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「悪いが君のその大食いにはもう我慢ならない。婚約を取り止めさせてくれ」
目の前の婚約者の言葉に、目を丸くしながら伯爵令嬢であるヴィオラは口をモグモグさせていた。
ヴィオラは常に食べ続けなければ魔力を保持することができない。そればかりか、魔力が枯渇していくほどにヴィオラの体は蝕まれ命が削られてしまう。
大食だからといってヴイオラは太っているわけではない。むしろ食べなければ魔力の消費と同じように体重は減っていき痩せ細ってしまうのだ。呪いなのか体質なのか、それは生まれてから今までずっと続いている。
そのため、ヴィオラはいついかなる時でも手元に菓子パンやクッキーなどを詰め込んだバスケットを用意している。
「そうやっていつでもどこでも何かを食べてばかりいる。君の魔力を保つためには仕方がないことだとわかっているし、そうしなければ君の命が削られてしまうことだって理解しているさ。でもだ」
ヴィオラの婚約者である伯爵令息のディーニーは気にくわないという顔でヴィオラを見つめた。
「そうやって口の中いっぱいに頬張るから両頬が膨らんでまるでリスのようだと周りから言われているんだぞ!?そんな女を婚約者にもつ俺の気持ちも考えてみろ」
(そんなこと言われても……婚約が決まった頃はそんな所も可愛らしいと言っていたのに)
ディーニーの言葉を聞きながらヴィオラは食べ物を頬張ることを止めない。ヴィオラは気持ちが萎縮するとさらに食べ物を口に入れてしまい止まらなくなってしまうのだ。
「初めはそんな姿も可愛らしいと思ったさ。でももう飽き飽きだ。どうせ家同士の縁談だ、俺はもう他に良い縁談を見つけてきた。俺は今全てが好調なんだ。だから君のようなお荷物になりそうな女は必要ない」
きっぱりと言い切るディーニーに、ヴィオラは何も言葉が出ずやはり口をモグモグとさせるしかなかった。
「これで何度目だ」
父であるデュグラは冷ややかな目でヴィオラを見つめた。
「たぶん……三回目?です」
「まったく、どうしてこんな出来損ないなのかしら」
父の後妻でありヴィオラの義母であるティクシーに嫌みったらしく言われるが、ヴィオラはそんな時でも食べ物を頬張っている。
ヴィオラが婚約破棄されるのはこれで三回目だ。破棄される理由は全て「ヴィオラが大食いすぎるから」だった。
「いつもいつもこんなに食べてばかりで食費のかかる娘だこと!さっさとどこかにいってしまえばいいのに、引取り手もないだなんて」
ティクシーは心の底から嫌だというような顔でヴィオラを見る。
ヴィオラの実母はデュグラに愛されておらず、デュグラは結婚している時からすでにティクシーと親密な仲だった。
ヴィオラの実母はヴィオラを生んで病ですぐに亡くなり、ティクシーはすぐにデュグラと結婚する。ヴィオラは引き取られはしたが、ティクシーにもすぐに子供ができたためヴィオラは家の中に居場所がない。
「今回もダメになってしまったが、次は絶対に大丈夫だろう。黒豹騎士と呼ばれる男を知っているだろう?ヴィオラの婚約が破棄になった途端に縁談を持ちかけてきた」
「黒豹騎士って、まさかあのハディウス侯爵のこと!?」
驚くティクシーにデュグラはヴィオラを見ながらふん、と鼻で笑った。
「ヴィオラが侯爵家、しかもあの英雄と言われる男の元へ嫁ぐなど不相応だが、我が家としては願ったり叶ったりだからな。しかし、黒豹騎士もなぜこんなヴィオラと縁を結びたがるのか」
キール・ハディウス。侯爵家の三男で数年前に国内で暴れて騒がれていた大魔獣を倒した英雄だ。
大魔獣は誰にも手がつけられず被害が拡大していたが、キールの膨大な魔力と騎士としての実力によって大魔獣を打ち倒した。その功績を讃えられ褒美として獲得した領地で今は暮らしているらしい。
