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 次に意識が戻り始めたとき、アヴェリン姫は、寝ぼけ眼を開くより前に、自分が薄暗い部屋の片隅に置かれた、柔らかいクッションの上に寝かされていることに気づきました。

 耳と鼻をぴくぴく動かして、辺りの様子をうかがいながら、ゆっくり目を開けていくと、たくさんの古めかしい本の背表紙が目に入ってきました。

 あら、と思いながら、まだぼんやり気味の目を凝らして見ると、壁をぐるりと取りかこむように配置された天井まで届きそうなほどの本棚に、立派な装丁の本が今にもあふれ出しそうなくらいに詰めこまれているのが見えました。

 古い紙や革、インクにほこりなどのまじった甘い匂いがするその部屋には、高い天窓があって、そこから射しこむ月光が、部屋の真ん中に光の帯を作っていました。

 その光の帯の向こうには、重厚な木の机と、座り心地の良さそうな椅子があり、机の上に置かれた銀の燭台しょくだいは、堅牢けんろうとりでのようにそびえ、てっぺんに立てられたろうそくの炎が、不思議に魅惑的な舞踊を踊るように、ちらちらと揺れ動いていました。

 燭台の下では、羽根ペンがひとりでに動いて、アヴェリン姫の体ほどありそうなノートに、何か書き物をしている最中でした。

「ここは魔法のお部屋なのかしら……? でも、嫌な感じじゃない……。それに、なんてたくさんの本……」

 ぼんやりとヴェールのかかった寝起きの頭で、アヴェリン姫は考えていました。すると、ガチャリとドアノブの回る音がして、複雑な装飾の施された重そうな部屋の扉がゆっくりと開き、すらりとした体に、目にも鮮やかなトルコ石の色をしたローブをまとった背の高い人間の男の人が、銀のお盆を手に入って来ました。

 腰の辺りまで届く水色のメッシュの入った白い髪が、動きに合わせてさらさらと揺れていました。



 アヴェリン姫は突然現れた人間の男の人に──それも姫が生まれて初めて目にした人間にびっくりして、まばたきも忘れ、まじまじと男の人を見つめました。なにしろアヴェリン姫はまだ少しぼんやりとしていたので、にわかには現実味が沸かず、警戒することも忘れていたのでした。

 男の人は、クッションの上に起き上がっているアヴェリン姫を見ると、「おや」とうれしそうに目を細めました。

 アヴェリン姫が教科書で見た人間は、もっとまじめくさった顔をしていたので、唇を三日月の形にして笑っている男の人の顔は、アヴェリン姫の目には少しばかり奇妙に映りました。

 でも、男の人のローブの袖口と襟には、銀色の糸で菱形ひしがた刺繍ししゅうが施されていて、それがまるで星の瞬きのようにチカチカと光るので、姫はまるで不思議な絵でも見るように、思わずじぃっと見つめていました。

 そのうち、アヴェリン姫の意識もだんだんとはっきりしてきました。と、男の人の瞳が、七色の光を放っていることに、姫は突然気がつきました。その瞳を見たとたん、アヴェリン姫は雷に打たれたようにハッと息を呑むと、あわててクッションの上から飛び降りました。

「大変、この人、この部屋の主人ね。魔法使いだわ!」

 と叫んで、出口を探しました。けれど、唯一の出入口の前には魔法使いが立っているし、天窓は高すぎました。

「もうだめ、わたしきっと、あのうさぎ達みたいに言葉を奪われるんだわ!」

 アヴェリン姫は絶望し、また迫りくる恐怖のためにぐずぐすとその場に座り込み、シクシクと泣き出しました。

 すると以外にも、魔法使いは優雅な足取りで、羽根ペンが書き物をしている机のそばまで歩いていって、燭台の上でダンスをしているろうそくの足元に、持ってきた銀のお盆を置くと、アヴェリン姫の方にくるりと向き直りました。

 そして、悲しげに泣くアヴェリン姫に向かって、うやうやしく胸に手を当てて、深々とお辞儀をしながら、

「これはプリンセス、驚かせて申し訳ありません」

 アヴェリン姫は、まるで森のうさぎ達みたいにあんぐり口を開けて、魔法使いを呆然と見上げました。

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