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1000年後の世界~大和王国編~
魔王ユア
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──これは遙か1000年前、別の世界線で起こった出来事──
カジル村で暮らすユウト・アカギはある日、スライムがやって来たのを目撃する。
当然魔物に手を差し伸べるもの等存在せず村人達による踏みつけたり蹴ったりの暴力の繰り返しだった。
(なんだあれ、迷子なのか?)
その水色のスライムは村人達に火を付けられそうになっていた。
雑魚敵のスライムは火で燃やす事で消滅するのだが…村人達は火を放ち、炎で焼かれ死にゆくスライムを下品な笑い声で嘲笑った。
(可哀想だが魔族は敵だもんな…無視だ無視)
結局、その水色の饅頭みたいなスライムは消滅してしまった。
何やら助けを求めているように見えたが誰もスライムに手をさしのべはしなかった。
そして月日が流れる…
ある日俺は、二階の義母の寝室前で立ち尽くしていた。
何故なら義母の喘ぎ声がして、部屋に入ると干からびた親父の上で腰を振っていたからだ。
どうやら親父は精気を吸い取られミイラになり死んでいる。
そんな目の前の母の姿を見て俺は義務感からか殺意を剥き出しにした。
「何やってんだ!ババァ!
てめぇ、人間じゃなかったのか!」
黒いスペードのような形の尻尾、頭には角、ボンテージを着て背中には大きな黒い羽根が生えている。
見た目から察するにサキュバスの姿で俺はこの相手が人類の敵だと確信した。
「私の名はマーガレット、サタン様より預かった悪魔塔B1塔の当主よ?
残念だけど、もう楽しかった家族ごっこは終わり♪
って、あら?何処に消え…」
油断しきったサキュバス相手に、俺は不意打ちをねらい喉元を勢い良くナイフで切り裂いた…
実力差は間違いなく埋められない程にあっただろう…だが油断し勝ち誇った相手ならば、俺の独学の剣術であれ通用したようだ。
「あ…ああぁぁぁぁ」
喉元を切り裂かれたサキュバスは流石に倒れ込み動けなくなる。
部屋にある鏡を見ればサキュバスの血を全身に浴びた殺人鬼のような自分の姿が映っていた。
そんな俺は、死に行く目の前のサキュバスに感情のない瞳を向ける。
「お前等魔族は人類の敵だ、だから殺される…ただ、それだけだ…」
不意打ちで殺したとはいえ、今までの義母との思い出が蘇る。
何だかんだ反抗していたとはいえ、家事も完璧にこなしてくれた義母は認めていたからだ。
死に行くサキュバスの目からは涙が溢れている、魔族とは言え死ぬのは恐いのかと思ったがどうやら違うようだ。
「あれ…私、いったい、何をしていたの?」
その声、その雰囲気は、父親が再婚する前の俺の本当の母親トウコ・アカギのようだった。
そんな彼女は俺に対しトウコの声で、彼女は優しい表情で口を開く。
「ああ…そう…全部、思い出したわ…」
母の声で、母のしゃべり方で、サキュバスの彼女は死を受け入れこちらに笑みを向けたのだ。
「生きててくれて…ありがとう…ユウト」
まるで息子の成長を安心した母親のように言うサキュバスに、俺は恐くなって頭を抱えながらパニックを起こした。
「やめろ!サキュバスが母さんの真似をするな!
許さねぇぞ!絶対に!」
サキュバスの姿の彼女は優しそうな笑顔で、母親トウコの声で「いってらっしゃい」とでも言いたげな様子で手を振り、血を流し、やがて動かなくなった。
(くそっ!なんなんだ!何が起こってやがる!)
外へ出れば村中炎が燃え盛っていた。
そんなカジル村を出て行くことを決意した俺は、カジル森林へ入り丸二日走り続けた。
そしてさらに二日後、夕方になってようやくミュッドガル帝国へ到着する。
帝国は既に戦争中で皇帝ミュッドガル・アジールが率いる軍勢が悪魔塔B1塔の連中と戦いの最中だった。
(チクチクと胃が痛む、死ぬ間際のあのサキュバスの事を考えると余計にだ…俺は正しい事をしたはず、なのに、何故だ!)
俺はミュッドガル帝国へ難民として役所に向かった。
ここでは何故か奴隷商人が堂々と商売をしているため、俺は今後の戦闘の為に戦闘用奴隷を購入しておこうと考えていた。
(カジル村から逃げる時に拾った金貨なら結構ある…これならそこそこ強い奴隷だって買えるはずだ)
悩んでいる俺に奴隷商人のほうから声をかけて来た。
「いらっしゃいませ、戦闘用の奴隷をお探しですかな?」
「ああ、この中で一番強い奴を頼む」
無言になった奴隷商人は奥の部屋へ消えると、金髪でツインテールの美少女を連れ出してきた。
その様子に俺はからかわれているのかと怒りがこみ上げて来る。
「おい、ふざけているのか?」
「いいえ、滅相も御座いません、言われた通り一番強い奴隷を連れてきただけです。
名はスカーレット、彼女なら魔王軍ですら追い返す実力の持ち主です。」
スカーレットと呼ばれた彼女は俺を頭から足元まで見つめると。
まるでつまらない本でも読み終えたかのような表情で言った。
「はぁ…期待していたのですが残念です…
私の賭けは外れのようですね…
奴隷商人さん、デルタ王国へ向かって下さい…
私はひとまずお母さんのところへ…マゾ教へ帰ります…」
「御意…しかしスカーレット様、マゾ教とは…まさかあの…」
「早くして下さい」
「はい…」
奴隷商人は客である俺を無視し、何故かスカーレットという奴隷の命令に従いながら店を畳み始めた。
「大変心苦しいのですがお客様、急な予定が入りました故、これで店仕舞いとさせて頂きます」
「は?おい!どういう事だそりゃ!」
「くすくすっ♪
お兄さん、そのままじゃいつか、自分が壊れてしまいますよ?
いいえ、もしかすると、もう壊れてしまっているのかも…
ではせいぜい、これからの人生お気をつけて♡」
金髪でツインテールの女は意地悪くそう言った後、残念そうに奴隷商人と馬車で出発した。
その後、難民としてミュッドガル帝国の住まいを確保した俺はやがて帝国軍の勝利の報告を新聞で知る事になる。
悪魔塔B1塔は今や帝国軍に完全に滅ぼされ跡形もないらしい。
「勇敢に戦いし我が帝国軍の勝利じゃ!
たかがサキュバスなどに余の軍は負けはせぬ!
パッシマン、貴様にも後で勲章と将軍の座をくれてやろう!
期待しておけ!」
「はっ、ありがとうございます」
ミュッドガル帝国の門をくぐり、国民に拍手をされながら入ってくる馬車に乗ったミュッドガル・アジールとその部下パッシマンがいた。
そのカッコイイ姿に目を輝かせ憧れを抱いている国民も少なくない。
その2人の後ろから馬車や荷馬車に引かれた帝国軍の部下達が付いてきていた。
鎧に甲冑を付けた強そうな軍隊、しかし彼らはボロボロで負傷者も死傷者も多かった。
戦況はギリギリだったそうだが運が味方してなんとか勝利出来たらしい。
戦勝パーティーではドラゴンの肉など、豪華な食事が並んだと聞いた。
「庶民の俺には関係のない話だ…だが、あの皇帝ミュッドガル・アジールが持っていた、デュランダル、かっけぇな…」
俺は皇帝ミュッドガル・アジールに憧れるようになった。
そして数日後にはミュッドガル帝国内にある魔法学校へ入る事となった。
寮もあり、費用も帝国持ちで、どうやら成人まではここで暮らすことが出来る。
魔法学校では見知らぬ顔ぶればかりだが、俺の実力はどうやら高かったらしい。
学年トップの実力と言われる同級生ミカですら俺には適わない。
自分では今まで魔法の才能があるとは思わなかったが、授業を受ける上で己の魔法に関する才能を知った。
「よぉ、優等生くん」
「ブルーか、全然優等生じゃねぇよ俺は…
魔術もまだまだ知らねえし剣術も…」
イケメンキャラのブルーが俺に話しかけてくる。
そして後ろからは学年トップのミカが現れた。
「謙遜謙遜♪
あんまり言ってると、嫌みに聞こえるわよ?
ユウト」
「そうだぜユウト、俺達はここを卒業してミュッドガル帝国の強い軍人になるんだからよ。
自分に自信を持とうぜ!」
それからしばらくは、3人で遊ぶ機会も増えて孤独ではない日々を送っていた。
しかし…
ある時学校に襲撃事件が起こる。
「魔族が来るぞ!
名はディアボロス!
触れたもの全て凍らせるらしい!
先生達じゃなきゃ適わない!生徒達は逃げろ!」
校舎が爆破され、ミカもブルーも逃げ出すがユウトだけは廊下内に残っていた。
「逃げろ!無理だ!」
「今は駄目よユウト!」
しかし、ユウトは廊下の向こう側から歩いてくるディアボロスに、剣を構えていた。
ブルーは「すぐに先生達、呼んでくるからな!」と言い残すと俺に振り返り走っていった。
目の前の筋肉の固まりのような初老の悪魔は槍を持ってこちらへ歩いて来る。
黒いオーラを放ちながら…。
「勇気があるな小僧、俺が現れて、逃げなかったのはお前だけだぞ…」
ディアボロスが槍で地面を突くと床が氷っていた。
つまり、あの槍に触れ凍らされれば即死で間違いないだろう。
(うっ……ぐっ…こんな時に……)
不思議と脳裏にあのサキュバス、マーガレットの姿が思い浮かぶ。
死後、本当の母親、トウコ・アカギのように変化したあのサキュバスが一体何だったのか今でもわからない…。
あの出来事は自分の中でもトラウマ中のトラウマで数ヶ月たった今でも夢に見るほどだった。
「貴様、知っているぞ…
悪魔塔B1塔、マーガレットを殺した小僧だな?
この母親殺しめ」
「な…に!?」
その言葉を聞いたとたん、気持ちが悪くなり俺は吐いてしまった。
それからもマーガレットの最後を思いだし吐き気が止まらなかった。
「うぶっ…げえぇっ!」
胃から逆流してくる物は止まらない…
立っていられなくなり廊下に俺は何度も下呂をぶちまけ…目からは涙が溢れ、手足はガクガク震えていた。
(馬鹿な…何を言っているんだこいつは…そんな馬鹿な事があってたまるか…)
そして話し終えたディアボロスは、先程地面を凍らせていた氷の槍をこちらへ向けて来た。
「小僧、お前は人間だが、本当に哀れな奴だ…
ここでこのディアボロスが、慈悲をくれてやる。
もう…そのまま眠れ」
そして動けない俺に氷の槍が直撃する瞬間のことだ…
俺の剣が勝手に動き出し、目の前のディアボロスを切り裂いたのだ。
「な…に…?
馬鹿な…この剣…生きて…
いや、そ…そんな…ことが…あるわけが…ぐっ!
ぐああぁぁぁぁ!」
驚愕の表情を浮かべ真っ二つになったディアボロスが崩れ落ち、死亡する。
空中に浮いた剣はまるで意思でも持っているかのように俺の手元にやって来た。
俺はその剣を掴んで呼吸を荒くしていた。
「君!大丈夫か!?」
「もう安心しろ、後は先生達がやる!」
五人の先生方が遅れて登場し、後ろからブルーとミカも覗いていた。
しかし目の前にあるディアボロスの真っ二つになった死体を見て先生達は俺がやったのだと察したようだ。
「な…君がやったのか?」
「すぐに手当しよう、こっちだ」
その後、俺は学園の英雄のようにもてはやされたのだが特に感情が動くことは無かった。
それよりも問題は俺の新しく目覚めた呪術というものだ。
これは魔法でもスキルでもない、呪いという聞いたことがない能力だった。
それから数年の月日が立つ…
ミカ、ブルー、そして俺はミュッドガル帝国の軍人となった。
しかしそこで初めてミュッドガル・アジールと言う人物とその部下達の本当の恐ろしさを知る…なんと彼らは地下で部下を使って人体実験を行っていたのだ。
しかし俺は…戦力増強には必要な事だろうとあきらめ、残虐非道な行いも帝国発展の為と受け入れる事にした。
──ある日──
ミカが人体実験の材料として選ばれ殺された。
実験の失敗でドロドロの液体に…つまり死体にされてしまったのだ…。
(こいつら…なんて事を…)
研究員2人に連れて行かれるミカが最後に言った「ユウト!助けて!」と言った表情は今でも胸に突き刺さったままだ。
まるであのサキュバスを殺した時のようにチクチクと胸が痛んだからだ。
これが、人生において二度目の後悔だった。
(ここにずっといても…いずれは俺達も…)
帝国に疑問を持った俺とブルーは帝国から逃げ出した。
しかし追って来た暗殺者と戦った際にブルーは不意打ちで斬られてしまった。
何とか俺が暗殺者は仕留めたのだが、時すでに遅し、ブルーの命は終わっていた。
「ユウトは強いな…あの暗殺者を倒しちまうなんてよ…
悪いが俺はここまでだ…
ユウト…強く生きろよ…」
親友はそこで目を瞑り、息を引き取った。
俺の後悔はこれで三度目だ。
そこから先は旅をしながら各国を回る日々を送っていた。
その数ヶ月後…
ニュクスと言う魔神が現れ世界を巻き込む大魔術を発動した。
結果、人類の住む国のほとんどが滅ぼされる。
「この世界は壊れている…人も…魔族も…何もかも…まったく…なんと…醜い世界なのか…」
孤独と後悔、絶望、怒りがこの身を支配する。
滅んだ国や村の様子を見ればもう、この身に希望が宿る事は無かった。
空から降り注いだ光の攻撃に、呪術のおかげで生き残ったが、心はとっくに死んでいる。
──その数日後──
またもや状況は変化してニュクス率いる魔王軍VSギーク王国と言う世界を巻き込む争いが始まった。
辺りを見渡せば焼かれた森の中で泣き喚く魔族達、そして野垂れ死にと背中合わせの人間達、戦争は全ての生き物を不幸にする事を理解した…どうやら俺が居なくとも世界は動き勝手に結末を迎えるらしい。
俺は絶望し、戦争から逃げながら廃墟を転々と移動しながら生活していた。
結果として、ニュクス率いる勢力が敗北しギーク王国とやらが勝利する。
世界は彼らに統治される事となりギーク王国が放った勢力による人間と魔族狩りが始まった。
ギーク王国のトップ「ギーク・ハザード」は魔族や人間を捕まえては人体実験の道具として使われ失敗し処刑されていく。
まるでミュッドガル帝国のアジールの実験を思い出した。
(ああ…あああぁぁ)
廃墟で暮らしギーク王国の放つ敵から逃げる毎日に、ある日、無意識に涙が零れ出す。
俺が今になって思い出すものはカジル村での記憶だった。
スライムを見捨てマーガレットというサキュバスをナイフで切り裂き肉を断つ感触。
人の温もりを一切感じる事もなくただ機械のように生きてきた自分自身に今になって怒りと吐き気がこみ上げて来た。
「ああ…ああああああ…」
気付けば瓦礫の山のような小さな廃村で雨に打たれながら涙を流していた。
腰が抜け、立つことが出来ず、もはや、背中にある名のない剣を俺は無意識に握っていた。
「…もう…いい…
こんな壊れた世界……」
俺はそのまま、自らの心臓めがけ剣を突き刺した。
切腹と言うにはあまりに軽く見様見真似の無様な最後だった。
いいや、機械が自分の胸に剣を突き刺しただけだろう…何故なら今まで一度も生きた心地がしなかったのだから…。
──しかし──
(ドクン、ドクン)
おかしい…
心臓の鼓動が止まらなかった…。
鉄の刃は確実に貫通しているのに、痛みもなく、鼓動だけが止まらない。
俺は、突き刺した剣を引き抜いて、もう一度心臓へとめがけてその切っ先を突き刺した。
(…な…なにが、起こっているんだ…
こんなことが…ありえる…わけがない…)
止まらない心臓の鼓動…さらに目の前に突然巨大な門が現れた。
その扉は開き…おそらく別の世界へと通じていた。
(ひっ……)
その場所からは禍々しい魔力を感じる…
これまで人生で感じた事の無い桁外れな…比べるならば、あの魔神ニュクスに国を滅ぼされた時をも遙かに越える魔力だった。
(手足が動く…やはり、死んでないのか…)
立ち上がり、門を潜り中へ入った…
その先は闇に包まれたこの世のものとは思えない不気味でおぞましい場所だったが、俺にとってはどーでも良かった。
(何処なんだここは…それに俺はどうして生きている…)
心臓から剣を引き抜いた後も痛みは無い上、血も出ていなかった。まるで透明の肉体を剣が貫通したような感覚だった。
(もはや感情など消えたと思ったが、今になってこんな気分になるなんてな…笑えるぜ)
この場所、進めば進むほど不安や恐怖が増してくる。
一歩、また一歩と進むだけで気分が悪くなり吐き気が込み上げて来るのだ。
(ようやく、明るい場所に出られたか)
暗い場所、おそらくトンネルの中のような通路を歩いていたのだろう。
ようやく抜けることが出来安心した矢先、地面を見てしまった俺は戦慄し震えが止まらなくなった。
何故なら足元には土ではなく人骨が何らかの液体で固められ埋まって足場となっていたからだ。
数え切れないほどの骨が足場となっており、その上を俺は歩いていたようだ。
(それに、あれは…)
空を見上げればまるで満月に手と顔がある魔物が浮いている。
あれはおそらくサイズ的にも地球から見た月に匹敵するか、この世界を照らす月なのだろう。
そんな化物、今まで生きてきた中でも一度も見た事はなかった。
しかしここではあの魔物が光を照らす役割を担っているのだと推測出来る。
(小屋?…何か…いるのか?)
