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第四章「始祖の欲望」
第九十三話 魔法の先
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イザベリアから出された『五つの試練』の内容までは伝えられなかった。内容は前の試練を突破してから伝えるとのこと。しかし、その試練に共通するテーマは伝えられた。
「『魔女に相応しい力と知識を持っているか』ね」
魔法使いに必要なのは、大前提として、魔法適正である。六色の魔法のうち、一つにでも適正がない人間は多く存在し、魔法適性者というのは、それだけでかなり少ない。百人居て三人居るか居ないかだろう。
次に、魔法能力。適正があるからといって、魔法能力が高いとは言えない。しかも、魔法能力には行使能力と総魔力量があって、その両方が高くなくてはもう片方を存分に使えない。
そして三番目に必要なのは、ほぼ無限にあると言って良い魔法を覚えられる脳のキャパシティ。一般常識としてある魔法全ての名前を覚えなければ、優秀な魔法使いにはなれない。
魔法を創造するならば更に魔法言語──英語の習得や図形を正しく描ける能力も必要になるのだが、ここまで行く人は少ない。
「どんな試練が来るのか⋯⋯大体予想は付くけど、碌なもんじゃないだろうね」
六色魔女。世界最高峰の魔法使いたちであれば、特に魔法行使能力と総魔力量は高くなくてはならないし、魔法の知識も一般常識レベルしかないのでは済まされない。階級間における絶対的な基礎効力の差を埋める特殊な魔法強化系魔法もあるのだ。第一から第十階級の魔法を、覚えられるだけ覚えておかなくてはならない。
「⋯⋯で、ここどこ」
エストは、イザベリアから試練があると言われた直後、あの精神世界からまた別の世界へと飛ばされた。
「図書館?」
横幅10mほどの通路の床素材は、これまた薄い青緑色の石材であった。さらに黒っぽい赤色のカーペットが敷かれており、そこを通るのがマナーというもの。
図書館ということもあり、ここには無数の本棚があった。
広い通路の横にある本棚は非常に高く、頂上までは目測50mほどだろうか。地震でも発生すれば、すぐさま崩れそうだったが、触ってみると異常に頑丈かつ高い剛性で、そんなことはなさそうだ。しかしどちらにせよ、実用性は皆無。それこそ飛行できなければ、頂上付近にある本なんて取れやしないのだから。
天井は勿論のこと50m以上ある。異常に高い本棚を入れても、シャンデリアをつけてまだ余裕があった。
シャンデリアでは床まで照らすにはあまりにも光が弱いと思うのだが、そこは謎法則で、エストが現在いる地点も含め、この空間であればどこでも、十分な光量が確保されている。
「──」
知識欲が強い者にとって、この大図書館はとても魅力的だ。本棚に収まっている本には様々な種類があり、歴史、学問、趣味嗜好の類に、生物や植物関係、地理、小説なんかに──魔法。ありとあらゆる本がこの図書館には存在し、それはつまり、ありとあらゆる知識が詰まっているということ。この世の全ての記録が、ここでは閲覧できる。
古く美しく気品に溢れ、常軌を逸したそれら情報量に、エストは圧倒される。
「──ここは、叡智の大図書館」
コツコツコツという足音が不意にして、彼女はエストの目の前に現れた。
「この世界だけでなく、他のあらゆる世界も含めたそれら全ての記録がある大図書館。ここでは文字通り、無数の情報が手に入るよ」
この世界ではないまた別の世界の記録もある大図書館。この字面だけで、ここが異常性に満ちた空間であることが理解できる。
「⋯⋯それで、ここで何するの?」
エストの問に、イザベリアは「知識があるかのテスト」とだけ答えた。
ここはありとあらゆる情報がある図書館だ。カンニングありならば、時間さえ掛ければ誰でも突破できる試練内容だが、勿論カンニングはなし。わざわざこんなところに転移させた理由は、
「私はね、魔法関連の知識はあなたよりあるとは言えないの。何せ私の知識は千年以上前のもの。あれから増えたものに関しては、私は無知なのよ。だから、ここに来た」
イザベリアは持っていた、特別薄くも分厚くもない黒表紙の本をエストに見せる。
「これは全ての魔法名とその効果、そして魔法陣も描かれた魔導書。今から適当に魔法陣を見せるから、その魔法が何であるかを答えてね」
魔法陣はその魔法が何であるかを判別できる、いわば指標だ。
エストはイザベリアが展開した魔法陣を次々と即答していく。
「えっと⋯⋯〈腐食〉、〈幽界の光輝〉、〈過剰回復〉、〈上位魔具創造〉、〈時間崩壊〉」
どれもこれも高階級の魔法である。そして順番に、赤、青、緑、黄、白の魔法をイザベリアは展開していっている。次は黒魔法だろうと思ったエストの予想通り、イザベリアは黒色の魔法陣を展開した。
「それは⋯⋯え?」
エストはその黒の魔法陣を見て──言葉に詰まった。
そう、知らなかったのだ。全くもって、それについて。
「もしかして⋯⋯知らないの?」
イザベリアはエストに知識の有無を疑った。
これは、知識があるかどうかの試練だし、最初の試練だ。大前提であり、こんなのは突破できて当然。突破しなくてはならない。
エストは今、人間だ。人間とは思えない記憶力を有しているが、人間であるという事実がエストの心を掻き乱している。目の前の魔法を、忘れているのではないかと。
(何なの、この魔法?)
忘れているのであれば、知らないのであれば、魔法陣の組み立て方を見て、予想するしかない。しかし、魔法陣の構成要素もまた、エストの知識外のものであった。いや、既視感はあった。
(第一階層で見たあの召喚魔法陣と⋯⋯所々は違うけど、似ている?)
あの意味不明な、魔法法則を無視したかのように発動している召喚の魔法陣の構成要素と、この黒の魔法陣の構成要素はいくつか共通要素があった。しかし、勿論のこと全く違う要素もあって、不明なままだ。
(崩壊系の魔法陣が組み込まれているのは分かるけど⋯⋯それ以上は分からない。こんな魔法、私は⋯⋯知らない)
上の魔法といい、目の前の魔法といい、エストは未だに知らない魔法があるようだ。読んでいない魔導書はまだまだあるということだろうか。
(⋯⋯いや、そんなこと、ない)
知識不足、なんてありえない。これまでエストが過ごしてきた時間のうち、どれだけを魔法に費やしたと思っている。彼女が知らない魔法なんて、ない。あったとしたらそれらは、
「──っ」
個人、または特定の集団間でのみ共有、行使可能な魔法。魔導書に乗ることのない種類で、どこかの誰かが創った魔法を、エストは答えられるはずがない。
「それは、知ることができない魔法。答えられるはずがない魔法。だから、回答は⋯⋯ 独自魔法」
この試練は、知識量を問う試練だ。どれだけ魔法を知っており、そして自身の知識をどれだけ⋯⋯信じているかの試練。ここで下手に魔法名を答えてしまうと、それは己の知識量を疑っているということであり、また、知ったかぶりをするような者であるということ。それ以上を、求めないということ。
魔法使いに必要なもの最後は、知識欲求。魔法は日々進化していく技術だ。毎日進歩していく魔法を求めずに、魔法使いを語れるはずがない。そして知らない魔法を前に、それを知らないと答えなければ、知識を求める姿はそこにない。それが何であるかを理解することを、知るということを、求めるということを否定することは、あってはならない。
「⋯⋯」
イザベリアは微笑を浮かべ、
「──正解。これは、独自魔法さ」
その答えに辿り着いたエストに、賞賛の念を抱く。
展開した黒色の魔法陣は、今さっきイザベリアが創作した魔法だ。エストが知らないのも無理はないのである。
「それで、第二の試練は?」
この精神世界では、時間の流れが現実世界より極端なまでに遅い。だからといって、一秒も無駄にする理由にはならなく、一刻でも早くこの『五つの試練』とやらを突破しなくてはならない。レイは今この瞬間にも戦っているはずなのだ。可能な限り早く、助けに行かなくてはならない。
「第二の試練も、ここでやるよ。⋯⋯ヴォイド・ドミネーションって言ってみて」
ヴォイド・ドミネーション。字面的に魔法だろうと結論付けたエストだが、それは彼女の知らない魔法であった。
どういう意味なのかまでは分からないので、もしかしたら自爆魔法であるかもしれない。エストは躊躇うも、やるしかないので、覚悟する。
「ゔぉいど・どみねーしょん──」
白色の魔法陣が展開され──かけたところで、それは砕けるように消滅した。それら一連の現象には、術者には、現在、その魔法を行使できないという意味があるのだが、できる可能性がゼロという意味でもない。可能性はある、その場所に辿り着く才能はある、という意味だ。
「⋯⋯あ」
だが、それはつまり、試練失敗ということでもあった。しかしながら、エストの知らないこの魔法は独自魔法であるはずなのだ。特定の人物しか使えないという特徴も持つそれら魔法を、エストが行使できるとは限らない。
「⋯⋯睨まないの。あ、いや、でもその目も良いね。ゾクゾクす──」
「きも⋯⋯」
無理難題は押し付けないはずなのではないか。という疑問と侮蔑の目をイザベリアに向けたエストだったが、それは逆効果であった。本当に彼女は、色々と可笑しい。見た目が美少女なためギリギリ許されている節がある。
「まあ、試練だと言ったけど、別に今のは行使できなくても不思議じゃないんだよね。魔法陣が一瞬でも展開できたなら、それで十分。だからあなたは第二の試練も突破した⋯⋯ってわけなのよ」
イザベリアは補足説明をするが、エストの頭の中にはクエスチョンマークが大量に浮かんだ。
そもそも、エストは魔法の天才で、第十階級魔法も、子供の頃に行使できた。魔法能力は年を重ねるごとに上昇し、ピークは十八歳から二十代後半ほどまで。今のエストの年齢はそのピーク中であり、使えない魔法なんて殆ど無いはずなのだ。
特定の個人しか行使できないような独自魔法だと、魔法陣は一瞬さえも展開されないはずであり、それはつまり今の魔法はそんな独自魔法ではないということ。
「今の魔法、何?」
第十階級でもない魔法。それを超える魔法。得体のしれない魔法に、エストの知識欲求は刺激される。
「神々の魔法。理さえも逸脱する魔法。今、私がここで名付けるなら──第十一階級魔法かな」
魔法の原理は、『世界の理』を捻じ曲げるといったもの。しかしその魔法でさえ、『世界の理』の一部である。これまでの魔法は、本当の意味で、あらゆる理を捻じ曲げられる技術というわけではなかった。
「第十一階級⋯⋯」
しかしその第十階級の次は、本当の意味で『世界の理』を捻じ曲げる技術であった。
神が設けた法則を逸脱する力。それは、神にも匹敵するということ。だから、神々の魔法。
「第十一階級魔法は、独自魔法と同じようなものさ。あなたがさっき見た黒の魔法陣にも、第一階層で見たあの魔法陣にも、共通した要素があったでしょ? あれが、第十一階級になり得る要素」
エストが知るこれまでの独自魔法の創作には、一つだけ制限があった。それは、何でも好きなようにできる魔法は創れないというもの。
言ってしまえば、自分の意思一つで、相手のあらゆる耐性を貫通し、即死させる魔法を創ればそれだけで十分なのにしないのは、単純にそれができないから。魔法陣が完成しても、それは光らず効果を発揮しない。下手をすれば暴走し、周囲を一面焼け野原にする。というかエストはしたことがある。
「第十一階級が第十一階級たる所以は、その要素。あとは自分自身の想像力と、それを行使できる力があるか」
第十一階級魔法とは、そんなルールを無視した魔法で、光りすらしないということは決してない。あとは術者の力によって発動するかしないかが決まる領域。
「⋯⋯イザベリア、今の私は人間。もし魔女になったら、第十一階級魔法は行使できるの?」
「今、あなたは第十一階級魔法を行使したけどできなかった。でもそれは人間の力しかなかったから⋯⋯って言いたいの?」
イザベリアはエストを愛しているが、それはエストを甘やかすというわけではない。
「うん。魔法行使能力は魔女になれば高くなるけど、第十一階級魔法を発動できる行使能力からしてみれば、そんな幅は誤差みたいなもの。もしあなたが魔女になった状態で第十一階級魔法が行使できるなら、人間の状態でも行使できるはずなんだ。仮にできなくなっても、完全に魔法を展開しきってから、暴発する。暴発さえしないってことは⋯⋯つまり、全然力が足りていないってこと。あれは、あくまで行使できる才能はあるってだけ。将来的にはできるってだけさ」
真実を真実のまま、イザベリアはエストに伝える。『あなたには魔法行使能力が足りない』と言っているようなものだ。自分を天才だと思っていたエストは少なからずショックを──
「それは、素晴らしいことだ」
──していなかった。
「⋯⋯へえ。今ので折れないなんて。そこまで弱くないってことなのね」
「生憎、私は私自身のことを天才だと思ってるけど、同時に何でもできるとも思っていない。私はまだ極地には達していない⋯⋯私にはまだ知らないことがある。これが知れたから、私はまた一歩前進したし、もっと強くなれるとも気づいた。やはり、知識は力だ」
魔法知識。それがエストの『欲望』の中で、最も強く求めるものであった。
「第十一階級なんてものを知れば、私はより貪欲に、欲張りに、強欲になる」
エストは天才だ。できないことの方が少なく、何をやらしてもその道の極地にたどり着けるだけの資質を持つ。
その中でも魔法の才能は頭一つ抜けており、さらに魔法に関しては努力できる才能もある。
エストは笑みを浮かべる。
「さっさと第三、第四、第五の試練も終わらせないといけない理由がまた一つ増えたよ」
イザベリアはそんな彼女を見て、恋い焦がれるような表情を見せ──次の瞬間、彼女たちはまた別の世界場所へと転移した。
★補足説明
第十一階級魔法とは、言ってしまえば、第十一階級成り得る要素(以下要素と呼称)を取り込んだだけの魔法です。
要素の主な働きは、簡潔に言えば、創造者が思い描いた魔法が、どれだけ非現実的であっても発動可能にするというものです。
で、ちゃんと説明すると以下のようになります。
要素の働きは、『世界の理』を本当の意味で干渉するといったものです。
作中で述べられている『魔法は世界の理を捻じ曲げる』という発言、地文ですが、それは間違った認識です。
『世界の理』とは、作中世界に登場するありとあらゆる法則の総称であり、その中身は千差万別です。そしてそれら法則の中には『魔法の理』もあり、その『魔法の理』によって魔法は制限されています。なので、魔法には、できないこと、があるんです。
しかし、要素はこの『魔法の理』を超越し、『世界の理』に干渉する力を持つ、ということです。
勿論、その分、要素を組み込んだ魔法は、消費魔力量がえげつなくなります。言ってしまえばイシレアの現実改変と同じですからね。というか他者に直接干渉できる分、こっちのほうが厄介です。そして『魔法の理』から超越した魔法の制御、つまり行使には非常に高い行使能力を要するため、知っていても使えるとは限りません。実際、現時点でのエストは、魔女になっても第十一階級魔法は行使不可です。ちなみにイザベリアはその場で創れるくらいです。チートかな。
分かりにくいよ! って人、多分居ると思います。というか私でも、私自身が作った設定ですけどややこしいと思います。
そういう人は、『世界の理』を憲法、『魔法の理』を法律、第十一階級魔法は法を変える権限(以下権限と呼称)としましょうか。これらに置き換えてみたら分かりやすいと思います。
権限は法律を変えることはできますが、憲法は変えることができませんよね。だって、憲法は基本的に変えることが許されないものなんですもん。そう簡単に変えてくれれば、社会は大混乱に陥ります。
しかし、憲法も絶対に変えられないわけではありません。社会で何か不都合があったとき、憲法を変えるか議論し可決されれば、憲法を変えることはできます。その可決こそが、ここで言うところの要素なのです。
もっと分かりづらくなった気もしますが、これ以上上手く説明できる自信がないです。分かってください。
