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その様子を見ていた魔法使いは、アヴェリン姫を励ますような口調で言いました。
「ねぇ、姫。そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。そのお話なら、わたしが知っていますよ。良ければ教えてさしあげましょう」
「えっ、ほんとう?」
魔法使いの言葉に、アヴェリン姫は瞳を輝かせて、ぴょんと跳びあがりました。
「ええ、ほんとうですとも。その物語では、眠っているのは美女なんですよ」
「あら、そうだったのね。でも、思っていたとおりだわ。眠っている森にいるなんて、さぞ寂しいでしょうって、心配していたのよ。それで、眠っているって、美女はやっぱり『眠い眠い病』だったの?」
「いいえ、呪いで百年の間、眠り続けているんですよ」
「まぁ、呪いですって?」
アヴェリン姫はぶるりと体を震わしました。
自分の『眠い眠い病』も、事によると呪いかもしれないと考え、恐ろしさでいっぱいになりました。
「でも、呪いが解けて、ついに目覚めるときがやってくるんです」
魔法使いの言葉を聞き、アヴェリン姫は希望で瞳を輝かせました。
「そうなのね! そ、それで、どうやって美女は目覚めるの?」
アヴェリン姫は、胸の前で小さな両手で握りこぶしを作って合わせ、身を乗り出しました。『眠い眠い病』を解く鍵が、今まさに見つかろうとしているのかもしれないと思うと、期待と緊張で耳は小刻みに震えました。
魔法使いは瞳の虹色を強くして、唇をゆっくり動かして答えました。
「王子のキスで」
それを聞くと、アヴェリン姫は恥ずかしさのために思わずボウッとなって、それからすぐに我に返り、深いため息をつきました。
「王子のキスだなんて、とても望めそうにないわ……」
ふるふると悲しげに頭を振ると、姫の白い毛皮が、タンポポの綿毛のように辺りに散りました。アヴェリン姫がキスを許すほど素敵なうさぎ王子など、どこの国を見渡してもいないのです。
「元気を出してください、姫。王国に帰れば、きっといいこともありますよ」
魔法使いの言葉に、アヴェリン姫はくったりと耳をたたんで言いました。
「いいえ、それも難しそうよ。だって、わたしが通って来た人間の世界に通じる洞窟は、跡形もなく消えてしまったの」
それを思い出すと、アヴェリン姫はいよいよ悲しくなって、小さな両手で顔をおおって泣き出しました。
「大丈夫ですよ、プリンセス。わたしがあなたを王国まで、送ってさしあげましょう」
「どうやって?」
魔法使いはアヴェリン姫の前にやって来ると、片膝を折って、うんと背中を丸め、アヴェリン姫の小さな手を優しく取りました。そのとたん、部屋の床が抜け、アヴェリン姫と魔法使いは、高い夜の空を飛んでいました。
「きゃあっ!」
アヴェリン姫は悲鳴をあげましたが、魔法使いはしっかり姫の手を握ってくれていたので、アヴェリン姫はすぐに恐怖を忘れ、この飛行を楽しむ余裕さえ出てきました。
風がバタバタとアヴェリン姫の両耳や、ドレスの裾をあおります。それはとても気持ちの良い風でした。興奮しながら横目に魔法使いを見ると、魔法使いのローブも、髪も、やっぱり風にあおられて、勇敢な騎士の振る旗のように、バサバサとはためいていました。
やがて森の上空に来ると、月明かりに照らされて、あのうさぎ達がひとかたまりになって、こちらを見上げているのが見えました。
やはり呆然とした様子で、空を飛ぶアヴェリン姫と魔法使いを見つめていました。アヴェリン姫は言葉を捨てなければならなかったうさぎ達の運命を想い、胸が痛くなるのを感じ、ぎゅっと魔法使いの手を握りました。
「ねぇ、姫。そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。そのお話なら、わたしが知っていますよ。良ければ教えてさしあげましょう」
「えっ、ほんとう?」
魔法使いの言葉に、アヴェリン姫は瞳を輝かせて、ぴょんと跳びあがりました。
「ええ、ほんとうですとも。その物語では、眠っているのは美女なんですよ」
「あら、そうだったのね。でも、思っていたとおりだわ。眠っている森にいるなんて、さぞ寂しいでしょうって、心配していたのよ。それで、眠っているって、美女はやっぱり『眠い眠い病』だったの?」
「いいえ、呪いで百年の間、眠り続けているんですよ」
「まぁ、呪いですって?」
アヴェリン姫はぶるりと体を震わしました。
自分の『眠い眠い病』も、事によると呪いかもしれないと考え、恐ろしさでいっぱいになりました。
「でも、呪いが解けて、ついに目覚めるときがやってくるんです」
魔法使いの言葉を聞き、アヴェリン姫は希望で瞳を輝かせました。
「そうなのね! そ、それで、どうやって美女は目覚めるの?」
アヴェリン姫は、胸の前で小さな両手で握りこぶしを作って合わせ、身を乗り出しました。『眠い眠い病』を解く鍵が、今まさに見つかろうとしているのかもしれないと思うと、期待と緊張で耳は小刻みに震えました。
魔法使いは瞳の虹色を強くして、唇をゆっくり動かして答えました。
「王子のキスで」
それを聞くと、アヴェリン姫は恥ずかしさのために思わずボウッとなって、それからすぐに我に返り、深いため息をつきました。
「王子のキスだなんて、とても望めそうにないわ……」
ふるふると悲しげに頭を振ると、姫の白い毛皮が、タンポポの綿毛のように辺りに散りました。アヴェリン姫がキスを許すほど素敵なうさぎ王子など、どこの国を見渡してもいないのです。
「元気を出してください、姫。王国に帰れば、きっといいこともありますよ」
魔法使いの言葉に、アヴェリン姫はくったりと耳をたたんで言いました。
「いいえ、それも難しそうよ。だって、わたしが通って来た人間の世界に通じる洞窟は、跡形もなく消えてしまったの」
それを思い出すと、アヴェリン姫はいよいよ悲しくなって、小さな両手で顔をおおって泣き出しました。
「大丈夫ですよ、プリンセス。わたしがあなたを王国まで、送ってさしあげましょう」
「どうやって?」
魔法使いはアヴェリン姫の前にやって来ると、片膝を折って、うんと背中を丸め、アヴェリン姫の小さな手を優しく取りました。そのとたん、部屋の床が抜け、アヴェリン姫と魔法使いは、高い夜の空を飛んでいました。
「きゃあっ!」
アヴェリン姫は悲鳴をあげましたが、魔法使いはしっかり姫の手を握ってくれていたので、アヴェリン姫はすぐに恐怖を忘れ、この飛行を楽しむ余裕さえ出てきました。
風がバタバタとアヴェリン姫の両耳や、ドレスの裾をあおります。それはとても気持ちの良い風でした。興奮しながら横目に魔法使いを見ると、魔法使いのローブも、髪も、やっぱり風にあおられて、勇敢な騎士の振る旗のように、バサバサとはためいていました。
やがて森の上空に来ると、月明かりに照らされて、あのうさぎ達がひとかたまりになって、こちらを見上げているのが見えました。
やはり呆然とした様子で、空を飛ぶアヴェリン姫と魔法使いを見つめていました。アヴェリン姫は言葉を捨てなければならなかったうさぎ達の運命を想い、胸が痛くなるのを感じ、ぎゅっと魔法使いの手を握りました。
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