわけではなくあくまで阻害だ。時間は始原の吸血鬼の味方となり、エストとセレディナの共通敵である。
「はあああッ!」
地面を踏んで、刀を構えて始原に真祖は接近する。始原の死角となる右側に回り込み、炎を纏う黒刀を薙ぎ払った。
始原の反応は鈍く、セレディナの斬撃を避けることができずに直撃。刃が表皮を削り、肉を直接炎で焼き、溶かす。
「〈神聖な銀の弾丸〉」
赤色の魔法陣から銀の塊が何発も撃ち出され、始原の体を貫通し、削り、破壊し、抉る。始原は大きく後ろに蹌踉めいた。
ダメージが大きいのか、再生はしておらず、このまま押せば勝てそうな気がした。だが油断はせず、エストとセレディナは攻撃を続ける。
そしてもう少しで殺せるだろうところで、急に始原は、
「──!」
大地を揺るがすかのような咆哮。生あるものだけでなく、既に死んだ者でさえ死の恐怖を再起するような殺気。
──始原の吸血鬼の体からはメキメキと肉や骨が裂け、変形し、生成される音が響いた。背中から新たに四つの腕──うち二つは体長と同程度、残り二つはその二倍の長さ──が、既存の翼を破壊しながら、まるで脱皮したみたいに生えて、その内の二本の腕には翼膜があり、飛行を可能とするだろう。
目は一つの複眼の塊に統合され、口に生える牙はより多く、より鋭く、犬歯に至ってはより長くなっている。
尻尾のようなものが四足歩行する始原の吸血鬼の体のバランスを保つべく生えてきた。
辛うじて、本当に辛うじて保っていた人形は最早無くなり、始原の吸血鬼は正真正銘の化物となる。
真っ紅な複眼が──光る。
(能力⋯⋯!)
瞳が光るのは能力発動時の特徴だ。もしや能力では珍しい、他者への直接干渉系かもしれないことを注意する⋯⋯も、変化はなかった。
(何も変化はない? ⋯⋯まあ、いいや。やることは変わらない!)
エストは無詠唱で、始原の吸血鬼に魔法を行使する。
──が、何も起こらなかった。
(⋯⋯は?)
始原の吸血鬼はゆっくりと、獣の如くこちらに近づいている。体は全く動かないので確認できないが、セレディナもエストと同じ状況だろう。
「──ッ!」
始原の吸血鬼が腕を振り下ろす。鋭利な爪がエストの肉を抉るべく、迫ってきた。
エストはそれを寸前で避けることに成功した。何とか動くことができたのだ。しかし、その時、異常に疲労感が強かった。まるで、泥沼で足掻くように、その瞬間だけ体が重かったのだ。
「はあ、はあ、はあ⋯⋯凶悪すぎでしょ⋯⋯」
見るとセレディナもこの異常から抜け出したようであったが、彼女もエストと同じく、疲労しているようだった。症状はエストよりも軽度だが、それでも由々しき問題だ。
(あの時、風景は停止していなかった。つまり、時間停止とかじゃない。原理は、対象のみの完全な時間停止。そして停止したのは神経伝達系統ね)
もし停止するのが全肉体であれば、心臓も停止し、一分も経てば殺せるはずなのにしないのはできないか、もしくはそもそも全肉体の時間は停止させていないからである。
神経伝達という行動を停止させてしまえば、本人は肉体を動かすことができないし、魔法も魔力を流動させる必要があるので、神経伝達を停止されてしまえば行使不可能となる。
(また、停止時間は⋯⋯一秒くらいかな)
一秒もあれば、エストなら、いくつもの魔法を対象に撃ち込むことができる。始原の吸血鬼なら同じかそれ以上をできるだろう。されど一秒、というものだ。
思考時間千分の三秒でエストはこう結論付けた。
「セレディナ、下らないことなんて考えずに、本気でやらなきゃ不味いよ」
エストにそう話しかけられたセレディナは、少し驚く。それもそのはずだ。何せ、セレディナはまだ本気を出していなかったのは本当だったからである。
理由は単純明快、エストに真の力をまだ見せたくないからだ。
セレディナに始原の吸血鬼が襲い掛かるが、しかし、彼女は悠長に喋る。ただそれは、彼女にそれをするだけの余裕があったからだ。
「⋯⋯そうだな。お前を殺す前に死ぬのは御免だ」
「魔法⋯⋯まさか!」
それは魔法の類の召喚による剣だろう、と見破ったセレディナは、その術者までもを推測した。始原の吸血鬼にダメージを与えられる魔法使いなど、そしてこの国に居る可能性の高い存在など、一人しか居ない。
「〈神聖波動〉」
太陽の光が波のようになって、それが始原の吸血鬼を吹き飛ばし、近くの見張り台──エストは既にそこが無人であることを確認済み──に突っ込む。瓦礫が始原の吸血鬼の体を打ち付け、砂埃が舞った。
「白の魔女、エスト!」
吹き飛ばされた始原の吸血鬼を見ることもなく、セレディナはそれを行った少女を、殺意の篭った瞳で睨む。
「やっぱりキミが居たか。⋯⋯私を殺したい? なら良いよ、殺れるものならね。もしそうするなら始原の吸血鬼より先に君を殺すから」
父母のための復讐対象。殺すべき相手。しかし、今はこの感情を抑えなくてはならない。
「エスト! 今は挑発する暇なんてないだろ!」
「マサカズ? どうしてキミがここに⋯⋯?」
「そんなことは後で話す。だが俺はセレディナと話をつけた。いざこざは後にしろ!」
マサカズはエストをそう説得すると、彼女は渋々といったようにそれ以上、セレディナに殺意を向けることはなくなった。
一先ず、セレディナはエストと協力しなくてはならない。例えどれだけエストを憎んでいても、それは感情的で愚かな判断だ。優先的にすべきは、合理的に考えて、エストと協力し、始原の吸血鬼を滅ぼすこと。
「足を引っ張るなよ」
セレディナは黒刀を構える。
「それはこっちの台詞だね」
エストは魔法陣をいくつか展開する。
「──ッ!」
そして同時、二つの瓦礫がそれぞれエストとセレディナ目掛けて飛ばされてきた。始原の吸血鬼のその長い腕で行われる投擲は、音を置き去りにし、ビュン、という空を切る音からも分かるように、命中=死を意味する。それは魔女であっても、魔王であっても例外ではない。
だからエストは防御魔法を展開することで、セレディナは黒刀でそれを斬り刻むことで投擲を回避した。
刹那、始原の吸血鬼はその二メートル以上は確実にあるような体からは想像もできないスピードでセレディナに肉薄し、暴力の塊とも思える爪を上から下へと振った。だがセレディナはそれを黒刀の刃の方で受け止めると、それを滑らし、爪を斬りつつその場から離脱。背中の翼を使い宙を舞い、一回転して威力をつけ、黒刀を吸血鬼のうなじ目掛けて振るうと、首を切断した。切断面からは絶え間なく血飛沫が上がり、多くの人々は決着が付いたと確信するだろう。しかし、
「チッ⋯⋯私にはそんな再生力ないってのに!」
直後、セレディナの着地した場所を、始原の吸血鬼の翼が突き刺す。最早翼と使い方としては盛大に間違っているが、地面は抉れているし、武器として使うにはあまりにも凶悪だ。
首の断面から触手──血管が伸びて、切断された頭部に繋がると、それらをくっつけた。傷はすぐさま治癒する。
「〈神聖炎〉」
次、始原の吸血鬼を襲うのは炎だった。太陽の如き神々しい光を放つ炎は、始原の吸血鬼の体を燃やし尽くす。始原は苦しみ、喘ぎ、金切り声とも取れる声を発し、それは実に不快な音だった。
「アレには普通の斬撃は効果が薄い。だからキミの役目はアレの注意を引き、傷をつけ、再生力を分散させることだ」
エストが言うことは尤もだ。
始原の吸血鬼には、セレディナの黒刀による斬撃は効果が薄いし、この黒刀の真骨頂とも、アンデッドである始原の吸血鬼とは絶望的なまでに相性が悪い。つまり主戦力は神聖魔法が使えるエストであり、セレディナはサポート役に徹するのが最善策だ。
「はいはい、分かってるって、クソ魔女」
「クソ魔女とは何だ。そんなキミを育てた御両親の顔が見てみたいね」
エストはとんでもなく劣悪な皮肉を言うと、セレディナの表情はより険しくなった。
やはりコイツとは仲良くなれない、とセレディナは思うが、この憎悪は後回しだ。
「私は魔族で、当然神聖魔法に弱い。この系列の魔法を使うということは自害するも同然だ。だから短期決戦を狙いたいけど、キミと私は連携が取れない。そこで提案なんだけど、私の能力を抵抗することなく受け入れてくれるかな?」
燃える始原の吸血鬼を見ながら、エストはそう言った。そしてセレディナは思う、「こいつ正気か」と。しかし、彼女の言っていることは正論である。
「⋯⋯受け入れると思ってるのか?」
エストの能力『記憶操作』を応用すれば、戦闘中でも違いの思考を共有することができる。つまり連携力を著しく上昇させることができるのだが、捉え方によってはエストに自分の記憶の操作権を握らせるも同然であり、余程信頼していなければできるはずがない。犬猿の仲ともなれば、やるはずがないというもの。
「だよね。知ってた。⋯⋯じゃ、仕方ない。多少の傷は我慢しよう」
勿論、エストはセレディナの心情くらい把握していて、それが断られることくらい十分理解していた。物は試しということでやっただけに過ぎない。
「──キミも、ね」
「は?」
その時、セレディナの黒刀を炎が纏った。炎は先程と同じ、〈神聖炎〉である。つまり、吸血鬼であるセレディナもその炎ダメージを、直接食らうよりかは格段にマジとはいえ、痛みを伴う。
「私の提案が受け入れられないなら、キミはサポーターではなくアタッカーを担ってもらう。当然だと思うけどね。それとも、私と思考共有するかな?」
エストの能力による思考共有、もしくは神聖魔法を受け入れて、熱さに耐えながら戦うか。どちらもしたくない選択肢であるものの、まだ後者の方が、セレディナにとっては比較的、受け入れ易かった。
「⋯⋯後で絶対斬る」
「おお、それは怖いね。⋯⋯さあまずは、その『後で』のための時間を確保するところから始めようか!」
神聖な炎に喘いでいた始原の吸血鬼はのた打ち回り、何とかしてその炎を消したようだ。全身の表面はグツグツと泡立っているが、遅いとはいえ再生しつつあった。見ると、最初に剣で貫いた傷も半分以上回復していた。
「神聖魔法も完全ではない、か。でも、有効打ではあるね」
おそらく、始原の吸血鬼は全身を粉々にしようとも再生するだろう。だが、そこまで刻んだ上で神聖魔法を行使すれば消滅させられる。問題はそこまで斬り刻ませてくれるかであり、答えはノーだ。追い詰められたなら逃げる脳を始原の吸血鬼は持っているが、それは所詮問題の先回しである。何より、始原の吸血鬼について色々と調べなくてはならない。
「っ!」
神聖な炎を纏った黒刀による斬撃は、始原の体を容易に引裂き、再生を阻害していた。
炎は消えることを知らず、やはり魔法とは理を捻じ曲げる力であるということをセレディナは実感しつつ、刀を振る。
触手のように襲ってくる枯れ木のように、しかし鉄のように固い翼を弾き、始原の懐に入り込むと、あるか分からない、あっても動いているか分からない心臓を目掛けて刀を突き刺す。黒刀は炎を纏いながら始原の体を貫通すると、始原は痛みに嘆いた。
「セレディナ、離れた方がいいよ」
それを聞いたセレディナは黒刀を抜き出し、後ろに飛んだ。そして次の瞬間、
「〈妖精女王の煌光〉」
始原を丁度囲う光の円が展開される。その円は一見魔法陣のように見えるが、魔法を知る者ならそうでないと断言できるだろう。それを構成する要素が、まるで魔法とは違っていて、直線のみで構成された未知の言語であったからだ。
それはどうやら始原を拘束しているようで、化物はそこから抜け出そうとしているが抜け出せなかった。そして、光が発生した。
太陽光などとは違う、青白く、そして神々しさを感じる光だった。そこにはダメージ性などないように見えたのだが、始原の吸血鬼は炎に燃やされるより苦しみ、藻掻いている。
一連の魔法効果が終了すると、始原の右側の顔の表面、右腕、左足、そして光から体を守った両翼は灰になっていた。
「流石は第十階級でも対単体最強の神聖魔法。効果覿面だね」
灰となった部分の再生は極限まで阻害されているようで、まるで再生していない。だからこれをあと何度か使えば始原の吸血鬼を殺せるだろうが、
「⋯⋯その分、私への反動も相当だけど、ね」
始原を殺せるだけ連発しても、エストは死なないだろうが魔力と体力を一気に消費して気絶するだろう。セレディナの前では気絶できないし、何より今度も命中するとは限らない。この魔法は、相手が止まっていないと発動しないのだから。
「セレディナ! 一気に殺すから私に合わせてよ!」
「癪だが、そうしてやる!」
