上 下
15 / 15

15

しおりを挟む
 ヴィオラがキールの屋敷に来てから半年が経った。キールはいつも忙しく、日中屋敷にいないことも多い。騎士なので遠征することもよくある。そのため屋敷にいるときは魔力放出を避けるためになるべくヴィオラの側にいて片時も離れないということがほとんどだ。この日も久々の休日ということでキールはヴィオラのそばにべったりだった。

「ヴィオラ、今日は二人で出かけよう」

 そう言ってヴィオラが連れてこられた場所は王都内にある上流貴族御用達の宝石店だった。

「これはこれはキール様、お待ちしておりました」
「今日はよろしく頼む」
「はい、お任せください。それでは奥様、こちらにどうぞ」

(奥様って、私はまだ婚約者なのだけど……それにこれは?)

 目の前にはさまざまなデザインの指輪がたくさん並んでいる。シンプルなものから派手なもの、美しい装飾が施されたものなどこんなにも種類があるのかとヴィオラは驚き眺める。

「ヴィオラ、どのデザインがいい?」
「えっ、私が選ぶのですか?」
「あぁ、そのために来た」

 キールの返事に戸惑いつつ、ヴィオラは促されるまま指輪をじっくりと眺めた。そして、一つの指輪に目が止まる。それは細めのリングに小ぶりの石が二つ流れ星のように並んだ指輪だった。

(シンプルだけど石の場所がお洒落で素敵だわ。石の大きさも邪魔にならない大きさだし)

 じっとヴィオラが眺めていると、店長がニコニコと笑顔で指輪を差し出す。

「こちらお気に召しましたか?」
「え、あ、はい。とても素敵です」

 ヴィオラが控えめにそう言うと、キールはヴィオラを見て言った。

「気に入ったのならこれにしよう。店長、これに俺と彼女の瞳の色の石をつけてくれ」
「かしこまりました、すぐに装着してきますのでお待ちください」

 そう言って店長はいそいそと店内の奥へ下がっていった。ヴィオラはキョトンとしながらそれを眺め、キールを見上げる。キールと目が合うと、キールの瞳は長めの前髪の間からじっとヴィオラを見つめている。

(えっと、これは一体……?)

 この国では特別な相手に自分の瞳と相手の瞳の色の石を付けたアクセサリーを送る風習がある。しかも指輪の場合、愛を告げる意味も込められているのだ。いくら色恋に疎いヴィオラとはいえ、それくらいの知識は持っている。

「あの、なぜキール様は私に指輪を……?」

 ヴィオラの問いにキールが答えようとした時、店の奥から店長が戻ってきた。

「出来上がりました、キール様ご確認ください」

 箱に入った指輪を見せ、キールがそれを確認する。そしてほんの少し微笑むとキールは力強く頷いた。

「ありがとう、これをいただく」
「こちらこそありがとうございます!末永くお幸せに」

 店長は嬉しそうにヴィオラへそう言うと、ヴィオラは戸惑いながらキールを見上げる。見上げた先のキールの顔はヴィオラをとてつもなく愛おしいものを見るような瞳で見つめていて、思わずヴィオラは顔を真っ赤にする。そんなヴィオラを見てキールはさらに嬉しそうに微笑み、そんな二人を見ながら宝石店の店長はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。



 宝石店からの帰りの馬車の中ではいつものようにヴィオラのむかいに座るキールの長い足がヴィオラの足を包み込むような形になっている。最初は驚いたが、今では当たり前の光景だ。

 目の前のキールは窓の外を眺めながら無言だ。いつもはヴィオラをじっと睨んでいたりヴィオラの菓子パンをもらってみたり、何かしらヴィオラに絡んでくるのだが今日はそれがない。一体どうしたのだろうかとヴィオラは不安になる。
 昔ほど常に何かを食べなければいけないということはなくなったが、それでも緊張したりするとつい食べ物を口に含みたくなってしまう。いそいそとバスケットの中からクリームパンを取り出してもぐもぐと食べ始めた。

(あぁ、やっぱり美味しい。それにこうしていると落ち着く)

 嬉しそうに頬を膨らませもぐもぐと口を動かしていると、ふと視線を感じキールを見る。するとキールは宝石店で見せた表情のようにとても愛おしいものを見るような瞳でヴィオラを見つめていた。それに気づいてヴィオラの体温は一気に上がる。
 そんなヴィオラを見つめながら、キールはそっとヴィオラに手を伸ばす。キールの手がヴィオラの頬に伸びてきて、ヴィオラは少し縮こまって咄嗟に両目を瞑ってしまった。だがヴィオラはすぐに目を開くとキールと目が合う。そしてキールの手がゆっくりとヴィオラの口元を掠めた。

「クリーム、またついてたぞ」

 ふっ、と笑いながらキールは指についたクリームを舐める。その仕草は前に見た時のように色っぽく、ヴィオラはさらに体温が上昇してしまうのを自覚した。

「ヴィオラ、俺に触れられるのがそんなに怖いか?」

 顔が真っ赤になっているヴィオラを見つめながら、少し寂しげにキールが尋ねる。その顔は黒豹騎士と言われるような鋭い目つきではなく不安げだ。

「そ、そんなことはありません。ただ、慣れていないせいか緊張してしまって……キール様が嫌というわけでは決してありません!」

 ふんすと鼻息を荒くしてヴィオラが言うと、キールは思わずプッと吹き出し、声を上げて笑い出した。

「あー、すまない。ヴィオラは本当に見ていて飽きないな。不安になっていた自分が馬鹿らしくなったよ。……ヴィオラ、屋敷に戻ってから言おうと思っていたんだが、気が変わった」

