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第四章「始祖の欲望」
第八十八話 一網打尽
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洞窟は、天然のようであった。
発光魔力石の紫がかった白色の光は、微かに、完全な真っ暗闇だった洞窟内を照らしていた。
月明かりとはまた違った幻想的な光は、人々を感動させる。
三つの人影がそんな光から生み出されており、その人影の元となった人物たち三人は全速力で走っていた。
「逃げつつ無力化⋯⋯無茶要求してくるな」
ブーンという不快な羽音を鳴らしながら、蜂に酷似した体長40cmほどのモンスターがナオトを襲う。だが彼は〈火炎斬り〉を行使──する必要はなかったので普通に蜂型モンスターの羽のみを切り裂いた。
羽を失った蜂型モンスターは飛ぶことができず、地面に落ちる。だが、死ぬことはなかった。
「無理難題ではないだけ、マシだとは思いますがね」
ユナは四本の矢を携え、それら全てを撃ち込む。和弓に類似した弓から放たれた矢は拡散し、高火力を実現している。
跳びかかってきた蛙のモンスターの四本の手足を的確に射抜くという離れ技をユナは披露した。
「ユナさんの弓の技術力は、やはり非常に高いですね。武器の新調も、そろそろしておくべきでしょう」
コクマー戦でも同じことは思った。いくらユナの技術力が高くとも、肝心の武器が弱くては意味がない。弘法筆を選ばず、とはよく言うが、性能が低すぎるのも問題だし、性能が良いに越したことはない。中で折れた筆を使って、綺麗な文字が書けるだろうか? 否、上質な筆で書いた字こそ、一番綺麗であるだろう。それと同じだ。
「そうですよね⋯⋯一度王国に戻ったときに、レネさんに頼みましょうか」
魔具と魔法武器は殆ど同じものだ。用途が戦闘に限られないか限られるかの違いであり、魔具が作れる人物も、武器への理解があるならば魔法武器だって作れる。
ユナやナオトが知る中で、魔法武器を作るのに最も適しているのはレネだろう。
「エストさんは⋯⋯どうなんでしょうか」
魔法能力が非常に高く、自他ともに認める、色んなことに才能を持つエストのことだ。魔法武器だって、作れるはずだ。基本的に忙しいレネに頼むより、暇なエストに頼む方が良いのだが、
「たしかにエスト様ならば、魔法武器を作ることは容易でしょう。ですが⋯⋯レネ様の方が質はよろしいかと思います」
エスト関連になれば途端にポンコツになるレイでさえ、魔法武器を作ることはレネの方が向いていると判断した。
質はレネの作る方が高い。才能では覆せない技術の差が二人にはあるのだ。何より、魔法武器には魔法の理解は当然、それを使う人の理解も必要となる。
「⋯⋯モンスターに追われてるってのに、よくそんな呑気に喋れるな。いやまあ、分かるけども」
正直なところ、無茶を押し付けられていることには変わりないが、それは殺さないという制約があるからだ。自分が殺されるということはありえない状況であるため、呑気に喋れるのである。
そんな時だった。
「──三人とも、準備できたよ」
透き通るような美しい少女の声が、ナオト、レイ、ユナの三人に聞こえる。
いや耳に音が入ってきたのではない。直接頭の中に声が響いたのだ。厳密には音は発生しておらず、脳内に直接言葉がねじ込まれているような感覚であるのだが、脳はそれを声と判断するようだ。
三人はエストに了承の意を示すと、足を止め、モンスターたちと向かい合う。
モンスターたちには、突然止まった獲物三体の不自然な行動に疑問を覚えるほどの知能は持っておらず、足を止めることなく突っ込む。
「〈転移陣〉」
転移魔法が行使され、三人はその場から消え去る。
目標を失ったモンスターたちは勢いを止めることができないまま走り込み、そして、
「大漁、大漁!」
糸に、その体の自由を奪われた。
「〈蜘蛛糸〉。猪突猛進するしか脳がないモンスター共には、とっても効果的な魔法さ」
発光魔力石によって照らされているとはいえ、この洞窟内は薄暗い。モンスターたちはその暗闇に慣れているが、昼間のように見通せるわけではないのだ。
粘着性の糸によって組まれた包囲網。まんまとモンスターは糸に突入し、動きが封じ込められた。行使者が行使者なので、その粘着力は非常に高く、下手に動けば足が引き千切れるだろう。
モンスターは、知能は低いが、ゼロではない。足を引き千切ってまで脱出しようとはせず、千切れない程度に暴れるだけだ。しかし、その程度の暴れ具合では、抜け出すこともまた不可能である。
「⋯⋯これで全部捕らえられる、なんてことはないよね」
エストらは洞窟の壁の上側の出っ張りから、下にいるモンスターたちを眺めていた。
さながら海のように、モンスターが居て、今の蜘蛛糸作戦で捕獲できたのは全体の六割ほどだろうか。ともかく、残り四割は今も自由にしており、これまた楽に対処できるほど少なくもない。更には既にこちらの作戦も見られたため、同じ手は食わないだろう。
「ま、当初の計画じゃ、四割しか捕らえられない予定だったんだ。思った以上に知能が低かったから、それが二割増えただけ⋯⋯さ、残りは私たちが直接無力化するしかないよ」
エストたち四人は、モンスターの海へと飛び込んでいく、各々、得物を携えて。
◆◆◆
──時間は、少し前に巻き戻る。
認識阻害による実質的な不可視化を解き、ナオトは夥しい量のモンスターに追われているエストら三人に合流した。
「こんな合流方法、やりたくなかったぞ」
ナオトは不満を、エスト、ユナ、レイの三人に向けて顕にする。
「やってしまったものは仕方ないです」
それに答えたのはユナだった。
「⋯⋯やっぱりか」
予想通りだったことにナオトは少し呆れながらも、それ以上は言わなかった。ユナの言う通り、起こってしまったことは変えられない。
「それで、後ろのやつどう対処するんだ?」
ナオトも合流したことで、エストは自身の考えを共有する。その考えには納得しつつも、対処方法には少し苦言を呈した。
「それ、凄く厳しいな。魔法が使えないボクとユナは、何もできないんじゃないか?」
勿論麻痺系の戦技なんてないし、モンスターは斬り裂けば簡単に死ぬ。殺すことしかしてこなかったことに、今更ながら後悔しそうだ。
しかし後悔先に立たず。後悔することほど時間の無駄になることはない。
「足とか羽とか、運動器を潰せば良いんじゃない? ほら例えば⋯⋯」
エストは重力魔法で適当なモンスターを攫ってきた。
青色の肌の蛙だ。体長はおよそ1mほどで、二足歩行のモンスターである。無性に腹立たしい表情をしていて、嗜虐心を煽るためだけに産まれてきたみたいだ。
「こういうふうに、ねっ⋯⋯と」
両手両足にかかる重力のみが極端に増加し、肉が裂ける音がして、蛙のモンスターの両手両足が引き千切られる。鮮血が撒き散らされ、蛙のモンスターは「グアっ」という鳴き声を発した。
更に傷口からの出血を止めるため、エストは蛙の傷口を炎で燃やし、止血する。蛙のモンスターは死ぬことはなかったが、激痛に気絶したようだ。
「ま、こういうふうに動きを止めるだけでいいよ。たしか戦技にも炎を扱うのあったよね?」
おそらくエストが言っているのは〈火炎斬り〉のことだろう。たしかにナオトはそれが使えるし、足を切断しながら傷口を止血することはできるだろう。
「あるな」
「じゃ、ナオトはそれで。ユナは⋯⋯モンスターの手足を射抜くことはできる?」
