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第三章「エルフの国」
第五十三話 苦渋の決断
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その姉妹の喧嘩は、そこに居る誰にも止めることはできなかった。瞬時にして虚飾と憂鬱の魔人は無力化されたためである。
「〈範囲拡魔法強化・大火〉!」
「〈魔法三重強化・防壁〉」
辺り一帯を焼き尽くさんとする火を、レネは三重の防壁で防ぐ。ダメージは当然、熱さえも通すことを許さなかった。
「〈呪われた闇氷〉」
「〈聖なる炎〉」
紫色がかった氷が、口のような形を作りながらエストを飲み込もうとするが、神々しき光を発する炎が氷を溶かして水へと変える。
「知ってますか、エスト? 水が非常に高い温度の炎に接触するとどうなるかを。魔女の炎の魔法とかで氷を溶かしたら、一体どうなってしまうのでしょうか?」
「しまっ──!」
エストが溶かした氷が水になり、そして更に魔法の炎の熱によって気化する。水蒸気となったことで体積が増大し──爆発を引き起こす。
魔法による爆発ではないため、魔法抵抗力で打ち消すことはできない。反応することが精一杯で、魔法を使うという思考回路に辿り着くには、あまりにも時間が少なかった。よって、エストは水蒸気爆発をマトモに食らってしまう。
「〈次元断〉」
水蒸気によって見えないながらも、レネはエストのおおよその位置を特定していた。そこに彼女は追撃の攻撃魔法を加えるが、同じく何らかの攻撃魔法によって相殺されたようだった。
「魔女の体じゃなかったら、今ので死んでいたね」
無傷、というわけにはいかなかった。全身のいたる所に火傷があり、出血が酷い。普通の人間ならば、このまま死ぬことが確定していたほどの大怪我だ。しかし、エストは魔女。並外れた生命力を持つ。
「──っ!」
レネの記憶に、おぞましい『何か』が映ろうとした。彼女は一瞬だけそれに気が取られて、エストの回復を許してしまった。
「能力をそこまで扱えるようになるとは⋯⋯。子供の頃から知っているつもりでしたが、どうやらあなたは沢山の才能を持っているようですね」
「他の魔女でも恐慌状態になるはずなんだけどね、今の。⋯⋯防御面においては、レネ、キミほど優れた者は居ないよ」
エストは今、レネの脳内に存在するあらゆるトラウマを呼び覚まそうとした。だが、能力は発動する前に、レネはそれに抵抗──防御したのだ。
通常、エストの能力である『記憶操作』は他者に干渉しづらい。同格相手では抵抗が容易であるのだ。しかし、逆に言えば、抵抗するには意識する必要がある、ということでもあった。
「私の能力を知っているからこそ、無警戒で居たはず。能力を以前より使えこなせるようになったから、不意打ちはできたと思ったんだけどね」
知っているがゆえの油断。慢心。エストはレネのそういう所を狙ったのだが、結果は失敗だった。
「不意打ちは失敗。とすれば、決着をつけるにはやっぱり──魔法戦かな」
エストの背後に十にも及ぶ魔法陣が展開される。
「魔法の天才はやる事が凡人とは違いますね⋯⋯!」
その十の魔法陣は全て第十階級のものだ。
天才だからこそできる所業。凡人には到底できぬ所業。
それら十の魔法が、一斉にレネを目掛ける。
「〈倍反射〉!」
魔法は保有するエネルギーが二倍になり、ベクトルが逆転し、今度は術者に向かうが、
「──」
「ついさっき、私は『魔法戦で決着をつける』と言ったね。ごめん、それは言い間違いだったよ」
エストの片手には、刃渡り1.5mほどの細い剣が握られていた。創造系魔法によって創り出された魔法武器だろう。彼女は得物を勢い良く振り、レネの首を切り落とす。
頭を失ったレネの体が地面に倒れる。
「⋯⋯」
「──流石です、白の魔女」
術者が死亡したことで、イシレアを閉じ込めた結界、メレカリナの氷が消滅する。
「いヤぁ~、死にはしなかったけドぉ~、無力化されるとは思わなかったヨぉ~」
レネは死亡した。しかし、たった一人でここまでのことをやったのだ。エストが勝てたのは、幸運だったと言える。もしもう一度記憶をリセットして戦ったなら、今度はレネが勝利するだろう。
「⋯⋯さあ、あと一人だ」
ドメイがエストに、そう言う。しかし、
「それは、無理だよ」
エストは拒否した。
「⋯⋯どうしてだ?」
「単純さ。彼の加護は死に戻り。死亡を条件に発動して、その効果は時間を巻きもどすといったものだ。だから、殺すことはできない」
「本当ですか?」
イシレアはエストの言葉を訝しむ。マサカズというこの男は実は蘇生魔法が使えて、イシレアたちが立ち去ったあとに死者を復活させることが目的、という可能性もありえるからである。
「そう、本当さ。⋯⋯何、殺さなくても、幽閉すればいいだけでしょ?」
「⋯⋯それもそうですね。メレカリナ」
呼びかけられたメレカリナは、マサカズの四肢を一瞬にして捥ぐ。
「っ! あああああっ!」
マサカズは激痛で気絶状態から目覚める。
さらに傷口をイシレアの魔法の火で炙られると、マサカズはもう一度気絶してしまうが、彼の出血は止められた。それから、彼女は現実を改変し、マサカズの体を鎖で近くの柱に拘束する。
血の匂いが充満した、王城のエントランスホール。
「私たちの目的はエルフたちの虐殺。そしてそれは私たち自身の手でしなくてはなりません。なので、ドメイと⋯⋯」
「エスト」
「⋯⋯エスト、二人は大樹の森で逃げてきたエルフを捕らえておいてください」
「わかった」
エストとドメイの二人はイシレアの言葉に了承する。
「やっと食事の時間ダぁ~!」
メレカリナは不気味で恐怖的な、しかし純粋な笑顔を浮かべる。
そして、四人は二手に別れ、その場から去った。
◆◆◆
しばらくして──。
「ガっ⋯⋯ゲホっ! ゲホっ!」
青髪の女性が、立ち上がる。失われたはずの頭部はいつの間にか元通りになっていた。
彼女は肺に溜まっていた血を吐きながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「一か八かでやってみたことですが⋯⋯上手くいったようですね⋯⋯」
〈魔法遅延化〉と〈完全復活〉を行使することで、彼女──レネは生き返ったのだ。
最初から、レネの目的はこれだった。そもそも、あの状況でエストを倒したとしても、結界が解かれたイシレアを相手にすることになっていただろう。消耗していては、勝てるとは思えなかったのだ。
「⋯⋯っと。まずはマサカズさんの処置を⋯⋯」
レネの残存魔力量ではギリギリではあるがナオト、ユナ、レイの三人全員を蘇生することができ、そしてマサカズの四肢を復活させた。
「⋯⋯クソ! なんで⋯⋯」
──こんなことに。
イシレア、メレカリナの襲撃。ドメイ、そして、エストの裏切り。
どうすれば良い。どうすればこの状況を打開できる? そんなことを、マサカズは低徊する。しかし、思いつかない。どれだけ考えを巡らせても、答えは見つからなかった。やはり、その一番の障害はエストである。
「⋯⋯レネ、エストを何とかできるか?」
「⋯⋯先程は少し戦った程度なので確証はできませんが⋯⋯おそらく。ですが──手加減はできません。全力で挑む必要があります」