歩いていると小さな小屋があり中から生き物の気配がする。
窓を覗けば人型の魔族がテーブル席で何かお皿の中にあるものを食べている。
頭には角が四本、長い牙もある、顎は金属で出来てそうで見た事もない魔族だ。
何を食べているのか見つめると…それは赤黒い芋虫のようなものだった。
「キヒ…キヒヒヒヒヒ!!!」
そいつは俺の方を見て笑うと、お皿の上の不気味な生きた芋虫を摘み口を開け丸飲みしようとする。
しかし、飲み込む寸前そいつは俺の目を見ながら詠唱のようなものを唱えた。
「呪い魔術「夢幻結界」」
直後風の音が止み無音となる。
角の生えた悪魔のような男は見せつけるように俺の目を見ながら虫を丸飲みした。
「え???」
まばたきした瞬間、辺りはまるで天空都市のような場所に立っていた。
慌てて都市の端っこから下を眺めるも何も見えやしない…しかも、目の前には天井が見えないビルが立っていた。
(やめろ、いくな…)
心の中で勝手に動く自分に問いかける、しかし体の操作が効かなかった。
俺は勝手に歩き出しエレベーターに乗り、長い時間を待った。
やがて7000階に到着すると下を見るのも恐いまま通路を歩いていた。
番号札があり、まるでマンションかアパートのようにも思える。
だが次の瞬間、風が吹き建物は左右に揺れ始めたのだ。
まるで縦長の風船が左右に激しく揺れるような感覚‥俺は落ちてはなるまいとドアノブにしがみついて、振り落とされないように必死に握り締めた。
(そんな…馬鹿な…)
上や下の階から住民達が大量に落ちていく。
マンションから振り落とされた彼らは地面に激突し真っ赤に潰れ死んでいく。
そんな中、風の勢いが弱まったところで俺は柱にしがみつき、慌ててドアを開けて中へと入りドアを閉めた。
(馬鹿な…)
すると先程の小屋の中の自分が見えた。
俺だった遺体はバラバラに解体されており、テーブルの皿の上に置かれていた。
先程の悪魔がそれを美味しそうに食べている。
「!!」
俺の遺体をかじり、骨までしゃぶり尽くす勢いで、悪魔は、手、足、頭を食べて行った。
そしてメインディッシュは俺の心臓。
剣を突き刺しても傷つかなかった不思議な心臓だが、あの悪魔は鷲掴みにして丸飲みしようと口を開けている。
牙は人間のものと違い尖っている上に無数にあり、あんなので噛みつかれたら骨まで砕けてしまうだろう。
現に俺のバラバラ死体の骨は彼の牙によってボリボリ噛み砕かれ飲み込まれたわけだ。
「キヒヒヒ!!」
俺の体だったものからでる血で血塗れになりながら心臓を食べる悪魔のような悪魔。
ああ、これで死ねるのかと、意識はそこで終わった…
かのように思えた…
(馬鹿な…)
そう、俺の死後も世界はまだ続いているのだ。
漆黒の空に月の化け物、俺を食べた角の生えた悪魔の姿も見える。
自分の体、手足を見ても見あたらず、第三者視点から世界を見渡している感覚だった。
そして小屋から出た俺を食った悪魔は外に現れた新たな敵と相対する。
(女?)
鞘に入った剣に手をかけ毒々しい色のビキニアーマーに身を包んだ女騎士…それが悪魔を殺意に満ちた目で眺めている。
もし一歩でも踏み込めば即斬り捨てられそうな雰囲気だ。
長い紫の髪に黒い瞳、胸もCカップはある。
姿だけならば美人な女性の登場に喜びたいところだが、彼女の目は殺意に満ちていた。
刀に手をかけた彼女は姿勢を低くして何時でも悪魔を斬れると言った様子だ。
「ガアァァァァッ!!!」
悪魔が爪を立て、切り裂こうと攻撃を仕掛ける。
爪の斬撃が直撃すればどんな相手だろうと木っ端微塵になりそうな威力だった。
その証拠に、周辺の岩が塵になっているのが見える。
(あの女、無傷?)
しかし彼女は悪魔の攻撃を受けてもなお、無傷で立っていた…おそらくはレベルが違いすぎるのだろう。
彼女は鞘に手をかけ、まるで居合い斬りをするかのようなポーズで構えている。
まだ剣は抜いておらずアレを抜けば何か通常では起こり得ない事が起こりそうだ。
そして…
「呪い魔術「樹海ノ刻」」
そう聞こえた時、悪魔の存在は終わっていた。
彼女が刀を抜いた瞬間、広範囲に木が生え悪魔から全てを奪った。
そして悪魔は何が起こったのかもわからず消滅したのだ。
「次は貴様だ」
女は引き抜いた剣で遠く離れた月の化け物にその切っ先を向けている。
「愚かな…小さき者よ、身の程を弁えよ…」
月の化け物が口を大きく開いている…。
すると中から無数の石を吹くように吐き出すと、それは隕石になってここへ落ちて来た。
燃えながら落ちてくる隕石に、女は顔色一つ変えないが、ただそれら一つでも落ちてしまえば国一つ吹き飛ぶ程の威力だと予想出来る。
見たこともない場所、見たこともない魔族、見たこともない規模の戦い、そして、見たこともない自分の症状。
俺は何が起こっているか理解も出来ないまま、実体の無い霊体の体のまま戦いを見守り続けた。
ただ一つ言えることは、彼らの戦力はその一体一体が規格外過ぎて、世界が滅ぶレベルだと言えることだろう。
カジル村で暮らすユウト・アカギはある日、スライムがやって来たのを目撃する。
当然魔物に手を差し伸べるもの等存在せず村人達による踏みつけたり蹴ったりの暴力の繰り返しだった。
(なんだあれ、迷子なのか?)
その水色のスライムは村人達に火を付けられそうになっていた。
雑魚敵のスライムは火で燃やす事で消滅するのだが…村人達は火を放ち、炎で焼かれ死にゆくスライムを下品な笑い声で嘲笑った。
(可哀想だが魔族は敵だもんな…無視だ無視)
結局、その水色の饅頭みたいなスライムは消滅してしまった。
何やら助けを求めているように見えたが誰もスライムに手をさしのべはしなかった。
そして月日が流れる…
ある日俺は、二階の義母の寝室前で立ち尽くしていた。
何故なら義母の喘ぎ声がして、部屋に入ると干からびた親父の上で腰を振っていたからだ。
どうやら親父は精気を吸い取られミイラになり死んでいる。
そんな目の前の母の姿を見て俺は義務感からか殺意を剥き出しにした。
「何やってんだ!ババァ!
てめぇ、人間じゃなかったのか!」
黒いスペードのような形の尻尾、頭には角、ボンテージを着て背中には大きな黒い羽根が生えている。
見た目から察するにサキュバスの姿で俺はこの相手が人類の敵だと確信した。
「私の名はマーガレット、サタン様より預かった悪魔塔B1塔の当主よ?
残念だけど、もう楽しかった家族ごっこは終わり♪
って、あら?何処に消え…」
油断しきったサキュバス相手に、俺は不意打ちをねらい喉元を勢い良くナイフで切り裂いた…
実力差は間違いなく埋められない程にあっただろう…だが油断し勝ち誇った相手ならば、俺の独学の剣術であれ通用したようだ。
「あ…ああぁぁぁぁ」
喉元を切り裂かれたサキュバスは流石に倒れ込み動けなくなる。
部屋にある鏡を見ればサキュバスの血を全身に浴びた殺人鬼のような自分の姿が映っていた。
そんな俺は、死に行く目の前のサキュバスに感情のない瞳を向ける。
「お前等魔族は人類の敵だ、だから殺される…ただ、それだけだ…」
不意打ちで殺したとはいえ、今までの義母との思い出が蘇る。
何だかんだ反抗していたとはいえ、家事も完璧にこなしてくれた義母は認めていたからだ。
死に行くサキュバスの目からは涙が溢れている、魔族とは言え死ぬのは恐いのかと思ったがどうやら違うようだ。
「あれ…私、いったい、何をしていたの?」
その声、その雰囲気は、父親が再婚する前の俺の本当の母親トウコ・アカギのようだった。
そんな彼女は俺に対しトウコの声で、彼女は優しい表情で口を開く。
「ああ…そう…全部、思い出したわ…」
母の声で、母のしゃべり方で、サキュバスの彼女は死を受け入れこちらに笑みを向けたのだ。
「生きててくれて…ありがとう…ユウト」
まるで息子の成長を安心した母親のように言うサキュバスに、俺は恐くなって頭を抱えながらパニックを起こした。
「やめろ!サキュバスが母さんの真似をするな!
許さねぇぞ!絶対に!」
サキュバスの姿の彼女は優しそうな笑顔で、母親トウコの声で「いってらっしゃい」とでも言いたげな様子で手を振り、血を流し、やがて動かなくなった。
(くそっ!なんなんだ!何が起こってやがる!)
外へ出れば村中炎が燃え盛っていた。
そんなカジル村を出て行くことを決意した俺は、カジル森林へ入り丸二日走り続けた。
そしてさらに二日後、夕方になってようやくミュッドガル帝国へ到着する。
帝国は既に戦争中で皇帝ミュッドガル・アジールが率いる軍勢が悪魔塔B1塔の連中と戦いの最中だった。
(チクチクと胃が痛む、死ぬ間際のあのサキュバスの事を考えると余計にだ…俺は正しい事をしたはず、なのに、何故だ!)
俺はミュッドガル帝国へ難民として役所に向かった。
ここでは何故か奴隷商人が堂々と商売をしているため、俺は今後の戦闘の為に戦闘用奴隷を購入しておこうと考えていた。
(カジル村から逃げる時に拾った金貨なら結構ある…これならそこそこ強い奴隷だって買えるはずだ)
悩んでいる俺に奴隷商人のほうから声をかけて来た。
「いらっしゃいませ、戦闘用の奴隷をお探しですかな?」
「ああ、この中で一番強い奴を頼む」
無言になった奴隷商人は奥の部屋へ消えると、金髪でツインテールの美少女を連れ出してきた。
その様子に俺はからかわれているのかと怒りがこみ上げて来る。
「おい、ふざけているのか?」
「いいえ、滅相も御座いません、言われた通り一番強い奴隷を連れてきただけです。
名はスカーレット、彼女なら魔王軍ですら追い返す実力の持ち主です。」
スカーレットと呼ばれた彼女は俺を頭から足元まで見つめると。
まるでつまらない本でも読み終えたかのような表情で言った。
「はぁ…期待していたのですが残念です…
私の賭けは外れのようですね…
奴隷商人さん、デルタ王国へ向かって下さい…
私はひとまずお母さんのところへ…マゾ教へ帰ります…」
「御意…しかしスカーレット様、マゾ教とは…まさかあの…」
「早くして下さい」
「はい…」
奴隷商人は客である俺を無視し、何故かスカーレットという奴隷の命令に従いながら店を畳み始めた。
「大変心苦しいのですがお客様、急な予定が入りました故、これで店仕舞いとさせて頂きます」
「は?おい!どういう事だそりゃ!」
「くすくすっ♪
お兄さん、そのままじゃいつか、自分が壊れてしまいますよ?
いいえ、もしかすると、もう壊れてしまっているのかも…
ではせいぜい、これからの人生お気をつけて♡」
金髪でツインテールの女は意地悪くそう言った後、残念そうに奴隷商人と馬車で出発した。
その後、難民としてミュッドガル帝国の住まいを確保した俺はやがて帝国軍の勝利の報告を新聞で知る事になる。
悪魔塔B1塔は今や帝国軍に完全に滅ぼされ跡形もないらしい。
「勇敢に戦いし我が帝国軍の勝利じゃ!
たかがサキュバスなどに余の軍は負けはせぬ!
パッシマン、貴様にも後で勲章と将軍の座をくれてやろう!
期待しておけ!」
「はっ、ありがとうございます」
ミュッドガル帝国の門をくぐり、国民に拍手をされながら入ってくる馬車に乗ったミュッドガル・アジールとその部下パッシマンがいた。
そのカッコイイ姿に目を輝かせ憧れを抱いている国民も少なくない。
その2人の後ろから馬車や荷馬車に引かれた帝国軍の部下達が付いてきていた。
鎧に甲冑を付けた強そうな軍隊、しかし彼らはボロボロで負傷者も死傷者も多かった。
戦況はギリギリだったそうだが運が味方してなんとか勝利出来たらしい。
戦勝パーティーではドラゴンの肉など、豪華な食事が並んだと聞いた。
「庶民の俺には関係のない話だ…だが、あの皇帝ミュッドガル・アジールが持っていた、デュランダル、かっけぇな…」
俺は皇帝ミュッドガル・アジールに憧れるようになった。
そして数日後にはミュッドガル帝国内にある魔法学校へ入る事となった。
寮もあり、費用も帝国持ちで、どうやら成人まではここで暮らすことが出来る。
魔法学校では見知らぬ顔ぶればかりだが、俺の実力はどうやら高かったらしい。
学年トップの実力と言われる同級生ミカですら俺には適わない。
自分では今まで魔法の才能があるとは思わなかったが、授業を受ける上で己の魔法に関する才能を知った。
「よぉ、優等生くん」
「ブルーか、全然優等生じゃねぇよ俺は…
魔術もまだまだ知らねえし剣術も…」
イケメンキャラのブルーが俺に話しかけてくる。
そして後ろからは学年トップのミカが現れた。
「謙遜謙遜♪
あんまり言ってると、嫌みに聞こえるわよ?
ユウト」
「そうだぜユウト、俺達はここを卒業してミュッドガル帝国の強い軍人になるんだからよ。
自分に自信を持とうぜ!」
それからしばらくは、3人で遊ぶ機会も増えて孤独ではない日々を送っていた。
しかし…
ある時学校に襲撃事件が起こる。
「魔族が来るぞ!
名はディアボロス!
触れたもの全て凍らせるらしい!
先生達じゃなきゃ適わない!生徒達は逃げろ!」
校舎が爆破され、ミカもブルーも逃げ出すがユウトだけは廊下内に残っていた。
「逃げろ!無理だ!」
「今は駄目よユウト!」
しかし、ユウトは廊下の向こう側から歩いてくるディアボロスに、剣を構えていた。
ブルーは「すぐに先生達、呼んでくるからな!」と言い残すと俺に振り返り走っていった。
目の前の筋肉の固まりのような初老の悪魔は槍を持ってこちらへ歩いて来る。
黒いオーラを放ちながら…。
「勇気があるな小僧、俺が現れて、逃げなかったのはお前だけだぞ…」
ディアボロスが槍で地面を突くと床が氷っていた。
つまり、あの槍に触れ凍らされれば即死で間違いないだろう。
(うっ……ぐっ…こんな時に……)
不思議と脳裏にあのサキュバス、マーガレットの姿が思い浮かぶ。
死後、本当の母親、トウコ・アカギのように変化したあのサキュバスが一体何だったのか今でもわからない…。
あの出来事は自分の中でもトラウマ中のトラウマで数ヶ月たった今でも夢に見るほどだった。
「貴様、知っているぞ…
悪魔塔B1塔、マーガレットを殺した小僧だな?
この母親殺しめ」
「な…に!?」
その言葉を聞いたとたん、気持ちが悪くなり俺は吐いてしまった。
それからもマーガレットの最後を思いだし吐き気が止まらなかった。
「うぶっ…げえぇっ!」
胃から逆流してくる物は止まらない…
立っていられなくなり廊下に俺は何度も下呂をぶちまけ…目からは涙が溢れ、手足はガクガク震えていた。
(馬鹿な…何を言っているんだこいつは…そんな馬鹿な事があってたまるか…)
そして話し終えたディアボロスは、先程地面を凍らせていた氷の槍をこちらへ向けて来た。
「小僧、お前は人間だが、本当に哀れな奴だ…
ここでこのディアボロスが、慈悲をくれてやる。
もう…そのまま眠れ」
そして動けない俺に氷の槍が直撃する瞬間のことだ…
俺の剣が勝手に動き出し、目の前のディアボロスを切り裂いたのだ。
「な…に…?
馬鹿な…この剣…生きて…
いや、そ…そんな…ことが…あるわけが…ぐっ!
ぐああぁぁぁぁ!」
驚愕の表情を浮かべ真っ二つになったディアボロスが崩れ落ち、死亡する。
空中に浮いた剣はまるで意思でも持っているかのように俺の手元にやって来た。
俺はその剣を掴んで呼吸を荒くしていた。
「君!大丈夫か!?」
「もう安心しろ、後は先生達がやる!」
五人の先生方が遅れて登場し、後ろからブルーとミカも覗いていた。
しかし目の前にあるディアボロスの真っ二つになった死体を見て先生達は俺がやったのだと察したようだ。
「な…君がやったのか?」
「すぐに手当しよう、こっちだ」
その後、俺は学園の英雄のようにもてはやされたのだが特に感情が動くことは無かった。
それよりも問題は俺の新しく目覚めた呪術というものだ。
これは魔法でもスキルでもない、呪いという聞いたことがない能力だった。
それから数年の月日が立つ…
ミカ、ブルー、そして俺はミュッドガル帝国の軍人となった。
しかしそこで初めてミュッドガル・アジールと言う人物とその部下達の本当の恐ろしさを知る…なんと彼らは地下で部下を使って人体実験を行っていたのだ。
しかし俺は…戦力増強には必要な事だろうとあきらめ、残虐非道な行いも帝国発展の為と受け入れる事にした。
──ある日──
ミカが人体実験の材料として選ばれ殺された。
実験の失敗でドロドロの液体に…つまり死体にされてしまったのだ…。
(こいつら…なんて事を…)
研究員2人に連れて行かれるミカが最後に言った「ユウト!助けて!」と言った表情は今でも胸に突き刺さったままだ。
まるであのサキュバスを殺した時のようにチクチクと胸が痛んだからだ。
これが、人生において二度目の後悔だった。
(ここにずっといても…いずれは俺達も…)
帝国に疑問を持った俺とブルーは帝国から逃げ出した。
しかし追って来た暗殺者と戦った際にブルーは不意打ちで斬られてしまった。
何とか俺が暗殺者は仕留めたのだが、時すでに遅し、ブルーの命は終わっていた。
「ユウトは強いな…あの暗殺者を倒しちまうなんてよ…
悪いが俺はここまでだ…
ユウト…強く生きろよ…」
親友はそこで目を瞑り、息を引き取った。
俺の後悔はこれで三度目だ。
そこから先は旅をしながら各国を回る日々を送っていた。
その数ヶ月後…
ニュクスと言う魔神が現れ世界を巻き込む大魔術を発動した。
結果、人類の住む国のほとんどが滅ぼされる。
「この世界は壊れている…人も…魔族も…何もかも…まったく…なんと…醜い世界なのか…」
孤独と後悔、絶望、怒りがこの身を支配する。
滅んだ国や村の様子を見ればもう、この身に希望が宿る事は無かった。
空から降り注いだ光の攻撃に、呪術のおかげで生き残ったが、心はとっくに死んでいる。
──その数日後──
またもや状況は変化してニュクス率いる魔王軍VSギーク王国と言う世界を巻き込む争いが始まった。
辺りを見渡せば焼かれた森の中で泣き喚く魔族達、そして野垂れ死にと背中合わせの人間達、戦争は全ての生き物を不幸にする事を理解した…どうやら俺が居なくとも世界は動き勝手に結末を迎えるらしい。
俺は絶望し、戦争から逃げながら廃墟を転々と移動しながら生活していた。
結果として、ニュクス率いる勢力が敗北しギーク王国とやらが勝利する。
世界は彼らに統治される事となりギーク王国が放った勢力による人間と魔族狩りが始まった。
ギーク王国のトップ「ギーク・ハザード」は魔族や人間を捕まえては人体実験の道具として使われ失敗し処刑されていく。
まるでミュッドガル帝国のアジールの実験を思い出した。
(ああ…あああぁぁ)
廃墟で暮らしギーク王国の放つ敵から逃げる毎日に、ある日、無意識に涙が零れ出す。
俺が今になって思い出すものはカジル村での記憶だった。
スライムを見捨てマーガレットというサキュバスをナイフで切り裂き肉を断つ感触。
人の温もりを一切感じる事もなくただ機械のように生きてきた自分自身に今になって怒りと吐き気がこみ上げて来た。
「ああ…ああああああ…」
気付けば瓦礫の山のような小さな廃村で雨に打たれながら涙を流していた。
腰が抜け、立つことが出来ず、もはや、背中にある名のない剣を俺は無意識に握っていた。
「…もう…いい…
こんな壊れた世界……」
俺はそのまま、自らの心臓めがけ剣を突き刺した。
切腹と言うにはあまりに軽く見様見真似の無様な最後だった。
いいや、機械が自分の胸に剣を突き刺しただけだろう…何故なら今まで一度も生きた心地がしなかったのだから…。
──しかし──
(ドクン、ドクン)
おかしい…
心臓の鼓動が止まらなかった…。
鉄の刃は確実に貫通しているのに、痛みもなく、鼓動だけが止まらない。
俺は、突き刺した剣を引き抜いて、もう一度心臓へとめがけてその切っ先を突き刺した。
(…な…なにが、起こっているんだ…
こんなことが…ありえる…わけがない…)
止まらない心臓の鼓動…さらに目の前に突然巨大な門が現れた。
その扉は開き…おそらく別の世界へと通じていた。
(ひっ……)
その場所からは禍々しい魔力を感じる…
これまで人生で感じた事の無い桁外れな…比べるならば、あの魔神ニュクスに国を滅ぼされた時をも遙かに越える魔力だった。
(手足が動く…やはり、死んでないのか…)
立ち上がり、門を潜り中へ入った…
その先は闇に包まれたこの世のものとは思えない不気味でおぞましい場所だったが、俺にとってはどーでも良かった。
(何処なんだここは…それに俺はどうして生きている…)
心臓から剣を引き抜いた後も痛みは無い上、血も出ていなかった。まるで透明の肉体を剣が貫通したような感覚だった。
(もはや感情など消えたと思ったが、今になってこんな気分になるなんてな…笑えるぜ)
この場所、進めば進むほど不安や恐怖が増してくる。
一歩、また一歩と進むだけで気分が悪くなり吐き気が込み上げて来るのだ。
(ようやく、明るい場所に出られたか)
暗い場所、おそらくトンネルの中のような通路を歩いていたのだろう。
ようやく抜けることが出来安心した矢先、地面を見てしまった俺は戦慄し震えが止まらなくなった。
何故なら足元には土ではなく人骨が何らかの液体で固められ埋まって足場となっていたからだ。
数え切れないほどの骨が足場となっており、その上を俺は歩いていたようだ。
(それに、あれは…)
空を見上げればまるで満月に手と顔がある魔物が浮いている。
あれはおそらくサイズ的にも地球から見た月に匹敵するか、この世界を照らす月なのだろう。
そんな化物、今まで生きてきた中でも一度も見た事はなかった。
しかしここではあの魔物が光を照らす役割を担っているのだと推測出来る。
(小屋?…何か…いるのか?)
