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四つめの願い
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わずかに不安の色を宿した赤い双眸に、アデライデは気づかわしく声をかけた。
「フロイント、大丈夫ですか?」
「あぁ……、なんともない……」
心配そうに自分を見上げるアデライデに頷いて、フロイントはゆっくりと自分の体に視線を移した。腕を手のひらで恐る恐るさすると、フロイントの顔には驚きが浮かんだ。そのまま背中や顔にも手を滑らせたフロイントは、喜びに興奮したように叫んだ。
「成功したぞ! 見てくれ、アデライデ!」
フロイントの言葉に、アデライデはゆっくりと近づいた。すぐそばに立ち止まり、じっとフロイントの皮膚の上に視線を注いでいたが、やがて白い指先をそっと伸ばした。その途端、フロイントの体は緊張のためにこわばった。
アデライデの細い指先は、一瞬ためらうように空中で止まったが、すぐにまたゆっくりとフロイントに向かって伸びてきた。やがてアデライデの指が腕に触れた瞬間、激しい衝撃が全身を勢いよく駆け巡った。一瞬、熱く焼けた鉄を押し付けられたようにさえ感じた。アデライデの白く繊細な指が触れた箇所がじんじんと痺れたようになっている。だがそれは苦痛とは違っていた。アデライデのあたたかい指が腕を滑っていくたびに、生え変わったばかりの全身の毛が逆立ち、頭は酸欠を訴えてくらくらと回るようだった。これまでの長い生涯で初めて味わう甘美な衝撃に、フロイントは激しいめまいを覚えて立っているのもやっとだった。
やがてアデライデはそっと息を吐くように、感嘆の声を漏らした。
「──まるで鹿の角に生えている産毛のようだわ」
アデライデはフロイントを見上げ、嬉しさにあふれる瞳で微笑んだ。フロイントの心臓からは一気に血液が放出され、息苦しくさえなって思わず呻くような声を漏らした。
「痛いのですか?」
アデライデは急いで手を引き、心配の色をにじませてフロイントの目を見た。フロイントは荒い息を吐きながら、首を振った。
「いいや、そうではない。そうではないが──」
しかし敏感を極めた皮膚の感覚は、確かに痛いと言ってもよいほどだった。全身から力が抜けてしまいそうになりながら、フロイントはなんとか冷静を保とうと大きく息を吸い、アデライデに訊ねた。
「──アデライデ、おまえの方こそ、俺に触れても痛くはないのだな?」
アデライデはフロイントの目を見つめたままゆっくりと頷いた。
「はい──」
寧ろ心地よさに心が安らぎます、と思わず口をついて出そうになり、アデライデは慌てて口をつぐむと頬を染めてうつむいた。俄かに湿度を増して気温の上昇したような正餐室に、どこか気まずく熱っぽい沈黙が流れた。
下を向いたアデライデの目に、体の横で所在なく握ったり開いたりしているフロイントの大きな手が映った。その仕草にアデライデの心は解けてくつろぎ、笑みを浮かべてフロイントを見上げた。するとすぐに自分の取るべき行動に迷うようなフロイントの目と出会い、アデライデは思わず小首を傾げてにっこりと笑った。
フロイントの胸は、もはや大きすぎる喜びを受け止めきれずにいた。アデライデの笑い顔に、心臓がきつく締め付けられた。
アデライデはやわらかな微笑みを瞳に湛えたまま、フロイントの大きな手をゆっくり取った。アデライデの手は、フロイントへのやさしさと労りにあふれていた。フロイントの胸はまた切ない喜びに震えた。
フロイントの手を両手で包み、アデライデは静かな声で言った。
「わたしと踊っていただけますか──?」
フロイントの心臓は狂ったように脈を打った。なんとか呼吸を繰り返しながら、喘ぐように言った。
「その、俺は、今までダンスというものをしたことがない。だからその……うまく踊れるかどうか……」
「それでは、わたしにリードさせてください」
アデライデはそう言うと、たおやかな白い手をそっとフロイントへ伸ばした。
「フロイント、大丈夫ですか?」
「あぁ……、なんともない……」
心配そうに自分を見上げるアデライデに頷いて、フロイントはゆっくりと自分の体に視線を移した。腕を手のひらで恐る恐るさすると、フロイントの顔には驚きが浮かんだ。そのまま背中や顔にも手を滑らせたフロイントは、喜びに興奮したように叫んだ。
「成功したぞ! 見てくれ、アデライデ!」
フロイントの言葉に、アデライデはゆっくりと近づいた。すぐそばに立ち止まり、じっとフロイントの皮膚の上に視線を注いでいたが、やがて白い指先をそっと伸ばした。その途端、フロイントの体は緊張のためにこわばった。
アデライデの細い指先は、一瞬ためらうように空中で止まったが、すぐにまたゆっくりとフロイントに向かって伸びてきた。やがてアデライデの指が腕に触れた瞬間、激しい衝撃が全身を勢いよく駆け巡った。一瞬、熱く焼けた鉄を押し付けられたようにさえ感じた。アデライデの白く繊細な指が触れた箇所がじんじんと痺れたようになっている。だがそれは苦痛とは違っていた。アデライデのあたたかい指が腕を滑っていくたびに、生え変わったばかりの全身の毛が逆立ち、頭は酸欠を訴えてくらくらと回るようだった。これまでの長い生涯で初めて味わう甘美な衝撃に、フロイントは激しいめまいを覚えて立っているのもやっとだった。
やがてアデライデはそっと息を吐くように、感嘆の声を漏らした。
「──まるで鹿の角に生えている産毛のようだわ」
アデライデはフロイントを見上げ、嬉しさにあふれる瞳で微笑んだ。フロイントの心臓からは一気に血液が放出され、息苦しくさえなって思わず呻くような声を漏らした。
「痛いのですか?」
アデライデは急いで手を引き、心配の色をにじませてフロイントの目を見た。フロイントは荒い息を吐きながら、首を振った。
「いいや、そうではない。そうではないが──」
しかし敏感を極めた皮膚の感覚は、確かに痛いと言ってもよいほどだった。全身から力が抜けてしまいそうになりながら、フロイントはなんとか冷静を保とうと大きく息を吸い、アデライデに訊ねた。
「──アデライデ、おまえの方こそ、俺に触れても痛くはないのだな?」
アデライデはフロイントの目を見つめたままゆっくりと頷いた。
「はい──」
寧ろ心地よさに心が安らぎます、と思わず口をついて出そうになり、アデライデは慌てて口をつぐむと頬を染めてうつむいた。俄かに湿度を増して気温の上昇したような正餐室に、どこか気まずく熱っぽい沈黙が流れた。
下を向いたアデライデの目に、体の横で所在なく握ったり開いたりしているフロイントの大きな手が映った。その仕草にアデライデの心は解けてくつろぎ、笑みを浮かべてフロイントを見上げた。するとすぐに自分の取るべき行動に迷うようなフロイントの目と出会い、アデライデは思わず小首を傾げてにっこりと笑った。
フロイントの胸は、もはや大きすぎる喜びを受け止めきれずにいた。アデライデの笑い顔に、心臓がきつく締め付けられた。
アデライデはやわらかな微笑みを瞳に湛えたまま、フロイントの大きな手をゆっくり取った。アデライデの手は、フロイントへのやさしさと労りにあふれていた。フロイントの胸はまた切ない喜びに震えた。
フロイントの手を両手で包み、アデライデは静かな声で言った。
「わたしと踊っていただけますか──?」
フロイントの心臓は狂ったように脈を打った。なんとか呼吸を繰り返しながら、喘ぐように言った。
「その、俺は、今までダンスというものをしたことがない。だからその……うまく踊れるかどうか……」
「それでは、わたしにリードさせてください」
アデライデはそう言うと、たおやかな白い手をそっとフロイントへ伸ばした。
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