上 下
20 / 44
第二章

その11

しおりを挟む
 しかしそのとき、馬のいななきが響き渡るのを聞き、思わずそちらを振り返って見ると、いなくなったと思っていた王子の愛馬が、森の入り口に立ってこっちを見ていました。ミシオン王子は驚くとともに、喜びは続くものだと感激しながら叫びました。
「あれはわたしの馬だ! なんと、生きていたのか!」

 王子はリーデルと連れ立って、愛馬のそばに走り寄ろうとしましたが、馬は王子たちが近づくごとに、長い尾を揺らしながら身をひるがえし、王子を誘うように森の中へと入って行ってしまいました。
 ミシオン王子はリーデルと共に馬を追いかけて森のずいぶん深いところまで来ていましたが、ようやく馬をつかまえて振り返ると、つい後ろを走っていたはずのリーデルの姿がありませんでした。木々の生い茂る森を走るうちにはぐれてしまったのだなと思った王子は、とにかく馬を連れて村に戻ろうとしました。
 そのとき、背後からたくさんの馬の足音が王子に向かって近づいてくるのが聞こえ、
「殿下! そこにいらっしゃるのはミシオン殿下ではございませんか?!」
 と叫ぶ声が聞こえ、王宮の衛兵たちの一団が姿を現しました。王子が驚いていると、初老の衛士長の男が馬から降りて駆け寄ってきました。この男は王子が幼い頃から、時折剣の扱い方などを教えてくれていた男で、王子のことを可愛がってくれていた男でしたので、王子もその姿を見ると、懐かしい感情があふれて来るのを感じましたが、どこか急に夢から覚めたときのような、妙に心もとのない、現実感を伴わない感覚もして、戸惑っていました。
「よかった、やっとお見つけいたしましたぞ! 消息を絶たれてこの一年、どれほど陛下と王妃様がご心配なさっていたか……。この森の崖の下で、お連れになられていた方々の亡骸を見つけたときには肝を冷やしましたが、殿下のご遺体は見当たりませんでしたから、きっとご無事に違いないと信じ、ずっと捜索を続けてまいりましたが、やはりご無事だった! しかし、なんとおいたわしいお姿になられて……。もうご安心ください。陛下や王妃様も、さぞやお喜びになることでしょう」
 衛士長は王子の戸惑いには目もくれず、涙の滲んだ瞳で興奮したようにまくしたてました。
「その、わたしは……」
 ミシオン王子が口を開きかけましたが、衛士長はすっかり興奮しきって、しきりに王子の顔を覗き込むように見ながら、
「やはり、お見つけしたのは殿下の愛馬でしたか。一年前、殿下のお馬が一頭きりで城に戻って来たときには、それはもう王宮中がひっくり返るような大騒ぎになったものですが、忠義にも我々と一緒にずっと殿下を捜し続けておりました。どうぞ戻られたあかつきには、お馬にも褒賞をお与え頂けるよう、殿下からも陛下にご進言ください」
「そうか、それはまことに忠義なことだが、しかしとにかくわたしは……」
 ミシオン王子が皆まで言わぬうちに、馬から降りた衛兵たちが王子を取り囲み、王子が必死にともかく一度村に戻りたいと訴えるのにも耳を貸さず、無理やり王子を愛馬に乗せ、その手綱を取ってわき目もふらずに走り出してしまいました。そしてそのまま大変な勢いを保ったまま走り続け、あっという間に森を抜け出て王宮へと向かいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

さらさら

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たったひとり、ニーナは砂浜で「何か」をさがしていた。それはまるで遠い昔の「約束」をさがすように──。大人の短編童話。

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

デシデーリオ

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
田舎の領主の娘はその美貌ゆえに求婚者が絶えなかったが、欲深さのためにもっと条件のいい相手を探すのに余念がなかった。清貧を好む父親は、そんな娘の行く末を心配していたが、ある日娘の前に一匹のネズミが現れて「助けてくれた恩返しにネズミの国の王妃にしてあげよう」と申し出る……尽きる事のない人間の欲望──デシデーリオ──に惑わされた娘のお話。

つぼみ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
世界の西の西の果て、ある城の庭園に、つぼみのままの美しい花がありました。どうしても花を開かせたい国王は、腕の良い元庭師のドニに世話を命じます。年老いて、森で静かに飼い猫のシュシュと暮らしていたドニは最初は気が進みませんでしたが、その不思議に光る美しいつぼみを一目見て、世話をすることに決めました。おまけに、ドニにはそのつぼみの言葉が聞こえるのです。その日から、ドニとつぼみの間には、不思議な絆が芽生えていくのでした……。 ※第15回「絵本・児童書大賞」奨励賞受賞作。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...