動き回るモンスターの細い腕を的確に射抜く。普通の人間ならまず不可能なことであるが、
「勿論です」
ユナにとっては、そんなこと簡単も簡単、赤子の手をひねるより楽な作業よ、というものだ。
確認したいことは全て確認し終わった。
「⋯⋯じゃあ、これから作戦を伝えるね」
三人は頷くと、
「簡単、モンスター捕獲大作戦、だよ」
「モンスター捕獲大作戦⋯⋯?」
エストはやはり、センスがないようだ。その点に関しては、才能がなかったらしい。ど直球で遊びのないその作戦名だが、それゆえにやりたいことが一瞬にして理解できる。
「至ってシンプルな作戦さ」
そう言って、エストは作戦内容を話し始める。
「まず、私たちにモンスターさんらはご立腹のようだ。親でも殺されたかのように襲ってくる。ただでさえレベルが低いモンスターが、激情に駆られて、馬鹿の一つ覚えみたいに突進しかしてこない」
突進とは原始的かつ、効果的な攻撃方法だ。体が大きく、スピードが出せる存在ならば、厄介極まりない。しかしながら、原始的であるがゆえに、その対処方法も考えやすい。
ドラゴンの突進と、そこらのモンスターの突進とは、同じ突進でもまるで違う。
「そこで登場するのがこれさ」
エストの手のひらの上に黄色の魔法陣が展開されると、そこから糸が出てくる。
またもや適当に攫ってきた蛙のモンスターにその糸をエストは巻きつけると、なんと、蛙は身動きに一つできずになった。
「ほらね、この通り。この糸は粘着力が強くてね。こいつら程度じゃ一度捕まれば逃れることはできないんだ」
「『もうおそい! 脱出不可能よッ!』ってやつですね」
「そうだね。なんの真似かは知らないけど、そうだよ」
ユナが元いた世界ではかなり有名な漫画、アニメのキャラクターの言葉だが、この世界の住人であるエストには通じない。
ユナのノリを簡単に流して、エストは続ける。
「で、私がこれで蜘蛛の巣みたいなものを作る。作るってる間にキミたちにはモンスター共の囮になって欲しくて、合図を出したら指定した場所まで来てほしいんだ」
要は、蜘蛛糸でモンスターを一網打尽にするため、ナオト、ユナ、レイの三人にはその時間稼ぎと誘導役をして欲しい、ということなのだろう。
「じゃ、あとは頼んだよ、キミたち」
「了解。できるだけ早めにしてくれよ」
「うん、わかってるさ」
それを最後に、エストは転移魔法で三人の目の前から消え去った。
◆◆◆
──そして時は、現在に戻る。
「ふう⋯⋯あれだけ数があると、流石に疲れたね」
残りのモンスター全てを殲滅し終えたのは、戦闘開始から数十分後。個々は弱くとも、数が数なのでかなり疲労が溜まった。
「魔力も今ので大分無くなりましたし、少し休憩しませんか?」
麻痺魔法は対単体魔法で、対多体には向かない。勿論多体相手に行使しようものなら、魔力の消費量は一気に跳ね上がる。
ナオトとユナも、疲れはあるはずだ。ここはレイの言うとおり、休んでおくべきだろう。
「いいね」「ですね」「だな」
モンスターたちの麻痺が解かれるには数時間の猶予がある。一時間程度休んだって、何ら支障はないだろう。
エストたちは少し休憩することに決定した。
「エスト様、どうぞ」
「ん、ありがと」
レイはおもむろに発光魔力石をその辺りから採取し、それをエストに渡す。彼女は発光魔力石に触れるだけ触れて、それ以上何もしなかった。見ると、レイも同じことをしている。
「⋯⋯何してるんですか?」
傍から見れば奇妙な光景だった。たしかに綺麗な石だし、触りたくなる気持ちは分からないわけではないが、エストとレイの二人にそんなストーンコレクターみたいな趣味があるとは思えない。
「ああ、これは魔力石の一種でね。魔力はこういうふうにして回復させることもできるんだよ。ほら、マナポーションってあったじゃん? 原理は⋯⋯少し違うけど似てるよ」
マナポーションとは、蒸留水に魔力石を溶かすことで出来上がるものだ。
魔力は水素よりも非常に小さいが質量があり、実体がある。ゆえに、それを外部から取り込むことができる。
なので魔力石から直接魔力を吸い取ることだって可能なのだ。
「マナポーションは魔力石を直接体内に取り込むのに対して、私たちは魔力を操作して取り込んでる。これの違いしかないね」
魔力石を直接体内に取り込むと言っても、蒸留水に溶けるくらいには粉々になっているため、それほど人体に影響があるわけではない。というか魔力の操作して外部から取り込むなんてできる人の方が少ないので、エストたちのやり方はマイナーもいいところである。
ちなみに個々が保有できる魔力量には限度があり、それを超えると生命は死ぬ。つまり魔力の誤操作=即死であるため、今、エストとレイはかなり危険なことをしていたりする。
「なるほど。で、その魔力石一つでどれくらい回復できるんですか?」
「三割くらい」
「意外と多いな」
今のエストで三割くらいなら、レイなら一、二割くらいだろう。五つもあれば完全回復とは、かなり多い回復量だ。
それもそのはずである。この洞窟内の魔力石は小さくとも拳より一回りも大きくて、大きいものだと、体積ならば人間の幼児くらいはあるだろう。さらに純度も高いときた。市場に出れば、一つ二十金貨、日本円にして二十万円相当の値が張る。
そんな日本サラリーマンの平均月収の手取り金額のおよそ八割が消え去る高級品であるそれを湯水のように使うと、エストとレイの二人の魔力は全回復となった。
体も一時間ほどとはいえ休んだことで楽になる。
「あとこの階層ですることは、下の階層へ進むための階段を探すだけだね」
殆どモンスターが闊歩しなくなった洞窟内を、ゆっくりと、じっくりと探索する。
そう時間が経たずに、エストたちは下に続く階層を発見した。
発光魔力石の紫がかった白色の光は、微かに、完全な真っ暗闇だった洞窟内を照らしていた。
月明かりとはまた違った幻想的な光は、人々を感動させる。
三つの人影がそんな光から生み出されており、その人影の元となった人物たち三人は全速力で走っていた。
「逃げつつ無力化⋯⋯無茶要求してくるな」
ブーンという不快な羽音を鳴らしながら、蜂に酷似した体長40cmほどのモンスターがナオトを襲う。だが彼は〈火炎斬り〉を行使──する必要はなかったので普通に蜂型モンスターの羽のみを切り裂いた。
羽を失った蜂型モンスターは飛ぶことができず、地面に落ちる。だが、死ぬことはなかった。
「無理難題ではないだけ、マシだとは思いますがね」
ユナは四本の矢を携え、それら全てを撃ち込む。和弓に類似した弓から放たれた矢は拡散し、高火力を実現している。
跳びかかってきた蛙のモンスターの四本の手足を的確に射抜くという離れ技をユナは披露した。
「ユナさんの弓の技術力は、やはり非常に高いですね。武器の新調も、そろそろしておくべきでしょう」
コクマー戦でも同じことは思った。いくらユナの技術力が高くとも、肝心の武器が弱くては意味がない。弘法筆を選ばず、とはよく言うが、性能が低すぎるのも問題だし、性能が良いに越したことはない。中で折れた筆を使って、綺麗な文字が書けるだろうか? 否、上質な筆で書いた字こそ、一番綺麗であるだろう。それと同じだ。
「そうですよね⋯⋯一度王国に戻ったときに、レネさんに頼みましょうか」
魔具と魔法武器は殆ど同じものだ。用途が戦闘に限られないか限られるかの違いであり、魔具が作れる人物も、武器への理解があるならば魔法武器だって作れる。
ユナやナオトが知る中で、魔法武器を作るのに最も適しているのはレネだろう。
「エストさんは⋯⋯どうなんでしょうか」
魔法能力が非常に高く、自他ともに認める、色んなことに才能を持つエストのことだ。魔法武器だって、作れるはずだ。基本的に忙しいレネに頼むより、暇なエストに頼む方が良いのだが、
「たしかにエスト様ならば、魔法武器を作ることは容易でしょう。ですが⋯⋯レネ様の方が質はよろしいかと思います」
エスト関連になれば途端にポンコツになるレイでさえ、魔法武器を作ることはレネの方が向いていると判断した。
質はレネの作る方が高い。才能では覆せない技術の差が二人にはあるのだ。何より、魔法武器には魔法の理解は当然、それを使う人の理解も必要となる。
「⋯⋯モンスターに追われてるってのに、よくそんな呑気に喋れるな。いやまあ、分かるけども」
正直なところ、無茶を押し付けられていることには変わりないが、それは殺さないという制約があるからだ。自分が殺されるということはありえない状況であるため、呑気に喋れるのである。
そんな時だった。
「──三人とも、準備できたよ」
透き通るような美しい少女の声が、ナオト、レイ、ユナの三人に聞こえる。
いや耳に音が入ってきたのではない。直接頭の中に声が響いたのだ。厳密には音は発生しておらず、脳内に直接言葉がねじ込まれているような感覚であるのだが、脳はそれを声と判断するようだ。
三人はエストに了承の意を示すと、足を止め、モンスターたちと向かい合う。
モンスターたちには、突然止まった獲物三体の不自然な行動に疑問を覚えるほどの知能は持っておらず、足を止めることなく突っ込む。
「〈転移陣〉」
転移魔法が行使され、三人はその場から消え去る。
目標を失ったモンスターたちは勢いを止めることができないまま走り込み、そして、
「大漁、大漁!」
糸に、その体の自由を奪われた。
「〈蜘蛛糸〉。猪突猛進するしか脳がないモンスター共には、とっても効果的な魔法さ」
発光魔力石によって照らされているとはいえ、この洞窟内は薄暗い。モンスターたちはその暗闇に慣れているが、昼間のように見通せるわけではないのだ。
粘着性の糸によって組まれた包囲網。まんまとモンスターは糸に突入し、動きが封じ込められた。行使者が行使者なので、その粘着力は非常に高く、下手に動けば足が引き千切れるだろう。
モンスターは、知能は低いが、ゼロではない。足を引き千切ってまで脱出しようとはせず、千切れない程度に暴れるだけだ。しかし、その程度の暴れ具合では、抜け出すこともまた不可能である。
「⋯⋯これで全部捕らえられる、なんてことはないよね」
エストらは洞窟の壁の上側の出っ張りから、下にいるモンスターたちを眺めていた。
さながら海のように、モンスターが居て、今の蜘蛛糸作戦で捕獲できたのは全体の六割ほどだろうか。ともかく、残り四割は今も自由にしており、これまた楽に対処できるほど少なくもない。更には既にこちらの作戦も見られたため、同じ手は食わないだろう。
「ま、当初の計画じゃ、四割しか捕らえられない予定だったんだ。思った以上に知能が低かったから、それが二割増えただけ⋯⋯さ、残りは私たちが直接無力化するしかないよ」
エストたち四人は、モンスターの海へと飛び込んでいく、各々、得物を携えて。
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──時間は、少し前に巻き戻る。
認識阻害による実質的な不可視化を解き、ナオトは夥しい量のモンスターに追われているエストら三人に合流した。
「こんな合流方法、やりたくなかったぞ」
ナオトは不満を、エスト、ユナ、レイの三人に向けて顕にする。
「やってしまったものは仕方ないです」
それに答えたのはユナだった。
「⋯⋯やっぱりか」
予想通りだったことにナオトは少し呆れながらも、それ以上は言わなかった。ユナの言う通り、起こってしまったことは変えられない。
「それで、後ろのやつどう対処するんだ?」
ナオトも合流したことで、エストは自身の考えを共有する。その考えには納得しつつも、対処方法には少し苦言を呈した。
「それ、凄く厳しいな。魔法が使えないボクとユナは、何もできないんじゃないか?」
勿論麻痺系の戦技なんてないし、モンスターは斬り裂けば簡単に死ぬ。殺すことしかしてこなかったことに、今更ながら後悔しそうだ。
しかし後悔先に立たず。後悔することほど時間の無駄になることはない。
「足とか羽とか、運動器を潰せば良いんじゃない? ほら例えば⋯⋯」
エストは重力魔法で適当なモンスターを攫ってきた。
青色の肌の蛙だ。体長はおよそ1mほどで、二足歩行のモンスターである。無性に腹立たしい表情をしていて、嗜虐心を煽るためだけに産まれてきたみたいだ。
「こういうふうに、ねっ⋯⋯と」
両手両足にかかる重力のみが極端に増加し、肉が裂ける音がして、蛙のモンスターの両手両足が引き千切られる。鮮血が撒き散らされ、蛙のモンスターは「グアっ」という鳴き声を発した。
更に傷口からの出血を止めるため、エストは蛙の傷口を炎で燃やし、止血する。蛙のモンスターは死ぬことはなかったが、激痛に気絶したようだ。
「ま、こういうふうに動きを止めるだけでいいよ。たしか戦技にも炎を扱うのあったよね?」
おそらくエストが言っているのは〈火炎斬り〉のことだろう。たしかにナオトはそれが使えるし、足を切断しながら傷口を止血することはできるだろう。
「あるな」
「じゃ、ナオトはそれで。ユナは⋯⋯モンスターの手足を射抜くことはできる?」
動き回るモンスターの細い腕を的確に射抜く。普通の人間ならまず不可能なことであるが、
「勿論です」
ユナにとっては、そんなこと簡単も簡単、赤子の手をひねるより楽な作業よ、というものだ。
確認したいことは全て確認し終わった。
「⋯⋯じゃあ、これから作戦を伝えるね」
三人は頷くと、
「簡単、モンスター捕獲大作戦、だよ」
「モンスター捕獲大作戦⋯⋯?」
エストはやはり、センスがないようだ。その点に関しては、才能がなかったらしい。ど直球で遊びのないその作戦名だが、それゆえにやりたいことが一瞬にして理解できる。
「至ってシンプルな作戦さ」
そう言って、エストは作戦内容を話し始める。
「まず、私たちにモンスターさんらはご立腹のようだ。親でも殺されたかのように襲ってくる。ただでさえレベルが低いモンスターが、激情に駆られて、馬鹿の一つ覚えみたいに突進しかしてこない」
突進とは原始的かつ、効果的な攻撃方法だ。体が大きく、スピードが出せる存在ならば、厄介極まりない。しかしながら、原始的であるがゆえに、その対処方法も考えやすい。
ドラゴンの突進と、そこらのモンスターの突進とは、同じ突進でもまるで違う。
「そこで登場するのがこれさ」
エストの手のひらの上に黄色の魔法陣が展開されると、そこから糸が出てくる。
またもや適当に攫ってきた蛙のモンスターにその糸をエストは巻きつけると、なんと、蛙は身動きに一つできずになった。
「ほらね、この通り。この糸は粘着力が強くてね。こいつら程度じゃ一度捕まれば逃れることはできないんだ」
「『もうおそい! 脱出不可能よッ!』ってやつですね」
「そうだね。なんの真似かは知らないけど、そうだよ」
ユナが元いた世界ではかなり有名な漫画、アニメのキャラクターの言葉だが、この世界の住人であるエストには通じない。
ユナのノリを簡単に流して、エストは続ける。
「で、私がこれで蜘蛛の巣みたいなものを作る。作るってる間にキミたちにはモンスター共の囮になって欲しくて、合図を出したら指定した場所まで来てほしいんだ」