「高身長に長い手足、見た目も申し分ないのに全く笑わない、しかもいつも黒づくめの服装で足がとても早くてまるで黒豹のようなのでしょう。ついたあだ名が黒豹騎士。あらやだ、小リスが黒豹に睨まれたのね」
ティクシーはバカにしたようにクスクスと笑う。ティクシーの言う通り、ヴィオラは小柄で長い薄茶色の髪の毛はふわふわとしており、瞳は丸くまるで小リスのようだ。
(黒豹騎士様……噂には聞いたことがあるけれどどんな方なのかしら。それに私なんかと婚約したいだなんて一体なぜなのかしら……。大魔獣を倒すくらいお強い方だなんて、怖くないといいのだけれど)
まだ見ぬ黒豹騎士の姿を思い浮かべヴィオラは思わず身震いをした。
◇◆◇◆
「ようこそお越しくださいました、キール様」
キールとの縁談が決まり、ヴィオラを迎えにキールがやってきた。ヴィオラの両親は両手を広げて歓迎状態だ。
(こ、この方が黒豹騎士と呼ばれるキール・ハディウス様……確かに、黒豹みたい)
黒く少し長めの髪から覗く両目はやや緑がかった金色で鋭く、表情は常に真顔だ。真っ黒な衣装に身を包み長身で噂の通り手足がスラリと長い。ヴィオラは小柄なのでキールを見上げながらいつものように食べ物を頬張っていた。
「この度は縁談を受け入れてくださり感謝します」
「そんなそんな、こちらこそキール様のような素晴らしい騎士様に娘を選んでいただけて光栄です。見ての通りヴィオラは常に食べ物を摂取していないといけない体なのです。失礼とは存じますがどうかお許しを」
デュグラがそう言うと、キールはヴィオラへ視線を移した。
(ひっ、に、睨まれてる!)
キールの目つきは鋭く、まさに小さなリスが黒豹に睨まれているかのようだ。あまりの怖さにヴィオラが小さく震えているとキールはすぐに目を逸らした。
「申し訳ないが急いでいるので、このままご令嬢を屋敷へ連れて行きますがよろしいでしょうか」
「もちろんですもちろんです!どうぞ連れて行ってください」
(お父様もお母様もまるでさっさといなくなってほしいと言わんばかりの態度だわ。知ってるけど)
ヴィオラは食べ物を頬にいっぱい詰めながら心の中で呟く。そんなヴィオラをキールは横目で静かに見つめていた。
「突然のことで申し訳ない」
馬車の中でキールはヴィオラにそう告げた。キールとヴィオラは馬車の中で真向かいに座っているが、キールの足が長すぎてヴィオラの足元を挟み込むような形になっている。
(ここここここ怖いいいいい目の前に黒豹がいる……!)
相変わらず前髪の間から鋭い目つきでヴィオラを見るキールに、ヴィオラは今にも気を失いそうなほど緊張し怖いと思っているが、そんなことを表に出してしまってはダメなことはさすがのヴィオラにもわかる。
「あ、いえ……あの、どうしてハディス様は私と縁談を?」
平常心を保つためにもモグモグと食べ物を頬張りながらヴィオラはキールへ尋ねた。既に三回も婚約破棄されているヴィオラはなぜ自分が結婚相手として望まれているのか全くわからず聞いてみたいと思っていたのだ。
「そのことについては屋敷についてから話そうと思っている。それと俺のことはキールでいい。……それにしても本当によく食べるんだな。美味しいのか?」
「えっと、美味しいです。私が好むものばかりなのですが……食べてみますか?」
目つきは鋭いがキールは興味のある素振りを見せ、ヴィオラはおもむろに横に置いていたバスケットからドライフルーツが混ざった菓子パンをキールへ差し出した。
「いいのか、もらって」
キールの質問にヴィオラはうんうんと大きく頷き、キールはヴィオラから菓子パンをもらって一口頬張る。口の中に広がるドライフルーツの甘さとパンの柔らかさにキールは思わず頬を緩めた。
「ん、うまいな」
キールが思わずそう言うと、ヴィオラは嬉しそうに微笑んだ。その頬笑みを見たキールは、一瞬だけ両目を見開いたがすぐに目を逸らし、また菓子パンを頬張る。
(よかった、キール様が美味しいって褒めてくれた)
ヴィオラの中にあったキールへの恐怖心がほんの少しだけ和らいだ。
目の前の婚約者の言葉に、目を丸くしながら伯爵令嬢であるヴィオラは口をモグモグさせていた。
ヴィオラは常に食べ続けなければ魔力を保持することができない。そればかりか、魔力が枯渇していくほどにヴィオラの体は蝕まれ命が削られてしまう。
大食だからといってヴイオラは太っているわけではない。むしろ食べなければ魔力の消費と同じように体重は減っていき痩せ細ってしまうのだ。呪いなのか体質なのか、それは生まれてから今までずっと続いている。
そのため、ヴィオラはいついかなる時でも手元に菓子パンやクッキーなどを詰め込んだバスケットを用意している。
「そうやっていつでもどこでも何かを食べてばかりいる。君の魔力を保つためには仕方がないことだとわかっているし、そうしなければ君の命が削られてしまうことだって理解しているさ。でもだ」
ヴィオラの婚約者である伯爵令息のディーニーは気にくわないという顔でヴィオラを見つめた。
「そうやって口の中いっぱいに頬張るから両頬が膨らんでまるでリスのようだと周りから言われているんだぞ!?そんな女を婚約者にもつ俺の気持ちも考えてみろ」
(そんなこと言われても……婚約が決まった頃はそんな所も可愛らしいと言っていたのに)
ディーニーの言葉を聞きながらヴィオラは食べ物を頬張ることを止めない。ヴィオラは気持ちが萎縮するとさらに食べ物を口に入れてしまい止まらなくなってしまうのだ。
「初めはそんな姿も可愛らしいと思ったさ。でももう飽き飽きだ。どうせ家同士の縁談だ、俺はもう他に良い縁談を見つけてきた。俺は今全てが好調なんだ。だから君のようなお荷物になりそうな女は必要ない」
きっぱりと言い切るディーニーに、ヴィオラは何も言葉が出ずやはり口をモグモグとさせるしかなかった。
「これで何度目だ」
父であるデュグラは冷ややかな目でヴィオラを見つめた。
「たぶん……三回目?です」
「まったく、どうしてこんな出来損ないなのかしら」
父の後妻でありヴィオラの義母であるティクシーに嫌みったらしく言われるが、ヴィオラはそんな時でも食べ物を頬張っている。
ヴィオラが婚約破棄されるのはこれで三回目だ。破棄される理由は全て「ヴィオラが大食いすぎるから」だった。
「いつもいつもこんなに食べてばかりで食費のかかる娘だこと!さっさとどこかにいってしまえばいいのに、引取り手もないだなんて」
ティクシーは心の底から嫌だというような顔でヴィオラを見る。
ヴィオラの実母はデュグラに愛されておらず、デュグラは結婚している時からすでにティクシーと親密な仲だった。
ヴィオラの実母はヴィオラを生んで病ですぐに亡くなり、ティクシーはすぐにデュグラと結婚する。ヴィオラは引き取られはしたが、ティクシーにもすぐに子供ができたためヴィオラは家の中に居場所がない。
「今回もダメになってしまったが、次は絶対に大丈夫だろう。黒豹騎士と呼ばれる男を知っているだろう?ヴィオラの婚約が破棄になった途端に縁談を持ちかけてきた」
「黒豹騎士って、まさかあのハディウス侯爵のこと!?」
驚くティクシーにデュグラはヴィオラを見ながらふん、と鼻で笑った。
「ヴィオラが侯爵家、しかもあの英雄と言われる男の元へ嫁ぐなど不相応だが、我が家としては願ったり叶ったりだからな。しかし、黒豹騎士もなぜこんなヴィオラと縁を結びたがるのか」
キール・ハディウス。侯爵家の三男で数年前に国内で暴れて騒がれていた大魔獣を倒した英雄だ。
大魔獣は誰にも手がつけられず被害が拡大していたが、キールの膨大な魔力と騎士としての実力によって大魔獣を打ち倒した。その功績を讃えられ褒美として獲得した領地で今は暮らしているらしい。
「高身長に長い手足、見た目も申し分ないのに全く笑わない、しかもいつも黒づくめの服装で足がとても早くてまるで黒豹のようなのでしょう。ついたあだ名が黒豹騎士。あらやだ、小リスが黒豹に睨まれたのね」
ティクシーはバカにしたようにクスクスと笑う。ティクシーの言う通り、ヴィオラは小柄で長い薄茶色の髪の毛はふわふわとしており、瞳は丸くまるで小リスのようだ。
(黒豹騎士様……噂には聞いたことがあるけれどどんな方なのかしら。それに私なんかと婚約したいだなんて一体なぜなのかしら……。大魔獣を倒すくらいお強い方だなんて、怖くないといいのだけれど)
まだ見ぬ黒豹騎士の姿を思い浮かべヴィオラは思わず身震いをした。
◇◆◇◆
「ようこそお越しくださいました、キール様」
キールとの縁談が決まり、ヴィオラを迎えにキールがやってきた。ヴィオラの両親は両手を広げて歓迎状態だ。
(こ、この方が黒豹騎士と呼ばれるキール・ハディウス様……確かに、黒豹みたい)
黒く少し長めの髪から覗く両目はやや緑がかった金色で鋭く、表情は常に真顔だ。真っ黒な衣装に身を包み長身で噂の通り手足がスラリと長い。ヴィオラは小柄なのでキールを見上げながらいつものように食べ物を頬張っていた。
「この度は縁談を受け入れてくださり感謝します」
「そんなそんな、こちらこそキール様のような素晴らしい騎士様に娘を選んでいただけて光栄です。見ての通りヴィオラは常に食べ物を摂取していないといけない体なのです。失礼とは存じますがどうかお許しを」
デュグラがそう言うと、キールはヴィオラへ視線を移した。
(ひっ、に、睨まれてる!)
キールの目つきは鋭く、まさに小さなリスが黒豹に睨まれているかのようだ。あまりの怖さにヴィオラが小さく震えているとキールはすぐに目を逸らした。
「申し訳ないが急いでいるので、このままご令嬢を屋敷へ連れて行きますがよろしいでしょうか」
「もちろんですもちろんです!どうぞ連れて行ってください」
(お父様もお母様もまるでさっさといなくなってほしいと言わんばかりの態度だわ。知ってるけど)
ヴィオラは食べ物を頬にいっぱい詰めながら心の中で呟く。そんなヴィオラをキールは横目で静かに見つめていた。
「突然のことで申し訳ない」
馬車の中でキールはヴィオラにそう告げた。キールとヴィオラは馬車の中で真向かいに座っているが、キールの足が長すぎてヴィオラの足元を挟み込むような形になっている。
(ここここここ怖いいいいい目の前に黒豹がいる……!)
相変わらず前髪の間から鋭い目つきでヴィオラを見るキールに、ヴィオラは今にも気を失いそうなほど緊張し怖いと思っているが、そんなことを表に出してしまってはダメなことはさすがのヴィオラにもわかる。
「あ、いえ……あの、どうしてハディス様は私と縁談を?」
平常心を保つためにもモグモグと食べ物を頬張りながらヴィオラはキールへ尋ねた。既に三回も婚約破棄されているヴィオラはなぜ自分が結婚相手として望まれているのか全くわからず聞いてみたいと思っていたのだ。
「そのことについては屋敷についてから話そうと思っている。それと俺のことはキールでいい。……それにしても本当によく食べるんだな。美味しいのか?」
「えっと、美味しいです。私が好むものばかりなのですが……食べてみますか?」
目つきは鋭いがキールは興味のある素振りを見せ、ヴィオラはおもむろに横に置いていたバスケットからドライフルーツが混ざった菓子パンをキールへ差し出した。
「いいのか、もらって」
キールの質問にヴィオラはうんうんと大きく頷き、キールはヴィオラから菓子パンをもらって一口頬張る。口の中に広がるドライフルーツの甘さとパンの柔らかさにキールは思わず頬を緩めた。
「ん、うまいな」
キールが思わずそう言うと、ヴィオラは嬉しそうに微笑んだ。その頬笑みを見たキールは、一瞬だけ両目を見開いたがすぐに目を逸らし、また菓子パンを頬張る。
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