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第五章「魔を統べる王」
第百十九話 強欲の誘い
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油で滑りやすい階段を素早く降りる──ではなく、マサカズは飛び降りた。少しでも早く、あの場所へ行くためだ。
着地に際して足を痛めることはない。木をミシッと言わせて、鍵のついている鉄の扉を蹴り破る。
扉は派手に吹き飛ばされ、マサカズは地下空間へと侵入。暗闇にまだ目は慣れていないが、そこに巨大な魔法陣があることを知っている。
鞘を聖剣が走り、刃が露出すると、マサカズはそれで魔法陣を傷つける──
「いきなり走り出したかと思えば、まさかこんな場所があるなんてね」
声に、否、マサカズはそんな動揺をしない。故に魔法によって、彼の体はそこから全く動かなくなった。
止まる体。振り下ろせぬ腕。魔法陣を傷つけない剣。思考のみ、時間は停止していない。
「まるでここを知っていたかのような行動だね? しかも、動き出す直前までは知らなかったはずだね? あの時、あの瞬間、ここに関しての情報が頭に記録されたみたいだ⋯⋯いや、それ以外考えられない」
口が動かないから、それを否定できない。沈黙は肯定を意味する。
「そう、例えば未来を見通せるように。でもだとしたらなぜそれを最初から使わない? つまり君の力は未来視ではない。未来視でないなら何か⋯⋯信じ難いことだよね」
姿は確認できない。だが、分かる。
人を虜にするような美声。無駄に長い話──そして、今、マサカズの目の前に現れる人物。そんなの一人しかいない。
「第二の私の仮説。それは、未来から過去に戻る力を君が持っていること。そう考えれば、突然走り出したり、突然感情が変化したりすることへの説明もできる。ただし、その戻る力は限定的であるようだ。能動的でなく受動的で、かつ厳しい発動条件がある。大方詰みの状況に至る、死ぬとかね。それでようやく未来から過去へ戻ることができる。⋯⋯どうかな、私の推理は」
恐ろしく高精度な推理だ。知っていて話しているんじゃないかと思うほどである。
「なるほどなるほど。動揺の感情があるってことは、大体間違ってはいないか。なら、私は君のその力の発動条件をまだ満たしていないってわけだ。ここまで来ると発動条件は死ぬことと断言していいかな」
本当にフィルはマサカズの『死に戻り』を知らないのだろうか。それが疑わしくなってくる。彼女の真の能力は、対象の思考を読むことではないか、と。
「よって、私は君を殺さない。死なせるものか。美女にこんなことを言われるなんて、君はついている、と思わないかい?」
それは冗談でも面白くなく、下らない。
もしフィルがその美女でなければ、マサカズは興奮したことだろう。だが現実は現実だ。皮肉にも程がある。そして殺されないということは、死ねないということは、その上で無力化されるということは、マサカズにとって死よりも恐れるべき事であった。
「それは手酷い評価だね」
マサカズの感情から思考を読み取り、正しくフィルは会話をする。
「⋯⋯ねぇ、君。一つ、提案があるんだ」
皮肉と憎悪の会話のキャッチボールから一転、フィルは話を変える。
提案とは何だろうか。というかなぜ『提案』なのか。フィルは今、マサカズより優位にある。ならば『要求』であるべきなのに。
「そうだね、私がわざわざ『提案』するのは、君との間に亀裂を生みたくないからだ。何せ、私は君の──記憶を読み取り、契約したいからさ」
──今、コイツはなんて言った?
「契約さ。知ってる? 私は魔人で、契約には人間同士以上の意味がある」
違う。そういうことが聞きたいわけではないのだ。なぜ、フィルはマサカズと契約したいと言ってきたのか。魔王とは契約していないのか、と聞きたいのだ。
「魔王様──セレディナお嬢様との契約には仮がつく。私から一方的に、簡単に破棄できるし、お嬢様がそれについて何か言うとは思えない。そんな御方だ。まあ、私は七大罪の中じゃ一番忠誠心低いからね」
フィルはさらに言葉を続ける。やはり早口だ。
「で、なぜ君と契約したいかって言うと、これも単純な理由さ。君のその未来から過去に戻る力に興味がある。それってさ、君には自覚ないかもしれないけど凄い力なんだよ? だって自分の思い通りに物事を進められるんだから。確かに、それには途方もない試行回数を必要とするだろう。実験も何回もしなければならない。でも逆に言えば、それだけ多くの時間軸を知ることができる。全く同じ条件で、全く別の選択を取ることができ、何度でも試行実験ができる。素晴らしいとは思わないかい? 私は『強欲』だ。ありとあらゆる欲の権化なんだ。知りたいという欲──知識欲も当然持ち合わせている。知りたいんだよ、私は。君以外じゃ提示できない知識を知れるチャンスが目の前にぶら下げられている。私がそれに食いつかないと思うかい? まさか、そんなことあり得ない。それに例え針があろうとも、私はそれに躊躇しない。それくらい君には魅力的な力がある。ならそれだけで理由は十二分だろ? それ以上でもそれ以下でもない。単に知りたいからだけなんだよ。それとも何だい? 私にこれを抑えろというのかい? 『強欲』である私に欲を? それこそ残酷だというものであるだろう。君は呼吸するなと言われて呼吸しないのかい? 君は空腹である時にご飯を食べないのかい? 君は裸体の美女が目の前で君を待っているのに襲わないのかい? そんなことないだろ。そうするに決まっているだろ。それが当たり前で、それこそが必然で、それで当然だ。私にとって、全ての欲求は叶えるべき、満たすべきものであり、全てが最優先なんだよ。可笑しいと思うさ。全て最優先なんてことはできるはずがない。でも私はそうしたい。そうできずとも、そうするのさ。なんてたってそれこそが『強欲』だからさ! 君が望む時間軸に行くため、私は可能な限りの支援を行おう。メンタルケアに関して、私はこれ以上にない適役だ。感情の操作、抑制は完璧にできる。君が取り乱すようなことはしないし、君はいつも冷静に物事を判断できるようになるだろう。そうして何もかもを最終的には思い通りにできるように、私の知恵を貸そう。その道中では私の知識欲のために動いて欲しいというだけさ。君は君自身の思い描く未来に辿り着けるし、私は満たされることのなかった欲が満たされる。互いにメリットしかなくて、デメリットなんて取るに足らないものしかない。断る理由なんてない。寧ろ断ることにデメリットがある。そうだろう? 言っちゃ悪いけど、君はそれほど頭が回るわけではないからさ。精神力はちょっと私が引くくらい強いけど、肝心の状況の打開力が秀でていない。確かに悪いわけではないけどね。でも私が協力すれば、より完璧にそれはなるはずだ。私は私自身を深く理解している。だからこそ言えるんだよ、君のその力に、私の知恵が加われば大抵のことは恐れることがなくなるってね。もしかすれば黒の魔女さえもどうにかなるかもしれないんだよ? あの最凶をどうにかできる可能性がある時点で、素晴らしい契約なんだよ。そうさ。そうだよ。そうなんだよ。この契約は私と君だけにしか利益がないわけではない。それどころか世界全体に対しても利益を与えることができるんだ。黒の魔女を殺せる、あるいは無力化できるなんて、私たち以外の誰ができるのさ? 少なくとも現状では、誰にもできるはずがない。君単体でも、黒を除く魔女最強と言われる白でさえも。それに逆に言えば、君は世界の支配者になることもできるんだ。君は世界の救世主になることも、世界の支配者になることもできる。失敗しないということはそういうことなんだ。君の主観からしてみればそこには多くの失敗があるかもしれない。時には幾千、幾万、幾億の試行回数を重ねることになるかもしれない。けど客観的に見ればたった一回で成功しているんだよ。知恵があるということはそういうことなんだ。私はこの世界における学問のほぼ全てを網羅している。私より知識が多い者なんて、それこそ故意的でない限り忘れることのない白の魔女くらいだろうね。それに私は知能面でも優秀だ。状況の打開力、情報の処理能力はかなり高いと自負している。私の力があれば人間一人の寿命を数十倍にすることだって容易だ。魅力的だろう? 君は永遠に近しい命を手に入れることができる。アンデッドになっても構わないというのであれば近しいではなくそれそのものにすることだって十分可能だ。私も寿命なんて迎えることはないだろう長寿の種族だから、ほぼ永久的に君は世界の掌握者に君臨し続けることができる。ありとあらゆる時間軸を作り出し、その全ての変化を知り尽くし、終わりなき時間旅行を一緒にしようよ。可能性は全て確実にできる。そして私たちなら不可能はないと言って良いだろう。だから私たちは何だって確実にできる。君は食べたいものなら高級品であろうと希少品であろうと好きな時に好きなだけ食べ、飲むことができ、寝たいときにいつまでもどれだけでもどんな所でも寝れて、好きな女の子と夜を、いや朝でも昼でもベットで過ごせるだろう。私も見てくれは良いと思ってる。必要なら私は私の体を君に差し出すことを厭わない。あくまで私は従者だからね。君はその代償として、その力を私のために使ってほしいだけだ。実質的にノーリスク、コストのない代償だ。私をそれで使わせられるのはこの世に君以外に何人いるだろうね? それくらい得しかない契約内容であることは保証しよう。私は君に全てを約束しよう。全力で手助けすることを、裏切るなんてしないと誓おう。必要なら何もかもを捧げよう。だから君は私に見返りとして可能性を見せてくれ。時間軸を見せてくれ。私はもう一度、君に問いかける。君は私との間に永遠の契約を結ばないかい? 私と永遠に過ごさないかい? 全てを預け合い、互いを助け合う関係を築かないかい? 私は君に絶対の忠誠を永久的に誓う。快い返答を期待するよ、マサカズ・クロイ」
話を終えると、フィルはその右手をマサカズの方へと伸ばした。それを取ることで、彼女との契約は成立ということなのだろう。
確かに、フィルは非常に優秀だ。契約すれば、彼女は全力でマサカズをサポートするだろうし、その結果は最上であるはずだ。
悪くない契約内容である。──ある一点に目を瞑れば。
「⋯⋯ふざけるなよ、『強欲』」
マサカズは顔を顰め、フィルを罵倒する。
「契約だ? 素晴らしい結末が待っている? ああそうだろうな。お前の力があれば、俺はより良く『死に戻り』を活用できるだろうな」
「だったらどこに」
不満点がある、と、フィルは言いかけたところにマサカズは言葉を重ねる。
「お前は確かに、最高の、俺が望む未来に導くだろう。だがその過程に関して、お前は何も言っていない」
停止から解放されたマサカズは、フィルに踏み寄って胸倉を掴む。
「お前は、わざとその部分に関して言葉を濁した。嘘は言っていないが、真実も言っていないんだ。だってそれはお前にとって、不都合であるから。そうだよな? そりゃ言いたくないよな? ──自分が思いつく全てのルートを辿りたいなんて」
フィルのあの長い提案には、その部分に関しては全く言及されていなかった。
彼女が言い忘れたなんてあり得ない。つまり彼女は意図して、敢えて、知っていてそれについて言及しなかったのだ。
「結果良ければあとはどうでもいいと思ってるのかよ。やり方も詐欺そのものだ。メリットだけを提示し、デメリットを隠す。お前がやってるのはそれだ」
フィルは、自身の知識欲のためにマサカズに協力すると言っていた。勿論、自己利益のためだけに人と協力するということは悪くない。それ自体には何も害はない。
しかし、フィルが今やったことは、その上でマサカズを騙す──もっと言えば、不都合な点を隠そうとしたのだ。
「『死に戻り』の過程で、幾つの時間軸を見たいんだ? お前はそれを、おまえが考え得るだけ見たいんだろう? それは一体どれだけある?」
そうだ。フィルは『最高の結末に至るまでの過程』について、全く以てこれっぽっちも説明していないのだ。
「もう少しで俺はお前の提案を受け入れるところだった。認めるよ、お前には詐欺師の才能があるってな。だが、才能があるだけ。原石は磨かなくちゃ価値を得ないだろ?」
「⋯⋯そうかい。ならこっちにもやりようがあるんだよ?」
フィルは自分の胸倉をつかんでいたマサカズの腕を弾く。そして彼が認識できないスピードで魔法を展開した。魔法陣の色は黄色。そしてそれの名は、
「君が協力してくれないなら、これまでの記憶だけでも視て良いよね?」
着地に際して足を痛めることはない。木をミシッと言わせて、鍵のついている鉄の扉を蹴り破る。
扉は派手に吹き飛ばされ、マサカズは地下空間へと侵入。暗闇にまだ目は慣れていないが、そこに巨大な魔法陣があることを知っている。
鞘を聖剣が走り、刃が露出すると、マサカズはそれで魔法陣を傷つける──
「いきなり走り出したかと思えば、まさかこんな場所があるなんてね」
声に、否、マサカズはそんな動揺をしない。故に魔法によって、彼の体はそこから全く動かなくなった。
止まる体。振り下ろせぬ腕。魔法陣を傷つけない剣。思考のみ、時間は停止していない。
「まるでここを知っていたかのような行動だね? しかも、動き出す直前までは知らなかったはずだね? あの時、あの瞬間、ここに関しての情報が頭に記録されたみたいだ⋯⋯いや、それ以外考えられない」
口が動かないから、それを否定できない。沈黙は肯定を意味する。
「そう、例えば未来を見通せるように。でもだとしたらなぜそれを最初から使わない? つまり君の力は未来視ではない。未来視でないなら何か⋯⋯信じ難いことだよね」
姿は確認できない。だが、分かる。
人を虜にするような美声。無駄に長い話──そして、今、マサカズの目の前に現れる人物。そんなの一人しかいない。
「第二の私の仮説。それは、未来から過去に戻る力を君が持っていること。そう考えれば、突然走り出したり、突然感情が変化したりすることへの説明もできる。ただし、その戻る力は限定的であるようだ。能動的でなく受動的で、かつ厳しい発動条件がある。大方詰みの状況に至る、死ぬとかね。それでようやく未来から過去へ戻ることができる。⋯⋯どうかな、私の推理は」
恐ろしく高精度な推理だ。知っていて話しているんじゃないかと思うほどである。
「なるほどなるほど。動揺の感情があるってことは、大体間違ってはいないか。なら、私は君のその力の発動条件をまだ満たしていないってわけだ。ここまで来ると発動条件は死ぬことと断言していいかな」
本当にフィルはマサカズの『死に戻り』を知らないのだろうか。それが疑わしくなってくる。彼女の真の能力は、対象の思考を読むことではないか、と。
「よって、私は君を殺さない。死なせるものか。美女にこんなことを言われるなんて、君はついている、と思わないかい?」
それは冗談でも面白くなく、下らない。
もしフィルがその美女でなければ、マサカズは興奮したことだろう。だが現実は現実だ。皮肉にも程がある。そして殺されないということは、死ねないということは、その上で無力化されるということは、マサカズにとって死よりも恐れるべき事であった。
「それは手酷い評価だね」
マサカズの感情から思考を読み取り、正しくフィルは会話をする。
「⋯⋯ねぇ、君。一つ、提案があるんだ」
皮肉と憎悪の会話のキャッチボールから一転、フィルは話を変える。
提案とは何だろうか。というかなぜ『提案』なのか。フィルは今、マサカズより優位にある。ならば『要求』であるべきなのに。
「そうだね、私がわざわざ『提案』するのは、君との間に亀裂を生みたくないからだ。何せ、私は君の──記憶を読み取り、契約したいからさ」
──今、コイツはなんて言った?
「契約さ。知ってる? 私は魔人で、契約には人間同士以上の意味がある」
違う。そういうことが聞きたいわけではないのだ。なぜ、フィルはマサカズと契約したいと言ってきたのか。魔王とは契約していないのか、と聞きたいのだ。
「魔王様──セレディナお嬢様との契約には仮がつく。私から一方的に、簡単に破棄できるし、お嬢様がそれについて何か言うとは思えない。そんな御方だ。まあ、私は七大罪の中じゃ一番忠誠心低いからね」
フィルはさらに言葉を続ける。やはり早口だ。
「で、なぜ君と契約したいかって言うと、これも単純な理由さ。君のその未来から過去に戻る力に興味がある。それってさ、君には自覚ないかもしれないけど凄い力なんだよ? だって自分の思い通りに物事を進められるんだから。確かに、それには途方もない試行回数を必要とするだろう。実験も何回もしなければならない。でも逆に言えば、それだけ多くの時間軸を知ることができる。全く同じ条件で、全く別の選択を取ることができ、何度でも試行実験ができる。素晴らしいとは思わないかい? 私は『強欲』だ。ありとあらゆる欲の権化なんだ。知りたいという欲──知識欲も当然持ち合わせている。知りたいんだよ、私は。君以外じゃ提示できない知識を知れるチャンスが目の前にぶら下げられている。私がそれに食いつかないと思うかい? まさか、そんなことあり得ない。それに例え針があろうとも、私はそれに躊躇しない。それくらい君には魅力的な力がある。ならそれだけで理由は十二分だろ? それ以上でもそれ以下でもない。単に知りたいからだけなんだよ。それとも何だい? 私にこれを抑えろというのかい? 『強欲』である私に欲を? それこそ残酷だというものであるだろう。君は呼吸するなと言われて呼吸しないのかい? 君は空腹である時にご飯を食べないのかい? 君は裸体の美女が目の前で君を待っているのに襲わないのかい? そんなことないだろ。そうするに決まっているだろ。それが当たり前で、それこそが必然で、それで当然だ。私にとって、全ての欲求は叶えるべき、満たすべきものであり、全てが最優先なんだよ。可笑しいと思うさ。全て最優先なんてことはできるはずがない。でも私はそうしたい。そうできずとも、そうするのさ。なんてたってそれこそが『強欲』だからさ! 君が望む時間軸に行くため、私は可能な限りの支援を行おう。メンタルケアに関して、私はこれ以上にない適役だ。感情の操作、抑制は完璧にできる。君が取り乱すようなことはしないし、君はいつも冷静に物事を判断できるようになるだろう。そうして何もかもを最終的には思い通りにできるように、私の知恵を貸そう。その道中では私の知識欲のために動いて欲しいというだけさ。君は君自身の思い描く未来に辿り着けるし、私は満たされることのなかった欲が満たされる。互いにメリットしかなくて、デメリットなんて取るに足らないものしかない。断る理由なんてない。寧ろ断ることにデメリットがある。そうだろう? 言っちゃ悪いけど、君はそれほど頭が回るわけではないからさ。精神力はちょっと私が引くくらい強いけど、肝心の状況の打開力が秀でていない。確かに悪いわけではないけどね。でも私が協力すれば、より完璧にそれはなるはずだ。私は私自身を深く理解している。だからこそ言えるんだよ、君のその力に、私の知恵が加われば大抵のことは恐れることがなくなるってね。もしかすれば黒の魔女さえもどうにかなるかもしれないんだよ? あの最凶をどうにかできる可能性がある時点で、素晴らしい契約なんだよ。そうさ。そうだよ。そうなんだよ。この契約は私と君だけにしか利益がないわけではない。それどころか世界全体に対しても利益を与えることができるんだ。黒の魔女を殺せる、あるいは無力化できるなんて、私たち以外の誰ができるのさ? 少なくとも現状では、誰にもできるはずがない。君単体でも、黒を除く魔女最強と言われる白でさえも。それに逆に言えば、君は世界の支配者になることもできるんだ。君は世界の救世主になることも、世界の支配者になることもできる。失敗しないということはそういうことなんだ。君の主観からしてみればそこには多くの失敗があるかもしれない。時には幾千、幾万、幾億の試行回数を重ねることになるかもしれない。けど客観的に見ればたった一回で成功しているんだよ。知恵があるということはそういうことなんだ。私はこの世界における学問のほぼ全てを網羅している。私より知識が多い者なんて、それこそ故意的でない限り忘れることのない白の魔女くらいだろうね。それに私は知能面でも優秀だ。