『全力で挑む必要がある』。それはつまり、気絶させたりすることができず、殺すしかないということ。
エストは今レネがやったように、自己蘇生ができる。殺す場合、自己蘇生ができないほどの損傷を与えた状態で殺害するしかない。
「⋯⋯」
裏切られた。しかし、マサカズは、彼女を殺せ、とは言えなかった。
彼女とは友人だ。彼女とは仲間だ。彼女とは強大な戦力だ。切り離すには、あまりに惜しい存在である。
「それは⋯⋯最終手段にしましょう」
「レイ⋯⋯」
反対したのは、レイだった。当たり前だ。彼は、彼女の従者である。主人の殺害に賛成することにはあまり気乗りしなかった。
「だったらどうするっていうんだよ? アイツは僕たちを裏切り、あまつさえ殺害した。それだけで、報復をするに値するだろ⋯⋯同じく、殺すという形で」
ナオトは怒りを顕にする。
「⋯⋯そうです、そこですよ」
「は?」
ユナが、いきなりそんなことを言い出した。
「どうして、エストさんは私たちを蘇生できる状態で殺したんでしょうか?」
エストは蘇生魔法が使える。というか、ある程度の実力を持つ魔法使いであれば蘇生魔法の条件くらい知っていて当たり前である。
まさか、彼女はそんなことにさえ気づかない間抜けだとは思えない。
「⋯⋯なんだ。アイツはボクたちを逃がそうとした、とでも?」
「はい」
「──メレカリナはレイが追い詰めていた。イシレアも対策できた。そこでわざわざ、あちら側に寝返る必要はないはずだ」
「⋯⋯」
「いいか、ユナ。アイツは、ボクたちを裏切った。これが真実だ。揺るがない現実だ」
「⋯⋯ナオト、じゃあ、どうする?」
「そりゃ、アイツを──」
「殺せる、のか?」
マサカズの言葉に、ナオトは何も言えなくなった。
「エスト、イシレア、メレカリナ。この三人を相手にできるのはレネとレイだけだし、勝率は低い。二度も同じ手で無力化されるような奴らには見えないだろうからな」
エスト一人だけなら。イシレア一人だけなら。メレカリナ一人だけなら。どうにかなったかもしれない。しかし、三人となればどうしようもなくなる。
「⋯⋯皆はここから逃げてくれ」
「⋯⋯は? マサカズ、お前はどうするんだよ」
「俺は⋯⋯エストに、話を聞きに行く」
「何を⋯⋯?」
「なぜ、寝返ったかだ。⋯⋯何、殺されないさ」
「それが問題なんだよ。エストはお前の加護を知っている。だから、お前だけは殺されなかった。⋯⋯死ぬより酷い目に遭うぞ」
「⋯⋯でも。それでも、気になって仕方ないんだ。理由が、知りたい。知れば、何か分かることがあるかもしれないんだ」
「⋯⋯決意は固い、か。⋯⋯死ぬか、五体満足で帰ってこいよ」
「ああ⋯⋯!」
マサカズは、王城から出ていく。
そんな彼に、レネが呼び掛ける。
「マサカズさん! これを」
レネがマサカズに渡したのはネックレスだった。赤い宝石の飾りがあるものである。
「これは?」
「フェリシア王女様から頂いた魔具です。どうやら魔法を軽減する効果を持っているようで。⋯⋯それと、今、私はある効果もそれに追加しました」
「ある効果?」
「ええ。⋯⋯使うときがくれば、分かります」
レネは、その効果を言わなかった。言いたくなかったようだ。何か、理由があるのだろう。
「⋯⋯ありがとう」
礼だけ言って、マサカズはすぐに歩き出す。──決心した顔で。
◆◆◆
マサカズと別れた直後。レネは、自分の従者を探していた。
「居ませんね⋯⋯」
王城のどこを探しても、ミントの姿は見つからなかった。彼女は大した戦闘力も持たない。もしイシレアたちと遭遇していたなら、抵抗さえできずに殺されてしまうだろう。
「⋯⋯そんなことはないと思いますが」
そんな時、レネは入った執務室のテーブルの上に本があるのを見つけた。
「⋯⋯日記?」
本には名前があった。その名前は──ドメイの名だった。ご丁寧にフルネームが書かれていた。
「あまり人の日記は読むものではありませんが⋯⋯」
何か情報があるかもしれない。
レネは、ドメイの日記を読む。彼女は特別速読が上手いわけでもないのだが、普通より優れた視力でパラパラとそれを読む。
「⋯⋯! そんな⋯⋯ことが⋯⋯」
日記に書かれていたことは、一言で表すなら狂人のそれだ。計画──おそらくこのエルフの国の襲撃──における犠牲者への謝罪が書きなぐられていた。しかし、謝罪文の中にあるこんなことをしてしまった理由が、レネを驚かせたのだ。
『死体さえない死者を蘇らせることを協力条件に──』
蘇生魔法の条件は死体が七割以上存在すること。それを満たさなければ、醜悪な未完成のゾンビが生まれるだけだ。
「⋯⋯死体のない死者。エストとドメイの二人が協力する理由⋯⋯。はは。そう。そういうことでしたか」
レネはエストとドメイの二人がそこまでして生き返らせたいと思う人物が誰なのかを知っていた。
「⋯⋯裏切るのも、納得ですよ」
もし、エストと同じ立場ならば、同じことをしただろう、とレネは思う。
「レネ様、ミントさんが見つかりました⋯⋯のですが、何をしてらっしゃるのですか?」
執務室に、執事服の高身長の男が入ってくる。彼は本を読んでいたレネに話しかける。
「レイさん。⋯⋯いえ、ドメイの日記を見つけましてね。気になって読んだのですが⋯⋯彼と、エストの目的が、イシレアたちに協力した理由が分かりました」
「⋯⋯それは?」
「⋯⋯エストの義理の母について知っていますか?」
レイはこれまでの主人の発言をすべて思い出す。
「母⋯⋯。はい、たまにそんなことを言っているのを聞いたことがありますが⋯⋯って、まさか!」
「察しが良いですね。エストには、ルトア、という母親がいました。⋯⋯あれは今から603年前のことです。彼女の母親は──黒の魔女に殺されたんですよ」
「〈範囲拡魔法強化・大火〉!」
「〈魔法三重強化・防壁〉」
辺り一帯を焼き尽くさんとする火を、レネは三重の防壁で防ぐ。ダメージは当然、熱さえも通すことを許さなかった。
「〈呪われた闇氷〉」
「〈聖なる炎〉」
紫色がかった氷が、口のような形を作りながらエストを飲み込もうとするが、神々しき光を発する炎が氷を溶かして水へと変える。
「知ってますか、エスト? 水が非常に高い温度の炎に接触するとどうなるかを。魔女の炎の魔法とかで氷を溶かしたら、一体どうなってしまうのでしょうか?」
「しまっ──!」
エストが溶かした氷が水になり、そして更に魔法の炎の熱によって気化する。水蒸気となったことで体積が増大し──爆発を引き起こす。
魔法による爆発ではないため、魔法抵抗力で打ち消すことはできない。反応することが精一杯で、魔法を使うという思考回路に辿り着くには、あまりにも時間が少なかった。よって、エストは水蒸気爆発をマトモに食らってしまう。
「〈次元断〉」
水蒸気によって見えないながらも、レネはエストのおおよその位置を特定していた。そこに彼女は追撃の攻撃魔法を加えるが、同じく何らかの攻撃魔法によって相殺されたようだった。
「魔女の体じゃなかったら、今ので死んでいたね」
無傷、というわけにはいかなかった。全身のいたる所に火傷があり、出血が酷い。普通の人間ならば、このまま死ぬことが確定していたほどの大怪我だ。しかし、エストは魔女。並外れた生命力を持つ。
「──っ!」
レネの記憶に、おぞましい『何か』が映ろうとした。彼女は一瞬だけそれに気が取られて、エストの回復を許してしまった。
「能力をそこまで扱えるようになるとは⋯⋯。子供の頃から知っているつもりでしたが、どうやらあなたは沢山の才能を持っているようですね」
「他の魔女でも恐慌状態になるはずなんだけどね、今の。⋯⋯防御面においては、レネ、キミほど優れた者は居ないよ」
エストは今、レネの脳内に存在するあらゆるトラウマを呼び覚まそうとした。だが、能力は発動する前に、レネはそれに抵抗──防御したのだ。
通常、エストの能力である『記憶操作』は他者に干渉しづらい。同格相手では抵抗が容易であるのだ。しかし、逆に言えば、抵抗するには意識する必要がある、ということでもあった。
「私の能力を知っているからこそ、無警戒で居たはず。能力を以前より使えこなせるようになったから、不意打ちはできたと思ったんだけどね」
知っているがゆえの油断。慢心。エストはレネのそういう所を狙ったのだが、結果は失敗だった。
「不意打ちは失敗。とすれば、決着をつけるにはやっぱり──魔法戦かな」
エストの背後に十にも及ぶ魔法陣が展開される。
「魔法の天才はやる事が凡人とは違いますね⋯⋯!」
その十の魔法陣は全て第十階級のものだ。
天才だからこそできる所業。凡人には到底できぬ所業。
それら十の魔法が、一斉にレネを目掛ける。
「〈倍反射〉!」
魔法は保有するエネルギーが二倍になり、ベクトルが逆転し、今度は術者に向かうが、
「──」
「ついさっき、私は『魔法戦で決着をつける』と言ったね。ごめん、それは言い間違いだったよ」
エストの片手には、刃渡り1.5mほどの細い剣が握られていた。創造系魔法によって創り出された魔法武器だろう。彼女は得物を勢い良く振り、レネの首を切り落とす。
頭を失ったレネの体が地面に倒れる。
「⋯⋯」
「──流石です、白の魔女」
術者が死亡したことで、イシレアを閉じ込めた結界、メレカリナの氷が消滅する。
「いヤぁ~、死にはしなかったけドぉ~、無力化されるとは思わなかったヨぉ~」
レネは死亡した。しかし、たった一人でここまでのことをやったのだ。エストが勝てたのは、幸運だったと言える。もしもう一度記憶をリセットして戦ったなら、今度はレネが勝利するだろう。
「⋯⋯さあ、あと一人だ」
ドメイがエストに、そう言う。しかし、
「それは、無理だよ」
エストは拒否した。
「⋯⋯どうしてだ?」
「単純さ。彼の加護は死に戻り。死亡を条件に発動して、その効果は時間を巻きもどすといったものだ。だから、殺すことはできない」
「本当ですか?」
イシレアはエストの言葉を訝しむ。マサカズというこの男は実は蘇生魔法が使えて、イシレアたちが立ち去ったあとに死者を復活させることが目的、という可能性もありえるからである。
「そう、本当さ。⋯⋯何、殺さなくても、幽閉すればいいだけでしょ?」
「⋯⋯それもそうですね。メレカリナ」
呼びかけられたメレカリナは、マサカズの四肢を一瞬にして捥ぐ。
「っ! あああああっ!」
マサカズは激痛で気絶状態から目覚める。
さらに傷口をイシレアの魔法の火で炙られると、マサカズはもう一度気絶してしまうが、彼の出血は止められた。それから、彼女は現実を改変し、マサカズの体を鎖で近くの柱に拘束する。
血の匂いが充満した、王城のエントランスホール。
「私たちの目的はエルフたちの虐殺。そしてそれは私たち自身の手でしなくてはなりません。なので、ドメイと⋯⋯」
「エスト」
「⋯⋯エスト、二人は大樹の森で逃げてきたエルフを捕らえておいてください」
「わかった」
エストとドメイの二人はイシレアの言葉に了承する。
「やっと食事の時間ダぁ~!」
メレカリナは不気味で恐怖的な、しかし純粋な笑顔を浮かべる。
そして、四人は二手に別れ、その場から去った。
◆◆◆
しばらくして──。
「ガっ⋯⋯ゲホっ! ゲホっ!」
青髪の女性が、立ち上がる。失われたはずの頭部はいつの間にか元通りになっていた。
彼女は肺に溜まっていた血を吐きながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「一か八かでやってみたことですが⋯⋯上手くいったようですね⋯⋯」
〈魔法遅延化〉と〈完全復活〉を行使することで、彼女──レネは生き返ったのだ。
最初から、レネの目的はこれだった。そもそも、あの状況でエストを倒したとしても、結界が解かれたイシレアを相手にすることになっていただろう。消耗していては、勝てるとは思えなかったのだ。
「⋯⋯っと。まずはマサカズさんの処置を⋯⋯」
レネの残存魔力量ではギリギリではあるがナオト、ユナ、レイの三人全員を蘇生することができ、そしてマサカズの四肢を復活させた。
「⋯⋯クソ! なんで⋯⋯」
──こんなことに。
イシレア、メレカリナの襲撃。ドメイ、そして、エストの裏切り。
どうすれば良い。どうすればこの状況を打開できる? そんなことを、マサカズは低徊する。しかし、思いつかない。どれだけ考えを巡らせても、答えは見つからなかった。やはり、その一番の障害はエストである。
「⋯⋯レネ、エストを何とかできるか?」
「⋯⋯先程は少し戦った程度なので確証はできませんが⋯⋯おそらく。ですが──手加減はできません。全力で挑む必要があります」
『全力で挑む必要がある』。それはつまり、気絶させたりすることができず、殺すしかないということ。
エストは今レネがやったように、自己蘇生ができる。殺す場合、自己蘇生ができないほどの損傷を与えた状態で殺害するしかない。
「⋯⋯」
裏切られた。しかし、マサカズは、彼女を殺せ、とは言えなかった。
彼女とは友人だ。彼女とは仲間だ。彼女とは強大な戦力だ。切り離すには、あまりに惜しい存在である。
「それは⋯⋯最終手段にしましょう」
「レイ⋯⋯」
反対したのは、レイだった。当たり前だ。彼は、彼女の従者である。主人の殺害に賛成することにはあまり気乗りしなかった。
「だったらどうするっていうんだよ? アイツは僕たちを裏切り、あまつさえ殺害した。それだけで、報復をするに値するだろ⋯⋯同じく、殺すという形で」
ナオトは怒りを顕にする。
「⋯⋯そうです、そこですよ」
「は?」
ユナが、いきなりそんなことを言い出した。
「どうして、エストさんは私たちを蘇生できる状態で殺したんでしょうか?」
エストは蘇生魔法が使える。というか、ある程度の実力を持つ魔法使いであれば蘇生魔法の条件くらい知っていて当たり前である。
まさか、彼女はそんなことにさえ気づかない間抜けだとは思えない。
「⋯⋯なんだ。アイツはボクたちを逃がそうとした、とでも?」
「はい」
「──メレカリナはレイが追い詰めていた。イシレアも対策できた。そこでわざわざ、あちら側に寝返る必要はないはずだ」
「⋯⋯」
「いいか、ユナ。アイツは、ボクたちを裏切った。これが真実だ。揺るがない現実だ」
「⋯⋯ナオト、じゃあ、どうする?」
「そりゃ、アイツを──」
「殺せる、のか?」
マサカズの言葉に、ナオトは何も言えなくなった。
「エスト、イシレア、メレカリナ。この三人を相手にできるのはレネとレイだけだし、勝率は低い。二度も同じ手で無力化されるような奴らには見えないだろうからな」
エスト一人だけなら。イシレア一人だけなら。メレカリナ一人だけなら。どうにかなったかもしれない。しかし、三人となればどうしようもなくなる。
「⋯⋯皆はここから逃げてくれ」
「⋯⋯は? マサカズ、お前はどうするんだよ」
「俺は⋯⋯エストに、話を聞きに行く」
「何を⋯⋯?」
「なぜ、寝返ったかだ。⋯⋯何、殺されないさ」
「それが問題なんだよ。エストはお前の加護を知っている。だから、お前だけは殺されなかった。⋯⋯死ぬより酷い目に遭うぞ」
「⋯⋯でも。それでも、気になって仕方ないんだ。理由が、知りたい。知れば、何か分かることがあるかもしれないんだ」
「⋯⋯決意は固い、か。⋯⋯死ぬか、五体満足で帰ってこいよ」
「ああ⋯⋯!」
マサカズは、王城から出ていく。
そんな彼に、レネが呼び掛ける。
「マサカズさん! これを」
レネがマサカズに渡したのはネックレスだった。赤い宝石の飾りがあるものである。
「これは?」
「フェリシア王女様から頂いた魔具です。どうやら魔法を軽減する効果を持っているようで。⋯⋯それと、今、私はある効果もそれに追加しました」
「ある効果?」
「ええ。⋯⋯使うときがくれば、分かります」
レネは、その効果を言わなかった。言いたくなかったようだ。何か、理由があるのだろう。
「⋯⋯ありがとう」
礼だけ言って、マサカズはすぐに歩き出す。──決心した顔で。
◆◆◆
マサカズと別れた直後。レネは、自分の従者を探していた。
「居ませんね⋯⋯」
王城のどこを探しても、ミントの姿は見つからなかった。彼女は大した戦闘力も持たない。もしイシレアたちと遭遇していたなら、抵抗さえできずに殺されてしまうだろう。
「⋯⋯そんなことはないと思いますが」
そんな時、レネは入った執務室のテーブルの上に本があるのを見つけた。
「⋯⋯日記?」
本には名前があった。その名前は──ドメイの名だった。ご丁寧にフルネームが書かれていた。
「あまり人の日記は読むものではありませんが⋯⋯」
何か情報があるかもしれない。
レネは、ドメイの日記を読む。彼女は特別速読が上手いわけでもないのだが、普通より優れた視力でパラパラとそれを読む。
「⋯⋯! そんな⋯⋯ことが⋯⋯」
日記に書かれていたことは、一言で表すなら狂人のそれだ。計画──おそらくこのエルフの国の襲撃──における犠牲者への謝罪が書きなぐられていた。しかし、謝罪文の中にあるこんなことをしてしまった理由が、レネを驚かせたのだ。
『死体さえない死者を蘇らせることを協力条件に──』
蘇生魔法の条件は死体が七割以上存在すること。それを満たさなければ、醜悪な未完成のゾンビが生まれるだけだ。
「⋯⋯死体のない死者。エストとドメイの二人が協力する理由⋯⋯。はは。そう。そういうことでしたか」
レネはエストとドメイの二人がそこまでして生き返らせたいと思う人物が誰なのかを知っていた。
「⋯⋯裏切るのも、納得ですよ」
もし、エストと同じ立場ならば、同じことをしただろう、とレネは思う。
「レネ様、ミントさんが見つかりました⋯⋯のですが、何をしてらっしゃるのですか?」
執務室に、執事服の高身長の男が入ってくる。彼は本を読んでいたレネに話しかける。
「レイさん。⋯⋯いえ、ドメイの日記を見つけましてね。気になって読んだのですが⋯⋯彼と、エストの目的が、イシレアたちに協力した理由が分かりました」
「⋯⋯それは?」
「⋯⋯エストの義理の母について知っていますか?」
レイはこれまでの主人の発言をすべて思い出す。
「母⋯⋯。はい、たまにそんなことを言っているのを聞いたことがありますが⋯⋯って、まさか!」
「察しが良いですね。エストには、ルトア、という母親がいました。⋯⋯あれは今から603年前のことです。彼女の母親は──黒の魔女に殺されたんですよ」
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