白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第四章「始祖の欲望」

第七十三話 露見する闇

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 前回、そして前々回の『死に戻り』から、推測できることが一つあった。ずばり、それは、マイたちは何らかの方法を用いて、マサカズたちの位置を特定しているのではないか、ということだ。『死者の大地』に居るのだと特定するのは、あの時点ではほとんど不可能であるのだから、そうとしか考えようがない。
 銃器を創作できる加護を持っているマイであれば、発信機のようなものが創作できても何らおかしくない。それをいつ、どこで取り付けられたかは不明だが、マサカズの『死に戻り』のポイント以前の時間であることは確実だろう。
 調べるだけならば、然程リスクはない。もし発見されたら爆発するなんていう趣味の悪い仕掛けがあったとしても、初見殺しを実質無力化できるマサカズであれば意味はない。いや精神的ダメージは深刻なのだが。

「⋯⋯追跡魔法がキミに行使されているね」

 発信機ではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
 魔女ではないにせよ、その知識の量と質はあまり以前とは変わりない。魔法のエキスパートでもあるエストによると、マサカズは追跡されていたらしい。
 
「妨害できるか?」

「この魔法の行使者は私より魔法能力が劣っているみたいだからね。勿論できるさ。それどころか、無効化することも、なんなら逆に特定してやって、攻撃魔法をぶつけることもできるけど」

 ということで、エストは追跡魔法の行使者に〈爆裂エクスプロージョン〉の魔法を贈った。即死ないしは重傷、もし事前に報復を察知したとしても、

「爆発音⋯⋯防衛要塞の方からか」

 このようにして、追跡者の位置を特定できる。

「さて、これからどうするのさ。今の状況を一番詳しく理解できるのはマサカズ、キミだけだ」

 エストの言うとおり、これからどうするか、正しく判断できるのは当事者でもあるマサカズだけだ。

「⋯⋯お前がもし、能力を使えるなら、全部任せるんだけどな」

 責任逃れ。自分より問題への対処能力が高いと思われるエストに、全てを擦り付けたいと思うタイプの人間がマサカズだ。ある意味でそれは賢いのだが、彼の場合、任せるだけ任せて自分は何もしない嫌な奴である。

「私は生憎、他者の記憶の全てを見る気にはなれないんだよね」

 エストの能力による記憶の閲覧は、ある程度本人の意思によって見たい記憶のみを見ることができるのだが、見たくない記憶の判断条件が緩いと、結果として全てを見てしまうことになるのだ。

「本当、そういうとこ面倒だよな」

 厭味たらしいが、それは実のところマサカズの本心である。互いを理解して、その境界線を積極的に引こうとしない、自分勝手なところが目立つ二人だからこその関係だ。

「誰に何と言われようと、私はしたくないことはしたくないんだよ」

 エストとマサカズが睨み合う。二人の間の空気が一気に悪くなっているようだ。

「好きと嫌いは表裏一体⋯⋯お前ら本当に仲いいな」

 あるものを嫌いになるには、それを知らなければならないように、嫌悪もある意味では理解と言える。
 だが、もし、その嫌悪を対象に伝えたなら、それは本心からの嫌悪だろうか。本当に嫌いなら、無視するはずだ。関わらないことが、一番、相手から遠ざかる方法であるからだ。あるいは、好きな子に悪戯を仕掛ける男子の心理がそこにあるからだろう。