状況の打開力、情報の処理能力はかなり高いと自負している。私の力があれば人間一人の寿命を数十倍にすることだって容易だ。魅力的だろう? 君は永遠に近しい命を手に入れることができる。アンデッドになっても構わないというのであれば近しいではなくそれそのものにすることだって十分可能だ。私も寿命なんて迎えることはないだろう長寿の種族だから、ほぼ永久的に君は世界の掌握者に君臨し続けることができる。ありとあらゆる時間軸を作り出し、その全ての変化を知り尽くし、終わりなき時間旅行を一緒にしようよ。可能性は全て確実にできる。そして私たちなら不可能はないと言って良いだろう。だから私たちは何だって確実にできる。君は食べたいものなら高級品であろうと希少品であろうと好きな時に好きなだけ食べ、飲むことができ、寝たいときにいつまでもどれだけでもどんな所でも寝れて、好きな女の子と夜を、いや朝でも昼でもベットで過ごせるだろう。私も見てくれは良いと思ってる。必要なら私は私の体を君に差し出すことを厭わない。あくまで私は従者だからね。君はその代償として、その力を私のために使ってほしいだけだ。実質的にノーリスク、コストのない代償だ。私をそれで使わせられるのはこの世に君以外に何人いるだろうね? それくらい得しかない契約内容であることは保証しよう。私は君に全てを約束しよう。全力で手助けすることを、裏切るなんてしないと誓おう。必要なら何もかもを捧げよう。だから君は私に見返りとして可能性を見せてくれ。時間軸を見せてくれ。私はもう一度、君に問いかける。君は私との間に永遠の契約を結ばないかい? 私と永遠に過ごさないかい? 全てを預け合い、互いを助け合う関係を築かないかい? 私は君に絶対の忠誠を永久的に誓う。快い返答を期待するよ、マサカズ・クロイ」
話を終えると、フィルはその右手をマサカズの方へと伸ばした。それを取ることで、彼女との契約は成立ということなのだろう。
確かに、フィルは非常に優秀だ。契約すれば、彼女は全力でマサカズをサポートするだろうし、その結果は最上であるはずだ。
悪くない契約内容である。──ある一点に目を瞑れば。
「⋯⋯ふざけるなよ、『強欲』」
マサカズは顔を顰め、フィルを罵倒する。
「契約だ? 素晴らしい結末が待っている? ああそうだろうな。お前の力があれば、俺はより良く『死に戻り』を活用できるだろうな」
「だったらどこに」
不満点がある、と、フィルは言いかけたところにマサカズは言葉を重ねる。
「お前は確かに、最高の、俺が望む未来に導くだろう。だがその過程に関して、お前は何も言っていない」
停止から解放されたマサカズは、フィルに踏み寄って胸倉を掴む。
「お前は、わざとその部分に関して言葉を濁した。嘘は言っていないが、真実も言っていないんだ。だってそれはお前にとって、不都合であるから。そうだよな? そりゃ言いたくないよな? ──自分が思いつく全てのルートを辿りたいなんて」
フィルのあの長い提案には、その部分に関しては全く言及されていなかった。
彼女が言い忘れたなんてあり得ない。つまり彼女は意図して、敢えて、知っていてそれについて言及しなかったのだ。
「結果良ければあとはどうでもいいと思ってるのかよ。やり方も詐欺そのものだ。メリットだけを提示し、デメリットを隠す。お前がやってるのはそれだ」
フィルは、自身の知識欲のためにマサカズに協力すると言っていた。勿論、自己利益のためだけに人と協力するということは悪くない。それ自体には何も害はない。
しかし、フィルが今やったことは、その上でマサカズを騙す──もっと言えば、不都合な点を隠そうとしたのだ。
「『死に戻り』の過程で、幾つの時間軸を見たいんだ? お前はそれを、おまえが考え得るだけ見たいんだろう? それは一体どれだけある?」
そうだ。フィルは『最高の結末に至るまでの過程』について、全く以てこれっぽっちも説明していないのだ。
「もう少しで俺はお前の提案を受け入れるところだった。認めるよ、お前には詐欺師の才能があるってな。だが、才能があるだけ。原石は磨かなくちゃ価値を得ないだろ?」
「⋯⋯そうかい。ならこっちにもやりようがあるんだよ?」
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苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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