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呪われた英雄①

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 マダムフジコが特別な仲だと勘違いしている、アレクシス・ブランシェとの出会いは三回目の派遣の仕事、とある貴族令嬢の誕生日パーティーの給仕係をしていた時だった。

 主役と招待客の半数が幼い子どもだからか、昼間の庭園で行われたパーティーは大きなトラブルも無く終了し、ちとせは庭園の木に付けていた飾りを外していた。

 ガサササッ!
 高い位置に付いていたリボンを外そうとジャンプをして、体勢を崩してしまいそのまま植え込みの中へと倒れ込んだ。
 勢いよく転倒したちとせは木の葉まみれになった顔を上げて、植え込みの向こう側に人がいたことに驚き、上半身を上げた。

「はっ? す、すみません!」

 貴族の招待客だろう着飾った男女が抱き合い、女性に至ってはドレスの胸元を乱して男性の胸に凭れ掛かっていた。

 昼間の庭園、少し離れた場所でまだ帰っていない少年少女が走り回っているのに、この二人はまだ明るい外で何をしようとしていたのかと、擦りむいた頬と鼻の痛みは吹き飛んだちとせの脳内は混乱する。

「おぉ、お邪魔してしまい、大変申し訳ございませんでした!」

 地面に手をついて立ち上がり、男女に頭を下げたちとせは自分の体に纏わり付く黒色の霧に気が付き、顔を上げて大きく目を開いた。
 黒色の靄の発生源は脱力した女性を腕に抱いた男性。さらに、彼の顔の左半分と体の左側を黒色の何かが覆いつくしていたのだ。

(何なのこの人? 顔の左半分、左半身が、真っ黒? これは髪の毛、じゃない。黒い糸が絡まっている?)

 男性が左腕を振ると、左腕に絡まっている黒色の無数の糸は紐状になり、後退るちとせへ向かった伸びた。
 咄嗟に手を出したちとせは、自分へ向かって来た黒色の紐を掴む。

(これ、掴めるの!? 手触りは紐みたい?)

 掴んだ紐を反射的に引っ張れば、黒い紐は男性の左腕からスルスルと解けていく。
 解けた黒い紐は糸状に戻り、空気に溶けるように消えていった。

「なん、だと? どういうことだ?」

 驚きの声を上げた男性の顔から黒色の糸が消え、彼の顔立ちがはっきりと見えて……跳び上がりかけた。

「大変、失礼いたしました!」

 自分の左手のひらを見る男性が口を開く前に、ちとせは脱兎のごとく逃げ出した。


 使用人用更衣室へ駆け込み、扉を閉めてちとせは扉に凭れ掛かる。激しい動悸と息切れによる苦しさで、胸に手を当てて押さえた。

「あの男の人は……アレクシス・ブランシェ、侯爵閣下。かつて帝国軍と戦った英雄様」

 ソラリス王国の英雄、第一騎士団長であり大戦での武勲により爵位は伯爵から侯爵位へ格上げされた。
 帝国軍の侵攻から国を守り、皇帝を討ち戦争を終結させた英雄。
 数多の人々を魅了する圧倒的な力と容姿を持つ英雄に興味は無くとも、連日のように新聞の紙面に登場する彼の姿は、世情に疎いちとせでも見たことがあった。

(英雄様は確か独身だったはす。女の人との逢引現場を目撃してしまうなんて。それにあの黒いのは何だったんだろう? まあ、もう会うことは無いだろうし気にしなくてもいいか)

 その後、アレクシスの姿を見かけることは無く片付けは終わり、依頼を完了したことを伝えるために黒猫亭へと戻った。


 ***


 貴族のパーティーから半月後、王都の中心部では秋の収穫祭が開催されていた。

 この日の依頼は、広場に出店してる大規模屋台の手伝い。
 テーブル席を並べた天幕の下には、屋台の料理と飲み物を片手に談笑する多くの市民でごった返す中、注文客の待つ大量のグラス乗せたトレイを両手で持つちとせの目の前に、壁の様に長身の男性が立ち塞がった。

「すみません、通してくださ……」

 トレイを持った状態では男性の胸元しか見えず、愛想笑いを浮かべたちとせは顔を上げて、固まってしまった。

「やあ、また会ったな」
「……貴方は、あっ」
「運ぶのは、あの席か」

 固まるちとせの手から軽い動作でトレイを奪い、背を向けた男性は注文客のいるテーブルへ向かう。

「どうして此処にいるの?」

 口を半開きにしたちとせは呆然と青年の後ろ姿を見送った。

 平民に紛れるためか軽装で髪の色をダークグレーに変えて、頭からフードをかぶっているとはいえ瞳の色と顔立ちはそのままの男性は、どこからどう見てもアレクシス・ブランシュだった。

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