フロイント

ねこうさぎしゃ

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五つめの願い

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 アデライデはその深い想いのあふれるようでありながら、安心と寛ぎを感じさせる穏やかな微笑みに強く打たれ、思わずフロイントの指を握りしめた。だが手の先にはわずかなしびれがあるようで、うまくフロイントの指をつかめないもどかしさに、アデライデはため息ともつかぬ息を吐き出した。ともすればバルトロークのあの執拗な視線や冷たい城での恐怖を思い出しそうになり、アデライデはフロイントを縋るように見上げた。
 フロイントはアデライデのいつになく頼りなく、それでいて熱のこもった手を取った。その手の柔らかさがフロイントの心に切ない悲しみの覆いをかける。
「アデライデ、おまえが願わずとも、もとよりそのつもりだ。俺はこの俺の生涯かけておまえを愛し抜くと心に決めている。──そうせずにはいられないのだ。これほどの強い想いがどうして変わるだろうか。俺はただおまえへの愛によってのみ己を支えているのだ。……だが今夜、俺はおまえの願いに応えて誓いを立てよう。見ていろ、アデライデ」
 フロイントは自分の心臓に右手を翳した。するとフロイントの胸の内側から、眩しい光が射し始めた。やがてその光は輝く球となってフロイントの体から出てきた。
「これは俺の心臓をかたどった球体だ。俺たち魔族は誰かに絶対の忠誠を誓うとき、こうやって自分の心臓を模した球を取り出して誓うのだ。むろん、俺にとってはこれが初めてのことだがな」
 アデライデは光り輝く球体に吸い込まれそうになりながら呟いた。
「綺麗……。とても眩しい……」
「……そうだな。普通、魔族の心臓は黒い炎の燃える球体の形で表われるというのだが……。まさか俺のものがこんなに光を放つとは思いもしなかった」
 アデライデはフロイントを見上げ、フロイントもアデライデをじっと見た。
「とにかく今は誓いの儀式を続けよう。この儀式を行うには自分の名を名乗る必要があるのだ。俺にとってはアデライデ、おまえが与えてくれた名がすべて。このフロイントという名こそが、俺の正式なる名なのだ」
「フロイント……」
 再び涙を滲ませたアデライデに微笑みかけ、フロイントは厳かな口調で誓いの言葉を紡ぎ始めた。
「我が名は──フロイント。我は我が心臓に懸けて誓う。この命続く限りアデライデと共に在らんことを。我が命尽きるまで、我はアデライデにすべてを捧げ、尽くしぬかん……」
 フロイントの言葉と共に、心臓の光がその明るさを増し始めた。フロイントは静かに言葉を続けた。
「アデライデ、汝は我が命、我が心臓。我フロイントは汝に永遠の忠誠を──」
 フロイントはそこで一旦言葉を切ると、自分の命の光とも呼べる心臓の輝きに照らされて美しく浮かび上がるアデライデを見つめ、想いのすべてを込めて言った。
「──そして愛を誓う。もし誓いの破らるることあらば、我が命を持ってあがなうものとする」
 そう言い終わると、光の球はゆっくりと天井まで浮かび上がり、ひときわ大きく輝いて周囲を眩い光で満たした。やがて球体はゆっくりと下りてくると、再びフロイントの胸の中へと戻って行った。フロイントはふっと深い息を吐くと、
「アデライデ、おまえの五つ目の願いを叶えた……」
 アデライデは潤んだ瞳を細め、夢を見ているような表情を浮かべた。
「フロイント、ありがとう……。あの日あの森で、わたしを見つけてくれて、ありがとう……」
 そう言い終えた瞬間、アデライデの体がぐらりと後ろにのけ反るように傾いだ。フロイントは咄嗟に両腕を出してその体を支えた。フロイントは腕に触れたアデライデの背中の燃えるような熱さに驚いた。
「アデライデ……!?」
 アデライデはフロイントの腕に背中をぐったりと預けて天を仰ぎ、額に汗を滲ませて苦しげに眉を寄せ、熱い息を漏らした。
 アデライデの突然の高熱にフロイントは動転しかけたが、次の瞬間、バルトロークの禍々しい魔力の毒気に長く晒されていたためだと思い至り、はっと息を呑んだ。
 上位の魔物の妖気は人間にはそれだけで毒になる。そうした妖気にあてられた人間が、時として死に至る場合もあるということを思い出し、フロイントの全身からは血の気が引いた。
 如何に魂の光の強いアデライデといえど、あれだけ長くバルトロークの近くに留められ、まして邪気の宿った衣装を肌に直接身につけさせられていたとあれば、何の影響も受けずに済むはずがなかった。
 フロイントはすぐさまアデライデをベッドに寝かせると、熱く燃えるようなその手を握った。フロイントの高まった魔力は本能的な直感力をも高め、学んだこともない治癒の術をアデライデに施すことを助けた。
 フロイントはアデライデの体内に、持てる全ての意思の力を治癒のエナジーに変えて送り込んだ。青白く発光する光の塊が繋いだ手を通してアデライデの全身に行き渡った。
 光の繭に包み込まれたアデライデの体が俄かに震え出す。アデライデの奥深くに根を張ろうとするバルトロークの黒く冷たい氷の邪気の残滓と、フロイントの送り込んだ治癒の光が闘い始めたのだ。
「アデライデ、必ず助ける……! 時間よ、どうか今は俺に味方してくれ。今しばし魔王の使者を止めておいてくれ……」
 フロイントは荒い息を吐いて苦しげに顔を歪めるアデライデの震える手に両手を重ねた。祈るように目を閉じて項垂れ、更に意識を集中させて治癒の光を送り込んだ。

 ──ただ一心に、ひたすら治癒の術にあたるフロイントは、刻々と沈みゆく月とは違う光が空に浮かび、二人の様子を見守っていることには気づかなかった。
 やがて月の姿が完全に沈む頃、その光は遠い彼方の地平線の向こう、永劫の暗黒がくすぶる世界を目指して飛んで行ったのだった。



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