致命的なダメージを与え、今なら始原の吸血鬼は十全に動けない。再生もほぼできなくなっているとはいえ、完全に阻止したわけではなくあくまで阻害だ。時間は始原の吸血鬼の味方となり、エストとセレディナの共通敵である。
「はあああッ!」
地面を踏んで、刀を構えて始原に真祖は接近する。始原の死角となる右側に回り込み、炎を纏う黒刀を薙ぎ払った。
始原の反応は鈍く、セレディナの斬撃を避けることができずに直撃。刃が表皮を削り、肉を直接炎で焼き、溶かす。
「〈神聖な銀の弾丸〉」
赤色の魔法陣から銀の塊が何発も撃ち出され、始原の体を貫通し、削り、破壊し、抉る。始原は大きく後ろに蹌踉めいた。
ダメージが大きいのか、再生はしておらず、このまま押せば勝てそうな気がした。だが油断はせず、エストとセレディナは攻撃を続ける。
そしてもう少しで殺せるだろうところで、急に始原は、
「──!」
大地を揺るがすかのような咆哮。生あるものだけでなく、既に死んだ者でさえ死の恐怖を再起するような殺気。
──始原の吸血鬼の体からはメキメキと肉や骨が裂け、変形し、生成される音が響いた。背中から新たに四つの腕──うち二つは体長と同程度、残り二つはその二倍の長さ──が、既存の翼を破壊しながら、まるで脱皮したみたいに生えて、その内の二本の腕には翼膜があり、飛行を可能とするだろう。
目は一つの複眼の塊に統合され、口に生える牙はより多く、より鋭く、犬歯に至ってはより長くなっている。
尻尾のようなものが四足歩行する始原の吸血鬼の体のバランスを保つべく生えてきた。
辛うじて、本当に辛うじて保っていた人形は最早無くなり、始原の吸血鬼は正真正銘の化物となる。
真っ紅な複眼が──光る。
(能力⋯⋯!)
瞳が光るのは能力発動時の特徴だ。もしや能力では珍しい、他者への直接干渉系かもしれないことを注意する⋯⋯も、変化はなかった。
(何も変化はない? ⋯⋯まあ、いいや。やることは変わらない!)
エストは無詠唱で、始原の吸血鬼に魔法を行使する。
──が、何も起こらなかった。
(⋯⋯は?)
始原の吸血鬼はゆっくりと、獣の如くこちらに近づいている。体は全く動かないので確認できないが、セレディナもエストと同じ状況だろう。
「──ッ!」
始原の吸血鬼が腕を振り下ろす。鋭利な爪がエストの肉を抉るべく、迫ってきた。
エストはそれを寸前で避けることに成功した。何とか動くことができたのだ。しかし、その時、異常に疲労感が強かった。まるで、泥沼で足掻くように、その瞬間だけ体が重かったのだ。
「はあ、はあ、はあ⋯⋯凶悪すぎでしょ⋯⋯」
見るとセレディナもこの異常から抜け出したようであったが、彼女もエストと同じく、疲労しているようだった。症状はエストよりも軽度だが、それでも由々しき問題だ。
(あの時、風景は停止していなかった。つまり、時間停止とかじゃない。原理は、対象のみの完全な時間停止。そして停止したのは神経伝達系統ね)
もし停止するのが全肉体であれば、心臓も停止し、一分も経てば殺せるはずなのにしないのはできないか、もしくはそもそも全肉体の時間は停止させていないからである。
神経伝達という行動を停止させてしまえば、本人は肉体を動かすことができないし、魔法も魔力を流動させる必要があるので、神経伝達を停止されてしまえば行使不可能となる。
(また、停止時間は⋯⋯一秒くらいかな)
一秒もあれば、エストなら、いくつもの魔法を対象に撃ち込むことができる。始原の吸血鬼なら同じかそれ以上をできるだろう。されど一秒、というものだ。
思考時間千分の三秒でエストはこう結論付けた。
「セレディナ、下らないことなんて考えずに、本気でやらなきゃ不味いよ」
エストにそう話しかけられたセレディナは、少し驚く。それもそのはずだ。何せ、セレディナはまだ本気を出していなかったのは本当だったからである。
理由は単純明快、エストに真の力をまだ見せたくないからだ。
セレディナに始原の吸血鬼が襲い掛かるが、しかし、彼女は悠長に喋る。ただそれは、彼女にそれをするだけの余裕があったからだ。
「⋯⋯そうだな。お前を殺す前に死ぬのは御免だ」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる