白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第一章「王国の騒乱」

第七話 外面だけの英雄

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「⋯⋯おい、エストの様子がおかしくないか?」

「⋯⋯不味い。ありゃ理性が吹っ飛んでる」

「ど、どうしますか?止めに行きますか?」

「それは⋯⋯やめといたほうがいいな。今アイツに近づいたら殺されるのがオチだ。いくら弱体化魔法をかけているとはいえ、俺達じゃ敵わないんだから」

 人外じみた動きをする二人を見守りながら、ダメージこそ与えてくるが確実に殺しには来ていないアンデッドを殺す。
 一応戦技は使って、他の冒険者に戦っていますよアピールをしつつも、不穏な気配に注意を向ける。
 エストは今の彼女がもてる全力で剣を振るう。凄まじい空を切る音がするが、それは骨の鎌によって止られる。しかし、その骨の鎌からはミシミシといったふうな音が聞こえるため、あと何度か攻撃されれば折れてしまうだろう。
 狂気的に、楽しそうに剣を振るうエストからはまるで理性を感じない。

「アハハハハハ!」

 〝欲望〟に身を任せ、理性ではなく本能で、しかしきちんと考えて攻撃する。戦えば戦うほど自分の欠点が見えてくる。それをなくすためにその人間離れした知能で考え、欠点を克服する。しかし、角を切ればまた角がでてくるように、欠点は現れる。着実にそれは技能的なものではなく、能力的なものへと変わっていくだろうが、そのレベルに達するにはあまりにもエストの剣術の腕は悪い。──例えエストがそのレベルに達しても、戦闘の知識を求めるのをやめることはないだろう。なぜならばそれは完全な球体を作るのと同義であるのだから。
 剣に纏う黒炎こくえんは未だ燃え続ける。エストがもつ魔力は、それを可能とする。

「戦技、そう。戦技だよ」

 エストは剣を構え、

「たしか、こうだったよね?〈飛斬〉」

 それを振る。
 マサカズのそれよりも速く、大きく、くっきりと形が見える斬撃が魔人に飛ぶ。それを魔人は鎌によって防ぐが、鎌は折れてしまった。

「シマッ──」

 〈転移テレポート〉にも等しいその速度で、エストは魔人との距離を詰める。剣を突き刺すと、魔人からは青色の液体が飛び散る。突き刺した剣をそのまま上に振り上げ、魔人を天高く飛ばす。

「〈一閃〉」

 さらに空中で魔人を一刀両断する。2つとなった魔人は、それでもなお生きているようだ。
 死にぞこないを焼却処分するべく、エストは魔法を唱えようとする。しかし、それは叶わなかった。

「〈重力操作コントロールグラビティ〉ッ!」

 魔人が手に持っていたスクロールが消え去る。しかし、それを見たものはいない。
 それはエストを地面に叩きつけるほどの力はなかった。だが、一瞬だけでも彼女の動きを止めることはできたのだ。
 およそ生物とは思えないほどの再生力を、魔人はエストに見せつけ、魔法を唱える。

「〈闇渦ダークエディ〉!」

 エストが立つ地面に、真っ黒の渦が出現する。それはエストを飲み込もうとする。

「〈飛行フライ〉」

 飛ぶことによってそれを回避する。そして空中で彼の弱点である火属性魔法を唱える。
 火柱が魔人を巻き込み、立つ。燃え盛る火の中で魔人は苦しくもだえる。
 追い打ちと言わんばかりに剣を振るい、再度魔人の体を真っ二つに斬る。今度は縦にだ。
 人間離れした筋力から繰り出される連続的斬撃は、人の動体視力では捉えることができない。すこしの風圧が発生する。空中にあった真っ二つの肉は細切れになる。
 ──エストの身体能力は徐々に元に戻ってきていた。
 魔人が逃げれるとするならば、先程までであっただろう。可能性を具体的に表すとするならば万分の一であるが、0%ではなかった。限りなくゼロに近くはあったが、絶対ではなかったのだ。しかし、弱体化魔法の効力が薄れている今、その〝極めて困難〟は〝絶対に不可能〟となった。
 彼にある選択肢は2つ。諦めて死ぬか、最後まで足掻いて死ぬか。どちらが楽かと言われれば前者だろうが、結局は死ぬことには変わらない。
 ⋯⋯命令を果たして死ぬ。そうしたら元の世界に戻れることには確信できる。しかし、その命令は今、どこの誰が決めたのかわからない強制的な自由化により、なくなった。つまるところこれから彼が死んだら、どうなるのかはわからない。
 彼も生物ではある。あくまでカテゴリー的にはであり、生物の能力以上の能力を持つが。
 ともかく命がある。自我がある、つまり感情がある。
 恐怖、怖気、鬼胎、不安、苦悶、畏怖、狼狽、恐慌──
 彼が抱いた、初めての負の感情は果たしてどれか。それとも全てか。いずれにせよ、彼の〝生への執着心〟を増幅させるには十分すぎる。
 先程のそれより速く再生するも、肩で呼吸をするほどに体力を消耗する。目の前がボヤけ、立っているのでさえやっとだ。

