15 / 15
一年目 ~移民の歌~
14
しおりを挟む
いつもより爽やかな気分で目が覚めた。
何の当てもなく迷子のタマちゃんを捜し歩き、結局戸田のベランダで眠りこけているところを発見しただけだけれど、それでも僕は昨日なにか大切なものを見つけたような気がした。
竹田医院での奇妙な老人たちとヤシの実強盗の話はどうでもいい内容だったが、平和に営まれるこの街のコミュニティーに少しでも参加できてよかったし、小山さんや戸田といったアパートの面々と一緒に何かをやれたということも、なんだか嬉しかった。結果としては何も出来なかったのだけれど、それでも何かに向けて行動できたのは、二年間浪人生活を送ってきた僕にとっては大切な「青春の一ページ・大学編」として胸に刻まれた。
吉川さんの人情やマキさんの優しさに触れ、松井さんの愛情に感動し、マキさんの笑顔に心打たれた。
大学に向かう為に部屋を出ると、松井さんとゆきちゃんが手を繋いで歩いているのが見えた。いつも通りの風景だけれど、とても幸せな風景だ。僕は前を歩くふたりの後姿を眺めながら大学へ向かった。
クラスメートに話すと、タマちゃんよりも賀真田さんが言うヤシの実強盗に興味があるらしく、他にどんな強盗が出るのか聞いておいてくれと言われた。どうやら行方不明だった犬にはあまり興味は分からないようだけれど、他人が興味を覚えないような小さな出来事を幸せだと感じられる環境の中にいることが素直に嬉しい。
夕方、僕がアパートに戻ってくると、ゆきちゃんとばったり会った。どうやら今から散歩に行くらしく、横でタマちゃんが嬉しそうに尻尾を振っている。
ゆきちゃんが僕を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。
「タマを見つけてくれてありがとう!」
ゆきちゃんがとびきりの笑顔を見せてくれた。
「こんにちは。今から散歩?」
「うん!」
元気に返事をすると、手に持っていた大きな袋を僕に差し出した。
「これ、昨日のお礼。パパが清くんに渡しなさいって」
本当のところ、僕たちは何の手がかりも得られず、戸田の部屋のベランダで寝ていたタマを松井さんに渡しただけだったが、せっかくこう言ってくれているので、少し戸惑ったけれど、僕はありがたくそれを受け取ることにした。
中から出てきたのは犬のぬいぐるみだ。
「ゆきはパピヨンが可愛いって言ったんだけど、清くんにはこっちの方が似合うってパパが」
「あ、ありがとう」
妙にリアルな犬のぬいぐるみはきっと松井さんのイタズラ心だ。少し困るけれど、アパートの人たちとひとつ仲良くなれたような気がした。
僕は袋を抱きかかえ、ゆきちゃんとふたりで歩き出した。
二年目につづく
何の当てもなく迷子のタマちゃんを捜し歩き、結局戸田のベランダで眠りこけているところを発見しただけだけれど、それでも僕は昨日なにか大切なものを見つけたような気がした。
竹田医院での奇妙な老人たちとヤシの実強盗の話はどうでもいい内容だったが、平和に営まれるこの街のコミュニティーに少しでも参加できてよかったし、小山さんや戸田といったアパートの面々と一緒に何かをやれたということも、なんだか嬉しかった。結果としては何も出来なかったのだけれど、それでも何かに向けて行動できたのは、二年間浪人生活を送ってきた僕にとっては大切な「青春の一ページ・大学編」として胸に刻まれた。
吉川さんの人情やマキさんの優しさに触れ、松井さんの愛情に感動し、マキさんの笑顔に心打たれた。
大学に向かう為に部屋を出ると、松井さんとゆきちゃんが手を繋いで歩いているのが見えた。いつも通りの風景だけれど、とても幸せな風景だ。僕は前を歩くふたりの後姿を眺めながら大学へ向かった。
クラスメートに話すと、タマちゃんよりも賀真田さんが言うヤシの実強盗に興味があるらしく、他にどんな強盗が出るのか聞いておいてくれと言われた。どうやら行方不明だった犬にはあまり興味は分からないようだけれど、他人が興味を覚えないような小さな出来事を幸せだと感じられる環境の中にいることが素直に嬉しい。
夕方、僕がアパートに戻ってくると、ゆきちゃんとばったり会った。どうやら今から散歩に行くらしく、横でタマちゃんが嬉しそうに尻尾を振っている。
ゆきちゃんが僕を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。
「タマを見つけてくれてありがとう!」
ゆきちゃんがとびきりの笑顔を見せてくれた。
「こんにちは。今から散歩?」
「うん!」
元気に返事をすると、手に持っていた大きな袋を僕に差し出した。
「これ、昨日のお礼。パパが清くんに渡しなさいって」
本当のところ、僕たちは何の手がかりも得られず、戸田の部屋のベランダで寝ていたタマを松井さんに渡しただけだったが、せっかくこう言ってくれているので、少し戸惑ったけれど、僕はありがたくそれを受け取ることにした。
中から出てきたのは犬のぬいぐるみだ。
「ゆきはパピヨンが可愛いって言ったんだけど、清くんにはこっちの方が似合うってパパが」
「あ、ありがとう」
妙にリアルな犬のぬいぐるみはきっと松井さんのイタズラ心だ。少し困るけれど、アパートの人たちとひとつ仲良くなれたような気がした。
僕は袋を抱きかかえ、ゆきちゃんとふたりで歩き出した。
二年目につづく
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
翠名と椎名の恋路(恋にゲームに小説に花盛り)
jun( ̄▽ ̄)ノ
青春
中2でFカップって妹こと佐藤翠名(すいな)と、中3でDカップって姉こと佐藤椎名(しいな)に、翠名の同級生でゲーマーな田中望(のぞみ)、そして望の友人で直球型男子の燃得(もえる)の4人が織り成す「恋」に「ゲーム」に「小説」そして「ホットなエロ」の協奏曲
機械娘の機ぐるみを着せないで!
ジャン・幸田
青春
二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!
そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
爆裂ハロー!ファイターズさん家 ~1つのメール、2つの運命~
souzousin
青春
「わしと一緒に探してほしい人がおるんじゃ。昔のわしの友人でなぁ、ポルンフイクっていう名前でなぁここから、少し遠いKSB地区に住んでてなぁ…。」
電子メールで話してたおじいさんに頼まれてしまいました。
このおじいさん私、あまり好きじゃないんですよね。
文句しか言わないし、偉そうだし…。
いやだなと思ってたのに、クラスメートのカルビジュのせいで結局手伝うことになってしまいました。
全く男同士なにか通じるものがあるのでしょうか?
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる