2 / 4
リラ
夜の訪問者
しおりを挟む
リラはもうずっとひとりだった。
眠るときも、食べるときも、遊ぶ時も、いつだって広い家のなかで、リラはたったひとりだった。
外国船の船長だったパパは、リラが今よりずっと小さいときに、船ごと嵐にのまれていなくなってしまった。
ママはリラに「パパはカモメになったのよ」と教えてくれたけれど、リラの住む町から海はとてもはなれていて、ただの一羽もカモメはやって来ない。
パパがカモメになってしばらくすると、ママは重い病気になってしまった。
ママは町の病院で 毎日眠って過ごしている。リラの呼びかける声にも 目を覚まさない。
ある朝、リラはいつものように髪をとかそうとして、ブラシをなくしてしまったことに気がついた。
パパがカモメになる前に、航海のおみやげにくれたものだった。
そのブラシで髪をとかすと、パパの手で頭をなでてもらっているような気がして、リラはそれを大切にしていた。
ブラシを最後に見たのは、ママの病院に持って行った時だった。
ママがいつもリラにそうしてくれていたように、そのブラシでママの髪をとかしてあげれば、眠り姫が長い眠りからめざめるようにママのひとみもひらくのではないかと思ったのだ。
けれどママのひとみはひらかず、ブラシもなくしてしまった。
リラはかなしくて、かなしくて、シクシクと泣いた。
涙はあとからあとからあふれてとまらなかった。
その夜、リラは泣きはらした目でベッドにもぐりこんだ。
けれど、いつまでたっても眠りはリラを訪れない。
突然、コツコツと窓をたたく音がして、リラは起きあがった。
見ると、一羽の大きなカモメが窓の外にいて、そのくちばしでガラスをコツコツとたたいているのだった。
カモメはとても大きくて、リラは一瞬こわくなった。
けれど、金色の月の光に照らされたカモメの黒いひとみのなかに、どこかなつかしく、やさしい色が宿っていることに気がついた。
「パパ?」
リラは思わず窓にかけより、ガラス戸をあけた。
「こんばんは、リラ」
カモメがリラの名を呼んだ。
それはまぎれもないパパの声だった。
「パパ! やっぱりパパなのね!」
リラはさけぶように言った。
リラの目からは、またあたらしいなみだがこぼれ落ちた。
「リラ、ごめんよ。きみやママを置いて行ってしまわねばならなったこと、ほんとうにすまなく思っているよ。パパもとてもつらかった」
「わたし、ずっとひとりぼっちよ。ママも病気になってしまって……」
「わかっているよ」
パパはつばさを広げ、リラをそっと胸に抱きよせた。パパのからだはふかふかした羽毛におおわれていて、とてもあたたかく、かすかに潮のにおいがした。
「さぁ、リラ。いいところに連れて行ってあげよう」
パパはそう言うと、片方のつばさでリラを抱いたまま、もう片方のつばさを力強くはばたかせた。
眠るときも、食べるときも、遊ぶ時も、いつだって広い家のなかで、リラはたったひとりだった。
外国船の船長だったパパは、リラが今よりずっと小さいときに、船ごと嵐にのまれていなくなってしまった。
ママはリラに「パパはカモメになったのよ」と教えてくれたけれど、リラの住む町から海はとてもはなれていて、ただの一羽もカモメはやって来ない。
パパがカモメになってしばらくすると、ママは重い病気になってしまった。
ママは町の病院で 毎日眠って過ごしている。リラの呼びかける声にも 目を覚まさない。
ある朝、リラはいつものように髪をとかそうとして、ブラシをなくしてしまったことに気がついた。
パパがカモメになる前に、航海のおみやげにくれたものだった。
そのブラシで髪をとかすと、パパの手で頭をなでてもらっているような気がして、リラはそれを大切にしていた。
ブラシを最後に見たのは、ママの病院に持って行った時だった。
ママがいつもリラにそうしてくれていたように、そのブラシでママの髪をとかしてあげれば、眠り姫が長い眠りからめざめるようにママのひとみもひらくのではないかと思ったのだ。
けれどママのひとみはひらかず、ブラシもなくしてしまった。
リラはかなしくて、かなしくて、シクシクと泣いた。
涙はあとからあとからあふれてとまらなかった。
その夜、リラは泣きはらした目でベッドにもぐりこんだ。
けれど、いつまでたっても眠りはリラを訪れない。
突然、コツコツと窓をたたく音がして、リラは起きあがった。
見ると、一羽の大きなカモメが窓の外にいて、そのくちばしでガラスをコツコツとたたいているのだった。
カモメはとても大きくて、リラは一瞬こわくなった。
けれど、金色の月の光に照らされたカモメの黒いひとみのなかに、どこかなつかしく、やさしい色が宿っていることに気がついた。
「パパ?」
リラは思わず窓にかけより、ガラス戸をあけた。
「こんばんは、リラ」
カモメがリラの名を呼んだ。
それはまぎれもないパパの声だった。
「パパ! やっぱりパパなのね!」
リラはさけぶように言った。
リラの目からは、またあたらしいなみだがこぼれ落ちた。
「リラ、ごめんよ。きみやママを置いて行ってしまわねばならなったこと、ほんとうにすまなく思っているよ。パパもとてもつらかった」
「わたし、ずっとひとりぼっちよ。ママも病気になってしまって……」
「わかっているよ」
パパはつばさを広げ、リラをそっと胸に抱きよせた。パパのからだはふかふかした羽毛におおわれていて、とてもあたたかく、かすかに潮のにおいがした。
「さぁ、リラ。いいところに連れて行ってあげよう」
パパはそう言うと、片方のつばさでリラを抱いたまま、もう片方のつばさを力強くはばたかせた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
つぼみ姫
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
世界の西の西の果て、ある城の庭園に、つぼみのままの美しい花がありました。どうしても花を開かせたい国王は、腕の良い元庭師のドニに世話を命じます。年老いて、森で静かに飼い猫のシュシュと暮らしていたドニは最初は気が進みませんでしたが、その不思議に光る美しいつぼみを一目見て、世話をすることに決めました。おまけに、ドニにはそのつぼみの言葉が聞こえるのです。その日から、ドニとつぼみの間には、不思議な絆が芽生えていくのでした……。
※第15回「絵本・児童書大賞」奨励賞受賞作。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
眠れる森のうさぎ姫
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる