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しおりを挟む白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。
父王さまや、母王妃さまはひどく心配して、王国一の名医にアヴェリン姫を診察させました。その結果、アヴェリン姫は『眠い眠い病』だと言われました。治療の手立ては、残念ながら見つからないとも言われました。
けれどアヴェリン姫は、それ以外ではとても健康で、好奇心も旺盛、ほかのどのうさぎよりも真っ白なふかふかの毛に覆われた体には、姫のために特別に仕立てられたピンクのドレスが、ほんとうによく似合います。
それに、王国中のうさぎ達がアヴェリン姫を愛したのは、彼女が愛らしいうさぎというだけではなく、白うさぎ王国の姫君にふさわしく、優しさと気品にも恵まれた姫君であったからでした。
『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、油断すると自分でもまったく気がつかないうちに、ぐっすり眠りこけていることもありました。それで自分でも、これは困ったことだわ、と思っていました。
けれど、アヴェリン姫の眠気は、まるでトラがその身を隠していた草むらから、突然わっと躍り出して襲いかかって来るときみたいに、まったく防ぎようがありませんでした。
アヴェリン姫を診察したお医者さまは、病に負けてはなりませんよ、と言って姫を励まそうとしました。でも正直を言ってしまえば、アヴェリン姫は自分のまぶたを閉じようとする『眠い眠い病』の逆らい難い誘惑の魔の手に身を委ねることが、ほんとうは嫌いではなかったのです。
たとえば父王さま主催の大切な晩餐会の最中や、若い貴族の青年うさぎたちが集まる園遊会で、着飾ったお友達の令嬢たちが「どなたがいちばんハンサムかしら」と品定めをしているとき、または鼻の上に乗せたメガネがいつもずり下がっている数学の家庭教師が、平面幾何の公式について説明しているときに、そっとアヴェリン姫にしのび寄って来る『眠い眠い病』の甘く退廃的な歌声にいざなわれ、ついにまぶたを閉じてしまう瞬間など、アヴェリン姫はこの世の何物にもかえがたいくらいの、甘美な快楽ともいえる心地良さを感じてしまうのでした。
しかし実際、授業の最中にウトウトしてしまうことに限っていえば、なにも『眠い眠い病』ばかりが原因ではありませんでした。お城の家庭教師たちの授業は、どれもひどく退屈なものでしたから。
けれど、例外もありました。人間の世界についての授業です。このときばかりはアヴェリン姫の病もなりをひそめ、アヴェリン姫はきれいな白い耳をピンとそばだてて、先生の話に熱心に聞き入っていました。
でも残念なことに、王宮の家庭教師たちは人間の世界について、ほとんど詳しくなかったので、アヴェリン姫は知りたいことの半分も教えてもらうことができませんでした。
特にアヴェリン姫の興味を引いたのは、人間のこども達が読むおとぎ話でした。王国にもおとぎ話はありましたが、人間の世界ほどにたくさんはありませんでした。
とは言っても、アヴェリン姫が実際に人間の世界のおとぎ話を読むことはありません。人間の世界の歴史や社会学の一環として、どんな作家がいつ頃どんな題名の本を書いたのかということが、おおざっぱにざっくりと家庭教師の口から語られるだけでした。
少し心得のある家庭教師ならば、物語のだいたいの内容を知っている者もいて、そんな教師から、体の半分がお魚のお姫さまだとか、お菓子の家に住んでいる魔女だとかが出てくるお話があることなどを聞かされると、アヴェリン姫はもう物語の始めから終わりまで、じっくり読んでみたいという強い想いに、じれったく心を焦がすのでした。
教師も題名しか知らないというような物語についても、アヴェリン姫はその物語のタイトルからお話の内容を想像し、心をわくわくと跳ねさせるのでした。
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