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それが普通となるように
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「ぬおおおおぉぉぉおおーーーーっっ!!」
弁当を広げる斉川の目の前で、光毅はガバリと机に突っ伏し雄叫びをあげていた。
「くそぉぉーー!なんでだぁぁあ!!」
期末試験は無事終わり、今日は採点の終わった答案用紙の最後の一教科が返される日だった。
既に戻ってきた教科は、猛勉強の甲斐あって全て目標の50点を超える点数を叩き出し、斉川を大いに驚かせた。
これならいける、としてやったり顔で最後の答案を受け取った。
その点数は……………………49点だった。
「ぬああぁぁああーーーっ!!」
「はいはい、吠えない吠えない」
「あと1点ーーーっっ!!!」
「うんうん、惜しかったねぇ。ザンネン」
「っ!絶対思ってないだろ!!」
勢いよく身を起こし、弁当を食べ始める斉川を鋭く睨み付けるも、飄々とそれをかわされた。
「思ってないねぇ」
「くっ…!」
くっそぉー……!絶対手料理食えると思ったのに。
恨みがましく彼女の弁当を凝視する。
手料理……俺のご褒美……。
「ごほうび……あと1点で…1てん……ごほうび………てりょうり……」
「っ………」
斉川が引いているのも構わず、穴があくほどの眼力を注ぐ。
すると。
「……はぁ、しょうがないなぁ。…はい」
「え?」
目の前に、弁当箱の蓋に乗せられたおかずが差し出された。
顔を上げると、柔らかな苦笑がそこにはあった。
「あと1点。ダメだったけど、そこまでの頑張りは認めてあげる」
「!!」
光毅は嬉しさに胸が熱くなった。
「え、こ、これ…食べて良いのか?!」
「いいよ」
めちゃくちゃ嬉しい!!…でも……。
「俺、ピーマン嫌い…」
お弁当の蓋に乗っていたのは、ピーマンの肉詰めだった。
「ふふ。…やっぱり」
「!」
顔を上げると、斉川がニヤリと笑ってこちらを見ていた。
「なっ!わ、わざとかよ?!」
「苦いの嫌いだもんねー?」
「っ!」
くそぉー…ここでも馬鹿にされるとは。
「そっちの卵焼きは…」
「これ、私じゃなくお母さんが作ったやつ」
「……」
彼女のお弁当箱に残っているおかずはそれだけ。
彼女の手料理とピーマンを天秤にかけ、しばし唸る。
手料理……でもピーマン……いやでも手料理……ピーマン…………。
……結果、手料理がピーマンの重量を超えた。
やっぱり手料理食いたい!斉川が作ったんなら絶対上手いはず!!
意を決し口に放り込んだ。
「んん~~っ……ん?」
あれ?
「どうしたの?」
「…苦くない」
それどころか、ピーマンに甘みがあってジューシーで超美味い!
「え!めっちゃ美味い!なんで?!」
「ピーマンは冷凍すると苦味が減るんだよ」
「そうなのか?!なんでもっと早く教えてくんないんだよ!」
「いや知らないし」
「これならいくらでも食える!ってかもっと食いたい。もうないの?」
「ないよ」
「じゃあ明日作ってきて」
「はぁ?できなかった人間が何言ってるの?」
「ぐっ……つ、次こそは…」
「ふーん?百点取ったら考えてあげる」
「んなっ…」
無理だし!
…でも、頑張りを褒めてくれたのはやっぱり嬉しかった。
§
「どういう事?!」
女子トイレにて、碧乃は再び足立らに捕まっていた。
またここかぁ…。いや、あのバカ犬から離れるタイミングはここしかないんだけどね。
「嫌われてって言ったじゃない!なのに何よあれ?!あんなの逆効果じゃない!!」
んー、そんなに大声出したら外に聞こえちゃうよー?
この状況を楽しみつつ、足立の剣幕を飄々と受ける。
「私に協力するって約束でしょ?!」
「……」
…いや、約束した覚えはないんだけどね?
──ねぇお願い。私に協力して。
──……協力って、何をすればいいの?
──簡単よ。小坂君に思いっきり嫌われてちょうだい。
──嫌われる?
──そう。今小坂君、友達だと思ってた人がみんな離れていっちゃって、一緒にいられるのは斉川さんだけでしょ?斉川さんは優しいから一緒にいてあげてるだけなのにね。
──……
──だからその斉川さんとも一緒にいられなくなって一人ぼっちになった時に、私がそばにいてあげれば、小坂君はきっと私の魅力に気付いてくれるわ。今までは、友達が多すぎたのがいけなかったのよ。今なら絶対いける!
──…そう。
──そうよ!それじゃ頼んだわよ。頑張って嫌われてね!
そう言うなり勝手に去っていったので、こちらは返事をした訳ではない。
…まぁ、別にいいけどね。
「何を考えているの?!まさか私を出し抜いて小坂君と付き合おうなんて考えてるんじゃないわよね?!」
「違うよ」
「じゃあ何よ?!」
「…『思いっきり』って、言ったでしょ?」
「え…?」
眉根を寄せる足立に、碧乃はふっと笑みを見せた。
「信頼度が高ければ高いほど…裏切られた時の衝撃は大きくなる。……あれはそのための、ただの下準備」
「……」
碧乃は笑みを深めた。
「だーいじょうぶ。すぐにあなたの望む結果になるから」
「……本当ね?」
「うん」
「そう。じゃあ早く嫌われて。…私を裏切ったらタダじゃおかないから」
去っていく3人の後ろ姿を見つめ、碧乃は昨日の話を思い出していた。
──…ひとつ訊いていい?
──なぁに?
──あの人のどこが好きなの?
──そんなの決まってるじゃない!完璧な所よ!
──……
──カッコよくて、優しくて、バスケが上手くて。それに最近勉強もできるようになっちゃって、もう完璧としか言いようがないじゃない!
──………完璧…ね
──好きになるのは当然でしょ?
──あんな事があっても?
──あんな?…ああ、小坂君が怒っちゃった事?あれはバカな人達がよってたかって小坂君の気に障るような事したからでしょ。どんなに完璧な人でも、あれは怒って当然よ。私の気持ちは本物。あんな事で小坂君を怖がったりしないわ。
──…へぇー……すごいね。
──でしょ?小坂君の事を分かってあげられるのは私しかいないの。
彼女の中では、《優しくて完璧》な小坂光毅が本物となっているらしい。
ちょっとの事では揺らがない程強固にその人物像を作り上げるには、どれほどの年月がかかったのだろうか。
その完璧な彼に振り向いてもらうために、どれほどの努力をしたのだろうか。
彼の《完璧さ》を否定する事は、きっと、それに向かって努力していた今までの自分全てを否定する事になってしまうのだろう。
………嫌われろ、か。
彼女の心の奥底が、少しだけ、見えてしまった。
…大丈夫だよ。私は、あなたの脅威にはなり得ない。私には…好かれる要素なんて何にもないから。
でも、ごめんね。『嫌われる』、じゃダメなんだ。あの人の記憶から消えてしまわないといけないから。
放課後。碧乃は渋々離れて部活へ向かう小坂を見送ると、美術部の部室へと向かった。
入口の窓から覗くと、予想通り田中が1人で絵を描き始めていた。
田中がこちらの存在に気付いたので、碧乃は扉を開けて中に入り笑顔で挨拶を交わした。
「お疲れ様です。今日は1人なんですね」
「お疲れ様です。そのようですね」
基本どこで製作活動をしようが自由な部なので、部員がいたりいなかったりまちまちなのだ。しかし田中は毎日ここで絵を描いているため、ここへ来れば確実に会う事ができるのだった。
「何か僕に用ですか?」
案の定先輩はそれを察し、問うてくれる。
「ふふ。近況報告をしに来ました」
「近況報告?」
「はい。情報屋さん、今先輩の所に来られないと思うので」
先輩に碧乃の事を報告するはずだった山内は、今それどころではない。
「そうですか」
なんともあっさりとした返答に続き、碧乃は今日までの事を田中の質問に答えつつ報告した。
「…あと1点ですか。随分頑張ったんですね」
「そうなんです!危うく達成される所でした」
「達成されても良かったのでは?」
「嫌です!絶対ない!」
「ふふ、そうですか」
すると田中はふとこちらを見つめ、発した。
「…笑顔ですね」
「え?…ふふっ、そうですよ。だって楽しいですもん」
「そうですか。……あなたがそう望むのなら、それで良いです。僕との約束を守ってくれるのなら」
その言葉に、碧乃は笑みを更に深くした。
「はい」
ありがとうございます、先輩。
彼への報告は、これで終了した。
「……それで?ここへ来た本当の目的は何ですか?」
「へ?」
「流れてる噂や周囲の状況でだいたい察する事ができるのですから、わざわざ報告する必要はないとあなたは分かっているはずです。それなのに来たという事は、何か目的があるのでしょう?」
「…ふふ」
やっぱり先輩はよく分かってくれる。
「はい。実は、ちょっとお願いがありまして…」
弁当を広げる斉川の目の前で、光毅はガバリと机に突っ伏し雄叫びをあげていた。
「くそぉぉーー!なんでだぁぁあ!!」
期末試験は無事終わり、今日は採点の終わった答案用紙の最後の一教科が返される日だった。
既に戻ってきた教科は、猛勉強の甲斐あって全て目標の50点を超える点数を叩き出し、斉川を大いに驚かせた。
これならいける、としてやったり顔で最後の答案を受け取った。
その点数は……………………49点だった。
「ぬああぁぁああーーーっ!!」
「はいはい、吠えない吠えない」
「あと1点ーーーっっ!!!」
「うんうん、惜しかったねぇ。ザンネン」
「っ!絶対思ってないだろ!!」
勢いよく身を起こし、弁当を食べ始める斉川を鋭く睨み付けるも、飄々とそれをかわされた。
「思ってないねぇ」
「くっ…!」
くっそぉー……!絶対手料理食えると思ったのに。
恨みがましく彼女の弁当を凝視する。
手料理……俺のご褒美……。
「ごほうび……あと1点で…1てん……ごほうび………てりょうり……」
「っ………」
斉川が引いているのも構わず、穴があくほどの眼力を注ぐ。
すると。
「……はぁ、しょうがないなぁ。…はい」
「え?」
目の前に、弁当箱の蓋に乗せられたおかずが差し出された。
顔を上げると、柔らかな苦笑がそこにはあった。
「あと1点。ダメだったけど、そこまでの頑張りは認めてあげる」
「!!」
光毅は嬉しさに胸が熱くなった。
「え、こ、これ…食べて良いのか?!」
「いいよ」
めちゃくちゃ嬉しい!!…でも……。
「俺、ピーマン嫌い…」
お弁当の蓋に乗っていたのは、ピーマンの肉詰めだった。
「ふふ。…やっぱり」
「!」
顔を上げると、斉川がニヤリと笑ってこちらを見ていた。
「なっ!わ、わざとかよ?!」
「苦いの嫌いだもんねー?」
「っ!」
くそぉー…ここでも馬鹿にされるとは。
「そっちの卵焼きは…」
「これ、私じゃなくお母さんが作ったやつ」
「……」
彼女のお弁当箱に残っているおかずはそれだけ。
彼女の手料理とピーマンを天秤にかけ、しばし唸る。
手料理……でもピーマン……いやでも手料理……ピーマン…………。
……結果、手料理がピーマンの重量を超えた。
やっぱり手料理食いたい!斉川が作ったんなら絶対上手いはず!!
意を決し口に放り込んだ。
「んん~~っ……ん?」
あれ?
「どうしたの?」
「…苦くない」
それどころか、ピーマンに甘みがあってジューシーで超美味い!
「え!めっちゃ美味い!なんで?!」
「ピーマンは冷凍すると苦味が減るんだよ」
「そうなのか?!なんでもっと早く教えてくんないんだよ!」
「いや知らないし」
「これならいくらでも食える!ってかもっと食いたい。もうないの?」
「ないよ」
「じゃあ明日作ってきて」
「はぁ?できなかった人間が何言ってるの?」
「ぐっ……つ、次こそは…」
「ふーん?百点取ったら考えてあげる」
「んなっ…」
無理だし!
…でも、頑張りを褒めてくれたのはやっぱり嬉しかった。
§
「どういう事?!」
女子トイレにて、碧乃は再び足立らに捕まっていた。
またここかぁ…。いや、あのバカ犬から離れるタイミングはここしかないんだけどね。
「嫌われてって言ったじゃない!なのに何よあれ?!あんなの逆効果じゃない!!」
んー、そんなに大声出したら外に聞こえちゃうよー?
この状況を楽しみつつ、足立の剣幕を飄々と受ける。
「私に協力するって約束でしょ?!」
「……」
…いや、約束した覚えはないんだけどね?
──ねぇお願い。私に協力して。
──……協力って、何をすればいいの?
──簡単よ。小坂君に思いっきり嫌われてちょうだい。
──嫌われる?
──そう。今小坂君、友達だと思ってた人がみんな離れていっちゃって、一緒にいられるのは斉川さんだけでしょ?斉川さんは優しいから一緒にいてあげてるだけなのにね。
──……
──だからその斉川さんとも一緒にいられなくなって一人ぼっちになった時に、私がそばにいてあげれば、小坂君はきっと私の魅力に気付いてくれるわ。今までは、友達が多すぎたのがいけなかったのよ。今なら絶対いける!
──…そう。
──そうよ!それじゃ頼んだわよ。頑張って嫌われてね!
そう言うなり勝手に去っていったので、こちらは返事をした訳ではない。
…まぁ、別にいいけどね。
「何を考えているの?!まさか私を出し抜いて小坂君と付き合おうなんて考えてるんじゃないわよね?!」
「違うよ」
「じゃあ何よ?!」
「…『思いっきり』って、言ったでしょ?」
「え…?」
眉根を寄せる足立に、碧乃はふっと笑みを見せた。
「信頼度が高ければ高いほど…裏切られた時の衝撃は大きくなる。……あれはそのための、ただの下準備」
「……」
碧乃は笑みを深めた。
「だーいじょうぶ。すぐにあなたの望む結果になるから」
「……本当ね?」
「うん」
「そう。じゃあ早く嫌われて。…私を裏切ったらタダじゃおかないから」
去っていく3人の後ろ姿を見つめ、碧乃は昨日の話を思い出していた。
──…ひとつ訊いていい?
──なぁに?
──あの人のどこが好きなの?
──そんなの決まってるじゃない!完璧な所よ!
──……
──カッコよくて、優しくて、バスケが上手くて。それに最近勉強もできるようになっちゃって、もう完璧としか言いようがないじゃない!
──………完璧…ね
──好きになるのは当然でしょ?
──あんな事があっても?
──あんな?…ああ、小坂君が怒っちゃった事?あれはバカな人達がよってたかって小坂君の気に障るような事したからでしょ。どんなに完璧な人でも、あれは怒って当然よ。私の気持ちは本物。あんな事で小坂君を怖がったりしないわ。
──…へぇー……すごいね。
──でしょ?小坂君の事を分かってあげられるのは私しかいないの。
彼女の中では、《優しくて完璧》な小坂光毅が本物となっているらしい。
ちょっとの事では揺らがない程強固にその人物像を作り上げるには、どれほどの年月がかかったのだろうか。
その完璧な彼に振り向いてもらうために、どれほどの努力をしたのだろうか。
彼の《完璧さ》を否定する事は、きっと、それに向かって努力していた今までの自分全てを否定する事になってしまうのだろう。
………嫌われろ、か。
彼女の心の奥底が、少しだけ、見えてしまった。
…大丈夫だよ。私は、あなたの脅威にはなり得ない。私には…好かれる要素なんて何にもないから。
でも、ごめんね。『嫌われる』、じゃダメなんだ。あの人の記憶から消えてしまわないといけないから。
放課後。碧乃は渋々離れて部活へ向かう小坂を見送ると、美術部の部室へと向かった。
入口の窓から覗くと、予想通り田中が1人で絵を描き始めていた。
田中がこちらの存在に気付いたので、碧乃は扉を開けて中に入り笑顔で挨拶を交わした。
「お疲れ様です。今日は1人なんですね」
「お疲れ様です。そのようですね」
基本どこで製作活動をしようが自由な部なので、部員がいたりいなかったりまちまちなのだ。しかし田中は毎日ここで絵を描いているため、ここへ来れば確実に会う事ができるのだった。
「何か僕に用ですか?」
案の定先輩はそれを察し、問うてくれる。
「ふふ。近況報告をしに来ました」
「近況報告?」
「はい。情報屋さん、今先輩の所に来られないと思うので」
先輩に碧乃の事を報告するはずだった山内は、今それどころではない。
「そうですか」
なんともあっさりとした返答に続き、碧乃は今日までの事を田中の質問に答えつつ報告した。
「…あと1点ですか。随分頑張ったんですね」
「そうなんです!危うく達成される所でした」
「達成されても良かったのでは?」
「嫌です!絶対ない!」
「ふふ、そうですか」
すると田中はふとこちらを見つめ、発した。
「…笑顔ですね」
「え?…ふふっ、そうですよ。だって楽しいですもん」
「そうですか。……あなたがそう望むのなら、それで良いです。僕との約束を守ってくれるのなら」
その言葉に、碧乃は笑みを更に深くした。
「はい」
ありがとうございます、先輩。
彼への報告は、これで終了した。
「……それで?ここへ来た本当の目的は何ですか?」
「へ?」
「流れてる噂や周囲の状況でだいたい察する事ができるのですから、わざわざ報告する必要はないとあなたは分かっているはずです。それなのに来たという事は、何か目的があるのでしょう?」
「…ふふ」
やっぱり先輩はよく分かってくれる。
「はい。実は、ちょっとお願いがありまして…」
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