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バルトロークの城
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「そなたはほんとうに美しいな」
アデライデはバルトロークの視線から今すぐにでも姿を隠したかった。だが必死に勇気をかき集め、バルトロークの目を見返した。バルトロークは葡萄酒を舐めながら目を細め、アデライデをじっと見た。
「気丈だな。そうして震えながらも倒れまいと立っている姿は実に高貴な光にあふれ、わたしの心を強く刺激する。そなたのような娘はふたりとおるまい。まこと、あのような低級の魔物ごときにはもったいない」
「……教えてください……あの方は……、フロイントは無事なのですか……?」
震えながら問うアデライデに、バルトロークは興味深そうに瞳を光らせた。
「フロイントか、実におもしろい。まさかそなたがあれに名をつけるとはな。確かに我らにとって名のないことは恥ずべきことだが、しかし人間に名付けられたとあっては魔族全体の名誉にまでかかわる問題だ。あれは虫けらほどの価値もない魔物だったが、こうなっては魔族の面汚し、罪を犯したも同然だ。厳罰は免れぬだろうな」
アデライデは血の気を失った顔を更に固く凍り付かせた。
「そんな……」
「おぉ、アデライデ。わたしはそなたを非難しているのではないぞ。罪なきそなたはその清くやさしい心のために、あれに名を与えてやったのだからな。ふふ、アデライデ、心配することはない。我が雷によってあれの罪は清算された。よって、あれが魔界の処刑人に追われる心配はないというもの」
「ほんとうですか? それではフロイントは──あの方は無事ということですね?」
「もちろんだとも、アデライデ」
アデライデは安堵のため息を吐いた。しかしフロイントが無事だと聞かされた途端、それまで張り詰めていた緊張の糸が切れ、がくがくと足が震え出し、立っていられないほどだった。アデライデは思わずその場に座り込んだ。
アデライデの一挙手一投足を、濡れたように光るバルトロークの目が見ていた。その視線に絡み取られながら、アデライデは強い既視感を覚えていた。バルトロークの視線を、アデライデは確かに知っていた。
「……あなたはいったい誰なのですか……? なんのためにわたしをここへ……?」
アデライデは恐れる気持ちを抑えてバルトロークに問うた。バルトロークはにやりと黒い唇を歪めると、緑の長い髪を優雅な手つきで払いながら、
「我が名はバルトローク。この魔界の公爵だ。そなたは我が妻となるため、この城に来たのだ」
アデライデは冷たい大理石の床で両手を握りしめた。
「いいえ、そんなことはできません。わたしにはもうあの方の妻になる約束があるのです」
青ざめて言うアデライデに、バルトロークは愉快そうな声を上げて笑った。
「そなたの忠義には頭が下がるが、そなたとてあのように醜い下等の魔物の妻になるよりは、このわたしの妻になる方が幸いであろう?」
「わたしは……」
「あぁ、そうか。慎み深いそなたのこと、あれの方が先に申し込んだからというだけで、あのような下等の魔物との約束を優先せねばならぬものと思い込んでいるのだな。ふふ……、確かに舞踏の約束ならばそれでも良かろう。だがアデライデ、これは婚姻の話なのだ。両者の意思こそ優先されるべきもの」
「ですからわたしは……」
「もしそなたが順を気にしていると言うなら──」
バルトロークは必死に訴えようとするアデライデを制し、陋劣に瞳を光らせて身を乗り出した。
「わたしはあれより早くそなたを見つけていたのだよ」
美しい目を見開いて言葉をのみ込んだアデライデに、バルトロークは満足そうな笑いを浮かべると、再び長椅子に深く身を預けた。
アデライデはバルトロークの視線から今すぐにでも姿を隠したかった。だが必死に勇気をかき集め、バルトロークの目を見返した。バルトロークは葡萄酒を舐めながら目を細め、アデライデをじっと見た。
「気丈だな。そうして震えながらも倒れまいと立っている姿は実に高貴な光にあふれ、わたしの心を強く刺激する。そなたのような娘はふたりとおるまい。まこと、あのような低級の魔物ごときにはもったいない」
「……教えてください……あの方は……、フロイントは無事なのですか……?」
震えながら問うアデライデに、バルトロークは興味深そうに瞳を光らせた。
「フロイントか、実におもしろい。まさかそなたがあれに名をつけるとはな。確かに我らにとって名のないことは恥ずべきことだが、しかし人間に名付けられたとあっては魔族全体の名誉にまでかかわる問題だ。あれは虫けらほどの価値もない魔物だったが、こうなっては魔族の面汚し、罪を犯したも同然だ。厳罰は免れぬだろうな」
アデライデは血の気を失った顔を更に固く凍り付かせた。
「そんな……」
「おぉ、アデライデ。わたしはそなたを非難しているのではないぞ。罪なきそなたはその清くやさしい心のために、あれに名を与えてやったのだからな。ふふ、アデライデ、心配することはない。我が雷によってあれの罪は清算された。よって、あれが魔界の処刑人に追われる心配はないというもの」
「ほんとうですか? それではフロイントは──あの方は無事ということですね?」
「もちろんだとも、アデライデ」
アデライデは安堵のため息を吐いた。しかしフロイントが無事だと聞かされた途端、それまで張り詰めていた緊張の糸が切れ、がくがくと足が震え出し、立っていられないほどだった。アデライデは思わずその場に座り込んだ。
アデライデの一挙手一投足を、濡れたように光るバルトロークの目が見ていた。その視線に絡み取られながら、アデライデは強い既視感を覚えていた。バルトロークの視線を、アデライデは確かに知っていた。
「……あなたはいったい誰なのですか……? なんのためにわたしをここへ……?」
アデライデは恐れる気持ちを抑えてバルトロークに問うた。バルトロークはにやりと黒い唇を歪めると、緑の長い髪を優雅な手つきで払いながら、
「我が名はバルトローク。この魔界の公爵だ。そなたは我が妻となるため、この城に来たのだ」
アデライデは冷たい大理石の床で両手を握りしめた。
「いいえ、そんなことはできません。わたしにはもうあの方の妻になる約束があるのです」
青ざめて言うアデライデに、バルトロークは愉快そうな声を上げて笑った。
「そなたの忠義には頭が下がるが、そなたとてあのように醜い下等の魔物の妻になるよりは、このわたしの妻になる方が幸いであろう?」
「わたしは……」
「あぁ、そうか。慎み深いそなたのこと、あれの方が先に申し込んだからというだけで、あのような下等の魔物との約束を優先せねばならぬものと思い込んでいるのだな。ふふ……、確かに舞踏の約束ならばそれでも良かろう。だがアデライデ、これは婚姻の話なのだ。両者の意思こそ優先されるべきもの」
「ですからわたしは……」
「もしそなたが順を気にしていると言うなら──」
バルトロークは必死に訴えようとするアデライデを制し、陋劣に瞳を光らせて身を乗り出した。
「わたしはあれより早くそなたを見つけていたのだよ」
美しい目を見開いて言葉をのみ込んだアデライデに、バルトロークは満足そうな笑いを浮かべると、再び長椅子に深く身を預けた。
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