「俺とこいつがか? 何回か殺されたんだが? ナオト」

「私とマサカズが? 冗談ならもう少しマシなのを頼むよ」

 エストとマサカズの二人の声が重なって、部屋に響いた。

「⋯⋯エルフの国の一件のこと、忘れたのか、こいつら」

 ないものについて何時までも話し合うことは時間の無駄だ。馴れ合いもさっさと終わらせて、マサカズは行動の方針を決定する。

「まあいいや。⋯⋯で、行動方針だが⋯⋯前回と同じ──『始祖の魔女の墳墓』に向かうことだ」

 追跡がされない今の状況なら、無事に『始祖の魔女の墳墓』にたどり着けるだろう。であればそれ以外に現状、マサカズに思いつける範囲だと、選択できる道はない。

「そして⋯⋯テルムとエレノアとは、ここで別れる」

「⋯⋯どうしてだ? 戦力は多いほうがいいだろ?」

 ただでさえ相手はマイという転生者と、クアインという謎の実力者だ。戦力は少しでも多いほうがいいと考えるのが普通である。

「そうだな。建前と本音の理由がそれぞれあるが、どっちが聞きたい?」

 不穏な発言だ。

「⋯⋯本音」

 マサカズは何の悪びれもなく、その理由を明かす。

「二手に別れれば、当然だが発見されるリスクも、相手側の戦力も半分になるし、囮にもなる。要はもう片方の犠牲になってもらうということだ」

 マイの力は圧倒的だ。最大戦力でも倒すことは不可能に近くて、倒すという選択肢はない。

「なるほどな⋯⋯分かった。じゃあオレたちは別の国に逃げることにする」

「まあ囮になってもらう可能性も考えて、ワイバーンを使っていい。⋯⋯次に会うときは死体じゃないことを祈るぜ」

「何言ってんだ。オレはもう死体だぜ?」

「ああ⋯⋯そうだったな」

 マサカズとテルムは互いに笑い合って、覚悟を決める。

「⋯⋯ああ、そうだ。建前の理由もついでに教えといてやる」

 マサカズたちの足元に、エストの転移魔法が展開されとき、彼はテルムに話しかけた。
 完全に振り返ることはせず、顔の半分だけが見える程度に、彼は首を回した。

「エレノアを危険な目に遭わせたくないから、だ」

 それだけ言うと、彼の、彼らの姿はこの部屋から消えた。

「⋯⋯建前ねぇ」

 理由としては弱い。テルム一人に任せるより、マサカズたちと一緒にいた方が、エレノアにとっては安全だろう。しかし、その理由は完全な建前ではなかった。本心の一部である。

「⋯⋯エレノア、行くぞ」

「⋯⋯うん」

 スケルトンと一人の少女は、人目がつかないように宿屋から出て行き、ワイバーンに乗ると、そのまま飛び立つ。

「結局、人化については分からないままか。⋯⋯まあ、ゆっくりと時間をかけて探せばいいか」

 テルムは、モルム聖共和国から離れていく。それだけなのに、どうも寂しいという感情が現れた。そうまるで、故郷から離れるような感覚に近い。

「⋯⋯」

 どうでも良い、と考えると、その感傷はすぐに消えた。

 ──記憶にない思いというのは、どうしてこんなにも儚いのか。

 ◆◆◆

 『死者の大地』には行かないほうが良かった、というのは、所詮、結果論というものだ。
 いざエストたちが『死者の大地』に転移すると、その瞬間、軍人に発見されたのだ。
 阻害の魔法があるように、転移魔法というのは非常に危険視すべき魔法の一種である。そして転移阻害魔法よりも低階級の対転移魔法には〈転移感知センス・テレポート〉というものがある。範囲内では転移魔法による転移が確認されると言った効果を持つ魔法だ。
 おそらく、少し前のエストの爆裂魔法による報復で、軍が警戒状態になった為に敷かれた警戒網だろう。つまり、戦犯はエストである。

「どうすんだよ⋯⋯これ」

 即発見されたエストたちは、そのまま都市内に逃げ込んだ。今は路地裏に居るが、見つかるのも時間の問題だろう。

「⋯⋯ボクとユナで、壁上の兵を全員無力化できるか試してみるか?」

 ナオトの隠密戦技と、ユナの遠距離射撃による奇襲。一時的にであれば監視の目を物理的に消すことができるし、そのまま『死者の大地』へ侵入することが可能だろう。
 だがしかし、それをしてしまえば、前回と同じ道を歩むことにもなるだろう。監視兵を消してしまえば、当然だが怪しまれる。一度『死者の大地』に侵入したこともあり、そうした理由を悟られてもおかしくない。

「駄目だ。⋯⋯とは言っても、どうすべきか」

 先が見えない暗闇の中、路頭に迷ったように、これから何をすべきかを正しく判断できない。
 いや正しく判断するもなにも、選択肢さえないのかもしれない。詰みの状況。言うなれば、将棋の対面で、どんな手段を用いても、一手先に王を取られることが容易に、確実に、理解できてしまうような状況である。
 『死に戻り』の本質は未だ理解しきれていない。この世界に召喚されて、その加護の効力を初めて知ったときに煩慮した、もし、その死が完全にどうしようもない場合、『死に戻り』の加護は発動するのか、ということが、まさに今のこの状況ではないか。
 いや、考えるな。答えなどない。確実な正解はない。問題集に付属している解答は、この世界にはないのだ。
 考えるほど、考察するほど、低廻するほど、不安は募る。不安はやがて生きる意味を見失う材料となり、結果として精神は、心は崩壊することになってしまうだろう。そんな未来を、マサカズは知っているかのように思い描ける。
 
「──」

 人間の力はどうしてこうも中途半端なのだろうか。
 絶望的な現状を、冷静に理解できてしまう知能はあるのに、その絶望を打開する術を思いつける知能はない。発想力もない。
 無知の知という言葉がある。自分が無知であるということを知っていなければならず、自分が無知であると知らないことは、実際に無知であることより愚かだ、という意味である。だが、その実、無知であるということも十分過ぎるほどに愚かである。

「⋯⋯何か考えろ。何か⋯⋯」

 人は焦れば焦るほど、思考能力は著しく低下する。特に、焦るとパーフォーマンスが落ちるマサカズには、それが顕著に出てしまっている。
 あれは駄目だ。これも駄目だ。きっとこうなる。絶対に不可能だ。何度も問を、何度も無理だ、という解答で、何度もも繰り返す。
 循環数のように、その思考は永遠に続くだろう。だが小数が永遠に続く数字は四捨五入をしてニアイコールで表すように、何事にも、何かしらの形で終わりはあるものだ。

「⋯⋯マサカズさんたち、ですよね?」

 悩みに悩み、どうすることもできないと思い込んでいた頃、突然、彼らに話しかける少女が居た。
 現在、町中ではマサカズたちは凶悪犯罪者として指名手配されているはずだ。一般人なら、もし彼らを見つけても話しかけるなんてことはせずに、直ちに軍に情報を提供するはずだ。
 少女のロングヘアはワインレッドと、マサカズたちの居た元の世界では、まず地毛としては存在しないだろう奇抜な色に、瞳は真っ赤だが、充血しているわけではない。
 その人は、この町に一緒に来た夫婦の共通の友人である少女。名を、

「レイチェル⋯⋯さんですよね?」

 ユナが彼女にそう聞くと、彼女は答える。

「はい。⋯⋯それより、何があったんですか?」

 軍部より、殆ど初対面のようなマサカズたちを、レイチェルは信用しているようだった。
 ささっと何があったかを簡潔にマサカズはレイチェルに説明すると、彼女は何の疑いもなくマサカズたちの言葉を信じた──いや、鵜呑みにした。

「⋯⋯俺が言うのもあれだが、なぜそこまで信じられる? 正直、俺がお前なら、真っ先に逃げるんだが⋯⋯」

 もっともな感想だ。自ら危険は冒したくないものだし、下手をすれば、マサカズ共々巻き込まれて殺されたっておかしくない。近づくこと自体、すべきことではないだろう。

「⋯⋯私は、元より軍部を疑っていて、信用なんてしていなかったのです」

 少し間を置いて、いつぞやのように周りを確認してから、彼女はそう言った。

「⋯⋯え?」

 衝撃だ。本来軍とは、民を守るための機関である。少なくとも、この国では軍はそれほど悪とはされていないようだったのに。

「──私の母は、ある日突然、この世から去りました」

 レイチェルは軍部を信頼しない理由を訥々と明かし始めた。

「父は、母は事故で亡くなったと言っていましたが、私はある日、真夜中、家のリビングで一人お酒を飲んで、独り言を言っている父を見たのです」

 軍部への不信とレイチェルの母の死。一見関係無さそうに思われる事柄であるというのに、そこに何か関係があるのではないかと、何故か勘繰ってしまう。

「『俺があの日見たのはアイツじゃない。なあ⋯⋯お前は今どこで、何をしているんだ?』と、父は言っていたのです」

 アイツとは、おそらくレイチェルの母のことだろう。

「⋯⋯怖かったですが、私は父にそのことについて翌朝、聞きました。そして⋯⋯父はこんなことを言いました」

 ──軍部は、母を誘拐した。

「⋯⋯最初、私は信じられなかったです。ですが⋯⋯その一ヶ月後、父は死にました。死因は⋯⋯軍事演習中の事故死でした」

 母の不審な死。そして直後の父の、同じく不審な死。
 ここまで来て、軍部を疑わないほうが、奇天烈な話だ。

「軍部は何かを隠してます。⋯⋯皆さんに頼みがあります」

 レイチェルは何か決心したように、マサカズたちに顔を向けて口を開く。

「──私の両親の仇を取ってください」
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