 キールは真剣な眼差しをヴィオラへ向けると、先ほど宝石店で買った指輪を箱ごと取り出し、ヴィオラへ見せる。

「二人の瞳の色の宝石を付けた指輪の意味は知っているよな。初めは本当に契約結婚のつもりだった。君がただそばにいて魔力放出の発作を止めてくれればいい、君は君で魔力が枯渇しなくて済む、お互いに好条件だからと思っていたんだ。だが今は違う」

 キールはヴィオラをじっと見つめながら言葉を続ける。

「君と一緒に過ごすうちに、君自身に惹かれていった。大食いなところも、大食いだと周りから言われてもなお自分より俺を思ってくれることも、食べ物を幸せそうに食べる姿も、たまに照れて真っ赤になる顔も、控えめに見えてでもちゃんと自分の意思を持っているところも、知れば知るほど君に惹かれている。そして契約結婚ではなく、本当の意味で夫婦になりたい、一緒に生きていきたいとそう思うようになったんだ」

 キールの言葉にヴィオラは両目を見開きどんどん頬を赤く染めていく。

「ヴィオラのことが好きだ、愛している。どうか俺と結婚してください。契約結婚ではない、本当の結婚相手として俺を選んでほしい」

 長めの前髪から見えるキールの瞳は真剣で、でもいつものように恐ろしいわけではない。その真剣な瞳はキラキラと輝き、吸い込まれそうなほど美しい。そしてそんなキールの瞳を見つめながら、ヴィオラは考えるより先に口を開いていた。

「……私も、キール様のことが好きです。キール様のそばにずっと一緒にいたいです、それに本当の夫婦になれたら嬉しいです」

 そう言ってからすぐに自分が言った内容にハッとする。驚いた顔になるヴィオラを見てキールはまた声を上げて笑った。

「ヴィオラは本当に面白いな。でもそれが本心なら嬉しい」

 そう言って箱から指輪を取り出し、ヴィオラの左手をとって薬指に指輪をはめる。指輪はピッタリと薬指に収まった。

「すごい、どうしてこんなにピッタリなんでしょう……」
「ヴィオラの指のサイズを測ることなんていつでもできる」

 ククク、と嬉しそうに笑いながらキールはヴィオラの頬に手を添えた。ヴィオラは一瞬驚いて身を縮めるが、すぐに元に戻った。

「キスしてもいいか?」

 真剣な眼差しのキールに、ヴィオラは胸がドキドキして仕方がない。めまいがしそうになるのを堪えながら、ヴィオラはゆっくりと頷いた。
 そんなヴィオラを見てキールは嬉しそうに目を細め、静かにヴィオラに顔を近づける。ヴィオラが思わず目を瞑ると、キールの唇がヴィオラの唇にそっと触れ、すぐに離れた。

「やっぱり匂いも味も甘いな」

 嬉しそうに笑いながらそう言うキールと一緒に、ヴィオラも嬉しそうに笑った。

「よし、今日の夕食は豪勢にするように料理長に伝えないとな。ヴィオラの好物をたくさん用意しよう」

 キールの言葉にヴィオラは豪勢な夕食を想像して両目を輝かせながら嬉しそうに微笑んだ。



 いつも無表情で笑うことがない黒づくめの黒豹騎士が、小さな小さなリスのような妻の前では表情を崩し溺愛していると巷で噂になるのはもう少し先のことだ。そして黒豹騎士と小リス令嬢のカップルは社交会でもお似合いの夫婦だと公認され、夫婦として憧れの視線を向けられることになる。






しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

せち
2024.12.28 せち

ほのぼのしました☺️
もっと続きが読みたかったです。
素敵な作品をありがとうございました✨

鳥花風星
2024.12.29 鳥花風星

感想ありがとうございます!もっと続きが読みたかったと思っていただけて本当に嬉しいです☺️こちらこそお読みいただきありがとうございました!

解除
wednesday
2024.12.16 wednesday

ハラハラせずに読めました!ものすごい婚約破棄やら婚約者の心変わりで萎びれる心の情景などがなく穏やかで何というか安堵しました。

鳥花風星
2024.12.16 鳥花風星

感想ありがとうございます!穏やかで優しい気持ちになれるようなハッピーエンドを目指したので、穏やかで安堵したとのこと、本当に良かったです。お読みいただきありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました

サイコちゃん
恋愛
ビルンナ小国には、幸運を運ぶ手芸品を作る<謎の天才手芸家>が存在する。公爵令嬢モニカは自分が天才手芸家だと嘘の申し出をして、ビルンナ国王に認められた。しかし天才手芸家の正体は伯爵ヴィオラだったのだ。 「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」 やがてヴィオラは仕事で大成功する。美貌の王子エヴァンから愛され、自作の手芸品には小国が買えるほどの値段が付いた。それを知ったビルンナ国王とモニカは隣国を訪れ、ヴィオラに雑な謝罪と最低最悪なプレゼントをする。その行為が破滅を呼ぶとも知らずに――

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

婚約破棄された私は、年上のイケメンに溺愛されて幸せに暮らしています。

ほったげな
恋愛
友人に婚約者を奪われた私。その後、イケメンで、年上の侯爵令息に出会った。そして、彼に溺愛され求婚されて…。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木あかり
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。