フロイント

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
上 下
24 / 114
三つめの願い

しおりを挟む
 鳥は後ろから吹いて来た風に煽られ、激しく窓に体を打ち付けてもがき苦しんでいた。鳥の足に食い込んだ鎖が、館の壁に勢いよくぶつかって、大きな音を立てる。アデライデは体を震わせ、青い瞳を困惑と恐怖に見開いて、徐々に力を失いつつある鳥を見ていた。
 フロイントはアデライデの目に涙がたまっているのを見ると、窓を開けて鳥を中に入れてやらないわけにはいかなかった。この鳥に対する不信感は依然としてフロイントの中から拭い去れなかったが、純真なアデライデが無垢に心配している姿を見ると、アデライデのために助けてやらねばならない気になった。それにこの鳥は明らかに弱っている。万が一鳥に企みがあったとしても、今ならばアデライデを守ってやれるだろう。
 風に押されて窓から転がり落ちるようにして入って来た鳥は、床の上でなんとか体勢を立て直すと、罠に挟まれた片足を引きずるようにして暖炉の前まで歩いて行った。そのたびに鉄のガシャガシャと鳴る耳障りな音が室内に響いた。鳥は暖炉の前まで来ると、そこで力尽きたかのようにぐったりと床の上に倒れ込んだ。
「大変だわ、早くはずしてあげなければ……!」
 アデライデは我を忘れて鳥のそばに駆け寄り、罠に触れようとした。
「アデライデ、駄目だ!」
 フロイントの大声にアデライデは体をびくりと震わせて、思わず手を引っ込めた。
「大声を出してすまない。だが、さっきも言ったように、魔物の罠ならば人間のおまえには命取りとなる」
 アデライデははっとして口を押えた。
「さがっていろ、アデライデ」
 アデライデはフロイントが指し示した窓の近くまで退いた。
 フロイントは倒れて目を閉じている鳥を見た。気を失っている鳥のそばに腰を屈め、足に食い込む罠を仔細に観察し始めた。それほど強力な魔力がかけられている気配はない。しかしフロイントの魔術では罠をはずすことができないのは、先ほどで実証済みだ。フロイントよりは魔力が強い魔物がこの罠を仕掛けたことは間違いない。

 ──多少の痛手を負うかもしれないが、素手でやるしかあるまい。

 フロイントはやはり蒼白な顔のままのアデライデを振り返ると、努めて穏やかな口調で話しかけた。
「俺の魔力でははずせないようだから、この手で壊すことにしよう。だがたぶんすぐ外れるだろう。これが終わったら、熱い茶を飲みたい。淹れ直して来てくれるか?」
「……は、はい……」
 アデライデは頷くと、ティーポットを抱えて台所に向かった。
 フロイントはアデライデが遠ざかったのを確認すると、鳥に向き直り、おもむろに手を伸ばして罠に触れた。その途端、フロイントの手に衝撃が走った。
「……っ!」
 それはフロイントが予想していたよりもはるかに強い魔力だった。罠に触れた手のひらを見ると、かすかに煙が上がっている。肉が少し焦げていた。
「なんだこの罠は……」
 フロイントは思わず倒れている鳥を見た。まるでこの罠に触れる者を攻撃するよう仕組まれているようだ。まさかこの鳥が……? と疑って鳥を見るが、やはりぐったりと横たわって、目を覚ます気配もない。
「早くしなければアデライデが戻って来てしまう……」
 フロイントは覚悟を決めると勢いよく罠を掴んだ。信じがたい衝撃が、掴んだ手のひらから全身を駆け巡った。刃を欠いた剣で内臓をえぐるような痛みが走る。激痛を必死に堪え、フロイントは罠を壊そうと一層手に力を込めた。フロイントの全身から煙が上がり始めた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...