⋯⋯教師って凄いよね。
「『魔女に相応しい力と知識を持っているか』ね」
魔法使いに必要なのは、大前提として、魔法適正である。六色の魔法のうち、一つにでも適正がない人間は多く存在し、魔法適性者というのは、それだけでかなり少ない。百人居て三人居るか居ないかだろう。
次に、魔法能力。適正があるからといって、魔法能力が高いとは言えない。しかも、魔法能力には行使能力と総魔力量があって、その両方が高くなくてはもう片方を存分に使えない。
そして三番目に必要なのは、ほぼ無限にあると言って良い魔法を覚えられる脳のキャパシティ。一般常識としてある魔法全ての名前を覚えなければ、優秀な魔法使いにはなれない。
魔法を創造するならば更に魔法言語──英語の習得や図形を正しく描ける能力も必要になるのだが、ここまで行く人は少ない。
「どんな試練が来るのか⋯⋯大体予想は付くけど、碌なもんじゃないだろうね」
六色魔女。世界最高峰の魔法使いたちであれば、特に魔法行使能力と総魔力量は高くなくてはならないし、魔法の知識も一般常識レベルしかないのでは済まされない。階級間における絶対的な基礎効力の差を埋める特殊な魔法強化系魔法もあるのだ。第一から第十階級の魔法を、覚えられるだけ覚えておかなくてはならない。
「⋯⋯で、ここどこ」
エストは、イザベリアから試練があると言われた直後、あの精神世界からまた別の世界へと飛ばされた。
「図書館?」
横幅10mほどの通路の床素材は、これまた薄い青緑色の石材であった。さらに黒っぽい赤色のカーペットが敷かれており、そこを通るのがマナーというもの。
図書館ということもあり、ここには無数の本棚があった。
広い通路の横にある本棚は非常に高く、頂上までは目測50mほどだろうか。地震でも発生すれば、すぐさま崩れそうだったが、触ってみると異常に頑丈かつ高い剛性で、そんなことはなさそうだ。しかしどちらにせよ、実用性は皆無。それこそ飛行できなければ、頂上付近にある本なんて取れやしないのだから。
天井は勿論のこと50m以上ある。異常に高い本棚を入れても、シャンデリアをつけてまだ余裕があった。
シャンデリアでは床まで照らすにはあまりにも光が弱いと思うのだが、そこは謎法則で、エストが現在いる地点も含め、この空間であればどこでも、十分な光量が確保されている。
「──」
知識欲が強い者にとって、この大図書館はとても魅力的だ。本棚に収まっている本には様々な種類があり、歴史、学問、趣味嗜好の類に、生物や植物関係、地理、小説なんかに──魔法。ありとあらゆる本がこの図書館には存在し、それはつまり、ありとあらゆる知識が詰まっているということ。この世の全ての記録が、ここでは閲覧できる。
古く美しく気品に溢れ、常軌を逸したそれら情報量に、エストは圧倒される。
「──ここは、叡智の大図書館」
コツコツコツという足音が不意にして、彼女はエストの目の前に現れた。
「この世界だけでなく、他のあらゆる世界も含めたそれら全ての記録がある大図書館。ここでは文字通り、無数の情報が手に入るよ」
この世界ではないまた別の世界の記録もある大図書館。この字面だけで、ここが異常性に満ちた空間であることが理解できる。
「⋯⋯それで、ここで何するの?」
エストの問に、イザベリアは「知識があるかのテスト」とだけ答えた。
ここはありとあらゆる情報がある図書館だ。カンニングありならば、時間さえ掛ければ誰でも突破できる試練内容だが、勿論カンニングはなし。わざわざこんなところに転移させた理由は、
「私はね、魔法関連の知識はあなたよりあるとは言えないの。何せ私の知識は千年以上前のもの。あれから増えたものに関しては、私は無知なのよ。だから、ここに来た」
イザベリアは持っていた、特別薄くも分厚くもない黒表紙の本をエストに見せる。
「これは全ての魔法名とその効果、そして魔法陣も描かれた魔導書。今から適当に魔法陣を見せるから、その魔法が何であるかを答えてね」
魔法陣はその魔法が何であるかを判別できる、いわば指標だ。
