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思わぬ攻撃、隠れた想い

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 「ふぁ~あ…」

 あー…眠みぃ。

 英単語の暗記用ノートとにらめっこをする光毅を横目に、圭佑は盛大なあくびをかました。

 「お前に付き合ってたらこっちまで寝不足だっつの」

 話しかけるなオーラ全開の光毅は今日も当然の如く無視を貫く。

 「…まぁでも?これであいつを見返せれば、この頑張りも無駄じゃなくなるから良いんだけどねぇー」

 クツクツと嫌な笑みが顔に浮かぶ。

 「いやぁー、楽しみだなぁー。あいつの驚いた顔。なぁ?光毅」

 「……」

 「あいつの弱点だって押さえたし、もうあの減らず口になんか負けねぇぞ!」

 「…………」

 渋い顔の光毅をよそに、圭佑は一人意気込んだ。

 よーし、斉川め。お前の攻撃はもう全然効かねぇからな!大人しく光毅に捕まっちまえ!!





 光毅への絡みを華麗にかわし、上機嫌で教室に到着。若干引いてる光毅を連れ、自分の席へ向かう。

 舎弟3人組が目的の人物を囲んでいたが、圭佑が近付いた事ですぐに離れていった。

 すれ違いざま彼らがニヤニヤとこちらを見ていたような気もしたが、まぁそんな事は今はどうでもいい。

 あくびを噛み殺しながら振り向いた斉川に、満面の笑みで応じた。

 「ぁ…ふ……ああ、おはよう。お2人さん」

 「あ、お、おはよう…」

 「おっはよー斉川!!昨日は随分楽しんでくれたなぁー?けど、もうその手には乗らねぇぞ?何てったって、お前の弱点見つけちゃったからねー!」

 「…弱点?」

 「そーそー!!だ・か・ら!お前が何を言おうと俺にはもう効かないんだよ!分かったか!?」

 言いながら、ズビシッと斉川に人差し指を突き出す。

 「………ふーん」

 おお?言い返してこねぇぞ!

 「おい、なんだなんだー?今日はやけに静かだなぁー?!あ!あれか?!俺の強さ思い知ったってか?!はっはっは!お前の弱点掴むくらい、俺には朝飯前なんだよ!これに懲りて二度と…」

 「お、おはよう騎士様っ!」

 ガタガタガタッ!

 予期せぬ攻撃に、圭佑は座ろうとした椅子から盛大に転げ落ちた。

 「…………へっ?」

 いっいいいい今の声は?!

 声のした方を見上げると、そこには恥ずかしそうにおどおどする三吉が立っていた。

 「みみっみみみ三吉ちゃんっ?!!なななな」

 なんでそのワードを三吉が?!!

 ハッとして前方に目を向けると、問題の人物は顔をそむけて肩を震わせていた。

 状況把握と同時に、腹の底から沸々と怒りが沸き上がる。ガバッと立ち上がり、隣で同じく吹き出す光毅に肘鉄を食らわせると斉川に噛み付いた。

 「くぉら斉川てめぇっっ!!三吉に何吹き込みやがった?!!」

 「ふふふっ。何って、そうやって呼んであげると山内君が元気になるよって教えてあげたんだよ」

 「はぁぁ?!んな訳ねぇだろっ!!?」

 「そう?今ものすごく元気に見えるよ?」

 「元気じゃなくて怒ってんだ俺はっっ!!!」

 「どっちだっていいよ、良い反応が見られた事には変わりないし。ふふっ」

 「っっ!!?ひ、卑怯だぞこのっ…あ、悪魔っ!!」

 斉川はクスクスと笑い続ける。

 「…それは褒め言葉と捉えておくよ」

 「褒めてねぇっっっ!!!」

 「あ、あのっ!!」

 2人の会話を遮るように、三吉が声を発した。

 「!?…え、な、何?三吉ちゃん…」

 今度は何だよ?!

 「あの、えと……なんで、『騎士様』って呼ばれてるの?」

 「へっ?!!」

 「ねぇ碧乃ちゃん、なんで『騎士様』なの?」

 「え?……ああ、それはね」

 「ちょちょちょちょちょ待った待った!!おいっ!」

 「わっ!」

 グイッと斉川を引き寄せ睨み付ける。

 「てめぇ何言う気だ?!」

 「え?訊かれた通り『騎士様』の説明を…」

 「はぁ?!お前バカか?!本に──いったぁっっ!!?」

 机の下で思い切りすねを蹴られ、圭佑は言葉途中でうずくまった。

 「あー、ごめん。足伸ばしたら当たっちゃった」

 「てんめぇ…」

 飄々としている斉川を鋭く睨むも、『本人』と滑りそうになった口を止めてくれたので何も言い返せない。

 ばらすつもりではないようだ。

 じゃあ一体何を企んでる?

 斉川はこちらに一瞬クスリと笑いかけ、三吉に答えを述べた。

 「実はね?ついこの間、この人が女の子を助けてる所を見かけてね。その様子がさながらお姫様を助ける騎士って感じだったから、ちょっと呼んでみたんだよ」

 「んなっ!?」

 それもうほぼばらしてんじゃねぇか!!?

 「そしたら思いのほか照れるもんだから、面白くてからかっちゃった」

 「へぇー、そうなんだぁ」

 「ぅおい斉川っ!!大人しく聞いてりゃベラベラベラベラしゃべりやがって!!俺がいつ照れたってんだよ?!」

 「え?…今とか?」

 「ちげーー!!これは照れてんじゃねぇっ!!怒ってんだ!!気持ち悪い呼び方しやがって!!!」

 「気持ち悪いってむきになる時点で照れてると思うんだけど。ねぇ?」

 悪魔は三吉に微笑みかけた。

 「え?あ…」

 「三吉に同意を求めんなっ!!」

 「えー?それはなんでかなぁ?ふふっ」

 「くっ!…なな何でもだっ!!!」

 笑うな悪魔!!!

 すると、言い合う2人を見ていた三吉が突然ポツリと呟いた。

 「なんか……照れてる山内くん、かわいい…」

 「っっ!!!?」

 かっ、かかかかかかわいいっ?!!!

 顔から火が出るとは正にこの事。一瞬にして体温が急上昇した。

 「みみみみよしちゃっ…なななななに言って……っ!!」

 純粋に言葉を発したであろうその目に見つめられ、圭佑の脳は限界を超えた。

 「う……あ………あぁ……っ」

 キョトンとする三吉の前からジリジリと後退り、踵を返して一気に走り出した。

 「うわああああぁぁぁぁぁーーーっっっ」

 そのまま教室を飛び出し廊下を駆け抜けた。

 かわいいってなんだよ馬鹿野郎ーーーーーっっ!!!



 §



 「あーあ、行っちゃった。…全く、萌花ちゃんも人が悪いなぁ」

 私、昨日ちゃんと『騎士様』の説明したのに。

 クスクス笑う碧乃の横で、三吉はむすっと口を尖らせた。

 「だ、だってぇ……」

 「……ふふっ」

 本当にこの子はかわいいなぁ。

 「ごめん」

 ちょっとしゃべり過ぎたね。





 それは昨日の昼休みに遡る。

 碧乃達3人は、居心地の悪い教室ではなく、1階の第2和室にて昼食をとっていた。ここは三吉の所属する茶道部の活動場所で、何人か他の部員はいるものの皆大人しく温和な人達なので、安心してこの場所を選んだのだった。

 「そういえば萌花ちゃんさぁー」

 畳の上でお弁当を広げながら、碧乃は三吉に話しかけた。

 「え?」

 「朝のあれ、わざとでしょ」

 「!」

 「わざと山内君を怒らせようとして、あんな事したんでしょ?」

 「え?そうだったの、萌花?」

 「……」

 2人の視線に、三吉はばつが悪そうに俯いた。

 無言は肯定。

 「なんでそんな事した訳?」

 「え、あ、えっと……それは…」

 モジモジと言い淀む三吉に代わり、碧乃が藤野の問いに答えた。

 「作った笑顔が見たくなかったから」

 「!…」

 「無理に笑った顔を見るくらいなら、怒られた方がいいって思ったんだよね?」

 「……」

 「でもいざ実践してみたはいいものの、やっぱり怒った顔も怖いから見たくなくなっちゃって、どうしていいか分からなくなったから私の後ろに逃げた」

 「…………」

 俯くままの三吉に、碧乃はふっと苦く笑った。

 「……気付いてたんだ?」

 彼女は、山内があの状況で必ず助けに来る事も、その後で怒り出す事も全て分かっていた。それはすなわち、山内の影での行動に気付いたという事だ。

 「うん…って、え?あ、碧乃ちゃん知ってたの?」

 「うん、まぁ。ちょっと見てたら分かっちゃった」

 「山内君、案外分かりやすいもんね」

 「えぇ?!な、那奈ちゃんも?!」

 「うん。だって山内君と話してからなんだもん、萌花の周りが平和になり始めたの」

 「話って…何話したの?」

 「萌花の性格と特技について。ふふ」

 楽しそうに答えると、藤野は手にしたチョココロネの封を開けた。

 「まさか萌花も気付いていたとはねー」

 「本当、気付かない振り得意だよね。私も分からなかったよ」

 「と、特技じゃないもん」

 言いながら三吉はプクッと頬を膨らませた。

 「ふふっ、ごめんごめん。…でも、なんでわざわざ行動を起こしたの?あの顔が見たくないなら、関わらなきゃ良いだけだよね?」

 「う、そ、それは…その……」

 三吉は目を泳がせつつ、モジモジと言葉を発した。

 「あの…あのね?…えっと……なんか、碧乃ちゃんがあの3人に囲まれたの見た時に、山内くんはきっと助けてあげるんだろうなって思ってね?…そ、それで、その後は普通に話したりするんだろうなって考えたら…なんか嫌だなぁって思っちゃって…」

 「嫌?何が?」

 「な、なんで…碧乃ちゃんとは普通に話せるのに、私の事は避けるんだろうって…。私の事助けてくれてるのにどうして?って。そ、そうしたら…あの……」

 「気付いたら行動を起こしていたと」

 「う、うん……」

 「……ふーん…」

 すると、チョココロネを食べ終えた藤野がズバリ言葉を発した。

 「萌花それさぁー、嫉妬だよね?」

 「え!?」

 その発言に、三吉の顔が一瞬にして赤く染まった。

 「ちち、違うよ!?そんなんじゃないよ!!」

 「へぇー、これが嫉妬なんだ。なんかかわいいね」

 どっかのバカとは大違いだ。

 「だ、だから違うってばぁ!!ただどうしてだろうって気になっただけだもんっ!!」

 「そーかそーか。萌花も遂に落ち…」

 「んもう!那奈ちゃん!!違うのっ!!」

 「はいはい、そういう事にしておきますよー。これ知ったら山内君、萌花の前からいなくなっちゃいそうだもんねー」

 「!」

 「そうだねぇ。自分が注目受ける事に慣れてなさそうだしね」

 今までずっと脇役を演じ続けてきた山内はきっと、自分に関心を向ける人なんていないと考えているから影で自由に動けているのだ。三吉が影の自分を見ていたと分かったら、途端に彼は恥ずかしさのあまり平常心を保つ事ができなくなってしまうだろう。

 「気付かない振りは、まだ続けた方がいいかもね」

 彼の心の準備ができないうちに打ち明けてしまうのは、得策ではない。

 「うぅ……や、やっぱり…そうなのかな…」

 「うん…多分ね」

 「でも今日あんな事しちゃったら、後でまた問い詰めに来るんじゃない?萌花それかわせるの?」

 「!!…あ…え、えと……それは……えーっと……」

 「……無理そうだね」

 「うー……どうしよう…」

 半ば泣きそうな様子に思わず苦笑する。

 「…ふふ。しょうがないなぁー。じゃあ良い方法教えてあげるよ」

 「え…?良い方法?」

 「うん。あのね…」





 そうして碧乃は、三吉に山内を『騎士様』と呼ぶよう伝えた。

 姫本人からそう呼ばれるとは微塵も想定していなかった山内は、案の定冷静な頭脳を失った。これでしばらくは、三吉を問い詰めるどころかまともに目を合わせる事すらできないだろう。

 そして、碧乃の事など完全に頭から飛んでいるに違いない。

 ……王子よりも厄介な目は、早々に潰しておかないとね。

 「じゃあ、あとは萌花ちゃんよろしくね」

 彼のお節介が鬱陶しいから、そんな余裕持てないようにしておいてとも頼んであるのだ。

 まぁ、頼まずとも碧乃に近付ける気はないようだが。

 「う、うん…分かった」

 「な、なぁ…」

 「ん?」

 ……ああ、忘れてた。この人の存在。

 「なんで…三吉が…?ってか、よろしくってどういう事…?」

 碧乃は怪訝な表情の小坂にクスリと笑いかけた。

 「山内君に通じてる人には教えない」

 「え…」

 「それよりも、先生にうまく言っといてあげなよ?多分しばらくは帰ってこられないから」

 これ以上訊いても無駄だと小坂を追い払った所で、藤野が登校してきた。

 「おはよー。ねぇねぇ今すごいスピードで走ってく山内君見たんだけど、萌花成功したの?」

 「おはよう。面白かったよー、腹黒萌花ちゃん」

 「え!は、腹黒?!」

 「うっそー!なになに?超聞きたーい!」

 「あのねぇ…」

 「あ!や、やめてやめて!!」

 「いいじゃん、聞いたってー」

 「ダメー!!」

 「あははは」

 いいねぇ、腹黒お姫様。騎士は大変だぁ。



 §



 2限の授業が終わり教師が出ていった所で、圭佑は教室へと戻ってきた。

 「ああ、おかえり。回復まで随分かかったねぇ」

 「斉川てめぇ……協力するんじゃなかったのかよ?」

 「え?したよ、ちゃんと」

 「はぁ?!あれのどこがっ…!」

 「だってさっきのやり取りのおかげで、作り笑い見せなくて良くなったでしょ?」

 「…あ?」

 「これでもう、あからさまに避けたとしても何の違和感もないよ」

 「!……そっ、そんな事言って俺が許すと思ったら大間違いだぞ!?」

 「別に許してほしくて言ったんじゃないし」

 「つーか俺には何もしないって言ったよな?!あれじゃまるで仕返し…」

 「言ったよ」

 斉川は圭佑の言葉を遮った。

 「…ばらした事に関しては、ね」

 「……え…」

 何だって?

 彼女の顔にクスリと笑みが浮かぶ。

 「今回の事について『無条件で山内君を許す』なんて、私は一言も言ってないよ?」

 「!?」

 笑みの奥の黒いものが、圭佑の背筋を撫で上げた。

 「…知ってた?犯罪者って、実行犯よりも首謀者の方が罪が重いんだよ?」

 「なっ…」

 「ふふ……あ、しまった。しゃべり過ぎた」

 斉川は突然、クルリと前を向いた。

 「え?は?な、なにが…」

 「2人とも、楽しそうに何話してるの?」

 「のわっ!!?」

 みっ、三吉!?

 「ねぇ、何話してたの?」

 「え!?い、いや、べべべ別に大した話じゃないよっ!うんっ!ぜーんぜんくっだらない話!」

 「ふーん、そうなんだぁ……あ、そうだ。ねぇ山内くん?」

 「!!…な、なな何?」

 「さっき言ってた、助けてあげた女の子って…だぁれ?」

 「ええぇぇ?!!」

 そんなの言える訳ないだろっ!!!

 「誰なのかなぁって、ちょっと気になっちゃって。ねぇ誰?」

 「や!えっと!そのっ、なななんて言うか、あのっ」

 ヤバイ!ヤバ過ぎる!!言ったら俺死ぬっ!!!

 あーーー!!やっぱこれ無理っっ!!!

 「あ!そそそそうだ!急用思い出した!」

 「え?」

 「ごっ、ごめん三吉ちゃん!そういう事だからまた今度ね!?んじゃ!」

 「え!ま、待って!急用って、授業は?!」

 三吉の制止も聞かず、圭佑は全速力でその場を逃げ出した。

 こんなのかわせるかーーーっっっ!!





 昼休み。食堂の奥から凄まじい怒号が飛んでいた。

 「だあぁーーーっ!くっそぉぉぉーーーー!!あんの悪魔っ!!きったねぇ手使いやがって!!?」

 圭佑の目の前のアジフライが、怒りのこもる箸で蜂の巣と化していく。

 結局あの後は教室に戻る事ができず、屋上で一人悶えていた。

 「これは随分と荒れていますねぇ」

 「圭佑、騒ぎ過ぎ」

 「うるせぇっ!!」

 「どっちがだよ…」

 「山内君、食べ物に当たるのは良くないと思いますよ?」

 「ムキーーーーーッ!!」

 勢いづくまま、蜂の巣アジフライにガブリと噛みついた。

 その様子にため息をつき、田中は鯖の味噌煮に箸を入れる。

 「やはり君ではダメでしたか」

 「は?『やはり』って…ま、まさかこうなるの分かってたんすか?!」

 「まさか。君の想い人が登場するなんて、さすがに予想できませんよ」

 「で、ですよねっ!」

 「ただ返り討ちに遭うだろうと思っていただけです」

 「なっ…」

 ひ、ひでぇ……。

 思わず先輩に鋭い視線を向ける。

 「……なんで分かってたのに、あんな助言したんすか」

 「その時は、君なら臨機応変に対応してくれるかもと期待していたんですよ。彼女がどう反撃してくるか分かりませんでしたから」

 …なんか胡散臭い。何考えてんだ?

 「……先輩はどっちの味方なんすか?」

 「僕ですか?…そうですねぇ……今は中立といった所でしょうか」

 「中立ぅ?!」

 俺らの味方じゃねぇの?!!

 「はい。君達に彼女から目を離さないでいてもらいたいので今回協力するに至りましたが、彼女がそのように振る舞う気持ちも理解できますから。それに、もし彼女が助言を求めてきたら同じように協力するでしょうし」

 「……」

 結局斉川第一なのね…。

 強力な助っ人を得られたと思ったのに、どうやら違っていたようだ。

 「しかし…そもそもなぜ、三吉さんは斉川さんに協力したのでしょうか?」

 「……へ?」

 先輩の突然の問いに、圭佑はキョトンと首を傾げた。

 「え…そ、そんなの、あいつが三吉をたぶらかしたからで…」

 「本当にそうでしょうか?」

 「え?」

 どういう事だ?

 「嘘のつけない彼女に、人をたぶらかすなんて事ができるでしょうか?」

 「け、けど、そうじゃなきゃ三吉があんな事する訳…!」

 「あ…それなんだけど…」

 今まで聞き役に回っていた光毅が話に入ってきた。

 「あ?なんだよ?斉川の悪口言うんじゃねぇってか?!」

 「違う。俺に突っかかってくるなよ。三吉の事だ」

 「三吉がなんだよ?」

 「お前が一度教室に戻った時、斉川となんか話してただろ?そん時三吉、なんとなくなんだけど…斉川を睨んでる感じだったんだよな」

 「…は?」

 「なんて言うか…お前と話してる斉川に…嫉妬してる、みたいな…」

 「……え?」

 嫉妬……?三吉が?斉川に?…俺の事で?

 「ええ??」

 「もしかして……三吉はお前の事…」

 「えええええぇ?!!」

 食堂に盛大な音が響き渡る。思い切り立ち上がったせいで、椅子を派手に倒してしまった。

 「みっ、みみ三吉が俺を?!!あり得ねぇだろ!!なんでそんな事言えんだよ?!だ、第一俺絡みすぎてうざがられてたくらいだぞ?!そんな奴の事なんか絶対…」

 「山内君」

 「!?」

 静かに呼ぶ先輩の声に、体がビクッと反応する。

 「今小坂君が話した事はあくまで推測です。もしかしたら、間違っているかも知れない」

 「あ、そ、そーっすよね?!こいつの推測なんか当たるわけ…」

 「そう思うのなら」

 「っ!」

 静かなる微笑が、圭佑を真っ直ぐに貫いた。

 「自分で確かめてみると良いと思いますよ?」

 「っ……」

 …確かめる……あいつの、気持ちを……?

 そんなの怖くてできねぇよ……違ってたらどうすんだよ………。



 §



 「うわ……なんだよあれ…」

 放課後、目の前の光景に光毅は我が目を疑った。

 斉川に話しかけようと席を立った瞬間、あっという間に彼女の姿が見えなくなってしまった。大勢の生徒が彼女の元に押しかけたのだ。

 「ああ、あれな。なんか斉川に勉強教えてもらうらしいぞ」

 光毅に近付いてきたクラスメイトが答えを返してきた。

 「べ、勉強?!もしかしてあれ全部か?!」

 「みたいだな」

 「………」

 マジかよ……。

 そう話している間にも、人だかりは膨らみを増していく。違うクラスからも生徒が押し寄せているようだ。

 …なんで……いつの間にこんな事に………。

 「そんな事より小坂ぁー、今日カラオケ行こーぜ」

 「…は?」

 『そんな事』発言に若干イラッとして睨むも、お構いなしに話を進めてくる。

 「実は女子校の子達と遊ぶ約束したんだけど、お前を連れてくっていう条件付きでさー。だから来てくれないと困るんだよー」

 「……」

 何勝手にそんな約束してんだよ。

 「行く訳ないだろ。試験前なんだから勉強しろよ」

 「試験前だから遊ぶんだろー?」

 「はぁ?なんで?」

 「だってお前いっつも部活部活つって遊べねぇじゃん?でも今日ならその部活はや・す・み。つまり遊び放題ー!って事で、いざカラオケにレッツゴー!」

 「だから行かねぇって!」

 掴んできた腕を振りほどく。

 「俺は忙しいんだ!」

 目標達成しなきゃいけないんだから!

 するとその男は、なぜかニヤリと笑みを浮かべた。

 「でも聞いたぞー?お前今、あの家庭教師の彼女とうまくいってないんだって?」

 「へ?!」

 何だって?!

 「女子達が噂してたぞ?『彼女と喧嘩して勉強教えてもらえなくなったから、最近必死になってるんじゃないか』って」

 「なっ…」

 何だよ、その噂…。昨日ちょっと冷たくしただけでそんな事になるのかよ。

 「やっぱ年上のお姉さまなんて背伸びしすぎたんだよ。付き合うなら同い年の可愛い子が一番だって!ほら、失恋の悲しみを消すには新しい出会いって言うだろ?今日は可愛い子揃いらしいから期待していいぞー?」

 「俺は別に失恋した訳じゃ…!」

 「いーからいーから。今日は楽しもうぜー!」

 「行かないっつってんだろ!!」

 「頼むよー。お前いないと始まんないんだからさー」

 「しつこいな!」

 「小坂くぅーん」

 「あ?」

 今度はなんだ?!

 苛立ち露わに後ろを振り向くと、自分の周りにも人だかりができている事に気が付いた。

 げ……しまった……。そういえば今日金曜だった………。

 そのうちの1人の女子が話しかけてくる。

 「ねぇねぇ今日一緒に勉強しなーい?昨日問題解いてたら分かんないとこが出てきちゃってぇー。それで、小坂君に教えてほしいなぁーって思って」

 「え?…なんで俺?」

 「だってぇー、小坂君最近勉強頑張ってるでしょー?だから分かるかなぁーって」

 「……」

 絶対無駄話に走る気だろ。

 不純な動機がありありと見える。

 「あーダメダメ!今日は俺らとカラオケなのー!」

 「えー!カラオケー?!勉強しなきゃダメじゃーん!小坂君の邪魔しないでよー」

 本人そっちのけで言い合いが始まった。

 「邪魔じゃねぇよ。これは気晴らしだ!」

 「何それー!」

 「……」

 …出た、『気晴らし』。

 「小坂ー、明日暇ー?」

 また別の生徒が誘いを入れてくる。

 「小坂君小坂君!日曜なんだけどさー」

 「小坂くーん遊ぼー?」

 「おい小坂、彼女と喧嘩したって本当か?!その話詳しく聞かせろよー」

 「大丈夫、小坂くん?私で良ければ相談のるよー?」

 「なぁ小坂ー」

 「小坂君」

 「ねぇねぇ小坂君ー」

 「小坂あのさー」

 次から次へと押し寄せる誘いに、我慢が限界を突破した。

 「…………っ」

 お前ら全員、自分の事しか考えてないじゃないか!

 「俺に構うなよ!!もう放っといてくれっっ!!」

 光毅は堪らず教室から逃げ出した。





 「ぜー……はー………ぜー………」

 や……やっと撒いた………。

 しつこい追っ手から逃げ切った光毅は、屋上で息を整えていた。

 なんで、こんな目に遭わなきゃなんないんだよ……。俺が何したっていうんだ。

 「はぁー……」

 鍵を閉めた扉に寄りかかって座り、どんよりと曇る空を見上げた。

 俺も斉川に訊きたかったのに……。

 昼休みが終わって早々、圭佑は『もう俺は知らん!あとは自力でやれ!』と言い捨てて逃げるように早退していった。2日ともたずに離脱宣言をされ、いないよりはましかと思っていた協力者を失った。協力すると言ってくれた田中先輩にも何だかモヤッとしてお願いできず、教師に授業終わりに質問したりしてなんとか勉強を進めてみたのだが、時間的な都合もあり完全には理解できなかった。

 『やっぱり斉川がいい』

 結局その結論に至り、彼女に話しかけるタイミングを狙おうとした。三吉の事も訊きたかったし。

 しかし、まさかあんな事になっていたとは。ここ数日は圭佑と共に逃げるように下校していたから気付かなかった。

 何がどうしてああなってしまったのだろうか。…とりあえず、そのきっかけを作ったのが自分であるのは確実だが。

 絶対あれ…無理してるよな……。

 真面目に頑張り過ぎてしまう彼女は、今頃きっとあの人数一人一人に丁寧に教えているに違いない。今日一日ずっと眠そうにしていたし。

 ……無理はさせたくなかったのに…。

 マジで、仕返しされて当然だよこんな奴…。

 「…………」

 …謝ろう。

 そんで、斉川の気が済むまで仕返しを受けよう。……めちゃくちゃ怖いけど。

 「…よし」

 覚悟を決め気合いを入れると、頃合いを見て教室に戻る事にした。

 とそこへ、初冬の鋭い寒風が容赦なく吹き付けてきた。

 「っ!…うぅー……さむ」

 …とりあえず場所変えよ。ここ寒すぎ。





 午後7時を過ぎた辺りで教室へ戻り廊下からそっと中を覗いてみると、斉川は丁度最後の2人組に教えている所だった。

 おお、ぴったり。ナイスタイミング俺!…けど、なんて言って話しかけよう?

 今更勉強訊く訳にいかないし、斉川の近くには藤野と三吉もいるから変な事言うといろいろばれそうだし。あ、でも謝るだけならおかしくない?どうだろ、いけるかな。

 「うーん…………」

 「…何やってるの?」

 「!?」

 びっくりして声のした方を見ると、斉川が机に頬杖をついて半分呆れ顔でこちらを見ていた。いつの間にか2人組には教え終わっていたらしい。

 「え!あ!いや、えーっと、何て言うか、あの…その…」

 ヤバイ!どう言えば良いんだ?!

 扉の前でテンパる光毅に、ため息混じりの声がかかる。

 「…分かんない所があるなら教えようか?」

 「へ?」

 一瞬意味が分からずキョトン顔を向けると、ノートを出せと手を差し出してきた。

 「あ、ああ!」

 そういう事ね!

 「え、で、でも疲れてるんじゃ…」

 「別に今更1人増えたって変わんないから。どうすんの?訊くの?訊かないの?」

 「訊きます訊きますっ!」

 慌てて斉川の後ろの席に座り、かばんを開ける。

 「えー、あー、えーっと…」

 どの教科にしよう?

 「じゃあ地理出して」

 「え?」

 「苦手なんでしょ?」

 早くしろと視線が刺さる。

 「!?は、はいっ!」

 バタバタとノートや問題集を広げ、ピシッと膝に手を置いて斉川と向かい合った。

 「分かんないのどこ?」

 「あ、こ、ここなんだけど…」

 「ん」

 斉川が問題文に目を通す間、わずかに沈黙が発生する。

 あ、今言わなきゃ…。

 「あ…あの…」

 「んー?」

 問題文を読みながら返事だけを返してきた。

 「その……ごめん。俺のせいで、なんか大変な事に、なってて…」

 「……」

 斉川はチラッと目を合わせると、グサリと言葉を刺してきた。

 「本当だよ」

 「あう…」

 ごめんなさい…。

 すると彼女はだるそうに頬杖をつき、明後日の方向を見やった。

 「あー……ダメだ眠い」

 「……」

 「明日部屋でぼんやり勉強してたら確実に寝ちゃうなぁ、これ」

 「……?」

 ん?…なんだ…?

 「…おいしいコーヒーでも飲みながらやろうかなぁ…」

 少し離れた所にいる藤野と三吉には聞こえないくらいの声で、独り言のように呟いた。

 「…え?」

 おいしいコーヒー?

 「…まぁいいや。えーと何だっけ?…ああ、そうそう。だからこれは…」

 サラサラとノートに何かを書き込んだ。

 「?」

 そこには『また明日』と書かれていた。

 「え…」

 『おいしいコーヒー』?『また明日』?…………ぇええ?!そ、それって!!?

 パァッと光毅の顔が一気に輝いた。

 「分かった?」

 「わ、分かった!すげー分かったっ!!」

 こくこく頷いてみせると、斉川はクスッと笑ってノートを閉じた。

 「じゃあもう大丈夫だね。はい」

 「あ!はい!あ、ありがとう!マジでありがとう!!」

 差し出されたノートを受け取りかばんに突っ込むと、勢いよく立ち上がった。

 「そ、それじゃ!本当ありがとな!」

 「ん。あとは自分で頑張って」

 「分かった!」

 「小坂くんバイバーイ」

 「じゃあねー、小坂君ー」

 「ああ!じゃあな!」

 緩む顔を藤野達に見られる前にバタバタと教室を飛び出した。

 やったーーーっっ!!嬉しすぎるだろ、これ!!!



 §



 「全く……」

 相変わらず分かりやす過ぎだよ、単純王子。…いや、犬か。

ブンブン振ったしっぽが見える後ろ姿を見送ると、んーっと大きく伸びをして目の前の机に突っ伏した。

 「あー…疲れた」

 「お疲れー、碧乃っち」

 「碧乃ちゃん大丈夫?」

 碧乃の邪魔をしないようにと離れた所で勉強していた2人が、側へと寄ってきた。

 「んー何とかね…」

 「また記録更新だね。今日は35人だったよー!あ、小坂君も来たから36人か」

 「数えないでよ。それ聞いたら気力まで尽きる」

 何その人数…。

 「あはは、ごめーん」

 藤野のわざとおどけた様子に、立っていた気がふわりと緩む。

 「それにしても……あの噂、やっぱり本当なのかなぁ?」

 「あー、本当なんじゃない?でなきゃ碧乃っちに勉強訊く訳ないじゃん」

 「うーん、だよねぇ」

 「…噂?」

 首を傾げると、三吉が教えてくれた。

 「あの、あくまで噂なんだけどね?小坂くん今…家庭教師の彼女さんと喧嘩しちゃったんじゃないかって」

 「喧嘩…」

 「だから1人で勉強しないといけなくなって、最近大変なんだって。周りの人にも冷たく当たっちゃったみたい」

 「小坂君でもそういう事あるんだねー」

 「ねー。ちょっとびっくり」

 「………ふーん…」

 家庭教師の彼女と喧嘩、ねぇ。

 碧乃の顔にかすかに笑みが浮かぶ。

 随分面白い事になってるなぁ。これは良い事聞いたかも。

 と、ポケットに入れてたスマホがメールの着信を知らせた。

 「…?」

 メールを開き、思わず半眼になる。

  【え?明日何時?】

 「…………」

 「碧乃っち?どしたの?」

 「ん?…いや、別に」

 知、る、か。送信。

 スマホをしまい、帰り支度をした。

 …いちいち訊くな。面倒くさい。
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