白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第五章「魔を統べる王」

第百四話 嫉妬

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 幾つもの剣戟の音が重なること一時間。少年の一声でそれらの金属音は一気に収まり、生徒たちは少年を見た。

「今日はこれにて終了だ」

 終了の合図が出されると、生徒たちは剣を鞘に収め、各々自宅や自室に戻っていった。
 マサカズはアルを待ってから、彼の自宅について行く。

「マサカズって、エストさんや他の皆さんとはどんな関係なんですか?」

 一緒に帰っていると、アルはそんな質門をマサカズにしてきた。それはきっと何気なく聞いたことだろうが、自分たちが異世界人であることは隠しておいたほうが良いだろう。この世界の一般人は異世界を知らないようだから。

「ナオトとユナは同郷。レイはエストの従者で、エストは⋯⋯一度、殺されかけた相手、だな」

 異世界人である、ということだけ隠して、それ以外は全て真実のまま話した。嘘を付くときは真実を織り交ぜると良いらしい。

「一度殺されかけた相手!?」

 アルはエストが白の魔女であることを知っており、故の驚きだろう、よく、相手をして生き残れたな、という。

「ああ。色々あってな⋯⋯あいつが話を聞けるタイプだったから、生き残れたんだが」

 魔女にどんな偏見を持っているのかは知らないが、アルは「話し合いで解決できた」ということを信じられないようだ。まあ、それも黒の魔女を知っていれば仕方のないことでもあるのだが、エスト、レネ、ロアという魔女たちと会ってきているマサカズは、彼女らが話し合いのできる相手であることを知っている。

「緑と黄は分からないがな。⋯⋯意外とあいつらも、根本は人間と変わらないさ。ちょっと価値観が違っていて、ちょっと殺人に躊躇がなくて、ちょっと傲慢なだけだ」

「は、はあ⋯⋯」

「っと、見えてきたな」

 話はそこで切り上げられ、マサカズとアルは目的の場所──アルフォンスの実家に到着する。
 日はもう落ちかけで、夕日が町を照らしている。気温も昼間とは全く異なり、とても寒くなってきていた。
 家の庭で、マサカズとアルは剣を構え、相対する。方や木刀、方や鉄の剣だが、二人の間にある実力の差は、それでも尚埋まらない。
 二日目の秘密の特訓、と言えば聞こえは良いが、その実、これはただの一方的な戦いだ。でもそれでも、アルは強くなっていて。

「──ッ!」

 アルがマサカズに斬りかかろうとした瞬間だった。

「何、してるの?」

 聞き覚えのある、あるいはもう何度も聞いた女性の声が、二人の耳に届いた。

 ◆◆◆

「あー、よかった。訓練だったのね」

「ああ、そう。俺がマサカズに頼んだんだ」

 アルフォンスの自宅のリビングにて、テーブルを囲むのはマサカズ、アルフォンス、シノの三人だ。ちなみにアルの家族は現在、仕事に行っていて、この家には居ない。

「それにしても、どうしてそんなことを?」

「それは⋯⋯」

 男ならば、アルの今の気持ちも分かるだろう。そんなの、恥ずかしすぎて愛する女性を前に言えるはずがない。

「それは?」

 シノがアルの言葉を追求している。
 ああ、これは分かっていて聞いているな。彼女は薄っすらとだが笑みを浮かべていて、それはまるでアルの反応を楽しんでいるようだ。いや、正しくそうなのだろう。

「──」

 アルがマサカズに向かって救難要請を目で出す。しかし、マサカズもそこまで空気が読めない奴ではない。目を閉じ、首を横に振ってその哀れな要請を却下した。
 
「⋯⋯それは⋯⋯るため」

 アルは意を決して自分の気持ちを伝えたが、前半部分がとっても小さくて聞こえなかった。更にシノの追求は続く。
 アルの顔が真っ赤に染まっている。先程まで「何だこのリア充共め。見せられる俺の気持ちにもなれ」と思っていたマサカズでも、流石にアルに同情するほどだ。しかし、かと言って助け舟を出すわけにもいかない。

「それは──君を守るためだ!」

 アルは席を立ち上がり、勢い良く大声でそう告げる。
 シノの表情は嬉しさで満ちており、アルは最早可愛そうなくらい恥ずかしがっている。
 リア充め爆ぜ──仲睦まじい夫婦だ。

「じゃあ、頑張ってね、アル」

「とのことだ。アル、始めるぞ」

 三人は家の外に出ると、少し遅れたが訓練の開始だ。
 マサカズとアルは互いに剣を構え、そしてアルから剣戟を始める。

「はあッ!」

 刺突の構えだ。地を踏み、土を上げ、マサカズの胴体を貫かんとする。しかし、マサカズは剣の横腹を蹴り、叩き飛ばすと、剣は地面に突き刺さる。
 そしてマサカズは武器を失ったアルの頭部を木刀で斬りつけ、彼の顔に赤い線が浮かんだ。

「え」

「〈瞬歩〉」

 マサカズの姿がその場から消えて、アルの背後に回り込むと、右足を上げ、突然の事態に困惑しているアルに後ろから回し蹴りをすると、アルの体は家の壁に叩きつける。

「ぐはっ⋯⋯」

 マサカズは脳震盪でダウンしているアルに近づき、

「お前はその程度か! 俺の知っているアルフォンスは、とても強くて頼れる男だ! 大切な人のために身を削れる男だ!」

 全くの別人、創作物のキャラクターを思い出し、マサカズは叫ぶ。同姓同名というだけで一緒の実力を出せなんて、無茶苦茶な理論だが、そんな理屈をマサカズはアルに叩きつける。

「何言ってるんですかマサカズ! というか絶対あなた本気出してますよね!? なんで!?」

 大切な人の前で「君を守る」なんてキザな言葉を言ったのだ。アルはより強くならなければならない。そのために、マサカズはアルに対して敢えて厳しく当たっているのだ。

「この野郎! これまで恋人の一人も居なかった俺に、男女の仲の良さを目の前で見せつけられる気持がわかるか! ああ? 分からねぇよな、このリア充め! クソッ! 末永く幸せに爆発しろ!」

 ──否、殆ど私怨でマサカズはアルを痛めつけている。目の前でイチャイチャされていたフラストレーションが今、爆発したのだ。

「末永く幸せに爆発しろ!? 何言ってるんですか!」

 マサカズはアルを殺さない程度に、しかし確実に痛めつけられるほどの力で訓練という名のシバキを始める。
 一太刀さえも与えることができないまま、三時間ずっとボコられ続ける。マサカズの体力も宛ら、アルの打たれ強さも中々のものだ。
 そんな男同士の馴れ合いを、シノは眺めていた。平和だな、と。

「お前に足らないものは、それは、努力、根性、力、技術、優雅さ、素質、学習力ッ! そして何よりも──速さが足りないッ!」

「うわあああああああああ!」

 ──そう、平和だ。

 ◆◆◆

 アルフォンスをボコボコに──いや、指導し始めて、三日が経った。あれからシノも特訓に傍観客として参加するようになって、そのせいか、アルの成長具合は早い気がする。
 予定では明日にはエストたちが帰ってくるはずであるはずで、今日も入れてあと訓練回数は二回だ。マサカズとしては、アルには剣の才能があるとは思えない。『刀剣之加護』がそう言うのだ。だから、一朝一夕で剣術が身につくわけではないが、代わりに彼には努力の才能があった。
 このまま血が滲むような努力を続ければ、天才たちと同じ次元に踏み込めるはずだ。不思議と、そんな感じがする。

「最終日は実戦訓練として⋯⋯今日は何するか。まずは素振りで⋯⋯それで」

 訓練メニューを考えながら、マサカズは防衛要塞へと歩きで向かう。青い空をメモ用紙にして、頭の中でそこに文字を書き、内容を纏める。これが、朝のマサカズの日課となっていた。
 まあ、そんな歩き方をするものだから、前なんて見てなくて。

「うお」

 マサカズの体に、何かが当たった。いや、当たったのは恐らく人だ。すぐさまマサカズはその人物に謝ろうと目線を向けると、そこには、

「⋯⋯え」

 ──黒のウエディングドレスのようなものを着た、少女がいた。
 少女は背が低くて、ロアと同年代くらいか、もしくはもっと幼いくらいだろうか。黒色の髪は、もう少しで地面と当たりそうなくらい長い。僅かながら露出している肌は、まるで白磁のようであった。
 とても愛らしい少女だ。──マサカズは彼女に対して、そう思った。

「大丈夫か? 悪いな、前を見てなくてぶつかってしまった。怪我はないよな?」

「──」

 返事はない。だが、少女は首をマサカズの方に向けた。表情はそもそも顔が不透明な黒色のベールによって伺えないが、不思議とマサカズは少女の心情を理解できた。

「そうか。なら安心だ」

 少女の無事を確認すると、マサカズはその場から立ち去ろうとする。しかし、

「お兄さん」

 少女が、マサカズを呼び止めた。無視する道理もないので、マサカズは振り返った。

「お兄さんは⋯⋯ワタシのこと、好き?」

 突然の告白。好きとか嫌いとか、言えるだけの関係性など二人にはない。ないはずだ。記憶上では。だというのに、どうしてか。どうして、マサカズはこんなにも少女を──愛らしく思うのか。

「──」

 マサカズにそんな趣味はない。彼が好むのはエルフ族くらいで、それ以外には興味がない⋯⋯わけではないが、少なくとも一目惚れするようなことはない。あの娼館の常連たちとは違うのだ。

「ワタシのことを愛していて、ワタシのことを好んでいて、自分のものにしたいって、自分だけのものにしたいって、誰にも渡さないって、思ってくれる?」

 何を言っているんだ。何を聞きたいんだ。何を考えているのだ。理性が少女は異常だと訴えている。しかし、感情が、欲が、少女を受け入れろと言っている。

「──」

 怖い。愛くるしい。無理解。求めたい。異常。可愛らしい。
 理性と感情が真逆の結論を導き出している。少女は美しくて、危険だ。屋烏之愛。窮途末路。愛屋及烏。進退両難。

「親愛、仁愛、熱愛、情愛、切愛、友愛、恋愛、慈愛、敬愛、恵愛、深愛、純愛、性愛──お兄さんはワタシにどんな愛を抱いてくれるの?」

 世界から音が消えた、少女の声以外のあらゆる音が。
 世界から色が消えた、少女の姿以外のあらゆる色が。
 世界から熱が消えた、少女の暖以外のあらゆる熱が。
 世界から全が消えた、少女という存在以外の全てが。

「──」

 触れれば壊れてしまいそうなくらい繊細で、けれど心に響くくらい強くて、それにしか意識が向かないくらい魅力的で、誰にも遮ることができないくらい透き通っていて、精神が、心が、魂が、溶けてしまうぐらいの美声。

「──。────。──────君、は」

 愛したくて、求めたくて、手にしたくて、掴みたくて、目を離せなくて、虜になってしまう。 
 危険であり、戻れなくて、掌握されると、奪われると、知っていても尚、気持ちが抑えられない。
 
「お兄さんは、ワタシのことを愛してくれる?」

 愛。アイ。あい。ラブ。

「お兄さんは、ワタシ以外を愛さない?」

 見ない。聞かない。知らない。話さない。愛さない。

「お兄さんは、ワタシに『嫉妬』させない?」

 しない。できない。やらない。するはずがない。できるはずがない。やるはずがない。するわけがない。できるわけがない。やるわけがない。してはならない。できてはならない。やってはならない。

「だって、お兄さんはワタシを愛すもんね」

 少女は黒のベールを脱いで、その素顔をマサカズに見せた。
 その素顔は、この世のありとあらゆる美を結集したようだった。可愛らしくて、愛らしくて、魅惑的で、万人を等しく魅了し、誰にも拒ませない美貌があった。エメラルドのような瞳がマサカズを射抜き、意識を全て奪う。少女以外の全てを、見れなくなってしまう。
 少女の声が、少女の瞳が、少女の熱が、少女の外見が、少女の全てが、何もかもが、ただ、とても心地よくて。

「ワタシは『嫉妬』したくないの。ワタシは『嫉妬』に塗れたくないの。だから、『嫉妬』させないで欲しいの」

 その美貌は、きっと神が少女に『嫉妬』という醜い感情を抱かせないために与えたものだろう。全てが、男も女も子供も老人も動物も植物も現象も無機物に至るまで、万物が彼女を等しく絶対的に平等に公平に公正に愛して願って求めれば、少女は何にも『嫉妬』しない。『嫉妬』する理由がない。『嫉妬』できるはずがない。
 
「──」

「ワタシだけの姿を見て。ワタシだけの声を聞いて。ワタシだけの体温を感じて。この世の誰より、この世の何より、ワタシを、ワタシだけを、ワタシのみを、大切にして」
 
 少女はマサカズに悲願し、懇願し、嘆願し、熱願した。それは本当に、心の底から、そうあってほしいという純粋な願望だ。邪な気持ちなんて一切合切ない、願いだ。
 だったら、少女の願いを断る理由はどこにあるのか。

「ワタシを好きになって。ワタシを愛して。ワタシを好んで。そして、そのままで居て。ワタシを想ったままで居て。ワタシ以外を求めないように、ワタシに全てを捧げて。永遠に、永久に、終わりなく、いつまでも、限りなく、どれだけ時間が経っても。ずっと──ワタシに、『嫉妬』させないようにして」
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