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4章 私と魔王と時々勇者

02.明らかな変化に戸惑う

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 早目に家を出たおかげで、職場には始業時刻の30分前に着いた。
 出勤している社員も少なく、無人の更衣室で制服に着替えてから部署のあるフロアへ向かった。

「山田さんおはよう」
「山本さん、おはようございます。お盆休みはどうでしたか?」

 お盆休み前より日焼けした山本さんは、理子の近くまで歩いて来て……目を丸くして立ち止まった。

「山本さん?」
「あ……友達とキャンプに行ったり、実家に帰ってのんびりしたよ。山田さんはどうだった? 何回か連絡したんだけど、メッセージが届かなかったし電話も繋がらなかったから、どうしたのかなって心配になったんだよ」
「スマホを忘れて実家に帰ってしまって、返信もせずすみませんでした」

 お盆休みの間行っていた異世界には電波は届かず、連絡が付かなかった理子を心配した友人と父親から、大量の着信とメッセージが届いていた。その中には山本さんからのメッセージもあった気がする。

 汗を拭いながら理子へ近付いた山本さんは、何故か頬を赤くした。

「あのさ、山田さん、今日の夕飯一緒に」
「山本さーん! お電話でーす」

 続く台詞は、衝立の隙間から顔を出した女子社員の声に掻き消される。

「はぁ、じゃあ、続きはまた後で」

 何故か項垂れた山本さんは、電話対応のために重たい足取りでデスクへと戻って行った。


「素晴らしい!」

 デスクチェアを揺らした恰幅の良い男性職員は、理子が手渡した書類に目を通してニンマリ笑った。

「山田さんに頼むと間違いがないから、いつも助かるよ。ありがとうね」

 いつもぼんやりしている50代の男性社員、佐野さんはパソコンが苦手だと毎回理子に打ち込みを依頼してくる。
 仕事に追われている時は困るが、笑うと目がなくなる恵比寿顔、薄くなった頭髪に恰幅の良い体型の彼は憎めない。低姿勢で頼まれると断れずに、今回もデータの打ち込みを引き受けていた。

「良かったです」
「あ、そうだ。ちょっと待って」

 立ち上がった佐野さんは身を屈めて、デスクの足元に置いたキャンバス地のトートバッグに手を入れ、何かを探し始めた。

「知り合いからもらったんだけど、こういうの食べる?」

 佐野さんがトートバッグから取り出したのは、有名チョコレート専門店のチョコレート詰め合わせの箱。

「ありがとうございます!」

 いいように扱われている気もするけれど、たまに佐野さんから高級なお菓子を頂けることも、断れない理由の一つだった。

「山田さんお疲れ様。佐野さんのフォロー大変だね。これあげるよ」
「いいんですか? ありがとうございます」

 自分の席へ戻ろうと歩いている理子に声をかけた男性社員は、引き出しから取り出した個包装のチョコレートを渡す。

「私もあげるわ」

 側にいた先輩女子社員も笑いながら、理子の持つファイルの上にイチゴミルク飴をちょこんと置く。
 まるで「頑張ったご褒美」と、皆から餌付けされている気分だ。

(あれ? 何か変じゃないの?)

 こんなにも自分は、職場の皆から気にされて構われていただろうか。


 ***


「ねえ、山田さん」
「はい?」
「彼氏、いるの?」

 給湯室で珈琲を淹れている理子の後ろから突然声をかけてきたと思ったら、何の脈絡もなく男性社員に聞かれた。

 確か、彼は同期入社の安達さん、だったか。
 新入社員の頃から髪の毛を茶色に染めて注意されているのに、直さず仕事をバリバリこなして今では染髪を黙認させているという強者。
 ほぼ話したこともない上に、お洒落で外交的な性格で彼女が途切れないという噂もある。
 そんな安達さんから、彼氏の有無を聞かれるのか分からず、理子は困惑した。

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