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彼と幼馴染みが抱くもの
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「ねぇ、光毅ー」
「んー?」
「碧乃ちゃん今度いつ来るのー?」
「………は?」
雑誌をパラパラとめくっていた光毅は、自分の髪を切っている山内瑛を鏡越しに睨み付けた。
「なんで、んな事訊くんだよ?」
「いやぁー、あの黒髪は是非とももう一度お目にかかりたいなぁと思っててさぁー。次来る時ここにも寄ってってよ。うんと綺麗にしてあげるからさ」
「…寄る訳ねぇだろ」
「えー?いいじゃんー」
「やだよ。お前なんかに触らせるか」
「もうー、一人占めなんてずるいよー?」
「してねぇよ!」
「でもしたいでしょ?髪と言わず、いろいろと」
「あ?!な、何言ってんだ?!」
思わず振り向くと、頭を元に戻された。
「はい、もうちょっとだから動かないのー」
「うぐっ」
「相変わらず分かりやすいねぇー」
「う、うるさい!」
そこへ、圭佑が家から通じる扉を開けて入ってきた。
「あれ、帰ってたんだ。おかえりー」
「ああ、ただいま。光毅、今日は勉強じゃなかったのか?」
「え?…ああ、明日から試験期間だから今日はいいって」
今は午後6時を少し過ぎた辺り。斉川と勉強をしていたら、まだ喫茶小路にいる時間だった。
「ふーん」
「でも…あいつ大丈夫かな…?」
「ん?なんかあったのか?」
「いや、実は…」
昨日の斉川の様子を話した。
「……すげぇな、あいつ…」
「え?」
渋い顔で呟く圭佑の声は、ドライヤーの音やら何やらでよく聞こえなかった。
「あ、いや………光毅、終わったらちょっと部屋来い」
「は?なんで…」
「いいから」
「……分かった」
何を話すかは丸分かりだが、拒否すると面倒なので渋々承諾した。
§
ベッドの上で壁に背を預けてスマホをいじっていると、ガチャリと音がして部屋の扉が開いた。
光毅の表情に思わず苦笑する。
「なんだよ、その顔は?」
「だって…どうせまた、早く告れとか言うんだろ」
「分かってんじゃねぇか。まぁ、とりあえず座れ」
「……」
不満顔の光毅は扉を閉め、いつものように座卓の前へと座った。
スマホを置き彼の向かい側へ移動すると、早速本題に入った。
「お前さぁー、いつまでこのままでいる気なんだ?」
「い、いつまでって…」
「いつまで、こんな中途半端な関係でいるつもりだ?」
圭佑はいつになく真剣な表情を滲ませた。
「……」
「昨日のあいつ見て、今の状態が一番あいつに迷惑かけてるってのが分かっただろ」
光毅から斉川の様子を聞いて愕然とした。金曜日に話した時、彼女は疲れなんて微塵も感じさせない程平然と振る舞っていた。むしろ楽しんでいる様子で、先輩と呆れていたくらいだ。
母親と妹に攻められたからといって、そこまで精神を消耗するとは思えない。やはり、谷崎をまともに相手したせいだろう。
先輩の言った通りだった。彼女に表情を隠されたら、絶対に気付く事ができない。いや、もしかしたら斉川自身もあの時気付いていなかったのかも知れない。それ程までに、彼女の様子は普通だった。
「まぁ、お前のせいとまでは言わないが、きっかけがお前である事は事実だよな?」
「……」
「いい加減はっきりさせたらどうだ?」
今の関係を続けていたら、間違いなく彼女に負担をかける。谷崎のような奴が現れないよう、ちゃんと目を光らせておくつもりだが、全ては防ぎ切れないかも知れない。