歩いていると小さな小屋があり中から生き物の気配がする。
窓を覗けば人型の魔族がテーブル席で何かお皿の中にあるものを食べている。
頭には角が四本、長い牙もある、顎は金属で出来てそうで見た事もない魔族だ。
何を食べているのか見つめると…それは赤黒い芋虫のようなものだった。
「キヒ…キヒヒヒヒヒ!!!」
そいつは俺の方を見て笑うと、お皿の上の不気味な生きた芋虫を摘み口を開け丸飲みしようとする。
しかし、飲み込む寸前そいつは俺の目を見ながら詠唱のようなものを唱えた。
「呪い魔術「夢幻結界」」
直後風の音が止み無音となる。
角の生えた悪魔のような男は見せつけるように俺の目を見ながら虫を丸飲みした。
「え???」
まばたきした瞬間、辺りはまるで天空都市のような場所に立っていた。
慌てて都市の端っこから下を眺めるも何も見えやしない…しかも、目の前には天井が見えないビルが立っていた。
(やめろ、いくな…)
心の中で勝手に動く自分に問いかける、しかし体の操作が効かなかった。
俺は勝手に歩き出しエレベーターに乗り、長い時間を待った。
やがて7000階に到着すると下を見るのも恐いまま通路を歩いていた。
番号札があり、まるでマンションかアパートのようにも思える。
だが次の瞬間、風が吹き建物は左右に揺れ始めたのだ。
まるで縦長の風船が左右に激しく揺れるような感覚‥俺は落ちてはなるまいとドアノブにしがみついて、振り落とされないように必死に握り締めた。
(そんな…馬鹿な…)
上や下の階から住民達が大量に落ちていく。
マンションから振り落とされた彼らは地面に激突し真っ赤に潰れ死んでいく。
そんな中、風の勢いが弱まったところで俺は柱にしがみつき、慌ててドアを開けて中へと入りドアを閉めた。
(馬鹿な…)
すると先程の小屋の中の自分が見えた。
俺だった遺体はバラバラに解体されており、テーブルの皿の上に置かれていた。
先程の悪魔がそれを美味しそうに食べている。
「!!」
俺の遺体をかじり、骨までしゃぶり尽くす勢いで、悪魔は、手、足、頭を食べて行った。
そしてメインディッシュは俺の心臓。
剣を突き刺しても傷つかなかった不思議な心臓だが、あの悪魔は鷲掴みにして丸飲みしようと口を開けている。
牙は人間のものと違い尖っている上に無数にあり、あんなので噛みつかれたら骨まで砕けてしまうだろう。
現に俺のバラバラ死体の骨は彼の牙によってボリボリ噛み砕かれ飲み込まれたわけだ。
「キヒヒヒ!!」
俺の体だったものからでる血で血塗れになりながら心臓を食べる悪魔のような悪魔。
ああ、これで死ねるのかと、意識はそこで終わった…
かのように思えた…
(馬鹿な…)
そう、俺の死後も世界はまだ続いているのだ。
漆黒の空に月の化け物、俺を食べた角の生えた悪魔の姿も見える。
自分の体、手足を見ても見あたらず、第三者視点から世界を見渡している感覚だった。
そして小屋から出た俺を食った悪魔は外に現れた新たな敵と相対する。
(女?)
鞘に入った剣に手をかけ毒々しい色のビキニアーマーに身を包んだ女騎士…それが悪魔を殺意に満ちた目で眺めている。
もし一歩でも踏み込めば即斬り捨てられそうな雰囲気だ。
長い紫の髪に黒い瞳、胸もCカップはある。
姿だけならば美人な女性の登場に喜びたいところだが、彼女の目は殺意に満ちていた。
刀に手をかけた彼女は姿勢を低くして何時でも悪魔を斬れると言った様子だ。
「ガアァァァァッ!!!」
悪魔が爪を立て、切り裂こうと攻撃を仕掛ける。
爪の斬撃が直撃すればどんな相手だろうと木っ端微塵になりそうな威力だった。
その証拠に、周辺の岩が塵になっているのが見える。
(あの女、無傷?)
しかし彼女は悪魔の攻撃を受けてもなお、無傷で立っていた…おそらくはレベルが違いすぎるのだろう。
彼女は鞘に手をかけ、まるで居合い斬りをするかのようなポーズで構えている。
まだ剣は抜いておらずアレを抜けば何か通常では起こり得ない事が起こりそうだ。
そして…
「呪い魔術「樹海ノ刻」」
そう聞こえた時、悪魔の存在は終わっていた。
彼女が刀を抜いた瞬間、広範囲に木が生え悪魔から全てを奪った。
そして悪魔は何が起こったのかもわからず消滅したのだ。
「次は貴様だ」
女は引き抜いた剣で遠く離れた月の化け物にその切っ先を向けている。
「愚かな…小さき者よ、身の程を弁えよ…」
月の化け物が口を大きく開いている…。
すると中から無数の石を吹くように吐き出すと、それは隕石になってここへ落ちて来た。
燃えながら落ちてくる隕石に、女は顔色一つ変えないが、ただそれら一つでも落ちてしまえば国一つ吹き飛ぶ程の威力だと予想出来る。
見たこともない場所、見たこともない魔族、見たこともない規模の戦い、そして、見たこともない自分の症状。
俺は何が起こっているか理解も出来ないまま、実体の無い霊体の体のまま戦いを見守り続けた。
ただ一つ言えることは、彼らの戦力はその一体一体が規格外過ぎて、世界が滅ぶレベルだと言えることだろう。
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