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エピローグ
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それから数十年の時が経ち、誰も覗き見ることのできなくなった「光の鏡」には神殿が築かれていた。光の神殿はそこに咲き乱れる世にもまれなる花々と共に、かつてその身の内に魂を宿すがゆえに永き孤独に苛まれた名のない魔物と、尊き光を放つ一人の人間の娘の愛の物語──ラングリンド王家の始まりと、光と闇──この世の始まりの神話とを今に伝える聖所とも、ラングリンドの象徴の場ともなっていた。その尊い神殿に枯れることなく咲き続ける花々が、光と炎の軌跡を描きながら、ざわざわと揺れていた。
この日、長くラングリンドを治めていたフロイント王が、世を去らんと臨終の床に就いていた──。
ラングリンドの輝ける夜を映したかのようだった黒髪は白く変わり、なめらかな絹のような光を宿していた肌には皺が刻まれ、呼吸は微弱となって、意識も既に遠かった。けれども寝台に長々と横たわるその姿にはまだ光の国の王としての栄光が、傍らの卓に置かれた王冠のきらめきと共に、ラングリンドの最初の朝陽のように輝いていた。
しかし精霊たちを従え光にあふれる王国を統治する赤い目の王として「ラングリンドの精霊王」の異名をもって王国内外にその名を知らしめていたフロイントの臨終の知らせは、国のすべての民に深い悲しみを抱かせ、その悲嘆のため息がラングリンドに満ちる光さえもかすませるほどだった。
だがフロイント自身は弱まる呼吸のうちにいて、数年前に身罷った最愛の妃、アデライデの元に赴ける幸いのために安らいでいた。
寝台のまわりには、沈痛な面持ちの彼のこども達と孫たちが取り囲んでいた。王の寝室にはフロイントの身内ばかりではなく、光の翅を悲しみに震わせる女官たちや侍従たちも集まっていた。そしてその中には、黒い翼をひっそりとたたんで俯く魔物たちの姿もあった。
光の妖精女王が魔界に赴いて後、ラングリンドには徐々に魔物たちが集まって来るようになった。彼らはかねてフロイントが考えていた通り、魔界において光の救いを必要としていた魔物たちだった。そうやって集ってきた魔物たちの口から、フロイントは妖精女王の話を漏れ聞いた。彼らによれば、妖精女王の来訪は天地を返すほどの衝撃と混乱を招いて魔界に激震を走らせたらしかった。魔物たちにとって妖精女王は脅威であるため、近寄ることはおろか、見ることも避けられ、また妖精女王自身も魔王の城の奥深くにとどまっていたため、魔物たちが妖精女王について何かを知ることはほとんどなかった。しかし光の妖精女王を魔王が受け入れたという事実は、結果として魔界において光を求めていた魔物たちの存在を明らかにもしたのだった。彼らは導かれるように、ラングリンドにやって来た。フロイントは光の精霊たちの助力のもと、こうした魔物たちの入国を許可し、アデライデと共に彼らを誠心誠意導いた。
それからいくつもの季節を越え、共に国に尽くしてきたアデライデの姿は最早なかったが、王妃のやわらかく美しい癒しの光はフロイントの大いなる光の意思と一体となって王国に浸透し、その功績を確かなものとしていた。ラングリンドはかつてフロイントが思い描き、その実現を目指した通り、光の妖精と人々と魔物たちとが調和を保って暮らす稀有の王国となり、広く世界にその奇跡の姿を輝かせているのだった。
ラングリンドの最初の人の王として力の限りを尽くしてきたフロイントは、来し方が美しい影絵のようにひらめいては去って行くのを夢うつつに眺めながら、静かにその意義深く超凡であった生涯を終えようとしていた。
そのとき突如として、寝室に光の洪水が押し寄せた。世界中の光をこの一室に集めたかのような眩しさに、寝室に居合わせた一同は目をくらませた。その聖なる光に、フロイントの臨終を見守っていた人々と妖精たちは体の底から命の歓喜が湧き上がる感動に震え、魔物たちは本能的な恐怖から翼の内に身を隠し、青ざめて目を固く閉じていた。
やがて光の中心に、尊い光輝をやわらかく漂わせる光の妖精女王が現れた。女王は朦朧と眠りと覚醒の狭間を行き来していたフロイントに、ふっと光の息を吹きかけた。女王の光を吸い込んだフロイントは薄く瞼を開けて、赤い瞳に女王の姿を映すと、俄かに涙をあふれさせた。
「……光の妖精女王……」
目を開けた父に飛びつくようにして縋りついていたこども達は、フロイントのかすれた声が妖精女王の名を呼ぶのを聞いて驚きに目を見張った。その場にいたすべての者たちが畏敬の念に打たれ、女王の眩しすぎる光の前にひれ伏す中、女王は皺の刻まれたフロイントの顔を慈愛の眼差しで見つめ、なつかしい光の声を響かせた。
「フロイント、永きにわたり、よくこのラングリンドを治めてくれましたね。あなたが築き上げたラングリンドは、必ずや後の世代に正しく引き継がれていくでしょう」
涙のあふれる瞳をほころばせ、フロイントは無言のうちに女王に感謝を伝えた。
女王は黒い翼の内に身を隠して震える魔物たちに目を留めると、
「ラングリンドへの入国を許された小さき者たちよ、わたくしの光を怖れることはありません。たとえ魂を持たぬ者であったとしても、開かれた心の持ち主に、わたくしの光が益となることはあっても害になることはありません」
魔物たちはおそるおそる翼から顔を出し、女王の威光を直接その目に映した。信じがたい喜悦がどこからともなく体中に湧き起こるのを感じた魔物たちは、歓喜に倒れるように床に伏した。
妖精女王は光の衣を雲の如くたなびかせ、フロイントにやさしく言った。
「フロイント、わたくし達はあなたを迎えに来ました」
「……わたくし達……?」
浅い呼吸で訊ねたフロイントの前に、女王は長い衣服の袖をひるがえした。女王の袖の向こうから、光を纏ったアデライデが姿を見せ、フロイントは目を見張った。
「アデライデ……!」
この日、長くラングリンドを治めていたフロイント王が、世を去らんと臨終の床に就いていた──。
ラングリンドの輝ける夜を映したかのようだった黒髪は白く変わり、なめらかな絹のような光を宿していた肌には皺が刻まれ、呼吸は微弱となって、意識も既に遠かった。けれども寝台に長々と横たわるその姿にはまだ光の国の王としての栄光が、傍らの卓に置かれた王冠のきらめきと共に、ラングリンドの最初の朝陽のように輝いていた。
しかし精霊たちを従え光にあふれる王国を統治する赤い目の王として「ラングリンドの精霊王」の異名をもって王国内外にその名を知らしめていたフロイントの臨終の知らせは、国のすべての民に深い悲しみを抱かせ、その悲嘆のため息がラングリンドに満ちる光さえもかすませるほどだった。
だがフロイント自身は弱まる呼吸のうちにいて、数年前に身罷った最愛の妃、アデライデの元に赴ける幸いのために安らいでいた。
寝台のまわりには、沈痛な面持ちの彼のこども達と孫たちが取り囲んでいた。王の寝室にはフロイントの身内ばかりではなく、光の翅を悲しみに震わせる女官たちや侍従たちも集まっていた。そしてその中には、黒い翼をひっそりとたたんで俯く魔物たちの姿もあった。
光の妖精女王が魔界に赴いて後、ラングリンドには徐々に魔物たちが集まって来るようになった。彼らはかねてフロイントが考えていた通り、魔界において光の救いを必要としていた魔物たちだった。そうやって集ってきた魔物たちの口から、フロイントは妖精女王の話を漏れ聞いた。彼らによれば、妖精女王の来訪は天地を返すほどの衝撃と混乱を招いて魔界に激震を走らせたらしかった。魔物たちにとって妖精女王は脅威であるため、近寄ることはおろか、見ることも避けられ、また妖精女王自身も魔王の城の奥深くにとどまっていたため、魔物たちが妖精女王について何かを知ることはほとんどなかった。しかし光の妖精女王を魔王が受け入れたという事実は、結果として魔界において光を求めていた魔物たちの存在を明らかにもしたのだった。彼らは導かれるように、ラングリンドにやって来た。フロイントは光の精霊たちの助力のもと、こうした魔物たちの入国を許可し、アデライデと共に彼らを誠心誠意導いた。
それからいくつもの季節を越え、共に国に尽くしてきたアデライデの姿は最早なかったが、王妃のやわらかく美しい癒しの光はフロイントの大いなる光の意思と一体となって王国に浸透し、その功績を確かなものとしていた。ラングリンドはかつてフロイントが思い描き、その実現を目指した通り、光の妖精と人々と魔物たちとが調和を保って暮らす稀有の王国となり、広く世界にその奇跡の姿を輝かせているのだった。
ラングリンドの最初の人の王として力の限りを尽くしてきたフロイントは、来し方が美しい影絵のようにひらめいては去って行くのを夢うつつに眺めながら、静かにその意義深く超凡であった生涯を終えようとしていた。
そのとき突如として、寝室に光の洪水が押し寄せた。世界中の光をこの一室に集めたかのような眩しさに、寝室に居合わせた一同は目をくらませた。その聖なる光に、フロイントの臨終を見守っていた人々と妖精たちは体の底から命の歓喜が湧き上がる感動に震え、魔物たちは本能的な恐怖から翼の内に身を隠し、青ざめて目を固く閉じていた。
やがて光の中心に、尊い光輝をやわらかく漂わせる光の妖精女王が現れた。女王は朦朧と眠りと覚醒の狭間を行き来していたフロイントに、ふっと光の息を吹きかけた。女王の光を吸い込んだフロイントは薄く瞼を開けて、赤い瞳に女王の姿を映すと、俄かに涙をあふれさせた。
「……光の妖精女王……」
目を開けた父に飛びつくようにして縋りついていたこども達は、フロイントのかすれた声が妖精女王の名を呼ぶのを聞いて驚きに目を見張った。その場にいたすべての者たちが畏敬の念に打たれ、女王の眩しすぎる光の前にひれ伏す中、女王は皺の刻まれたフロイントの顔を慈愛の眼差しで見つめ、なつかしい光の声を響かせた。
「フロイント、永きにわたり、よくこのラングリンドを治めてくれましたね。あなたが築き上げたラングリンドは、必ずや後の世代に正しく引き継がれていくでしょう」
涙のあふれる瞳をほころばせ、フロイントは無言のうちに女王に感謝を伝えた。
女王は黒い翼の内に身を隠して震える魔物たちに目を留めると、
「ラングリンドへの入国を許された小さき者たちよ、わたくしの光を怖れることはありません。たとえ魂を持たぬ者であったとしても、開かれた心の持ち主に、わたくしの光が益となることはあっても害になることはありません」
魔物たちはおそるおそる翼から顔を出し、女王の威光を直接その目に映した。信じがたい喜悦がどこからともなく体中に湧き起こるのを感じた魔物たちは、歓喜に倒れるように床に伏した。
妖精女王は光の衣を雲の如くたなびかせ、フロイントにやさしく言った。
「フロイント、わたくし達はあなたを迎えに来ました」
「……わたくし達……?」
浅い呼吸で訊ねたフロイントの前に、女王は長い衣服の袖をひるがえした。女王の袖の向こうから、光を纏ったアデライデが姿を見せ、フロイントは目を見張った。
「アデライデ……!」
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