エストはイザベリアが展開した魔法陣を次々と即答していく。
「えっと⋯⋯〈腐食〉、〈幽界の光輝〉、〈過剰回復〉、〈上位魔具創造〉、〈時間崩壊〉」
どれもこれも高階級の魔法である。そして順番に、赤、青、緑、黄、白の魔法をイザベリアは展開していっている。次は黒魔法だろうと思ったエストの予想通り、イザベリアは黒色の魔法陣を展開した。
「それは⋯⋯え?」
エストはその黒の魔法陣を見て──言葉に詰まった。
そう、知らなかったのだ。全くもって、それについて。
「もしかして⋯⋯知らないの?」
イザベリアはエストに知識の有無を疑った。
これは、知識があるかどうかの試練だし、最初の試練だ。大前提であり、こんなのは突破できて当然。突破しなくてはならない。
エストは今、人間だ。人間とは思えない記憶力を有しているが、人間であるという事実がエストの心を掻き乱している。目の前の魔法を、忘れているのではないかと。
(何なの、この魔法?)
忘れているのであれば、知らないのであれば、魔法陣の組み立て方を見て、予想するしかない。しかし、魔法陣の構成要素もまた、エストの知識外のものであった。いや、既視感はあった。
(第一階層で見たあの召喚魔法陣と⋯⋯所々は違うけど、似ている?)
あの意味不明な、魔法法則を無視したかのように発動している召喚の魔法陣の構成要素と、この黒の魔法陣の構成要素はいくつか共通要素があった。しかし、勿論のこと全く違う要素もあって、不明なままだ。
(崩壊系の魔法陣が組み込まれているのは分かるけど⋯⋯それ以上は分からない。こんな魔法、私は⋯⋯知らない)
上の魔法といい、目の前の魔法といい、エストは未だに知らない魔法があるようだ。読んでいない魔導書はまだまだあるということだろうか。
(⋯⋯いや、そんなこと、ない)
知識不足、なんてありえない。これまでエストが過ごしてきた時間のうち、どれだけを魔法に費やしたと思っている。彼女が知らない魔法なんて、ない。あったとしたらそれらは、
「──っ」
個人、または特定の集団間でのみ共有、行使可能な魔法。魔導書に乗ることのない種類で、どこかの誰かが創った魔法を、エストは答えられるはずがない。
「それは、知ることができない魔法。答えられるはずがない魔法。だから、回答は⋯⋯ 独自魔法」
この試練は、知識量を問う試練だ。どれだけ魔法を知っており、そして自身の知識をどれだけ⋯⋯信じているかの試練。ここで下手に魔法名を答えてしまうと、それは己の知識量を疑っているということであり、また、知ったかぶりをするような者であるということ。それ以上を、求めないということ。
魔法使いに必要なもの最後は、知識欲求。魔法は日々進化していく技術だ。毎日進歩していく魔法を求めずに、魔法使いを語れるはずがない。そして知らない魔法を前に、それを知らないと答えなければ、知識を求める姿はそこにない。それが何であるかを理解することを、知るということを、求めるということを否定することは、あってはならない。
「⋯⋯」
イザベリアは微笑を浮かべ、
「──正解。これは、独自魔法さ」
その答えに辿り着いたエストに、賞賛の念を抱く。
展開した黒色の魔法陣は、今さっきイザベリアが創作した魔法だ。エストが知らないのも無理はないのである。
「それで、第二の試練は?」
この精神世界では、時間の流れが現実世界より極端なまでに遅い。だからといって、一秒も無駄にする理由にはならなく、一刻でも早くこの『五つの試練』とやらを突破しなくてはならない。レイは今この瞬間にも戦っているはずなのだ。可能な限り早く、助けに行かなくてはならない。
「第二の試練も、ここでやるよ。⋯⋯ヴォイド・ドミネーションって言ってみて」
ヴォイド・ドミネーション。字面的に魔法だろうと結論付けたエストだが、それは彼女の知らない魔法であった。
どういう意味なのかまでは分からないので、もしかしたら自爆魔法であるかもしれない。エストは躊躇うも、やるしかないので、覚悟する。
「ゔぉいど・どみねーしょん──」
