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 「…さて、私の考える筋書きはこうです。あなたは罪を犯した大親友の処刑に涙し、悲しみに耐えられず、共にあの世へ逝こうと自ら命を絶った」

 そう言うと、懐からするりとナイフを取り出した。

 「!」

 「それであれば、私は罪人ではなく、罰を受ける事もない。…あなたの遺体はここに置いておきましょう。我々がいなくなった後に、誰かしらが見つけてくれるでしょうから」

 「っ……」

 ラナはローレルに気付かれないようにしながら、必死で縄を切っていた。地下倉庫から出る時に、機を見て逃げようと靴に仕込んでいたナイフを手に隠し持ったのだった。

 ここで私が死んだらっ、トリィが!!

 だが次に発せられたローレルの言葉によって、その動きは止められた。

 「しかし……聞いていたのがあなたで良かった」

 「……え…?」

 「あなたはこの世に必要のない存在。いなくなったところで、誰も悲しまないでしょう」

 「っっ!?」

 「気がかりではありましたが、それが唯一の救いですね」

 「っ……必要……ない………」

 その言葉は、ラナの心に深く深く突き刺さる。

 呼吸は乱れ、顔からは血の気が引いていった。

 カラン…と音がして、ラナの持っていたナイフが床に落ちた。

 「ラナっ!そんな奴の話は聞くな!!」

 「…………」

 自覚していたはずなのに、こんなにも心が抉れていく。

 まだ、心のどこかで希望を持っていたという事だろうか。

 「ラナっ!!」

 トリトマの声は耳に入らず、ラナは虚ろに立ち尽くしたまま。

 「『自らで』とするためには、腹部に刺すのが妥当でしょうか?」

 「ラナっっ!」

 「…さようなら。悲しき生まれのお姫様」

 ローレルはゆらりとナイフを構えた。



  †††



 『ラナっ!!』

 魔女が王女の名を叫ぶ声がする。

 間違いない!ここだ!!

 イベリスは、崩れ落ちた壁のすき間から教会の中へと飛び込んだ。

 そこで見えた光景は…。

 『ラナっっ!』

 悲痛に叫ぶ魔女。虚ろに立ち尽くす王女。そして、その王女に向け刃を突き立てんと構える我が国の宰相だった。

 ローレル?!どうしてあいつが!

 だが今はそれよりも。

 あのバカっ、なぜ逃げない?!

 「おいっ!何をしてる早く逃げろっ!!」

 しかし王女に反応はない。

 『…さようなら。悲しき生まれのお姫様』

 刃が王女へと迫る。

 「やめろっ!!目を覚ませっ…!」

 イベリスは無我夢中で2人の間へと飛び込んだ。

 「ラナぁぁぁぁああーーー!!」

 刃がイベリスの体に触れる瞬間、そこから閃光がほとばしった。



  †††



 「ぐあぁ…っ!なんだ?!」

 激しい光は耳鳴りを伴って、驚くローレルもろとも辺りを包んだ。

 そしてゆっくりと消えゆくと、ラナの前に、人間のイベリスが姿を現した。

 「!……あなたは…っ」

 「なっ…!お、王子?!なぜっ……そんなはずは…!」

 イベリスは向けられた刃を素手で掴み、血が滴るのも構わず鋭くローレルを睨み付けていた。

 「ローレル……まさかお前だったとはな」

 「くっ……、このっ!」

 ローレルが掴まれたナイフを引き抜こうとするも、びくともしなかった。

 「訳は後で聞いてやる。今は……俺の怒りに付き合ってもらおう」



  †††



 それからの展開は、なんともめまぐるしいものだった。

 ナイフを奪われたローレルは、イベリスの拳一発で気絶。共にいた大柄の男も、トリトマを人質に取るも、イベリスの放ったナイフが眉間に刺さり力尽きた。

 イベリスはローレルを鎖でぐるぐる巻きにし、今はラナの手当てを受けていた。

 ちなみにトリトマは、薬草を探しに外へと出ている。

 「…あなたって、すごく強かったのね」

 「まぁな。今、俺に敵うのは父である現国王だけだ」

 国を統べる者は強くあらねばならぬと、幼少の頃からしこたま父に鍛えられていた。

 怖くて逆らえずに嫌々やっていただけだったが、意外な所で役に立った。

 「自分じゃ何もできないダメな人なのかと思ってたわ」

 「なんだと?!俺を誰だと思ってる!」

 「小さくて可愛いカエルさん」

 「なっ…お前な!」

 「だってその姿しか見た事がないんだもの」

 応急処置の布を結び終えたラナに、グイッと顔を近付ける。

 「!」

 「これが本当の姿だ!しっかり目に焼き付けとけっ!」

 するとラナは、じーっとこちらを見つめ返してきた。

 「…………」

 「っ!…な、なんだ?何もそこまで見つめろとは…」

 まさかこいつ…俺に見とれて……。

 「その目…」

 「は?」

 ラナの顔がパッと輝いた。

 「カエルだった時と同じ色なのね!」

 がくっ、とイベリスは椅子に寄りかかる手を滑らせた。

 「目かよっ!!」

 期待させるなバカ!

 「その髪の色も、背中にあったスジと一緒だわ!」

 「あーそうかよ!」

 「でも足は短くないのね」

 「当たり前だ!」

 そんな事があってたまるかっ!

 「それより…」

 「なんだ?」

 苛立つままに睨むと、ムッとした顔が返ってきた。

 「あなた、また私の事『お前』って言ったわ」

 「は?それがどうした」

 「さっきは名前を呼んでくれたのに」

 「なっ…!お、お前っ、聞こえてたのか?!」

 「あんなに必死になって、大声で『ラナ』って──」

 「あーあー!!うるさいうるさい!そういうお前だってまだ俺をカエル呼ばわりしてるだろう!」

 「!……」

 その言葉に、ラナは瞬きを一つすると、すっと姿勢を正した。

 「…イベリス王子」

 「っ!」

 王女はふわりと微笑んだ。

 「助けてくれて、ありがとう。あなたは命の恩人だわ」

 「!!」

 イベリスは赤らむ顔を隠すようにそっぽを向いた。

 「ふ、ふんっ!別にっ、お前がいないとつまらんから助けただけだ!」

 「ふふっ」

 照れ隠しがなんだか見透かされているようでばつが悪く、イベリスは話題を変えた。

 「そ、それより、お前の城の兵はまだ来ないのか?!」

 「え?」

 「ここへ来る前、お前が乗っていた馬をあの大男の元へと走らせた。城に知らせが届いているなら、そろそろ来てもいい頃だろう」

 そう言うと、ラナは突然顔を曇らせた。

 「…………」

 「?」

 「……城からは…誰も助けに来ないと思うわ」

 「は?なぜだ?」

 「だって、私は……この世に必要のない存在だから…」

 ラナの心は、深く抉られたままだった。

 『いなくなったところで、誰も悲しまないでしょう』

 ローレルの言葉が頭の中を支配する。

 迷惑なだけの存在に、わざわざ兵を動かしなどしない。

 しかしその考えは、イベリスの言葉によって一刀両断された。

 「はぁ?何を言ってる」

 「………え?」

 「お前は城の従者達にあんなにも慕われていたんだぞ?お前がいなくなれば皆が悲しむ。助けに来ない訳ないだろうが」

 「で、でも…私は…」

 「お前が何を思おうと勝手だが、俺にとっては、お前は必要な存在だ」

 「っ!」

 ラナの目が見開かれる。

 「お前が俺を見つけていなければ、今こうして生きている事はできなかった。お前と出会っていなければ、元の姿に戻る事もできていなかった。…………礼を言うのは、俺の方だな」

 イベリスは、ふっと優しく微笑んだ。

 「…ありがとう、ラナ。お前を守れて、良かった」

 「…………っ」

 王女の美しき瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。

 あとに残るは、2人の笑顔。

 深く抉られたその傷は、涙と共に消え去った。

 ほどなくして、トリトマが兵の到着を知らせた。
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