そうなった時が一番怖い。話を聞いてそう思った。
彼女の強さは、意外にも脆い。
だからもう、このままにしておく訳にはいかない。
「付き合うか、関係をすっぱり断つか、お前にはもう2択しかない。現状維持は無理なんだよ」
無言で俯く光毅に、苛立ちが募った。
「おい、光毅。聞いてんのか?」
「……」
「光毅!」
「………いやだ」
「なに?」
「…あいつと関係を断つなんて…嫌だ」
「だったらあいつと付き合えばいい。誰にも文句言われないくらい深い仲になれば…」
「無理だよ!」
言葉を遮るように、光毅は圭佑を振り仰いだ。
「付き合うなんて…無理なんだよ…」
言葉がだんだん消えていき、光毅は再び俯いた。
半ば泣きそうな様子に、圭佑は怒りを収めた。
「なんでそう思うんだ?」
「…昨日、あいつに…好きな人はいないのかって聞いたんだ」
その言葉に、ふっと苦く微笑んだ。
…なんだ、ちゃんと先に進もうとしてたのか。
「ふーん。んで?あいつはなんて?」
「いないって…」
「なら良かったじゃねぇか。誰もいないなら、お前が入り込む余地があるって事だろ?」
光毅は力なく首を横に振った。
「?」
「…あいつ、こうも言ってた。『人間関係を築くのがものすごく面倒』だって。だから『友達が欲しいとも、恋人が欲しいとも、全然思わな』いって」
「…………」
なんだそりゃ。
「そんなん言われたら…告白なんてできねぇよ。『面倒だ』って断られるに決まってる」
「あー…」
圭佑は頭を抱えた。
本当にあいつ、なんて性格してんだよ…。
入り込む余地すら与えてくれないとは。
「…んー、まぁでも、そこをひっくるめて好きになったんじゃないのか?」
顔を上げ、光毅に笑いかけた。
「え?」
「あいつが一人で凛としてる姿に惹かれたのが、元々のきっかけじゃなかったっけ?」
「あ…ああ……そういえば」
「なら、もう覚悟決めてぶつかっていくしかないと思うぞ?あいつは人の本質を見る。ちゃんと真剣に想いを伝えれば、きっと分かってくれるって。それはお前の方がよく分かってるだろ?」
「うぅ…けど…」
「なんだよ、男らしくないなぁ。いいじゃねぇか、嫌われたって」
「は?!やだよ!何言ってんだよ?!」
「だってお前今、嫌われてすらいないんだぞ?あんだけ、わがままだの意地悪だのしてるのにさ。それってつまり、あいつはお前になーんの感情も抱いてないって事だ」
「う……それは…」
「それに比べたら、遥かに良いと思わないか?少なくとも関心は向くんだからさ」
「うーん……まぁ、そうだけど……」
ニヤッと笑って、眉根を寄せる光毅の肩を叩いた。
「ま、嫌われたくないなら、アタックしろって言ったのをちゃんと実践する事だな。好かれる努力もしないで成功させようなんて、甘いんだよ」
「うぅ…わ、分かったよ」
話が一段落し、圭佑はベッドに寄りかかって苦い笑みでため息をついた。俯いて考え込む光毅にチラリと視線をやる。
とりあえず話はしたが、結局またこいつの行動待ちになってしまった。あんまり悠長にやってると、また変なのが現れるかも知れないってのに。
どうしたもんかなぁ…。
と、光毅が何かを思い出したようにこちらを向いた。
「そういえば…」
「?」
「お前の方はどうなんだ?」
「…は?」
圭佑は目をしばたたいた。
「何言ってんだ?俺は別に何も…」
「お前、三吉とはどうなった?」
「っ!?」
何だって?!
突然の言葉に思わず目を剥く。
「はぁ?!み、三吉ちゃん?なんで三吉ちゃんが出てくんだよ!い、いや、まぁ確かに三吉ちゃんは可愛いしタイプだけども、だからってお前みたいにどうこうなろうとなんて、そんな…」
「『俺が気付かないとでも思ってたのか?』」
「っ!……………」
ニヤッと笑うその顔に、苛立ちが込み上げた。
……言い返しやがったな、この野郎。
「…いつから気付いてた?」
「ん?んー、いつっていう正確な日までは分かんねぇけど…お前、ある時を境に三吉に一切触ろうとしなくなったよな」
「……」
「んで最近、陰でコソコソとあいつに寄ってくる悪い虫排除してるみたいだし」
「……」
「お前、三吉と何があった?」
「……っ」
渋い顔を光毅からそらし、グシャグシャと頭を掻きむしった。
「あーーーー!!ったく、なんだよ!お前、ほんっと目ざといよな?!」
「うっ!…それ、斉川にも言われた…」
「え!そうなの?なになにもっと詳しく聞かせ…」
「話をそらすな!ちゃんと答えろよ!」
「チッ」
「舌打ちすんな!」
「……」
目力強めの睨みに負け、圭佑は渋々口を開いた。
「………見抜いたんだよ、あいつ」
「見抜いた?何を?」
「俺が女の子2人の喧嘩に茶々入れに行ったの見て、言ったんだ…『優しいね』、『2人とも傷付けずに止めさせられるなんてすごいね』って……」
普通なら自分は、女の子同士のやり取りに興奮を覚えた気持ち悪い奴に見えるはずなのに。それなのに、彼女はそんなのこれっぽっちも思っていなかった。
「驚いたよ。そんな事初めて言われた。…んで、もしかしたらあいつは、周りの人間全てを見透かす事ができるんじゃねぇかって思った」
「……」
「藤野に確認したら、当たりだったよ。あいつ、自分に向けられる下心も妬みも、全部気付いてた。何も分からないただの天然な女の子なんかじゃなかった。全部気付いてその上で、敢えて明るく振る舞って気付かない振りしてたんだよ。『その方がみんなが平和でいられるから』って言って…」
どんなにそれを隠そうとしても絶対彼女は気付いてしまう。そして取り除いてあげようとすると途端に悲しい顔をされてしまうから、自分が手を出す事はできない。だからそれらが寄り付かないよう、ずっと一緒にいる事にした。
藤野は切なく笑ってそう言っていた。
「…それ聞いて思ったんだ。あいつが気付く前に全部潰しちまえば良いんじゃねぇか、って。そうすれば、あいつは無理に笑わなくて良くなるだろ?」
「だから、虫退治か」
「そういう事」
ニカッと光毅に笑いかけた。
「んで、退治するだけだとまた湧いてくるから、そうならないように防御壁も作成中ー」
おどけて言うと、クスッと笑いが返ってきた。
「なんだよ、防御壁って」
「俺は考えなしのお前と違って、ちゃーんと策を練ってんだよ」
「なっ!お、俺だってちゃんと考えて…!」
「考えてたら騒ぎなんて起きねーよ」
「うっ!…」
顔をしかめる光毅を見ながら、ふっと苦い笑みを浮かべる。
「…まぁでも、お互いすげー奴に出会っちまったみたいだな」
「……そうだな」
光毅も同じ笑みを見せた。
「あーあ。でもまさか、お前にまで気付かれてたとはな。自分の事で頭がいっぱいだと思ってたのによ」
「?『お前にまで』?他にも気付いた奴がいたのか?」
「…斉川だよ」
「え?…斉川?」
谷崎を撃退したあの日、彼女が自分に投げかけた言葉は『風邪、早く良くなると良いね』。斉川は完全に、自分が三吉に抱いている感情を見抜いていた。うっかり口を滑らせようものなら、間違いなく三吉本人にその事が伝えられるだろう。そんな事されたら、恥ずかし過ぎて死んでしまう。
今思い出しても戦慄が走る。光毅同様、いやそれ以上に、彼女は鋭い目を持っていた。
「お前ら、本当に似た者同士だな」
「は?何言ってんだ?」
キョトンとする光毅の肩を叩く。
「ま、お互い頑張ろうや。うまくいったらダブルデートといこうじゃないの」
「え?あ、ああ…」
「あ!藤野も入れてトリプルってのもアリかも?」
「は?なんで藤野を入れるとトリプルになるんだ?」
「あれ?お前知らねぇの?あいつ彼氏持ちだぞ。しかも社会人の」
「え!マジかよ!」
「すげーよな。逆ナンでゲットしたんだと」
「へぇー」
「でもやっぱ向こうが仕事してるから、なかなか会えないんだってさ」
言いながら、両手を頭の後ろで組みベッドに寄りかかった。
「そうなんだ」
「あいつがセクハラしまくってんのは、その寂しさからの反動だと俺は思うね。斉川に抱きついたまま、よく彼氏の愚痴漏らしてるし」
「…そ、そうなのか…」
渋い顔にニヤリと笑いかける。
「だから大目に見てやれよー?斉川もそれを分かって許してんだからさ」
「う………分かった」
「まぁ、変態要素が備わってんのも事実だけどな」
「……」
§
…そうだったのか。
しかし、そうは言ってもやっぱり気になる。
「あいつ、たまにやり過ぎじゃないかって思うんだけど…」
「ああ、まぁなー。あの2人がいちゃついてると、すんげーエロく見えるよな。本当、目の保養にはもってこいだ」
「あぁ?!」
圭佑の良からぬ発言に、眼光鋭く睨み付けた。
「勝手に目の保養にしてんじゃねぇよ!!」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」
「だめだ!今すぐやめろ!!」
「えー無理ー。あんな目の前で繰り広げられて、見ないでいられる訳がない。いや、男なら見るべきだね!」
「んだと?!」
光毅は圭佑の胸ぐらを掴んだ。
「おっと!」
「今すぐやめろ!二度とそんな目で見るな!!じゃないとさっきの話、三吉にばらすぞ!!」
「ありゃりゃ、それはちょっと困るねぇー。でも、俺1人やめさせてもあんまし意味ないと思うぞ?」
「あ?なんでだよ?」
「だって、クラスの男子全員がそうやって見てるから」
「なっ、何ぃぃぃーーーーー?!」
驚愕の声が部屋中に響き渡った。
「うるせぇなー。この距離で大声出すなよ。鼓膜破れんだろ」
「う、嘘だろ?!お前がでっち上げただけだよな?!」
「嘘じゃねぇよ。え、何?お前気付いてなかったの?あーそうか、お前藤野を睨むのに忙しかったもんなぁー。つーかそいつらに感謝しろよ?皆してそうやって見てたから、お前が睨んでても違和感なくてばれなかったんだからな。ばれてたら今頃、お前らの関係怪しまれてるぞ?」
「っ……」
圭佑から乱雑に手を離し、頭を抱えた。
くそっ……なんだよ、それ!!
「んー?」
「碧乃ちゃん今度いつ来るのー?」
「………は?」
雑誌をパラパラとめくっていた光毅は、自分の髪を切っている山内瑛を鏡越しに睨み付けた。
「なんで、んな事訊くんだよ?」
「いやぁー、あの黒髪は是非とももう一度お目にかかりたいなぁと思っててさぁー。次来る時ここにも寄ってってよ。うんと綺麗にしてあげるからさ」
「…寄る訳ねぇだろ」
「えー?いいじゃんー」
「やだよ。お前なんかに触らせるか」
「もうー、一人占めなんてずるいよー?」
「してねぇよ!」
「でもしたいでしょ?髪と言わず、いろいろと」
「あ?!な、何言ってんだ?!」
思わず振り向くと、頭を元に戻された。
「はい、もうちょっとだから動かないのー」
「うぐっ」
「相変わらず分かりやすいねぇー」
「う、うるさい!」
そこへ、圭佑が家から通じる扉を開けて入ってきた。
「あれ、帰ってたんだ。おかえりー」
「ああ、ただいま。光毅、今日は勉強じゃなかったのか?」
「え?…ああ、明日から試験期間だから今日はいいって」
今は午後6時を少し過ぎた辺り。斉川と勉強をしていたら、まだ喫茶小路にいる時間だった。
「ふーん」
「でも…あいつ大丈夫かな…?」
「ん?なんかあったのか?」
「いや、実は…」
昨日の斉川の様子を話した。
「……すげぇな、あいつ…」
「え?」
渋い顔で呟く圭佑の声は、ドライヤーの音やら何やらでよく聞こえなかった。
「あ、いや………光毅、終わったらちょっと部屋来い」
「は?なんで…」
「いいから」
「……分かった」
何を話すかは丸分かりだが、拒否すると面倒なので渋々承諾した。
§
ベッドの上で壁に背を預けてスマホをいじっていると、ガチャリと音がして部屋の扉が開いた。
光毅の表情に思わず苦笑する。
「なんだよ、その顔は?」
「だって…どうせまた、早く告れとか言うんだろ」
「分かってんじゃねぇか。まぁ、とりあえず座れ」
「……」
不満顔の光毅は扉を閉め、いつものように座卓の前へと座った。
スマホを置き彼の向かい側へ移動すると、早速本題に入った。
「お前さぁー、いつまでこのままでいる気なんだ?」
「い、いつまでって…」
「いつまで、こんな中途半端な関係でいるつもりだ?」
圭佑はいつになく真剣な表情を滲ませた。
「……」
「昨日のあいつ見て、今の状態が一番あいつに迷惑かけてるってのが分かっただろ」
光毅から斉川の様子を聞いて愕然とした。金曜日に話した時、彼女は疲れなんて微塵も感じさせない程平然と振る舞っていた。むしろ楽しんでいる様子で、先輩と呆れていたくらいだ。
母親と妹に攻められたからといって、そこまで精神を消耗するとは思えない。やはり、谷崎をまともに相手したせいだろう。
先輩の言った通りだった。彼女に表情を隠されたら、絶対に気付く事ができない。いや、もしかしたら斉川自身もあの時気付いていなかったのかも知れない。それ程までに、彼女の様子は普通だった。
「まぁ、お前のせいとまでは言わないが、きっかけがお前である事は事実だよな?」
「……」
「いい加減はっきりさせたらどうだ?」
今の関係を続けていたら、間違いなく彼女に負担をかける。谷崎のような奴が現れないよう、ちゃんと目を光らせておくつもりだが、全ては防ぎ切れないかも知れない。
そうなった時が一番怖い。話を聞いてそう思った。
彼女の強さは、意外にも脆い。
だからもう、このままにしておく訳にはいかない。
「付き合うか、関係をすっぱり断つか、お前にはもう2択しかない。現状維持は無理なんだよ」
無言で俯く光毅に、苛立ちが募った。
「おい、光毅。聞いてんのか?」
「……」
「光毅!」
「………いやだ」
「なに?」
「…あいつと関係を断つなんて…嫌だ」
「だったらあいつと付き合えばいい。誰にも文句言われないくらい深い仲になれば…」
「無理だよ!」
言葉を遮るように、光毅は圭佑を振り仰いだ。
「付き合うなんて…無理なんだよ…」
言葉がだんだん消えていき、光毅は再び俯いた。
半ば泣きそうな様子に、圭佑は怒りを収めた。
「なんでそう思うんだ?」
「…昨日、あいつに…好きな人はいないのかって聞いたんだ」
その言葉に、ふっと苦く微笑んだ。
…なんだ、ちゃんと先に進もうとしてたのか。
「ふーん。んで?あいつはなんて?」
「いないって…」
「なら良かったじゃねぇか。誰もいないなら、お前が入り込む余地があるって事だろ?」
光毅は力なく首を横に振った。
「?」
「…あいつ、こうも言ってた。『人間関係を築くのがものすごく面倒』だって。だから『友達が欲しいとも、恋人が欲しいとも、全然思わな』いって」
「…………」
なんだそりゃ。
「そんなん言われたら…告白なんてできねぇよ。『面倒だ』って断られるに決まってる」
「あー…」
圭佑は頭を抱えた。
本当にあいつ、なんて性格してんだよ…。
入り込む余地すら与えてくれないとは。
「…んー、まぁでも、そこをひっくるめて好きになったんじゃないのか?」
顔を上げ、光毅に笑いかけた。
「え?」
「あいつが一人で凛としてる姿に惹かれたのが、元々のきっかけじゃなかったっけ?」
「あ…ああ……そういえば」
「なら、もう覚悟決めてぶつかっていくしかないと思うぞ?あいつは人の本質を見る。ちゃんと真剣に想いを伝えれば、きっと分かってくれるって。それはお前の方がよく分かってるだろ?」
「うぅ…けど…」
「なんだよ、男らしくないなぁ。いいじゃねぇか、嫌われたって」
「は?!やだよ!何言ってんだよ?!」
「だってお前今、嫌われてすらいないんだぞ?あんだけ、わがままだの意地悪だのしてるのにさ。それってつまり、あいつはお前になーんの感情も抱いてないって事だ」
「う……それは…」
「それに比べたら、遥かに良いと思わないか?少なくとも関心は向くんだからさ」
「うーん……まぁ、そうだけど……」
ニヤッと笑って、眉根を寄せる光毅の肩を叩いた。
「ま、嫌われたくないなら、アタックしろって言ったのをちゃんと実践する事だな。好かれる努力もしないで成功させようなんて、甘いんだよ」
「うぅ…わ、分かったよ」
話が一段落し、圭佑はベッドに寄りかかって苦い笑みでため息をついた。俯いて考え込む光毅にチラリと視線をやる。
とりあえず話はしたが、結局またこいつの行動待ちになってしまった。あんまり悠長にやってると、また変なのが現れるかも知れないってのに。
どうしたもんかなぁ…。
と、光毅が何かを思い出したようにこちらを向いた。
「そういえば…」
「?」
「お前の方はどうなんだ?」
「…は?」
圭佑は目をしばたたいた。
「何言ってんだ?俺は別に何も…」
「お前、三吉とはどうなった?」
「っ!?」
何だって?!
突然の言葉に思わず目を剥く。
「はぁ?!み、三吉ちゃん?なんで三吉ちゃんが出てくんだよ!い、いや、まぁ確かに三吉ちゃんは可愛いしタイプだけども、だからってお前みたいにどうこうなろうとなんて、そんな…」
「『俺が気付かないとでも思ってたのか?』」
「っ!……………」
ニヤッと笑うその顔に、苛立ちが込み上げた。
……言い返しやがったな、この野郎。
「…いつから気付いてた?」
「ん?んー、いつっていう正確な日までは分かんねぇけど…お前、ある時を境に三吉に一切触ろうとしなくなったよな」
「……」
「んで最近、陰でコソコソとあいつに寄ってくる悪い虫排除してるみたいだし」
「……」
「お前、三吉と何があった?」
「……っ」
渋い顔を光毅からそらし、グシャグシャと頭を掻きむしった。
「あーーーー!!ったく、なんだよ!お前、ほんっと目ざといよな?!」
「うっ!…それ、斉川にも言われた…」
「え!そうなの?なになにもっと詳しく聞かせ…」
「話をそらすな!ちゃんと答えろよ!」
「チッ」
「舌打ちすんな!」
「……」
目力強めの睨みに負け、圭佑は渋々口を開いた。
「………見抜いたんだよ、あいつ」
「見抜いた?何を?」
「俺が女の子2人の喧嘩に茶々入れに行ったの見て、言ったんだ…『優しいね』、『2人とも傷付けずに止めさせられるなんてすごいね』って……」
普通なら自分は、女の子同士のやり取りに興奮を覚えた気持ち悪い奴に見えるはずなのに。それなのに、彼女はそんなのこれっぽっちも思っていなかった。
「驚いたよ。そんな事初めて言われた。…んで、もしかしたらあいつは、周りの人間全てを見透かす事ができるんじゃねぇかって思った」
「……」
「藤野に確認したら、当たりだったよ。あいつ、自分に向けられる下心も妬みも、全部気付いてた。何も分からないただの天然な女の子なんかじゃなかった。全部気付いてその上で、敢えて明るく振る舞って気付かない振りしてたんだよ。『その方がみんなが平和でいられるから』って言って…」
どんなにそれを隠そうとしても絶対彼女は気付いてしまう。そして取り除いてあげようとすると途端に悲しい顔をされてしまうから、自分が手を出す事はできない。だからそれらが寄り付かないよう、ずっと一緒にいる事にした。
藤野は切なく笑ってそう言っていた。
「…それ聞いて思ったんだ。あいつが気付く前に全部潰しちまえば良いんじゃねぇか、って。そうすれば、あいつは無理に笑わなくて良くなるだろ?」
「だから、虫退治か」
「そういう事」
ニカッと光毅に笑いかけた。
「んで、退治するだけだとまた湧いてくるから、そうならないように防御壁も作成中ー」
おどけて言うと、クスッと笑いが返ってきた。
「なんだよ、防御壁って」
「俺は考えなしのお前と違って、ちゃーんと策を練ってんだよ」
「なっ!お、俺だってちゃんと考えて…!」
「考えてたら騒ぎなんて起きねーよ」
「うっ!…」
顔をしかめる光毅を見ながら、ふっと苦い笑みを浮かべる。
「…まぁでも、お互いすげー奴に出会っちまったみたいだな」
「……そうだな」
光毅も同じ笑みを見せた。
「あーあ。でもまさか、お前にまで気付かれてたとはな。自分の事で頭がいっぱいだと思ってたのによ」
「?『お前にまで』?他にも気付いた奴がいたのか?」
「…斉川だよ」
「え?…斉川?」
