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4章 私と魔王と時々勇者

  妃の印と違和感②

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 しゅるり

 リボンが解けると同時に、ネグリジェがハラリと体を滑り床の上へ落ちた。

「きゃあっ」

 ネグリジェが落ち、身に付けているのはショーツのみとなった理子は、両腕を交差させて胸を隠した。
 慌てる理子の肩を抱いたまま、シルヴァリスは押し潰した状態の胸の谷間を人差し指で撫でる。

(何、これ?)

 胸元を撫でる指の動きを目で追って、ハッと気付いた。
 胸の谷間、心臓の真上に、鬱血痕とは違う桜色の紋章のような痣がうっすら見てとれたのだったのだ。

 胸元を撫でていたシルヴァリスの指先が、理子の下腹を撫でる。

「俺の精を、魔力を胎へと受け入れたお前に妃の印を刻んだ。胎へと精を注ぎ続ければ、いずれこの印が真紅へ色付く。真紅へ変わった時にリコを俺の、魔王の妃とする」
「魔王の妃って、また私の意思は無視ですか?」

 いくらシルヴァリスのことを好きでも、魔王の妃になることを受け入れていない。
 魔王から逃げられないとしても、彼の妃になる覚悟を決める時間は欲しかった。

「ふっ、昨夜はあれ程までに俺を欲し、可愛らしくねだってきただろう」

 耳元に顔を近付けたシルヴァリスから、低く甘い声で囁かれて理子の全身は羞恥で真っ赤に染まった。

(昨夜は、自分でもおかしくなっていたのは分かっているわ。でも勝手に決めないで欲しかった)

 昨夜は、媚薬でも盛られたのではないかと疑うくらいに自分はおかしかったと実感している。

「嫌ならば、全力で拒んでみろ」
「あっ」

 吐息と共に耳朶を甘噛みされ、甘い刺激を受けた理子の体から力が抜ける。
 よろめいた理子を、腰に回したシルヴァリスの腕が支えた。


 ***


 魔王シルヴァリスに「好き」だと自分の想いを伝えたのも、半ば雰囲気に流されたとはいえ彼とセックスをしたのも自分の選択で、後悔はしていない。

「はぁ……」

 出勤準備をしていた理子は、姿見の前に立って溜息を吐いた。
 下着姿となった自分の姿を見て、恥ずかしくなって頬を赤く染める。
 胸元、腹部、太股の内側に無数に散るのは、赤い鬱血の痕。
 服で隠せない場所には付けなかったのは、一応は配慮してくれたのだろう。

 キャミソールを着てブラウスを手にとり羽織り、首を左右に動かしてキスマークがついていないことを確認して、髪を後ろで一纏めに括った。

「よし、大丈夫ね」

 ブラウスの釦を上まで留めて、胸元のキスマークは見えないようにする。
 厚めのストッキングと膝丈のスカートを穿き、太股の内側に散る無数のキスマークを隠す。

(色々あったけど、お盆休みから頭を切り替えて、今日からまた頑張ろう!)

 仕事用の黒い肩掛けのバッグを持ち、パンプスを履いて気持ちを切り替えた理子は玄関扉を開いた。


 一本早い電車にしたのにお盆休み明けの地下鉄はとても混んでいた。
 扉近くの席の前に吊り革に掴まって立っていた理子は、下車する人の波に押されてよろけてしまう。

「わっ」

 よろけた理子は、隣に立つ若いサラリーマン風の男性にもたれ掛かった。

「す、すいません」
「いえ大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
「あ……」

 男性は口を半開きにして、謝罪して離れた理子を凝視した。

「あの?」
「あっ、ああ、すいません」

 弾かれたように男性は理子から目を逸らす。
 若干、彼の顔が赤くなっていた気がして気まずくなって前を向くと、前の席に座っていた学生服を着た背の高い男子高校生と目が合う。
 男子高校生が、ハッとしたように肩を揺らして目を丸くする。
 微妙なやり取りを見られちゃったか、と思って視線を逸らすと少年は立ち上がった。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 笑みを作った理子は、少年に軽く頭を下げて座席に座った。
 席に座って顔を上げると少年と目が合うが、彼は頬を赤くして視線を逸らした。
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