フロイント

ねこうさぎしゃ

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二つめの願い

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 そんな風にして二人が日を過ごすうちに、やがて新月の晩がやって来た。ほの暗い正餐室でぱちぱちと音を立てて燃える暖炉の前に立って、アデライデはいつものように魔物が来るのを待っていた。
 アデライデはこの数日、近づいてくる新月を前にして、魔物に叶えてもらう願いについて考えていた。アデライデの心には、ある瞬間ふと芽生えた思いがあり、その願いを魔物に叶えてもらえれば、この館での暮らしに幾ばくか灯り始めた光明が、さらなる明るさをもって自分の心を慰めてくれるのではないかと考えていた。
 けれど、どんな風に切り出せば、自分の思いが魔物に正しく伝わるだろうかとも考えていた。アデライデはぼんやりと暖炉の炎を見つめながら、今夜の願いについて思いを巡らせた。
 と、静かな風が吹いた。風が吹くと同時に、アデライデは考えるのをやめ、部屋の隅に目を向けた。暗がりには魔物が立っていた。いつも魔物が現れる前には遠慮がちな風が吹く。アデライデにはこの風が魔物のノックのように思えた。アデライデは微笑みを浮かべて魔物を見た。
 自分に向けられたアデライデの美しい微笑に、魔物の心はときめいた。しかし魔物はアデライデと晩のあいさつを交わし合うと、いつもの他愛のない会話を始める代わりに、すぐに今夜の用件を切り出した。長く留まってアデライデに苦痛を与える事態を招くことを避けるためだった。
「アデライデよ、今宵は新月。おまえの二つ目の願いを叶えよう」
 魔物に尋ねられ、アデライデは小さく頷いた。どう伝えようかとあれこれ考えていたが、魔物にいよいよ願いを尋ねられると、素直に自分の思いを口にするのが最善だという気がした。アデライデは注意深く言葉を選びながら、魔物に向かって話し出した。
「わたしの二つ目の願いを聞いても、どうか気を悪くなさらないでほしいの。決してあなたを傷つけるつもりでこんなお願いをするのではないとわかってください。わたしの二つ目の願いはこうです。あなたから、その……臭いがなくなるようにしてほしいのです」
 またしても思いもよらないアデライデの願いに、魔物は声も出せずに部屋の隅で立ち尽くしていた。魔物のその様子に、アデライデは繊細な魔物の心を傷つけたかもしれないと心配になり、急いで言葉を足した。
「わたし、この館での生活にもだいぶ慣れてきました。でも、やっぱりときどきは父のことやラングリンドのことを思い出して、寂しくなることがあるのです。だけど、あなたとこうしておしゃべりをしていると、わたしは寂しさを忘れられるのです。だからわたし、あなたともっと長く一緒に過ごしたいのです。けれど、あなたはわたしを気遣っていつもすぐに去ってしまうでしょう? それでもし、あなたから臭いがしなくなれば、それを気にしてあなたがすぐに行ってしまうようなこともなくなるのではないかと思ったのです……。いけないお願いでしょうか……?」
 話している途中から、アデライデは不安に思い始めた。魔物がその赤い目を伏せ、次第に逞しい巨体を小さく縮めていくように思えたからだ。
「あの、ごめんなさい……ほんとうにあなたを傷つけるつもりなんてなかったの。ただ、もしそうなれば、あなたともっとお話ができると思っただけなのです。……わたし、あなたの気を悪くさせましたか……?」
 アデライデは不安な気持ちで魔物の言葉を待った。だが魔物はすぐには口を開かず、やはりじっと目を伏せたままでいた。その様子はひどく傷ついているように思えたが、しかし何かに深く感じ入っているようにも見えた。どちらとも判じかねて、アデライデの不安はどんどん大きくなった。
 魔物が沈黙していたのは傷ついたからでも、ましてや気分を害したからでもなかった。確かに最初はアデライデの願いに驚いたが、その願いの理由をアデライデが語るのを聞いているうちに、魔物は自分の心が朝もやのかかる美しい湖のように静まり返っていくのを感じていた。魔物はその澄んだ湖の縁に立って湖面を眺めていた。すると気高く美しい白鳥の一団が湖に舞い降りて、いくつもの波紋を広げながら踊るように群れ泳いだ。魔物の胸にはその姿がありありと浮かんでいた。魔物はその幻影に圧倒されて押し黙っていたのだ。気持ちが落ち着いて来るまで、魔物は口を開くことができなかった。
「──俺の沈黙がおまえを不安にさせたなら謝ろう。ただ俺は、これまでほとんど味わうことのなかった感動のために、口がきけずにいただけなのだ」
 アデライデはようやく口を開いた魔物にほっとしながら聞き返した。
「感動……?」
 確かに魔物の声には、深い感動の余韻が揺れているようだった。魔物が何に感動を覚えたのかはわからなかったが、少なくとも心を傷つけたのではないということに、アデライデは心底安堵していた。
 魔物は赤い目を上げてアデライデを見た。暖炉のそばに立ってこちらを見つめているアデライデは、あたたかい炎に照らされて美しく輝いていた。


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