谷崎を撃退したあの日、彼女が自分に投げかけた言葉は『風邪、早く良くなると良いね』。斉川は完全に、自分が三吉に抱いている感情を見抜いていた。うっかり口を滑らせようものなら、間違いなく三吉本人にその事が伝えられるだろう。そんな事されたら、恥ずかし過ぎて死んでしまう。
今思い出しても戦慄が走る。光毅同様、いやそれ以上に、彼女は鋭い目を持っていた。
「お前ら、本当に似た者同士だな」
「は?何言ってんだ?」
キョトンとする光毅の肩を叩く。
「ま、お互い頑張ろうや。うまくいったらダブルデートといこうじゃないの」
「え?あ、ああ…」
「あ!藤野も入れてトリプルってのもアリかも?」
「は?なんで藤野を入れるとトリプルになるんだ?」
「あれ?お前知らねぇの?あいつ彼氏持ちだぞ。しかも社会人の」
「え!マジかよ!」
「すげーよな。逆ナンでゲットしたんだと」
「へぇー」
「でもやっぱ向こうが仕事してるから、なかなか会えないんだってさ」
言いながら、両手を頭の後ろで組みベッドに寄りかかった。
「そうなんだ」
「あいつがセクハラしまくってんのは、その寂しさからの反動だと俺は思うね。斉川に抱きついたまま、よく彼氏の愚痴漏らしてるし」
「…そ、そうなのか…」
渋い顔にニヤリと笑いかける。
「だから大目に見てやれよー?斉川もそれを分かって許してんだからさ」
「う………分かった」
「まぁ、変態要素が備わってんのも事実だけどな」
「……」
§
…そうだったのか。
しかし、そうは言ってもやっぱり気になる。
「あいつ、たまにやり過ぎじゃないかって思うんだけど…」
「ああ、まぁなー。あの2人がいちゃついてると、すんげーエロく見えるよな。本当、目の保養にはもってこいだ」
「あぁ?!」
圭佑の良からぬ発言に、眼光鋭く睨み付けた。
「勝手に目の保養にしてんじゃねぇよ!!」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」
「だめだ!今すぐやめろ!!」
「えー無理ー。あんな目の前で繰り広げられて、見ないでいられる訳がない。いや、男なら見るべきだね!」
「んだと?!」
光毅は圭佑の胸ぐらを掴んだ。
「おっと!」
「今すぐやめろ!二度とそんな目で見るな!!じゃないとさっきの話、三吉にばらすぞ!!」
「ありゃりゃ、それはちょっと困るねぇー。でも、俺1人やめさせてもあんまし意味ないと思うぞ?」
「あ?なんでだよ?」
「だって、クラスの男子全員がそうやって見てるから」
「なっ、何ぃぃぃーーーーー?!」
驚愕の声が部屋中に響き渡った。
「うるせぇなー。この距離で大声出すなよ。鼓膜破れんだろ」
「う、嘘だろ?!お前がでっち上げただけだよな?!」
「嘘じゃねぇよ。え、何?お前気付いてなかったの?あーそうか、お前藤野を睨むのに忙しかったもんなぁー。つーかそいつらに感謝しろよ?皆してそうやって見てたから、お前が睨んでても違和感なくてばれなかったんだからな。ばれてたら今頃、お前らの関係怪しまれてるぞ?」
「っ……」
圭佑から乱雑に手を離し、頭を抱えた。
くそっ……なんだよ、それ!!
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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