「〈テレ──」

 そんな隙を、今のエストが見逃すわけがない。
 腕を切り落とされ、初めてじっくりと痛みを味わう。そこからは本来、血が滴るはずであったが、実際はそんなことはなかった。なぜならば血管が焼ききれているからだ。

「〈獄炎ヘルフレイム〉⋯⋯さて、今のあなたに無くなった腕を生やす体力はあるかしら?」

 エストは切り落とした腕を完全に燃やす。
 傷を繋げるのと、生やすのでは体力の消耗の差が大きく違う。ただでさえ体力が殆どない今の魔人にとって、腕一本生やすなど不可能だ。

「⋯⋯終わりよ。ありがとう、そしてサヨウナラ」

 足掻けるものなら足掻いてみせろ。覚醒するなら覚醒してみろ。
 ──しかし、現実は非情である。創作物の主人公でもなければ、カリスマ性のある悪党でも、超ラッキーなキャラクターでもない。
 彼のこれからは誰もが容易に想像できるもので、そこに大どんでん返しなどない。

 魔人であった炭は、さらに燃やされ、再生不可能な状態になる。魔人にとっての唯一の慈悲といえば、腕を失う痛みを味わったが、それよりも恐ろしいことは、苦しみを感じる暇もないくらいに速く行われたことだろう。
 召喚主が消滅したことにより、多数の冒険者の命を奪っていたアンデッドも消滅した。

「⋯⋯えーっと、エルトア?」

「⋯⋯あっ。⋯⋯なんかやらかしてた?」

 ようやく理性を取り戻したエストは、いつもの彼女に変わる。

「やらかしていたといえばそうだが、まぁ、作戦は成功⋯⋯か?」

「おそらくな。少なくともエルトア=魔女とはならんだろう」

「でも⋯⋯エルトアさんの印象がどうなるかですよね?」

 明らかに異常者の振る舞い──それで合っているのだが──をしたエルトアを好意的に見る者がいるだろうか。
 そんなことを考えていると、一人の女冒険者が近づいてくる。

「⋯⋯ありがとうこざいます、エルトアさん!」

 あれ?

「エルトアさんのおかげで、私達はあの化け物に殺されずにすみました。本当になんと言ったらいいか⋯⋯」

 これはもしかして⋯⋯

「とにかく、ありがとうごさいました!」

 ──こんなこと、ある?


 ◆◆◆


 表向きは魔人討伐について、しかし実際はその真相についてが、この冒険者組合長による呼び出しの理由だ。

「──というわけだ」

 なぜ、こんなことになったのかを1から説明し終わると、カブラギの表情は怒りを越して呆れに変わっていた。

「⋯⋯はぁ。まぁ、とにかく、事情はわかった。だが君たちへの報酬は王都に寄付してくれよ?」

「えー、や「ああ、そうするつもりだ」

 エストが俺に何か言いたげな様子で睨むが、俺はそれをあえてスルーした──スルーするにはあまりにも強大すぎる殺意さえ感じたが、生憎、俺は死んでも死ねない。

「⋯⋯なにも全く報酬がないわけじゃないさ。僕がもし、ゴブリンを変死体にした奴に心当たりがあるかを聞かれたら、その魔人であると答えるからさ」

 俺はカブラギに感謝し、組合長室から出ていく。




 3人の【異世界人】と、1人の【魔女】が立ち去り、部屋には1人の少年だけが居た。

「ったく⋯⋯これだから【魔女】は⋯⋯」

 面倒事ばかり持ってきて、いつも彼を困らせる存在だ。
【魔女】は計6人いる。全員があんなのだと、彼の胃袋には無数の穴があくだろう。──下手をすれば、物理的にも。

「そうですよね。でも、面白いですよ」

「全く面白くもないと思うが。──は?」

 突然、隣には黒髪の美女が居た。
 カブラギはすぐさまその〝正体〟に気が付き、拳を振るう。しかし、それは彼女に当たらず、すんでのところで止まる。もうすこし腕が長ければ、それは当たっていただろう。

「あらあら、折角来てあげたのに。⋯⋯それにしても、前より強くなってますね」

 ──否。〝腕がながければ当たっていた〟なんてことはない。自身のリーチを見誤る人間など、いない。正しくは拳が無くなったのだ。

「──ッ!」

「ごめんなさいね、ちょっと逸らそうとしたら、千切っちゃったわ」

 本当に申し訳ないと思わせるような声質と素振りだが、本性は全く違う。ほぼ確実に意図してやったことだ。

「〈上位回復グレーター・ヒール〉⋯⋯どう?」

 一瞬にして無くなった拳が生えてくる。その一連の行動の意味を理解できず、困惑したカブラギは固まる。

「なにも私はあなた〝たち〟を殺しに来たわけじゃないの。様子を見に来ただけなのよ?だから安心して。殺さないから」

 そして、彼女は消える。その間際に、彼女は魔法を唱えた。

「⋯⋯いま、何かあったような⋯⋯」

 なぜだが手首がヒリヒリする。最近の鍛錬の影響だろうか?

「⋯⋯1日くらい休むか」

 鍛錬に休養は必須なものだ。近頃は休みを全くとっていなかったことを思い出した。
 カブラギは近くにいた組合員に明日一日休むと伝え、自宅に戻った。




「なあ、そこの姉ちゃん~」

 王都で黒髪の美女が居たら、ナンパされてもおかしくない。だから、そういうときは注意したほうが良いだろう。
 ⋯⋯ナンパされるほうが、ではない。逆だ。ナンパするほうが、だ。

が。大して面白そうでもないのに私に話しかけないでくださる?」

「は?何言ってやがるこの女──」

 次の瞬間、男の首はなくなる。苦しみや痛みに悶える表情でなく、怒った表情のままのそれは、空中に血を撒き散らしながら地面に落ちる。
 彼女は魔法などを使ったわけではない。単純な身体能力で、成人男性の首を素手で斬ったのだ。というよりも折ったといったほうが正しいか。どちらにせよ、それが人外じみた技であることには変わりない。なにせ、彼女は人ではないのだから。

「⋯⋯わお」

 また一人、女が現れた。もし、彼女が彼女でなければ、ここには2つの死骸ができたことだろう。

「あら、久しぶり。丁度探していたのよ」

「⋯⋯ここでは殺り合いたくないの」

「大丈夫、今回はまだ殺しに来たわけじゃないから」

 魔法をいつでも使えるようにしていた白髪の彼女は、それを止める。しかし、だからといって警戒を解いたわけではない。

「前はどうも、私の部下の一人を虐めてくれたみたいね」

「⋯⋯それだけ?」

「まさか。あの子から貴女の場所を知れた、だから会いに来たの。あの子の敵討ちだとかではないわ」

「そう、ならもういいでしょ?」

「⋯⋯ふふ、前よりも強くなってるわね」

「そういうお前は変わっていないようだけど?」

「変わっていない。それは合っている。私はこれ以上、能力的には変われないからね。⋯⋯では、また今度」

 黒髪の彼女は消え去る。

「⋯⋯何が目的だったの?」

 同じ存在でも、まるで理解できない。常に〝欲望〟に支配されているような、そんな感覚だ。

「──狂人め。今度会った際は殺してやる」

 いや、まさしくそうなのだろう。だからあんな風に常に理性を感じさせない。外面だけはまともな狂人でしかない。話こそ通じるが、それ以上はない。
 白髪の彼女は既に不可視の攻撃や即死魔法を何回も使っていた。しかし、全部が全部抵抗レジストされていたのだ。何らかのそういう魔法か、またはそれほどまでに力の差があるか。
 以前戦ったときは互角であった。だから、彼女は前者であると結論付けた。

「本当に戦う気はなかったのね⋯⋯全く理解できないし、と思ったのはアイツが初めてだよ」

「ん?おーい、エルトア。そんなとこで何してんだ?はやくクエスト行くぞ」

「わかってるよ。今行く」

 早めに【黒の教団】を潰して、邪魔者が居なくなった時点でアイツを殺す。

「⋯⋯はあ。面倒だなぁ。お義母さんが居てくれたら⋯⋯」

 自分が今までの人生で、唯一頼りにできた人物を思い出す。もし、彼女が助けを呼んだなら、その人物はすぐに来るだろう。──しかし、それは600年前までの話だ。
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