要は、蜘蛛糸でモンスターを一網打尽にするため、ナオト、ユナ、レイの三人にはその時間稼ぎと誘導役をして欲しい、ということなのだろう。
「じゃ、あとは頼んだよ、キミたち」
「了解。できるだけ早めにしてくれよ」
「うん、わかってるさ」
それを最後に、エストは転移魔法で三人の目の前から消え去った。
◆◆◆
──そして時は、現在に戻る。
「ふう⋯⋯あれだけ数があると、流石に疲れたね」
残りのモンスター全てを殲滅し終えたのは、戦闘開始から数十分後。個々は弱くとも、数が数なのでかなり疲労が溜まった。
「魔力も今ので大分無くなりましたし、少し休憩しませんか?」
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ナオトとユナも、疲れはあるはずだ。ここはレイの言うとおり、休んでおくべきだろう。
「いいね」「ですね」「だな」
モンスターたちの麻痺が解かれるには数時間の猶予がある。一時間程度休んだって、何ら支障はないだろう。
エストたちは少し休憩することに決定した。
「エスト様、どうぞ」
「ん、ありがと」
レイはおもむろに発光魔力石をその辺りから採取し、それをエストに渡す。彼女は発光魔力石に触れるだけ触れて、それ以上何もしなかった。見ると、レイも同じことをしている。
「⋯⋯何してるんですか?」
傍から見れば奇妙な光景だった。たしかに綺麗な石だし、触りたくなる気持ちは分からないわけではないが、エストとレイの二人にそんなストーンコレクターみたいな趣味があるとは思えない。
「ああ、これは魔力石の一種でね。魔力はこういうふうにして回復させることもできるんだよ。ほら、マナポーションってあったじゃん? 原理は⋯⋯少し違うけど似てるよ」
マナポーションとは、蒸留水に魔力石を溶かすことで出来上がるものだ。
魔力は水素よりも非常に小さいが質量があり、実体がある。ゆえに、それを外部から取り込むことができる。
なので魔力石から直接魔力を吸い取ることだって可能なのだ。
「マナポーションは魔力石を直接体内に取り込むのに対して、私たちは魔力を操作して取り込んでる。これの違いしかないね」
魔力石を直接体内に取り込むと言っても、蒸留水に溶けるくらいには粉々になっているため、それほど人体に影響があるわけではない。というか魔力の操作して外部から取り込むなんてできる人の方が少ないので、エストたちのやり方はマイナーもいいところである。
ちなみに個々が保有できる魔力量には限度があり、それを超えると生命は死ぬ。つまり魔力の誤操作=即死であるため、今、エストとレイはかなり危険なことをしていたりする。
「なるほど。で、その魔力石一つでどれくらい回復できるんですか?」
「三割くらい」
「意外と多いな」
今のエストで三割くらいなら、レイなら一、二割くらいだろう。五つもあれば完全回復とは、かなり多い回復量だ。
それもそのはずである。この洞窟内の魔力石は小さくとも拳より一回りも大きくて、大きいものだと、体積ならば人間の幼児くらいはあるだろう。さらに純度も高いときた。市場に出れば、一つ二十金貨、日本円にして二十万円相当の値が張る。
そんな日本サラリーマンの平均月収の手取り金額のおよそ八割が消え去る高級品であるそれを湯水のように使うと、エストとレイの二人の魔力は全回復となった。
体も一時間ほどとはいえ休んだことで楽になる。
「あとこの階層ですることは、下の階層へ進むための階段を探すだけだね」
殆どモンスターが闊歩しなくなった洞窟内を、ゆっくりと、じっくりと探索する。
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