3 / 15
3
しおりを挟む
キールからなぜ自分が婚約者として選ばれたか説明を聞いたあと、ヴィオラはキールに屋敷の中を案内してもらっていた。
屋敷は広く、どこもかしこも手入れが行き届いていて美しい。ヴィオラは食べている菓子パンやクッキーのカスが落ちてしまわないよう細心の注意を払って食べていた。
「ここが俺たちの寝室だ」
そう言って案内された部屋には大きなベッドがひとつ置かれている。
(ん?俺たちの寝室って、私も一緒なの?)
「え、えっと、寝室も一緒なのですか?」
「契約結婚とはいえ夫婦になるんだから当たり前だろ。寝室は一緒だが君個人の部屋もちゃんと用意してあるから安心してくれ」
キールの言葉にヴィオラは口をぱくぱくさせている。
「別に変なことはしないから心配するな。俺の魔力が安定するために側にいてもらわないと困る、それだけだ」
そうだ、キールの魔力が放出されてしまえば災害級の被害が出てしまう。それを阻止するためにヴィオラはキールと常に一緒にいなければいけないのだ。
「わ、わかりました」
動揺からなのかせっせと食べ物を口に頬張りながら返事をするヴィオラの頭を、キールは優しく撫でる。
(わ、わ、キール様に撫でられてる!?)
「悪いな、こんなことに巻き込んでしまって」
(こんな悲しそうで優しそうな顔もなさるんだ……)
意外な表情にぼうっと見とれていると、キールがそっとヴィオラの顔に自分の顔を近づける。
(え、え?な、何!?)
「なんかすごい甘い匂いがすると思ったら、君の匂いか。菓子パンとかクッキーとか甘いものばかり食べてるもんな」
すん、と鼻をかぐ音がしてからヴィオラの耳元でキールがそっと呟く。その良く響く声に思わずヴィオラの内側から何かがぶわっと沸き上がってくる。
ヴィオラから離れるとキールはヴィオラの顔を見て目を大きく見開き、フッと微笑んだ。
「噂ではリスのようだと聞いていたが、本当にリスみたいに小さくて可愛いんだな」
その言葉にヴィオラの顔はどんどん赤く染まっていく。それを見てキールはまた少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
夕食の時間になり、ヴィオラは目の前の食事に目を輝かせていた。
「口にあうかわからないが」
キールにはそう言われたが、食べてみるとどれもこれも美味しくてたまらない。
「とってもとっても美味しいです!ほっぺたが落ちちゃいそう!」
満面の笑みでそう言うとヴィオラは両頬にいっぱい詰めこんでモグモグと幸せそうに食べている。それを見てキールは笑いをこらえていたが、ついに大きな声で笑いはじめた。
「っ、はは、ははは!はー、悪い悪い。君は本当にリスみたいだな。そんなに慌てて食べなくても食べ物は消えたりしないからちゃんと味わって食べるといい」
くっくっくっと笑いながらそういうキールを、ヴィオラは頬を少し赤らめてぼうっと見つめてしまう。
(キール様って普段は無愛想で怖いけれど、こんな風に笑うんだ。すごい優しそう)
「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」
じっと見つめられキールは不思議に思ってヴィオラに尋ねる。
「あ、いえ、そうやって豪快に笑うところを始めてみたので……なんだか嬉しくて」
「そ、そうか……それならいいが」
ふわっと心の底から嬉しそうに笑うヴィオラの顔を見てキールは一瞬固まり、すぐに目を反らして緩んでしまう口元を片手で隠した。
「俺はこれから執務室で少し仕事をしなければならない。湯浴みを済ませて先に寝ててくれ」
夕食を食べ終わった後、キールはヴィオラにそう言って席を立った。そしてヴィオラは言われるがままに寝る支度を済ませ、寝室のベッドの中にいる。
(先に寝てていいと言われたけれど、本当に寝てて良いのかしら?というか、後でキール様がここに来ると思うと何だか緊張して眠れないのだけれど……)
そう思っていたのだが、ヴィオラはいつの間にかあっさりと眠りについてしまっていた。突然立て続けに色々なことが起こって気を張っていたのだろう、緊張の糸が途切れたのかすっかり寝入っている。
月がすっかり空の真上に上がった頃、キールは仕事を終わらせ寝る支度を済ませようやく寝室へやってきた。寝室のベッドに腰をかけ、すやすやと寝息を立てて寝ているヴィオラの髪を優しく撫でた。
(昼間は一緒の寝室で緊張しているようだったが、こうしてすっかり眠ってしまっているところを見るとやはり疲れていたんだろうな。それもそうだ、色々と急に言われてしまっては頭も感情も追いつかないだろう)
キールは自分が黒豹騎士と巷で呼ばれていることを知っている。常に真顔で感情を見せず、そのせいで他者を怯えさせてしまうことも自覚していた。だが、それもわざわざ感情を表現することが無意味に思えているからだ。
三男ではあるが侯爵家の令息であり大魔獣を倒した英雄として好物件と思われたのだろう、たくさんの貴族とそのご令嬢から数多くの縁談の申し込みを受けてきた。
だが、キールが魔力放出の発作を起こすと知ると途端に怯え遠ざかる。勝手に近寄ってくるくせに勝手に遠ざかっていく人々の身勝手さに辟易し、いつの間にか感情を表すことをしなくなった。そうすることで厄介な人々との関わりを最小限にしてきたのだ。
魔力放出の発作があるにも関わらず、縁談を受けてくれたヴィオラ。魔力が枯渇してしまうことを避けるために食べ物を常に摂取し続けなければいけないが、そのせいで三度も婚約破棄を言い渡されたという。
縁談を受けると言った時も、一緒に歩いている時も、どんな時でも常に両頬を食べ物で膨らませモグモグと何かを口にしている。その姿がまるでリスのようだと巷では小リス令嬢などと囁かれているようだが、実物を見て本当に小さくて可愛い小リスのようだと思った。その光景を思い出し、キールはクス、と小さく笑う。
(案外俺と同じような境遇なのかもしれないな)
自分では自覚していないが、どうやらヴィオラの前では存外感情を表に出してしまっているらしい。立場は違えど似たもの同士、何か思うところがあるのかもしれない。
自然と表情が変化する相手など久しぶりすぎてキールはヴィオラに対して興味がわく。これからが楽しみだとキールは思い、またヴィオラの髪の毛を優しく撫でた。
朝目が覚めると、ヴィオラはベッドに一人で寝ていた。果たしてキールがいつ寝室へ来たのか、そもそも来たのかどうかもわからない。いつの間にか寝てしまっていた自分に驚き、不甲斐ないとしょんぼりしてしまう。
(キール様は騎士でお忙しいとは聞いていたからきっと朝も早いのね)
ヴィオラはぼんやりとしながらとりあえずベッドサイドに置いているバスケットの中からクッキーを取り出して頬張った。
屋敷は広く、どこもかしこも手入れが行き届いていて美しい。ヴィオラは食べている菓子パンやクッキーのカスが落ちてしまわないよう細心の注意を払って食べていた。
「ここが俺たちの寝室だ」
そう言って案内された部屋には大きなベッドがひとつ置かれている。
(ん?俺たちの寝室って、私も一緒なの?)
「え、えっと、寝室も一緒なのですか?」
「契約結婚とはいえ夫婦になるんだから当たり前だろ。寝室は一緒だが君個人の部屋もちゃんと用意してあるから安心してくれ」
キールの言葉にヴィオラは口をぱくぱくさせている。
「別に変なことはしないから心配するな。俺の魔力が安定するために側にいてもらわないと困る、それだけだ」
そうだ、キールの魔力が放出されてしまえば災害級の被害が出てしまう。それを阻止するためにヴィオラはキールと常に一緒にいなければいけないのだ。
「わ、わかりました」
動揺からなのかせっせと食べ物を口に頬張りながら返事をするヴィオラの頭を、キールは優しく撫でる。
(わ、わ、キール様に撫でられてる!?)
「悪いな、こんなことに巻き込んでしまって」
(こんな悲しそうで優しそうな顔もなさるんだ……)
意外な表情にぼうっと見とれていると、キールがそっとヴィオラの顔に自分の顔を近づける。
(え、え?な、何!?)
「なんかすごい甘い匂いがすると思ったら、君の匂いか。菓子パンとかクッキーとか甘いものばかり食べてるもんな」
すん、と鼻をかぐ音がしてからヴィオラの耳元でキールがそっと呟く。その良く響く声に思わずヴィオラの内側から何かがぶわっと沸き上がってくる。
ヴィオラから離れるとキールはヴィオラの顔を見て目を大きく見開き、フッと微笑んだ。
「噂ではリスのようだと聞いていたが、本当にリスみたいに小さくて可愛いんだな」
その言葉にヴィオラの顔はどんどん赤く染まっていく。それを見てキールはまた少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
夕食の時間になり、ヴィオラは目の前の食事に目を輝かせていた。
「口にあうかわからないが」
キールにはそう言われたが、食べてみるとどれもこれも美味しくてたまらない。
「とってもとっても美味しいです!ほっぺたが落ちちゃいそう!」
満面の笑みでそう言うとヴィオラは両頬にいっぱい詰めこんでモグモグと幸せそうに食べている。それを見てキールは笑いをこらえていたが、ついに大きな声で笑いはじめた。
「っ、はは、ははは!はー、悪い悪い。君は本当にリスみたいだな。そんなに慌てて食べなくても食べ物は消えたりしないからちゃんと味わって食べるといい」
くっくっくっと笑いながらそういうキールを、ヴィオラは頬を少し赤らめてぼうっと見つめてしまう。
(キール様って普段は無愛想で怖いけれど、こんな風に笑うんだ。すごい優しそう)
「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」
じっと見つめられキールは不思議に思ってヴィオラに尋ねる。
「あ、いえ、そうやって豪快に笑うところを始めてみたので……なんだか嬉しくて」
「そ、そうか……それならいいが」
ふわっと心の底から嬉しそうに笑うヴィオラの顔を見てキールは一瞬固まり、すぐに目を反らして緩んでしまう口元を片手で隠した。
「俺はこれから執務室で少し仕事をしなければならない。湯浴みを済ませて先に寝ててくれ」
夕食を食べ終わった後、キールはヴィオラにそう言って席を立った。そしてヴィオラは言われるがままに寝る支度を済ませ、寝室のベッドの中にいる。
(先に寝てていいと言われたけれど、本当に寝てて良いのかしら?というか、後でキール様がここに来ると思うと何だか緊張して眠れないのだけれど……)
そう思っていたのだが、ヴィオラはいつの間にかあっさりと眠りについてしまっていた。突然立て続けに色々なことが起こって気を張っていたのだろう、緊張の糸が途切れたのかすっかり寝入っている。
月がすっかり空の真上に上がった頃、キールは仕事を終わらせ寝る支度を済ませようやく寝室へやってきた。寝室のベッドに腰をかけ、すやすやと寝息を立てて寝ているヴィオラの髪を優しく撫でた。
(昼間は一緒の寝室で緊張しているようだったが、こうしてすっかり眠ってしまっているところを見るとやはり疲れていたんだろうな。それもそうだ、色々と急に言われてしまっては頭も感情も追いつかないだろう)
キールは自分が黒豹騎士と巷で呼ばれていることを知っている。常に真顔で感情を見せず、そのせいで他者を怯えさせてしまうことも自覚していた。だが、それもわざわざ感情を表現することが無意味に思えているからだ。
三男ではあるが侯爵家の令息であり大魔獣を倒した英雄として好物件と思われたのだろう、たくさんの貴族とそのご令嬢から数多くの縁談の申し込みを受けてきた。
だが、キールが魔力放出の発作を起こすと知ると途端に怯え遠ざかる。勝手に近寄ってくるくせに勝手に遠ざかっていく人々の身勝手さに辟易し、いつの間にか感情を表すことをしなくなった。そうすることで厄介な人々との関わりを最小限にしてきたのだ。
魔力放出の発作があるにも関わらず、縁談を受けてくれたヴィオラ。魔力が枯渇してしまうことを避けるために食べ物を常に摂取し続けなければいけないが、そのせいで三度も婚約破棄を言い渡されたという。
縁談を受けると言った時も、一緒に歩いている時も、どんな時でも常に両頬を食べ物で膨らませモグモグと何かを口にしている。その姿がまるでリスのようだと巷では小リス令嬢などと囁かれているようだが、実物を見て本当に小さくて可愛い小リスのようだと思った。その光景を思い出し、キールはクス、と小さく笑う。
(案外俺と同じような境遇なのかもしれないな)
自分では自覚していないが、どうやらヴィオラの前では存外感情を表に出してしまっているらしい。立場は違えど似たもの同士、何か思うところがあるのかもしれない。
自然と表情が変化する相手など久しぶりすぎてキールはヴィオラに対して興味がわく。これからが楽しみだとキールは思い、またヴィオラの髪の毛を優しく撫でた。
朝目が覚めると、ヴィオラはベッドに一人で寝ていた。果たしてキールがいつ寝室へ来たのか、そもそも来たのかどうかもわからない。いつの間にか寝てしまっていた自分に驚き、不甲斐ないとしょんぼりしてしまう。
(キール様は騎士でお忙しいとは聞いていたからきっと朝も早いのね)
ヴィオラはぼんやりとしながらとりあえずベッドサイドに置いているバスケットの中からクッキーを取り出して頬張った。
400
お気に入りに追加
824
あなたにおすすめの小説
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
【完結】野蛮な辺境の令嬢ですので。
❄️冬は つとめて
恋愛
その日は国王主催の舞踏会で、アルテミスは兄のエスコートで会場入りをした。兄が離れたその隙に、とんでもない事が起こるとは彼女は思いもよらなかった。
それは、婚約破棄&女の戦い?
正当な権利ですので。
しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。
18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。
2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。
遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。
再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました
奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」
妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。
「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」
「ど、どうも……」
ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。
「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」
「分かりましたわ」
こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる