上 下
8 / 9

8

しおりを挟む
 魔法使いはアヴェリン姫を振り向き、目を細めて微笑みました。それから今度は大きく目を開けたかと思うと、突然アヴェリン姫の手を引っ張りながら、急降下を始めました。

 辺りが急に虹色の光で包まれ、アヴェリン姫は思わず息を止め、かたく目を閉じました。

 どれくらいそうして体を固くしていたのでしょうか。アヴェリン姫は、「姫……、姫……」と優しく自分に呼び掛ける魔法使いの言葉で、ハッと目を開けました。

 すると、いつの間にかアヴェリン姫は、夜明けのうさぎ王国のお城の前に立っていました。

「まぁ、よかった。帰って来たのね!」

 アヴェリン姫は悪い夢から覚めたように、ホッと胸を撫で下ろし、かたわらで自分の目の高さまでかがんでいる魔法使いの、七色に輝く瞳を振り返りました。

「わたし、あなたにどんなお礼をさしあげられるかしら」

 アヴェリン姫はそう言いながら、魔法使いとのお別れの時間が迫っているのだと思うと、心がぎゅうぎゅうとしぼられるように痛みました。

 魔法使いはアヴェリン姫をのぞき込むようにしてにっこり微笑むと、

「それでは、どうかわたくしめに、プリンセスのキスを」

 と言って、胸に手を当てて頭を下げました。

 アヴェリン姫は白い耳の先まで真っ赤になりましたが、ドキドキと鳴る心臓の音を聞かれないように注意しながら、魔法使いの頬に、そっと『ありがとう』と『さよなら』のキスをしました。

 するとそのとたん、魔法使いの体から、キラキラ輝く虹色の光が勢いよく放たれ、天に向かってほとばしりました。アヴェリン姫は驚いて後ろに飛び退き、巨大な光の柱を見ていました。いくらもしないうちに、袖口と首回りを銀色の菱形模様で縁取られた、鮮やかなトルコ石色のローブを着たハンサムな一羽の白うさぎが、うつむき加減に光の柱の中からゆっくりと姿を現しました。

 うさぎは目を閉じて顔をあげ、水色のメッシュが入った真っ白な耳を気持ちよさそうに振り、鼻先を嬉しげにひくひくさせて、新鮮な空気を吸い込むように何度も大きく深呼吸をしていましたが、やがてゆっくりとまぶたを開け、アヴェリン姫に視線を向けました。その瞳は、まるで吸い込まれそうに優しく光る、宝石のような虹色に輝く瞳でした。

 アヴェリン姫は大きく息を吸い込むと、

「あなた、あの魔法使いさんなの?」

 と、恐る恐る、でもドキドキと高鳴る胸をおさえ、尋ねました。

 うさぎの姿になった魔法使いは、姫にまっすぐ視線を向けたまま、ゆっくりとうなずきました。

「えぇ、そうです。そして、ありがとう、姫。あなたのおかげで、わたしは百年の呪いから解放されました」
「なんですって?」

 アヴェリン姫はピョンと跳び上がりました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

つぼみ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
世界の西の西の果て、ある城の庭園に、つぼみのままの美しい花がありました。どうしても花を開かせたい国王は、腕の良い元庭師のドニに世話を命じます。年老いて、森で静かに飼い猫のシュシュと暮らしていたドニは最初は気が進みませんでしたが、その不思議に光る美しいつぼみを一目見て、世話をすることに決めました。おまけに、ドニにはそのつぼみの言葉が聞こえるのです。その日から、ドニとつぼみの間には、不思議な絆が芽生えていくのでした……。 ※第15回「絵本・児童書大賞」奨励賞受賞作。

さらさら

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たったひとり、ニーナは砂浜で「何か」をさがしていた。それはまるで遠い昔の「約束」をさがすように──。大人の短編童話。

ことみとライ

雨宮大智
児童書・童話
十才の少女「ことみ」はある日、夢の中で「ライ」というペガサスに会う。ライはことみを「天空の城」へと、連れて行く。天空の城には「創造の泉」があり、ことみのような物語の書き手を待っていたのだった。夢と現実を行き来する「ことみ」の前に、天空の城の女王「エビナス」が現れた⎯⎯。ペガサスのライに導かれて、ことみの冒険が、いま始まる。 【旧筆名:多梨枝伸時代の作品】

ある羊と流れ星の物語

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たくさんの仲間と共に、優しい羊飼いのおじいさんと暮らしていたヒツジは、おじいさんの突然の死で境遇が一変してしまいます。 後から来た羊飼いの家族は、おじいさんのような優しい人間ではありませんでした。 そんな中、その家族に飼われていた一匹の美しいネコだけが、羊の心を癒してくれるのでした……。

あきたのこぐま

鷹尾(たかお)
児童書・童話
【絵本ver.制作中】 秋田県の森吉山に住むこぐまの話。 山一番の最強を探す探検をするよ!

子猫マムの冒険

杉 孝子
児童書・童話
 ある小さな町に住む元気な子猫、マムは、家族や友達と幸せに暮らしていました。  しかしある日、偶然見つけた不思議な地図がマムの冒険心をかきたてます。地図には「星の谷」と呼ばれる場所が描かれており、そこには願いをかなえる「星のしずく」があると言われていました。  マムは友達のフクロウのグリムと一緒に、星の谷を目指す旅に出ることを決意します。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...