白色の魔法陣が展開され──かけたところで、それは砕けるように消滅した。それら一連の現象には、術者には、現在、その魔法を行使できないという意味があるのだが、できる可能性がゼロという意味でもない。可能性はある、その場所に辿り着く才能はある、という意味だ。
「⋯⋯あ」
だが、それはつまり、試練失敗ということでもあった。しかしながら、エストの知らないこの魔法は独自魔法であるはずなのだ。特定の人物しか使えないという特徴も持つそれら魔法を、エストが行使できるとは限らない。
「⋯⋯睨まないの。あ、いや、でもその目も良いね。ゾクゾクす──」
「きも⋯⋯」
無理難題は押し付けないはずなのではないか。という疑問と侮蔑の目をイザベリアに向けたエストだったが、それは逆効果であった。本当に彼女は、色々と可笑しい。見た目が美少女なためギリギリ許されている節がある。
「まあ、試練だと言ったけど、別に今のは行使できなくても不思議じゃないんだよね。魔法陣が一瞬でも展開できたなら、それで十分。だからあなたは第二の試練も突破した⋯⋯ってわけなのよ」
イザベリアは補足説明をするが、エストの頭の中にはクエスチョンマークが大量に浮かんだ。
そもそも、エストは魔法の天才で、第十階級魔法も、子供の頃に行使できた。魔法能力は年を重ねるごとに上昇し、ピークは十八歳から二十代後半ほどまで。今のエストの年齢はそのピーク中であり、使えない魔法なんて殆ど無いはずなのだ。
特定の個人しか行使できないような独自魔法だと、魔法陣は一瞬さえも展開されないはずであり、それはつまり今の魔法はそんな独自魔法ではないということ。
「今の魔法、何?」
第十階級でもない魔法。それを超える魔法。得体のしれない魔法に、エストの知識欲求は刺激される。
「神々の魔法。理さえも逸脱する魔法。今、私がここで名付けるなら──第十一階級魔法かな」
魔法の原理は、『世界の理』を捻じ曲げるといったもの。しかしその魔法でさえ、『世界の理』の一部である。これまでの魔法は、本当の意味で、あらゆる理を捻じ曲げられる技術というわけではなかった。
「第十一階級⋯⋯」
しかしその第十階級の次は、本当の意味で『世界の理』を捻じ曲げる技術であった。
神が設けた法則を逸脱する力。それは、神にも匹敵するということ。だから、神々の魔法。
「第十一階級魔法は、独自魔法と同じようなものさ。あなたがさっき見た黒の魔法陣にも、第一階層で見たあの魔法陣にも、共通した要素があったでしょ? あれが、第十一階級になり得る要素」
エストが知るこれまでの独自魔法の創作には、一つだけ制限があった。それは、何でも好きなようにできる魔法は創れないというもの。
言ってしまえば、自分の意思一つで、相手のあらゆる耐性を貫通し、即死させる魔法を創ればそれだけで十分なのにしないのは、単純にそれができないから。魔法陣が完成しても、それは光らず効果を発揮しない。下手をすれば暴走し、周囲を一面焼け野原にする。というかエストはしたことがある。
「第十一階級が第十一階級たる所以は、その要素。あとは自分自身の想像力と、それを行使できる力があるか」
第十一階級魔法とは、そんなルールを無視した魔法で、光りすらしないということは決してない。あとは術者の力によって発動するかしないかが決まる領域。
「⋯⋯イザベリア、今の私は人間。もし魔女になったら、第十一階級魔法は行使できるの?」
「今、あなたは第十一階級魔法を行使したけどできなかった。でもそれは人間の力しかなかったから⋯⋯って言いたいの?」
イザベリアはエストを愛しているが、それはエストを甘やかすというわけではない。
「うん。魔法行使能力は魔女になれば高くなるけど、第十一階級魔法を発動できる行使能力からしてみれば、そんな幅は誤差みたいなもの。もしあなたが魔女になった状態で第十一階級魔法が行使できるなら、人間の状態でも行使できるはずなんだ。仮にできなくなっても、完全に魔法を展開しきってから、暴発する。暴発さえしないってことは⋯⋯つまり、全然力が足りていないってこと。あれは、あくまで行使できる才能はあるってだけ。将来的にはできるってだけさ」
真実を真実のまま、イザベリアはエストに伝える。『あなたには魔法行使能力が足りない』と言っているようなものだ。自分を天才だと思っていたエストは少なからずショックを──
「それは、素晴らしいことだ」
──していなかった。
「⋯⋯へえ。今ので折れないなんて。そこまで弱くないってことなのね」
「生憎、私は私自身のことを天才だと思ってるけど、同時に何でもできるとも思っていない。私はまだ極地には達していない⋯⋯私にはまだ知らないことがある。これが知れたから、私はまた一歩前進したし、もっと強くなれるとも気づいた。やはり、知識は力だ」
魔法知識。それがエストの『欲望』の中で、最も強く求めるものであった。
「第十一階級なんてものを知れば、私はより貪欲に、欲張りに、強欲になる」
エストは天才だ。できないことの方が少なく、何をやらしてもその道の極地にたどり着けるだけの資質を持つ。
その中でも魔法の才能は頭一つ抜けており、さらに魔法に関しては努力できる才能もある。
エストは笑みを浮かべる。
「さっさと第三、第四、第五の試練も終わらせないといけない理由がまた一つ増えたよ」
イザベリアはそんな彼女を見て、恋い焦がれるような表情を見せ──次の瞬間、彼女たちはまた別の世界場所へと転移した。
★補足説明
第十一階級魔法とは、言ってしまえば、第十一階級成り得る要素(以下要素と呼称)を取り込んだだけの魔法です。
要素の主な働きは、簡潔に言えば、創造者が思い描いた魔法が、どれだけ非現実的であっても発動可能にするというものです。
で、ちゃんと説明すると以下のようになります。
要素の働きは、『世界の理』を本当の意味で干渉するといったものです。
作中で述べられている『魔法は世界の理を捻じ曲げる』という発言、地文ですが、それは間違った認識です。
『世界の理』とは、作中世界に登場するありとあらゆる法則の総称であり、その中身は千差万別です。そしてそれら法則の中には『魔法の理』もあり、その『魔法の理』によって魔法は制限されています。なので、魔法には、できないこと、があるんです。
しかし、要素はこの『魔法の理』を超越し、『世界の理』に干渉する力を持つ、ということです。
勿論、その分、要素を組み込んだ魔法は、消費魔力量がえげつなくなります。言ってしまえばイシレアの現実改変と同じですからね。というか他者に直接干渉できる分、こっちのほうが厄介です。そして『魔法の理』から超越した魔法の制御、つまり行使には非常に高い行使能力を要するため、知っていても使えるとは限りません。実際、現時点でのエストは、魔女になっても第十一階級魔法は行使不可です。ちなみにイザベリアはその場で創れるくらいです。チートかな。
分かりにくいよ! って人、多分居ると思います。というか私でも、私自身が作った設定ですけどややこしいと思います。
そういう人は、『世界の理』を憲法、『魔法の理』を法律、第十一階級魔法は法を変える権限(以下権限と呼称)としましょうか。これらに置き換えてみたら分かりやすいと思います。
権限は法律を変えることはできますが、憲法は変えることができませんよね。だって、憲法は基本的に変えることが許されないものなんですもん。そう簡単に変えてくれれば、社会は大混乱に陥ります。
しかし、憲法も絶対に変えられないわけではありません。社会で何か不都合があったとき、憲法を変えるか議論し可決されれば、憲法を変えることはできます。その可決こそが、ここで言うところの要素なのです。
もっと分かりづらくなった気もしますが、これ以上上手く説明できる自信がないです。分かってください。
⋯⋯教師って凄いよね。
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※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
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